空飛ぶ自由人・2

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日光の旅⑤ 輪王寺と東照宮

2023年11月03日 23時00分00秒 | 旅行

旅館からバスで、約1時間。
世界遺産エリアに着きました。
東照宮、日光二荒山神社、日光山輪王寺
二社一寺(にしゃいちじ)を総称して、
「日光の社寺」というのが、世界遺産の正式名称。

まず、輪王寺(りんのうじ)から。


創建は奈良時代の天平神護2年(766年)。
近世には徳川家の庇護を受けて繁栄を極めました。

勝道上人(しょうどうしょうにん)像。

 

国宝、重要文化財など多数の文化財を所有し、
徳川家光を祀った大猷院霊廟や
本堂である三仏堂などの古建築も多い。

これが本堂の三仏堂

東日本最大の木造建築。


現在の建物は徳川家光の寄進により正保2年(1645年)竣工。
三仏とは、ご本尊の
千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音で、
いずれも高さ7mを越え、本尊は高さ3mの
木造彫刻。
金箔が貼られて、黄金色に輝いています。
なお、写真は禁止なので、拝借写真から。

一体ずつの写真を探したのですが、なぜかありませんでした。

家康の座像が展示されており、

これも撮影禁止なので、
拝借写真を。

驚くくらいの小さな木像。
偉大な江戸幕府初代将軍とは思えない。
あの大ピラミッドを建築したクフ王の像も
こんな小さな像しか残っていないのを思い出しました。

宇宙ロケットのような建造物。

その後は、東照宮へ。

標高は、この高さ。

途中、テレビ番組の撮影隊とすれ違いました。


タレントの先を行くADらしき女の子が
「撮影しないで下さい、撮影しないで下さい」
と叫びながら過ぎると、
同行者の年配の男性が
「何を、偉そうに! 」と。
そりゃあ、完全プライベートでくつろいでいる時に
カメラを向けたらいけないが、
公道上で顔をさらして、
肖像権かなんか知らないが、
「撮影するな」はないだろう。
撮影されて何が困るというのか。

1週間後くらいに放送されたのを見ると、
観光地を撮影のために占拠して、
観光客に迷惑をかけている。

そんな立場で「撮影するな」だと。

大体、お笑い芸人なんて、
顔を撮られてなんぼだろう。
売れない時代には、
自分から進んでカメラに撮られた時代もあったはず。
その初心を忘れて、
天皇陛下じゃあるまいし、
「撮影しないで下さい」
は、反感を買って逆効果だとは思わないのか。

と、そんな話はさておき、
日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)。

江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化した
東照大権現(とうしょうだいごんげん)を主祭神として祀るもので、
日本全国の東照宮の総本社的存在。
久能山東照宮・上野東照宮と共に三大東照宮の一つに数えられます。


正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」ですが、
他の東照宮との区別のために「日光東照宮」とも呼ばれています。

元和2年4月17日(1616年6月1日)、
徳川家康は駿府(現在の静岡市)で死去し、
遺骸は直ちに駿河国の久能山に葬られましたが、
遺言に、
「遺体は久能山に納め、一周忌が過ぎたならば、
日光山に小さな堂を建てて勧請し、
神として祀ること」とあったため、
翌年、一周忌にあたる4月1717日に
遷座祭が行われました。
ただし、移動の棺の中は実は空で、
家康の遺骸は、久能山に留まり、
敵のいる西方に睨みを効かせている、
とのもあります。

表参道の先に有る
高さ9.2mの石鳥居
江戸時代に造営された鳥居では日本最大規模の鳥居。

日光東照宮の建物には様々な動物の木彫像が見られますが、
これらの動物のほとんどは平和を象徴しています。

眠り猫は踏ん張っていることから、
実は家康を護るために寝ていると見せ掛け、
いつでも飛びかかれる姿勢をしているともいわれていますが、
もう一つの教えとして、
裏で雀が舞っていても寝ていられるほどの
「猫も寝るほどの平和」を表しているのであるともいいます。

神厩舎には猿の彫刻を施した8枚の浮彫画面があり、
猿が馬を守る動物であるという伝承から用いられています。


8枚で猿の一生が描かれており、
人間の平和な一生の過ごし方を説いたものとなっています。


「見ざる、言わざる、聞かざる」で有名な三猿は、
「幼少期には悪事を見ない、言わない、聞かない方がいい」
という教えで、
転じて「自分に不都合なことは見ない、言わない、聞かない方がいい」
という教えにもなるといいます。

陽明門は、建物全体が


おびただしい数の極彩色彫刻で覆われ、
一日中見ていても飽きないということから「日暮御門」と称されています。

12本の柱のうち1 本のみは屈輪文が上下逆さになっており、
「魔除けの逆柱」と称されています。

建物を全て完璧に完成させるといずれ崩壊するという言い伝えから、
一箇所だけわざと完璧にせず、崩壊を防ぐという意味もあるそうです。

ここで、ベテランガイドの説明は終わり。

後は、建物の名前は聞いたけれど、
忘れました。

小学校の修学旅行生が沢山来ていました。

関東の小学校は、
修学旅行に日光を選ぶことが多く、
私も小学校6年の時、日光に訪れています。

↓がその時の写真。

顔を見ると、
松浦君、志賀君、入沢君、市川君などと
名前が出て来ます。高島先生と、先生の名前も。
60年以上も前のことなのに、
脳味噌にはどうやって記憶されているのでしょうか。

なお、修学旅行で見た建物もその説明も全く憶えておらず、
記憶にあるのは、
初めて家以外で泊まる夜の旅館が楽しかったこと、
みんなで食べた朝食がおいしかったことのみ。
まあ、小学生なんて、こんなものでしょう。

昼食の後、
最後の訪問地、
大谷資料館に向かいます。