空飛ぶ自由人・2

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小説『紙の梟』

2022年12月22日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介]

貫井徳郎による、4篇の短編と1篇の中編を収録。
平成23年から令和3年と、時期も掲載誌もバラバラだが、
共通するのは、
「一人殺したら、例外なく死刑」という
死刑制度が確立した日本社会。

というのは、
日本の司法界では
「3人殺せば死刑。1人だと死刑判決は出ない」というのが
(法的根拠のない)相場だったが、
死刑を逃れた犯罪者が
社会復帰後、再び殺人事件を起こすことが頻発して、
厳罰化を望む声が高まり、
裁判員制度が進んで
市民の素朴な感情の反映が推進されたこともあり、
殺意の有無によって判決の軽重が左右されるという判断論拠が疑問視、
最終的に、人を一人殺したら、即死刑、
という単純なルールが市民に受け入れられた。
殺意の有無は無視され、
正当防衛の殺人も除外しない。
この結果、国際社会では「死刑大国」として轟々たる非難を受けたが、
「日本には死んでお詫びをするという文化がある」と言い張り、
世界的にも有名なハラキリ文化が持ち出され、
諸外国を納得させてしまった。
死刑容認は反対論を押さえつけ、
反対を口にすることができないほどの社会的空気が出来てしまう。

そういう架空の日本社会を背景にした5篇は、
それぞれ特異な問題を提起している。

「見ざる、書かざる、言わざる」

ある服飾デザイナーが襲撃される。
発見された時、目はつぶされ、
舌は切られ、
指は全て切断されていた。
つまり、犯人を見たとしても、
それを言うことも書くことも出来ない状態だったのだ。

担当刑事は、デザイナーが何か秘密を抱えており、
その口封じのための犯行、と目星を付けるが、
どうもその事実はないようだ。
二人の刑事の活躍により、
犯人は捕まるが、
殺人ではないので、死刑には出来ない。
巧妙な死刑回避の犯罪だ。
しかし、人一人の人生が完全に失われたのは、殺人に等しい。

その結果、国会で重傷害罪が新設され、
最高刑は死刑。
これによって、相手の命を奪っていない被告人にも、
死刑判決が出せるようになる。

「籠の中の鳥たち」

オフシーズンの別荘にやって来た、6人の男女。
大学のサークルの仲間だ。
うち、一人の女性が暴漢に襲われ、
助けるために友人男性が
石で男の頭を打ったため、死んでしまう。
過失であったとしても死刑になってしまう。
そこで学生たちは死体を埋めてしまうが、
地震が起きて、土砂崩れが起こり、道路が遮断されて、
別荘に閉じ込められてしまう。
その後、女子学生が刺殺され、
男子学生が硫化水素の発生で殺されてしまう。
隔絶した環境の中での密室殺人。
犯人はこの中にいるのは確実だ・・・

密室殺人の出来としてはあまり褒められたものではないが、
殺人の動機に死刑制度があるのは確かだ。

「レミングの群れ」

いじめが原因で、中学生が自殺する。
すると、いじめ側の中学生が殺される。
殺したのは、人生に希望を無くした自殺願望者
自分で自殺することは出来ないが、
人を殺せば、国が死刑で命を奪ってくれる。
その標的として、社会的指弾を受けた、
いじめ側の人間の命を奪う。
というのが動機だった。
そして、いじめた中学生の両親、無策だった教師、
何もしなかった教育委員たちが、
自殺願望者の標的になって命を奪われる事件が頻発する。

途中で、自殺願望者の背中を後押しして、
殺人は自分が行い、
犯人として自殺願望者の証拠を残す人物が現れる。

その正体を巡って、
最後の2行で、
話がぐるりと回転する。

「猫は忘れない」

主人公の男性は、ストーカーによって姉を殺された人物。
証拠不十分で釈放された犯人に復讐を加えようとしている。
人一人殺したら死刑、を個人的に達成しようというのだ。
綿密に計画を練って実行するが、
飼い猫の始末について、失敗してしまう。

小説の眼目は、男性の恋人の存在で、
二人は全てのことについて共通していたのだが、
死刑制度だけは意見が対立してしまっていた。

最後に、
刑事たちによって、
男性に、ある情報がもたらされる。
男性のしたことは正しかったのか・・・

「紙の梟(ふくろう)」

高名な作曲家・笠間耕介が主人公。
結婚まで考えていた恋人の松本紗綾が惨殺される。
犯人の動機は、
紗綾によって、父の資産が奪われ、
父が自殺したことへの復讐だという。

しかし、笠間には違和感が残る。
金目当てで男性に近づき、金を貢がせる、
結婚詐欺まがいの行為をする、
という女性像は、付き合っていた紗綾の姿に合致しない。
紗綾は、質素な生活をしており、
真面目に勤める書店員だった。

更に驚くべきことが発覚する。
松本紗綾という人間は存在せず、
紗綾は、どこの誰とも分からない人物だった。
自殺した男性との時も別名だった。
住民票もなく、偽の運転免許証でアパートを借り、
就職していた。
(勤め先は、所得税や住民税、厚生年金の納付先はどうしていのだろうか)

やがて、犯人の弁護士から連絡が来て、
笠間は犯人の擁護をすることにする。
ツイッターに死刑反対の意見を載せると、
すさまじい非難が襲いかかる。
死刑容認論一色の世間は、笠間を許さない。
笠間の作曲家人生も風前の灯火だ。

笠間がツイッターに情報公開した理由は、
紗綾に対する情報を得るためだったが、
いくつかの情報から、
笠間は紗綾の隠された過去を知ることになる。
更に、もう一人、重要な情報を寄せる人がいて、
笠間はその人に会いに行くが・・・

架空の人間だった恋人の正体さがしと並行して、
社会に蔓延する一つの見解と、
それに反対する者への攻撃が描かれる。

 

「死刑」についての議論はさておき、
そう決めてしまった社会の一つの論理の押しつけは恐ろしい。

副題の「ハーシュソサエティ」とは、
世論が厳罰を支持する厳しい社会のこと。