報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

ピピ島は壊滅などしていなかった

2005年06月30日 21時46分00秒 | ●津波後のピピ島
< 津波被害から半年 >

 サイトで「ピピ島 津波被害」で検索してみると、「ピピ島は壊滅」とはっきり表記しているものがある。半年前の日本のメディアによる津波報道でも、ピピ島はまるで全滅したかのような印象を受けた。

 しかし今回、ピピ島を訪れてみて、こうした表記や報道は事実を反映していないことがわかった。ピピ島は壊滅などしていない。津波の破壊力は、ピピ島の特定の地域にしか集中しなかった。そこは確かに「壊滅」し、多くの犠牲者を出した。しかし、そこから離れた地域はごくわずかな損傷しか受けていない。犠牲者もほとんど出ていない。また、ある地域では、水位の上昇は「膝まで」くらいしかなかった。全島が津波に呑まれ、破壊されたわけではないのだ。

 6月26日は、津波被害から、ちょうど半年ということで、海外からのメディアも少しピピに来ていた。日本の某放送局も来ていたので、放送をご覧になった方もいるだろう。その放送を観たある友人は、いまでもピピ島は壊滅状態であるという印象を受けたという。バンコクで同じ放送局の番組を観た友人も、同じ感想を持っていた。「ピピ島は壊滅」した、と。

 しかし、いま述べたように事実は違う。
 ピピ島はもともと壊滅などしていない。
 経済的には、確かに壊滅状態だが。
 物理的には壊滅などしていない。
 損傷を受けなかった多くのバンガロー群が存在し、それらはすでに営業を再開している。
 なぜ、日本の某放送局は、そうした事実を報道しないのか。
 視聴者の眼を釘付けにするセンセーショナリズムばかりを追いかけ、事実と異なる内容、あるいは事実の一部だけを報じる姿勢には異議を唱えざるを得ない。

 ピピ島に着くまでは、僕自身がメディアの報道しか知らなかったので、ピピは壊滅状態だと思っていた。だから、船着場から宿に至るまでの道中、ある意味、眼を疑った。たった半年でここまで復旧したのか!と。
 宿に着き、従業員に話を聞くと、その地域はほとんど被害を受けていないのだ。復旧したのではなく、もとのままなのだ。その地域に建つバンガロー群(200棟くらいだろうか)は、浸水しただけで無傷のまま残った。したがって犠牲者も出ていない。唯一の被害は、芝生が洗い流されたことくらいだ。その地域には、破壊力を持った波は押し寄せてこなかった。そこはほぼ海抜ゼロメートルの位置なのにだ。

 そして、海抜10メートル以上の位置に建っていたバンガローは、当然浸水さえしていない。こうしたバンガローも何百棟と(特に数は数えてはいないが)あるはずだ。
 しかし、メディアの手にかかると、「ピピ島は壊滅」となるようだ。人目を引くセンセーショナルな対象(商品)だけを選んで放映するメディアの姿勢には、ほとほと呆れてしまう。読者や視聴者を根本的に馬鹿にしていなければ、こんなマネはできない。

< Tsunamiの破壊力 >

 ピピ島が壊滅していないからといって、津波の破壊力はたいしたことはなかった、と言っているのではない。
 その破壊力は、想像をはるかに超えるものだった。
 津波の力が集中した地域は、ほぼ完璧に破壊された。
 しかし、津波の破壊力は、一様ではない。海底の地形や陸上の地形、あるいは建物群の密度、配置、構造などによっても破壊力は異なるはずだ。そこのところは、素人なので安易なことは言えない。でも、ピピ島は山岳島であり、地形の起伏が、多くの建物群を津波から守ったことくらいは少し歩けばわかる。
 津波の破壊力は、島で唯一の平野部に集中したのだ。

 平野部に建っていたバンガロー群は、すべてなくなっていた。バンガローは一戸建ての高床式の構造であるため、圧力に弱い。瓦礫を撤去したあとの平野部分は、ほぼ更地になった。かつてそこに建物群があったと説明されても、以前の姿を知らない人には、イメージすることは難しいだろう。もともと何もない風景だったように見えるのだ。
 今回、ピピ島を選んだのは、5年ほど前に訪れたことがあるからだ。以前の状態を知っている方が、被害の実態を具体的にイメージしやすい。記憶の定かでない部分もあるが、はっきり覚えている場所もある。そして、そこにはいまは何もないのだ。
 しかし、平野部でも、建物の密集していたところは、建物同士が支え合い倒壊せずに残っている。また、鉄筋コンクリート構造なら、建物が倒壊する危険はない。ただし、規模の大きなホテルは電気、上下水道などの設備が破壊され、復旧するには時間と費用がかかりそうだ。

< 観光客は10% >

 ピピ島では観光業が復旧し始めているが、観光客数はかつての10%程度という話だ。しかし、僕の印象ではもっと少なく感じた。島のメインストリートでは、通りを歩く観光客より、地元の人の数の方がはるかに多い。
 かつて、日光浴をする人で埋め尽くされていたトンサイ湾のビーチには、数人から10数人ほどがいるだけだ。湾を走るジェットスキーもなければ、急ターンを繰り返しながら子供たちを振り落としていたバナナボートもない。遠浅の静かな湾が広がっているだけだ。
 おそらくバンガローやレストラン、タクシーボートは、営業するだけ赤字をだしているだろう。僕が泊まったロッジは30棟ほどのバンガローが建っていたが、夜、五つほど明かりが点いているだけだった。レストランもそれぞれちらほら客がいるという感じだ。
 かつては、ピピ島一島だけでも、年間計り知れない外貨が落ちていたはずだ。
 それでも、クラビから日に二回来る定期便(かつては四回)で毎回数十人のツーリストがきている。プーケットからも日に二回定期便がある(こちらの方は日帰り客が多いようだ)。

 タイ政府は、一年半でピピやプーケット、カオラックなどのリゾートを復旧する計画だが、地元の人々は3年はかかると覚悟している。
 数年前にピピ島を訪れたことのある友人は、
「大勢の命が失われた海では、とても泳げない」
 と言う。
 もちろん、泳ぐ泳がないの問題ではなく、そういうところにはとても観光気分としては行けない、ということだ。
 ハードの復旧は簡単なことだ。
 しかし、人の心はそうはいかない。
 ”Tsunami”の文字が人のこころから消えることがあるだろうか。
 また、消し去るべき記憶でもないはずだ。
 ピピやプーケットにかつての賑わいが戻るのかどうか、僕にはわからない。
 一年半で戻るかもしれない。
 あるいは、数十年、静かな眠りにつくのかもしれない。

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2 コメント

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Unknown (kincyan)
2005-07-02 09:12:08
ピピ島には行ったことはありませんが、マスコミの情報とはかなり違うことがわかります。このblogのような複数の情報源がひとつの対象に対して存在することが重要ですね。マスコミのその特性として、センセーショナルさを競うがゆえに極端に走るということは少しずつ一般人に知られつつあります。その害は大きいですね。
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タイから見たピピ島 (ZU)
2005-07-02 20:46:25
タイ人である妻の話によるとクラビ、ピピあたりは、最近観光客が減り、昔のきれいさを取り戻しつつあるそうです。タイでは、そう報道されつつも、タイ人観光客は一向に増えないようです。理由は、ピー(精霊)を恐れるタイ人は行きたがらないからのようです。

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