報道写真家から

我々が信じてきた世界の姿は、本当の世界の実像なのか

現場と資料

2005年12月15日 18時59分49秒 | 軽い読み物
出発まで数日なので、急いで本を読んでいる。一冊だけは、持って行くけれども、荷物の軽量化のために二冊は持てない。

日本では、好きなだけ本や資料を読めるのがありがたい。金銭的にとてもすべては買えないほどの良書がある。したがって、できるだけ図書館を利用するようにしている。ただ、田舎の図書館なので、それほど充実しているわけではない。

欲しい本をすべて買わないのは金銭的な問題もあるのだが、ひとつには、身を軽くしておきたいという理由もある。ひとところに長く住むのが好きではないから、いつでも移動できるようにしておきたい。移動を考えると書籍が一番悩みのタネだ。嵩張るし重い。

資料としての価値があるもの以外は、ほとんど処分した。でも、また少しずつ増えていく。本を買わなくてすむように、できるだけ大きな図書館の近くに住むというのが理想なのだが。

本や資料のある生活を続けていると、現場に出たくなる。本や資料だけでは、実際のところはどうなっているのか、わからない。自分の眼で見て確かめたくなる。人の生の声を聞きたくなる。同じ生活をしたくなる。

でも、現場で何ヶ月か過ごすと今度は、”見ただけではすべてはわからない。資料を調べなくては”と痛感することになる。通信インフラの貧弱なところでは、文字情報から完全に隔絶されてしまうので、日本に帰らなければ資料にアクセスできない。

現場と資料。僕はこの両方を行き来する宿命にあるようだ。

これから当分は、本も資料もない生活になる。
出発までの数日、電光石火で何冊か読んでしまいたい。