『蕩寇灘』の香港公開期間は72年5月17日~31日の約2週間で興行収入6位(12月30日公開の「ドラゴンへの道」を除いた場合)にランクされる大ヒットを達成した。この映画の魅力はどこにあったのか?「馬永貞」公開後であるから陳観泰人気に肖っていたのは明らかだ。内容が良ければ何の問題もないが。
この映画の宣伝文句はタイ、シンガポール、香港など各国の武闘家を結集させたというもので(劉大川はボクサーでフライ級のチャンプだったらしい。何守信の方はTVBから転向した俳優だとか。)これを謳っていた。さらに陳観泰と空手家の陳星が顔を揃えればかなり質の高い作品が出来上がるのを期待してしまう。
又、日本人が悪者だから反日映画にはなるが、呉思遠は後の作品にも見られるようなテーマに拘っていた様に思う。つまりは日本人VS中国人の対決である。それがこの『蕩寇灘』でも見られる。単に日中対決だけではない。細かい部分では天津で日本人に2度勝利した中国人のエピソードまで盛り込んでいるのである。これが拘りの証拠と言える部分だ。そもそも呉思遠が脚本を書いているという時点でシナリオは練り込まれていないのでは?と感じたり薄っぺらな印象を受けたが意外にも設定はしっかりしているようだ。
日本から中国に戻ってきた江湖客の金少偉(陳星)は北方で現金強奪の犯行に及ぶが、これは長年逃げ回ってきた金を捕まえるためのワナだった。だが持ち前の武力で包囲網を難なく突破、警官を殺害して逃亡。指名手配のビラが各地に配られた。
舞台は海岸に近い小さな村。この村で大きな事件が起きようとは…。
2年前、悪事を働いた沈三(孫嵐)は村から追放されたが、危険かつ邪悪な武道”合山道”入門の為、日本へ渡来していた。その頃、河北では悪い伝染病が流行しはじめていたのだが、これにより一斉に人間が行動を始めることになる。
忠義武館の于兄弟は村のリーダー格。末弟の于洋(于洋)は婚約者の小蘭(林玉美)を連れ浜辺で稽古中。突然二人のところに唖巴(韓國材)が何かを知らせに来た。沈三が帰国して大騒ぎになっていたところだった。盛んに合山道をアピールする沈三は村人(汪禹ほか)の反感を買うが、そこに于洋が割って入りその場は落ち着いた。
この小さな村だけに生息する龍胆草(生薬の一種。竜胆の事。)は伝染病に効く薬として知られていた。何も知らずにこの村にやって来た金は唖巴と偶然出会い、家で一晩だけ休ませてもらうことに。
于洋が道場に戻ると外出中の兄弟子・孫平(劉大川)が一年ぶりに帰って来ていた。孫は伝染病流行が早まったので急遽村に戻って来たのだが例年は10月になると龍胆草を調達、運搬(つまり商売して村の収入源に)する重要な役目を負っていた。于洋の兄・于昌(何守信)が孫に気がついて奥から出てきた。孫たちは日本人が村に来るとの噂を聞き尋常ではいられない。最近日本の海賊が近海を荒らし回ってもいる。孫はある時首領が捕まったので日本人は何とかして取り戻すはずだと言う。日本人が来ることを不審に思う三人は日本人が急性伝染病発生を知って龍胆草を奪いに来ると悟り気を引き締めた。案の定、一足先に着いた沈三の先導で東洋人たちが急ぎ足で村に入り込んできた。この村の龍胆草を買収する為日本幕府から派遣されたのだった。
村には武館がもう一つあった。威遠武館の館主・劉(黄梅)はあっと言う間に日本人・岡村(陳觀泰)率いる合山道の武芸者たちに叩き潰され道場を乗っ取られた。黒いマスクで異様な姿の岡村が連れてきたのは教頭・池田(山怪)、飛鐵腿の異名を持つ尚野(方野)、長谷川(白沙力)の精鋭達だった。続けて忠義武館に乗り込むと于昌らが待ち構えていた。于昌は外国人には龍胆草を売らないと言って口論に。しかし、岡村はこの道場も買収することになるぞと言って去った。岡村は龍胆草買収と合山道舘開設の宣言文を掲示し、これに不服の者は翌日リングで試合させるとした。村の外部の情報に詳しい孫は様子を于昌と于洋に話す。金少偉という常習犯がこの村付近に逃げ込んだらしいと言う。金少偉は盗賊の家系で有名な人物だった。
一方、唖巴の家で休んでいた金は老人(カク・リーヤン)に明日の試合を見て出発を一日延ばすと告げる。
翌日の合山道場。不服に思い日本人に挑戦する者がいた。沈三の弟だった。観衆が騒ぐ中、試合が開始された。しかし教頭の池田に歯が立たず弟はリングの外へ放り投げられると、続いて于洋が入って逆襲。すると尚野が加わったのち孫平もリングへ入り乱戦に。長谷川が入ろうとしたところで、手裏剣の如く場外から銀貨を投げつけられ足に命中、尚野にも突き刺さり試合は中断した。その夜、岡村は銀貨使いを誰とも分からない者の仕業と断定、その男の打倒を誓いマスクを外した。まずは部下に毎年龍胆草を運んでいる孫の所に行けと指示した。
翌朝、金は出発するがその途中で岡村らに出会した。岡村は金が一体誰であるのか様子を窺い金を先に行かせた。一方、長谷川に呼びつけられた孫は龍胆草を運搬する役目だけあり腕は滅法強い。しかし孫は邪道極まる合山道武芸の前に無残にも倒れてしまう。
日本人に勝つ自信を持てない于洋は悩み、小蘭も龍胆草が全ての元凶と諦めムードになるばかり。しかし龍胆草を無くしては多くの生命が失われてしまうと思い直していた。
その頃、金は疫病に罹り道端で倒れ込んだが、通りがかった唖巴に助けられる。唖巴は徹夜で看病し金の命は救われた。まだ完治はせず老人の計らいでしばらく休むことに。
次に岡村は沈三を使って小蘭誘拐を企む。誘拐を知った于洋は取り乱すが于昌に沈三を探すのが先決と止められその場では思い止まる。たが小蘭を放っておけない于洋は合山道場に侵入。まんまと敵の術中に嵌り捕まってしまう。沈三を探す于昌も尚野らに出会し倒されてしまう。
早朝、目を覚ました金は完全に回復。唖巴が不在であったので老人に感謝する金。たが一刻も早く村を出なければ危険と旅立ちを決意した。金が去ったあと、老人は張り付けられた手配書を剥がすのだった。金を悪人と分かっていたのに…。金が外を歩いていると目の前に信じられない光景が広がる。唖巴が何者かに殺されていたのだ。
龍胆草の在り処がどこなのか全く口を割らない于洋ら道場の数人は浜辺へ連行され処刑されようとしていた。しかし金が現れて自分が江湖客であることを明かし、人質を解放する代わりに龍胆草の場所を教えて一緒に船に乗って日本に戻ると岡村に言い寄る。人質は全員解放されるが、金に罵声を浴びせて行く。何と報われない男なのか。
金は龍胆草の在り処を教えるが岡村は龍胆草の有用性を認めない金という人間が腑に落ちない。しかし中国人の事など分かるものかと反発、唖巴の復讐を誓った金は日本人との決着をつけるため最後の決戦に挑む。
全てを背負った金の前に池田、尚野は倒れ、ついに岡村が参戦。ここからが一番の見せ所だ。激しくぶつかり合う二人だったが、激闘の末、金は日本人・岡村をついに破った!金は龍胆草を守り抜き河北数十万の命を救ったのだ。だが絶命寸前で于洋に介抱され自分の本当の名を告げる。彼は悲壮美溢れる最期を迎えようとしていた・・・。
呉思遠の演出は素晴らしかった。
竜胆を必死に守ろうとする村人達、竜胆買収を企て日本からやってきた悪徳道場と地元カンフー武芸者たちの攻防、強盗殺人までする陳星と口の利けない韓国材とのストーリー、江湖客が村のヒーローになるまでの葛藤など次から次ぎへと休む暇もなく進行する。進むに連れて日本人の悪さも上昇。
なぜ小さな村に日本人が攻めてくるのかもちろんこれも劇中で示してくれている。この村だけで栽培、採取可能で伝染病の発生で特効薬の需要が高まりそれを奪い去ろうとする。奪えば中国人を好きなようにコントロール出来るからである。その黒幕は彼らを派遣した日本幕府ではないか(笑。でも槍玉に挙げられた日本人も要所要所では東洋人と若干オブラートに包まれていたけど。
まぁそれだけではない。指名手配され逮捕を恐れる陳星の心理的描写など実に見事な演出ではなかったかと思う。しかし呉思遠が何をやりたかったのか?それはまだ分からない。。
登場する武器も日本刀、サイ、ヌンチャク、鎖鎌のような物と多彩であった。サイも老人から贈呈された形で使用された。陳星とサイと言うと得意な武器であるのかいくつかの他作品で使ってますね。(前回記事の画像にあったサイとヌンチャクのカットは同じカットが『餓虎狂龍』にも登場)又、小物を使ったアイデアもある。陳星が銭形平次と化し、コインを武器として使用するなんてまぁ、ここは正直笑って楽しませていただいた部分である。屋外にリングを設置して対決させるというアイデアも良かった。
まぁしかし、やはり呉思遠の映画であるなぁと思いました。それはいつもの周福良による音楽と感動的場面の描写からも十分と分かる。(これは最初からあったのですね。)そういえば「蛇拳」でも薬を飲ませる同じようなシーンがありましたっけ。場所はどこか分かりませんがこのロケ現場も「蛇拳」などで使われてます。
今回北京語ビデオを入手して(これはラッキーでした)新たに分かった事はいろいろありました。ただ製作に関しては一つの謎が残ったまま。一部資料には袁和平がプロデュースとなっていてこれはなぜだろうかと。
この映画の製作費は少なかったと言い、呉思遠の友人たちが出資して映画を製作したとの話があるので、袁和平もその一人の可能性があるかも知れないがちょっと信じられない袁和平の監製だった。
人物構成に焦点を当ててみると、この映画が売り出しとなった人物が多いのも特徴になる。まず流石陳星かなという所から。中盤の対決場面など見てもキレがあった。腰を落として敵を丁寧に対処するように見えて、余裕があるところを見せるのがいい。
クシをしきりに使うヘアースタイリングマニアな陳星も。(何だこりゃぁ。リングでいよいよ出番なのかと思ったら、飛び込んだのは于洋だった(苦笑。
でも面白い演出です!人気についてはまだわかりませんけども。。
ブルースそっくりの于洋。彼もこれが売り出し映画だ。
日本人のNo2、No3が方野と山怪。このコンビ、これが最初じゃないかと思いますが信じられないことに一連の作品でそこそこ重要な位置に就いている。常連ってヤツ。(方野もいつも悪役ばかりですが、主演映画もあり。)
武術指導は袁和平(クレジットでは袁祥仁と共同になっているものもある)であるが、えげつない元村長の沈三に逆らう弟・沈四役でも出演。
珍しくセリフ有りのヤラレ役を演じている。中盤の劉大川VS白沙力などでは柔道の投げ技まで取り入れていた。これは確かに合山道の設定に入っていたので呉思遠のアイデアなのかも。
他にも常連はいる。70年代ばかり見ている人にとっては飽きるほど顔を見ることになる孫嵐。いつもニヤけていて今回は重要人物(といっても出番が多いだけ)になっててもアクションシーンは吹替。。
韓國材。彼も常連になるが呉思遠に気に入られていた様子である。
そうなると冒頭にだけ出演しているのが李天鷹や沈威(「プロテクター」に出演。それぐらいしか知らないのだが、こんなに初期で驚いた)になりますね。
そしてこの冒頭には何と成龍も出演していたのだ!!(下記画像参照)富國作品では同年の『石破天驚』出演が確認されているが、創業作から富國影業作品に出演していたことになります。このスタントシーンではハイキックなど高度なアクションを見せています。
実はこの映画で一番気になっていたのが陳星の役名でした。何だろうなと思っていたら江湖客とは最初に名乗っていたんですね。DVDパッケージ裏には"Chan Wu Deh"と書いてあったが、これが江湖客の北京語読みに近いものだったとは。役名が”江湖客”ってちょっとオイオイって感じですが于洋がラストで「江湖客!江湖客!」と叫んでいたので劇中はそれで通っていたようです。あとで本名も明かされていますが、世間を騒がせている人物=江湖客ということなっていた。(指名手配されてはいるが手配書には本名が載らず)この江湖客という中国独特の言い回しや名前の使われ方は絶妙で呉思遠の作家性も感じています。
また、役名について興味深いのが于洋である。彼は当時本名の龔子超を名乗っていたので、この『蕩寇灘』から正式に于洋と付けられたんでしょうか。役名は于昌館主の弟、于洋という設定であるので、ホントのところは不明ですがもしかしたら呉思遠が役名をそのまま芸名として命名したのかもしれませんね。
そういえば昨今の日本で騒がせているインフルエンザですが、設定では収穫時期の10月に村から調達するというものだったので時期的には今頃に当たり丁度合っていて理解もし易い状況でした。神経質な岡村はウィルス感染を恐れマスクを付けていたのではないかと(笑)。でもまぁフィルムの編集は例えば劉大川や于昌の最後のシーンでは岡村の後ろ姿だけを映し、あとから陳観泰の正面のカットを挿入など編集も手が込んでいるようでした。
とにかく壮絶なラストの対決を見せてくれた二人の陳さん。マニアを唸らせる出来であったのは間違いないでしょう。陳観泰は邵氏で、陳星は邵氏を飛び出して独立系と別々の道を歩みました。二人は後の79年に私の大好きな映画『上海灘大亨』(←をクリック)でも共演してますね。久しぶりに見てみようかなと思います。
成龍出演シーン
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