さて、当日の「荒神鎮め」である。主役の太夫と三人の太夫が、御神屋中心に置かれた一斗二升入りの米袋(正式には米俵)の回りを囲み、主役の太夫は「荒神幣」「新木幣」「古木幣」八合八勺の米が入った枡を持ち、他の太夫は神楽幣を持ち、それぞれ小刀を手にして立つ。そして、ゆっくりと右回りに廻りながら、儀式が進行してゆく。
まず「方呼び鎮め」である。これは五方の神を呼び出す五行の儀礼にもとつ゜く。東西南北・中央の神が呼びだされたところで、「荒神」が出現。その荒神の出現の仕方が劇的である。要約すると、
「東方の山から牛一匹乗りいだし、牛かと見ればどっくう(土公)なり、どっくうかとみれば荒神なり・・・」
荒々しく出現した荒神は、ここから太夫との問答をくり広げる。問答が進むにつれ、
「境荒神、宮荒神、四方のすま荒神、棚荒神、屋づま荒神、門荒神、山荒神、川荒神、よな(胞衣=えな)荒神、塚荒神、ミコ神、釜の神、オンザキ、天の神、屋の神、山の神、水神、新田、本田、高山領地、鎮めふんじもの、おどろき物、さばらそこつの外道、ささらミサキの魔」など、およそ考えられるかぎりの魔群、神性が列挙されてゆく。このパワーを見よ。凄まじいばかりの荒神の霊力が、村の隅々、生活の端々にまで発揮され、人界を支配しているのである。さらには、
「地引く荒神、中引く荒神、万々八千八大八荒神」までが出現し、儀礼は「鎮め」へと移ってゆく(「鎮め」の祭文については先述した資料集を参照して下さい)。
「荒神」は、唱えられる祭文とともに、手に持った小刀(劔を象徴したものである)と足踏み(反閉=へんばい)によって鎮められ、続けて小刀の刃先に乗せて撒かれる枡の米によって「小荒神」「大荒神」「村荒神」「そう荒神」「番荒神」「境荒神」なども順に鎮められてゆく。
宮崎の神楽では、「荒神」は仮面をつけて出現し、神主と問答をする。米俵または太鼓に腰掛ける。諸塚神楽では三体の「三宝荒神」が降臨する。いずれも、荒神と長い問答をする。そして、終盤になると荒神は鎮められ、村人が酒と杯を盆に乗せて現れて、仲直りの儀がある。めでたく荒神と神主(渡来の神の代表)が和解し、荒神は面棒(荒神棒)、扇、榊などの「お宝」を渡して退場する。
「いざなぎ流」の荒神もほぼこの構図の上にある。
鎮められた荒神は、氏子に神楽幣を千切らせてその上に小刀で掬った米を乗せて配る「富配り」をする。そして最後に太夫が「法の枕=米袋」を囲んで座り、米袋の上に扇を置き、お金と三本の小刀を組み合わせて重ね、数珠、幣を置いて、鎮めの唱文が唱えられる。天神の五方立てを鎮めの上印に唱え、印を五つ重なるように、三人がこぶしを重ね、主役の太夫が唱文しながら、最上部から米粒をゆっくりと落として、鎮めが終わるのである。
いざなぎ流では仮面はつけない(これが古式であると思われる)が、主役の太夫と三人の太夫が問答形式で鎮めの儀礼が進行してゆくこと、その文言などから諸塚神楽の「三宝荒神」が同一の様式を持つように思われる。
荒神鎮めが終わると太夫が劔を採って舞い、御神屋に張り巡らされた注連縄を切って、神送りが終わる。
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