くろたり庵/Kurotari's blog~since 2009

総務系サラリーマンの世に出ない言葉

えせ同和行為の排除のために(1)

2010-06-11 23:16:14 | 総務のお仕事(反社対応)

 本題である「えせ行為の起源」を理解するためには、同和問題そのものの起源を知っておく必要があります。

 現代の同和問題の根底にある被差別身分層の誕生は、江戸時代の封建社会における固定化された身分制度に由来するとされていますが、その起源はさらに中世(鎌倉・室町時代)にまで遡ります。

 その起源には諸説あり、はっきりとした確証はありませんが、その類似点などから、インドのヒンドゥー教の考え方が仏教を通して日本に伝来し、仏教が広まるにつれて民衆に浸透していったことに由来する、というのが現在の有力な説のひとつです。  

 つまり日本の古い「浄穢感(じょうえかん)」や「身分制度」とヒンドゥー教の教義におけるそれらとの共通点は次のようなものでした。

① 浄 穢 感
 「死」「出産」「血」の三つの事象を三不浄といって、穢れ(けがれ)たものと し、「死穢」「産穢」「血穢」は人に感染る(うつる)という考え方です。
 人間の生死は、昔の人々にとって理解できないものであったため、人々はこれを畏怖し、遠ざけました。長い間、女性が差別され、地方によっては妊婦が離れの建物に移された時代があったのも、この浄穢感に由来すると考えられています。これが身分差別の根源となる「穢れ」の起源です。

② 身分制度
 秀吉の時代に始まり、江戸時代前期に確立した「武士・百姓・町人」という世襲身分制度とヒンドゥー教の教義に基づくカースト制度には類似点があります。
 どちらもピラミッド型の身分階層を構成し、その外側(身分階層にも入れない場所)に、日本では「・」、カースト制度では「アチュート」と呼ばれる被差別民衆がおり、どちらも死牛馬の処理など、共通の職業を生業にしていました。
 
 余談ですが、昔、学校で習った「士農工商」という分類の身分制度は、江戸時代の文献にはなく、今では明治以降に考えられた区分であるとされています。当時は「武士・百姓・町人」という身分だけであり、それぞれの身分は更に細かい階層に分類されていました。

 それでは、この「浄穢感」と「身分制度」がどのようにして被差別階層を生み出し、民衆の間に「差別意識」が広がっていったのでしょうか。
 次回はこれについて触れたいと思います。 

 「えせ行為」が行われるようになった理由に至るまでには、もう少し時間がかかりますがあしからず。