くろたり庵/Kurotari's blog~since 2009

総務系サラリーマンの世に出ない言葉

一億総「お客様」の日本

2010-06-05 22:07:00 | 書籍の紹介

自民党政権下の2008年、
中国製毒入餃子事件や食品の産地偽装事件などで
食の安全対策が問題とされていたとき、
時の農水大臣がこんな発言をしたのを覚えているでしょうか。

「日本は安全なんだけど、消費者、国民がやかましいから調査を徹底していく」

この発言が報道されると、マスコミや国民はこれを「問題発言」として、
「撤回しろ」「謝罪しろ」「辞任しろ」の大合唱が起きました。

それでは、この農水大臣がこう発言していたらどうだったでしょう。

「国民の安全に対する意識や要求が高まっているから、調査を徹底していく」

おそらく、「撤回」や「謝罪」の要求は起きなかったはずです。
それでは、なぜ「やかましい」という言葉を使うと批判されたのでしょうか。
野党だった民主党の鳩山幹事長(当時)は、この発言をとりあげ、
「官尊民卑の発想が見え隠れしている」と非難しました。
早い話が「国民をバカにしている」ということです。

「お客様がやかましい」 森真一 著 ちくまプリマー新書 刊


本書では、これを「現代日本では国民=お客様になっている」と解釈しています。
すなわち、「納税者=お金を払っている」がゆえに、自分は「お客様」であり、
その意識によって、少しでも「不快な」思いをさせられ、「不満」を感じたら、
相手が大臣であろうと誰であろうと、謝罪させないと気がすまないのだ、
というのです。

もちろん、この大臣の発言を弁護するつもりはありません。
しかし、このときマスコミや国民は、
「国民をバカにしている」ということに非難の声を上げるのではなく、
「国民から、やかましく言われないとできないのか」
ということを問題にすべきだったのです。
そのほうが遥かに建設的で、問題解決への近道だったはずです。

いまや日本は、一億総お客様社会です。

消費者社会では「お金を支払う者」が「お客様」であり、
行きすぎた「お客様第一主義」が、「主人」と「下僕」の関係に似た、
歪んだ消費者社会を作り上げてしまいました。

客の暴言・暴力が頻繁に見られるのはコンビニエンスストアだといいます。
その次に多いといわれるのが、電車やバス、タクシー、飛行機などの乗り物です。

従業員に対して、見下した横柄な態度をとることは言うに及ばず、
従業員の態度や言葉遣いが、ちょっと気に入らなかったといって、
買った商品やお金を投げつけたり、土下座を要求したり。
「誰のおかげでメシが食えると思っているのか」などと暴言を吐くにとどまらず、
「死ね」だの「ボケ、カス」といった、
およそクレームなどとは無縁の罵詈雑言などは日常茶飯事だといいます。

さらに、そのような「お客様」はそういった行為について、
「自分はお金を払っている」のだから、
「自分を満足させ、気持ちよく扱われるのはあたりまえ」だと思っており、
だから「注意してやっている」「正してやっている」といった、
自己中心的な正義感に基づいているから余計に始末が悪いのです。

しかもいまや教育や医療の分野など、
「お客様」と「従業員」の関係では本来の役割が成り立たないような現場にまで、
国民の「お客様化」は拡大しています。

歪んだ消費者社会は、傲慢で暴力的な「お客様」を増やしました。
過剰な「お客様意識」は、先述の「やかましい」発言のときのように、
真に解決すべき問題の本質を見えなくしてしまいます。

それは決して「お客様」のためにならないことなのですが、
そのことに当の「お客様」が気づいていない。
いまの日本には、そういう悪循環が生れています。