日本国憲法は、「人類普遍の理想」を掲げた、
世界でも唯一無二の平和憲法といわれます。
かつて学校では日本の誇りと教えられました。
メロディがつけられ、レコードが発売された時代もありました。
しかし、時代が移り、
日本をとりまく世界情勢は変わりました。
残念ながら、いまやその理想を持ち続けているだけでは、
国土も国民の安全も守ることができない時代となってしまいました。
今日も領海の最前線(国境)では、
武装した傍若無人な者たちの不法行為に対し、
丸腰に等しい者たちが、歯を食いしばって身を挺しています。
こちらを試すようにエスカレートする覇権主義の前に、
いつ犠牲者が出ても不思議ではない状況です。
もう、充分ではないでしょうか。
65年間、日本は理想を守り続けました。
そしてその理想は、隣人によって踏みにじられようとしています。
いま、この国と国民を守るために重要なことは、
「日本は自国の領土と国民を、どんなことをしてでも絶対に守る」
という強い意志とその根拠を相手に示すことです。
最初の犠牲者が出る前に。
武力行使を容認しているのではありません。
私たちは、これまで守り続けてきた理想が踏みにじられた時に備え、
現実の命と生活を守るための準備が必要になったということです。
確かに日本人は、大儀や理想のために、
自分の命をかけることができる精神性をもっています。
しかし、本当に大儀や理想に殉じることを選んでしまっては、
私たちの子供や孫、さらにその先の世代に対し、
あまりにも無責任であるというものです。
かつて「人類普遍の理想」を掲げた憲法があった。
それを日本という国は、65年間も守り続けた。
このことは、人類がこれからも平和を望み、努力し続けるならば、
かつての「人権宣言」のごとく、讃えられるべき出来事として、
世界史に記録されるでしょう。
そして、その「人類普遍の理想」を踏みにじったのが、
「政」「経」「軍」を用いてなりふり構わず周辺諸国を恫喝し、
数々の「不法と違法」の行為で隣人の安寧を脅かす、
遅れてやってきた帝国主義国家「中国」であったと、
人々の記憶と歴史に永遠に刻まれることでしょう。
いまは残念ながら、
それを甘んじて受け入れるしかありません。
いずれ再び私たちが、
「人類普遍の理想」を掲げられる日が来るまで。