花と山を友として

何よりも山の花が好き、山の景色が好き、山で出逢う動物が好き、そして山に登る人が好き。
写真と紀行文で綴る山親父日記

安達太良山・紅葉劇場その3

2013年10月18日 | 登山

(今回は撮影しなかったので、3年前の写真で説明)
くろがね小屋の前に丸太のベンチなどがあり、休憩出来る
ようになっている。
比較的風当たりも弱かったので、ここで昼食にした。
(例によってこちら向きの登山者にはモザイクをほどこした)

風が無ければ、最高の休憩場所で、目の前の鉄山の紅葉が
流れる雲の影で、スポットライトを浴びた舞台のようであった。
くろがね小屋の客の誰かが、名前の元になった黒い鐘を鳴らした
カーンと冴え冴えとした音色が谷にこだまし、風に乗っていった


くろがね小屋の上流側は立ち入り禁止になっていてロープも
張ってある。岳温泉などの湯元になっていて、噴気口から
有毒ガスが出ているのだ。
登山者が5~6人、ロープの中に入り込んで休んでいた。
「あそこ入っちゃダメだよね」と話しをしていたら
くろがね小屋の方から男性が一人、駆け上がってきて叫んだ
「そこは立ち入り禁止ですよ、有毒ガスが出てますから
何があっても責任はとれませんよ。すぐ出てください。」
あわてて全員が降りてきた。

立ち入り禁止の看板も有るし、ロープも張ってある。
それでも尚、入る人がいる。公営とはいえ、くろがね小屋の人も
大変である
ロープをピーンと張り直して小屋の人が降りていった。

時間がおしていたので食事の後、コーヒーも飲まずに出発した
少し登ると巨岩が散在する開けた場所がある
そこからは「くろがね小屋」も見下ろせる展望がある
少し遅れているIさんを待って、光と影の織りなす紅葉を見ていた


光と影の織りなす自然のページェントが繰り広げられる








篭山から勢至平に続く尾根の上が赤く燃えている。
Kさんは言う「あれはきっとナナカマドの実だよ」
それほど今年はナナカマドの実が付いているのだ。
遠く二本松の町が霞んでいた。


矢筈森と篭山の間に有る「峰の辻」の尾根を目指して
登ります
峰の辻は、4つの登山道が交差する重要な場所である。


これも3年前に撮影した峰の辻の案内標柱

最初はここでコーヒータイムにするつもりだったが、風が
強くて「低体温症になるよ」と言うのであきらめ、どの
コースで登るか聞くと、「時間がないし「沼の平」は前回の
時に見たからパスして、安達太良山に直登するコースを
行きましょう」という。

ということで、前回の時に見た「沼の平」の写真を紹介

沼の平の全景
ここも3年前にブログで説明しているので、それをそのまま
引用コピーする。

以前は、この沼の平を横切って馬の背に登るルートが有ったが
平成9年の9月15日 午前10時過ぎ、関東から来たグループが、沼の平に到着後
濃霧に巻かれて道を失い、3班に別れて道を探りながら進んだところ、その内の南に
進んだグループが、障子ヶ岩の絶壁に阻まれ、引き返す事になり
その途中で火山ガスを吸った4人が次々と倒れて死亡した為、その後沼の平のコースは
入山禁止になった。(山渓のYAMAPから引用加筆)
また同じ理由で、馬の背からくろがね小屋に向かうルートも入山禁止となっている。

日本百名山を書いた深田久弥も岳温泉から勢至平を通り、くろがね小屋に一泊して
馬の背に登り、沼の平の様子を次のように書いている。
「三方をものすごい岩壁に取囲まれたこの平は、その名の通り以前は沼だったそうだが
今は砂地に化している。
明治33年(1900年)の爆発でここにあった硫黄精錬所が害を被り、70余人の従業員が
全滅したという。」

これを読めば、この沼の平が比較的新しい火口である事が判る。
深田は、その後山頂に登り、「霧に包まれて眺望は得られなかったが、山頂を極めた
喜びに変わりは無かった。」と書いている。


これを読めば、くろがね小屋の上流側が立ち入り禁止に
なっている理由がわかるであろう。

長くなったので話しを戻して


峰の辻から安達太良山に向かうコースの様子、もちろん山頂は○○の形
だから判るよね。(笑)


苔に覆われ緑に染まった美しい谷の脇を登ってゆくと


逆光にキラキラ輝くカヤが有ったりして、思わず立ち止まる。
振り返ってみると


矢筈森から峰の辻に下る道に大勢の登山者が見えた


峰の辻も明るい日差しに照らされている。


もう少し上から再び振り返ると、矢筈森の尾根が帯のような
黒い影に染まっていた。


振り仰げば、山頂の肩の薬師岳コースとの分岐がもうすぐだった。

この後、私たちは山頂には登らず、薬師岳に向かって長い坂道を
下っていった。
石かごろごろしたり、段差が有ったりしたが、またもやツルリンドウ
などの花に癒されて下った。
仙女平の分岐で、風の当たらない場所を見つけ、ようやく暖かい
コーヒーを入れた。時間は午後の2時20分過ぎだった。

これがこの後の悪路の下山で役に立ったのである。
疲労がたまると、思いがけない物につまずいたりする。
本人は上げたつもりでも、足があがっていないのだ。

暖かいコーヒーで覚醒した身体が、事故を防いでくれた


振り返れば、早くも日が傾いて紅葉の斜面の陰影が濃くなっていた


ようやく薬師岳展望台に到着すると、「この上の空がほんとの空です」
と書かれた二本松市の記念標柱が立っている。
この言葉は、高村光太郎の詩集「智恵子抄」に書かれた妻千恵子の
言った言葉に由来する。
千恵子は二本松市の造り酒屋の娘だったから、二本松市が記念に
立てたのであろう。
故にここは記念撮影のメッカになっている。

尚、このことについては、日本百名山の深田久弥氏も書いているが
花の百名山の安達太良山の項で、田中澄江さんも詳しく
書かれているので一読をおすすめする。


日がかげって輝きを失ってしまったが薬師岳展望台からの
紅葉の眺め、ゴンドラリフトが動いていたらと残念だ。


薬師岳展望台から見る山頂方向の展望
左下の登山者が歩いているのが五葉松平に向かう下山路


五葉松平には立派な標柱が立っていた。
ここからスキー場のゲレンデに降りるコースは、とんでもない
悪路で、ドロドロの急坂と段差で、登山靴が泥まみれだった
無事に降りられたのは、あの暖かい一杯のコーヒーで覚醒した
からに相違ない。

午後4時過ぎ、ようやく山麓の切符売り場に戻ってホットした。
まさかの大渋滞から始まった紅葉劇場のドラマもようやく終わった。

(この山旅が復興支援の一助になることを願って)










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