花と山を友として

何よりも山の花が好き、山の景色が好き、山で出逢う動物が好き、そして山に登る人が好き。
写真と紀行文で綴る山親父日記

栃木路の早春の花

2013年02月28日 | 写真

栃木県佐野市・柿平の節分草


同じく柿平の節分草、まだ咲き始めで咲いている数も少ない


ただ群生地の下にある土手は、満開状態だった。


栃木市星野の四季の森の節分草、こちらも咲き始めで
見頃は3月に入ってからかな。


栃木市星野のカタクリ群生地の湿地に咲く座禅草
株が少なく、向きも悪くてなかなか撮りにくい場所


栃木市星野の黄花節分草(外来種) 昨年は栽培している
レストランの庭に入れたが、今年は木戸を閉めたままで
入れなかった。

星野には早くも団体バスが来ていて、春の花のシーズン到来を
告げている。

帰路に、大柿の花之江の郷に寄って、早くも咲いていた東一華や
雪割草の花を堪能した。
植栽した物とはいえ、東一華は早すぎますね。


花之江の郷の植栽された東一華


同上


雪割草


雪割草


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栃木県佐野市には、座禅草の群生地があり、丁度柿平の節分草群生地の
前を走っている200号線の奥になる。
初めて行くので、途中で場所を聞きながら走った。

自宅前の畑で仕事をしていた年配の男性に聞いたら、身振り手振り宜しく
道案内をしてくれた。
「人家の無い所を何度も通るが、諦めないで走れば、やがて座禅草の
群生地の看板が立っている所に着くから。」
と言うので有った。

確かに言われるように、だんだん山奥に入り、残雪や路面の凍結した
山道を走ると、不安になってくる。が諦めずに走ると看板が立っていた
結局、柿平から12キロも山奥に入った場所に座禅草の群生地は有った。

が肝心の座禅草は、芽も出ていない有様だったし、群生地は杭と鉄線で
回りを囲んで、その周囲に木道の遊歩道があり、写真撮影にはあまり
適した場所とはいえないと思う。


途中の目印、左手にキャンプ場が見える場所を通る


それを過ぎると、玉雲寺というお寺さんが左に見えてくる
そこを過ぎて、正ノ沢1号橋という橋を渡ると、群生地は
近い。


道路左側に立つ群生地の案内板


この群生地が佐野市の特別天然記念物に指定の看板


遊歩道入口付近


柵と鉄線に囲まれた群生地


中をのぞくとこんな感じだ

春景色

2013年02月25日 | 写真

寒咲き菜の花・ひたち海浜公園 (21日)

満開の部分では空が入らず、ちょっと寂しい


同じく水仙

春の香りを探して
菜の花の咲く千葉の御料牧場に行きたかったが、ガソリンの
高騰であきらめ、ひたち海浜公園で撮影した。

見晴らしの丘に登ると、身震いするような冷たい風が吹き付ける
あっという間に帽子を飛ばされた。
ロープの外側まで飛んでしまったので、諦めて戻ったら、登って
きた家族連れの若者が、身軽に拾いに行って渡してくれた。
みんなニコニコ私を見ている。
風は冷たかったが、心がホッコリして、私も笑顔でお礼を言った。

晴れ渡った空の向こうに、筑波山が背伸びしていた。


見晴らしの丘から海を行く白い船が見えた。

~~青い海 お船は遠く霞んでる、、、、思わず口ずさむ歌。

振り向けば、連なる阿武隈の山並みの向こうには、今も汚染と
戦う人々が暮らしている。
いわきの海岸に有った美空ひばりの歌碑を思い出した。
浜辺の「みだれ髪」の歌碑の前に立つと、美空ひばりの歌が
流れる。

「春は二重に巻いた帯 三重に巻いても余る秋」女心の切なさを
歌ったくだりが好きだったという美空ひばり
近くには歌に出てくる「塩谷岬」があり、白く輝く灯台が有った

この灯台は映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなっている

この歌の作曲は「船村 徹」で、彼は栃木県の生まれだった。
学校で知り合った茨城生まれの「高野 公男」とのエピソードが
面白い。
高野が船村に言った「俺は茨城弁で書くから、おまえは栃木弁で書け」
それがヒントになって、北関東のイントネーションを楽曲に取り入れたと

後に「別れの一本杉」を生み出すコンビはこうして育まれたという。
「別れの一本杉」は、春日八郎が歌い50万枚という空前のヒットになった
売れない作詞作曲のコンビは、これで一躍世に知られたのである。
ところが、これからという翌年の1956年、高野公男」が26歳の若さで
病死してしまった。

笠間の陶芸の丘に行くと、高野公男の碑が建っていて、盟友船村徹の
歌が流れる。
数年前、その碑の前のベンチで、一人船村の歌を聞いていた。
 





楽しかった森ボラ

2013年02月24日 | ボランティア

落ち葉の堆肥を作るため、杭と竹で枠作りする参加者(23日土曜日)


杭を打つ女子大生は、カケヤ(掛矢=くい打ちなどに使う大形の槌)を
力を込めて振り下ろし、周りの人から「カケヤは持ち上げるときは
力を入れるけれど、打つときはカケヤの重さだけで打つんだよ。」
とか「槌の下面が杭に平に当たるように打てば、杭の表面に割れが
出来ないし、杭も良く刺さっていくからね」とアドバイスされていた
実際にお手本を見せるベテランに、みんななるほどと感心。
槌の重さだけで打つことと、杭の上面に平に当てると、ぐんぐん杭が
刺さっていくので、論より証拠である。


でも実際にやってみると難しいよね。


同じ頃、こちらでは親子参加の子供達が、古い落ち葉の堆肥から
カブトムシの幼虫を探しています。


幼虫発見!! 大きいね、男の子はもう夢中です。


こちらでは「薪クラブ」の人たちが、太くなりすぎた木を
切って、薪にするために作業をしています。
自宅で薪ストーブを使っている人たちは、チェンソーの扱いも
なれていますね。


一人だけ座り込んでいる人がいます。
何をしているのかと思ったら、チェンソーの目立てでした。


お茶タイムに駆けつけたKさん、何でも場所を間違えて筑波山麓
まで行ってきたとか(笑)
但しこの写真には写っていません名誉のため。あしからず。


落ち葉かきが始まりました。
集めた落ち葉は、ブルーシートに載せて、みんなで一気に
運びます。


子供達もお手伝い。


囲いに入れた落ち葉をみんなで踏み込み、このときはメタボ歓迎(笑)


落ち葉に埋もれて、子供達も大はしゃぎ。


カコーン、カコーンと気持ちよい音を響かせて、薪クラブの
人たちが薪割をしています。
できあがった薪は、クラブの人たちで分配して持ち帰ります。

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久々のブログの更新になりましたが、書いていない日にも沢山の
方が訪問してくださいました。ありがとうこざいます。
21日には190名を超す方々が訪問されたので、何で?とこっちが
びっくり。申し訳けないですね。

寒い日が続いていますが、皆様、お身体を大切にしてくださいね。
私は現在、身辺整理をボツボツと始めた関係で、ブログをさぼっています。
整理を始めたのは良かったのですが、なかなか捨てられず、思わず
読みふけったりして時間ばかりが過ぎてしまいます。
馬鹿息子に「本を捨ててあげようか」と言われて、思わずむかついたり
「俺が生きている間はダメ」と言ってみたり、さっぱり整理が進まない
今日この頃です。(我ながらさまよえる魂と言った案配です。)

もう一つは、このブログも、写真を多用したため、写真の容量が限界に
近づき、どうするか決めかねています。
やめるか、移転するか、過去の写真を削除して、容量を空けるか
悩んでいるところです。

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寒さのせいで、梅林の開花が遅れて、このままだと3月にずれ込み
そうですね。
22日に様子を見に行ったら、白梅がちらほら咲き始めただけで
さっぱり開花が進んでいませんでした。














水仙の独り言

2013年02月17日 | 詩・俳句・短歌


私は神様に祈るけれど
宗教は嫌い

世界中で戦争を起こしている原因の一つ
宗教の違い

人の命を大切にしない宗教って
宗教といえる?

宗派が違えば 邪教とののしり
金ぴかの寺院の影で、無惨に殺される人たち

宗教の始まりは 無心に祈る事だったはず

私は神様に祈るけれど 宗教は嫌い





コシガヤホシクサのシンポジウムのお知らせ

2013年02月16日 | 日記

落日の前の筑波山の遠景

明日、下妻公民館で開かれる「コシガヤホシクサシンポジウム」のお知らせ

日時 2013年2月17日 13時30分~16時30分
   開場は12時00分 入場は無料です。

場所 茨城県下妻市城町3丁目36番地
   下妻市公民館大会議室
カーナビ用電話番号 0296-43-7370

国立科学博物館筑波実験植物園のホームページ
ご覧ください。


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ピンボケ写真ですが、挨拶に来た小鳥たち


鳥は良く判らないけれど、ルリビタキかな、神郡の蚕影神社にて撮影
あっという間に逃げられて、ピントを合わせる暇が無かった。


水を飲みに来たヒガラかな、冠羽らしき物がある

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冷たい風の中に、春の足音がする
優しい光と、匂いを連れて
今年も来てくれた君たちに
ありがとう。





    

筑波山麓・燧ヶ池

2013年02月14日 | 日記

燧ヶ池の大榎と筑波山、残念ながら枝振りが評判だったという
大枝が折れてしまい、訪問が一足遅かったようだ。

筑波山に登ると、南麓に三角形の池が見える。
一度は行ってみたいと思いつつ、何故か実現しなかった。
先日の筑波山麓ハイキングで貰った案内に池が出ている。
思い切って行ってみた。


池に写る筑波山、ただ蓮の枯れ枝が湖面に残っているので
イマイチという感じは免れない。


西側から見た燧ヶ池


土手には多数の薬莢が落ちている。鳥打ちの猟場かな?


大榎の幹、中は空洞になっている、左上に折れた跡が生々しい。


そばには折れた大枝が置いてあった。人力では持ち上げられない
巨大さである。


ここの名物だった大榎、かなり離れないと全身が入らない。


ここの土手には彼岸花が密生していて、特に大榎の根元は
数も多い。
ネットで燧ヶ池を調べると、この彼岸花の見事な写真も出てくる
私たちになじみの「つくばスタイル」のブログにも、すてきな
桜の写真が出ているし、つくば市のツイッターでは、大榎の大枝が
折れた写真も掲載されていた。


土手の下の農道ぞいに、パワースポットとして大榎が案内されていた

つくばスタイルのブログ (桜)
同じく彼岸花

フェイスブックの記事

つくば市が3月に行う山麓ウォーキングが有ります。
詳細はこちらです

燧ヶ池の場所は、先日紹介した「石倉RIZ」の案内図にも出ているので
再掲載します

9番の番号のところを見てください

今日の筑波山梅林

2013年02月13日 | 写真

ようやく紅梅が咲き始めました。
梅林では、梅まつりの準備で旗を立てていました。


見返り縁台の下側の紅梅


縁台から紅梅とロープウェイ


梅林中腹の白梅はまだ咲かず


同じく梅林の中腹、ここだけ木葛が敷き詰めてあった。


東屋の木道は完成していた。


梅林上部の駐車場周辺で満作が咲いている。


梅林に咲くホトケノザ


ロウバイはピークを過ぎて、色がくすんでいる。


夕映えの筑波山


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神郡で茅葺き屋根の家が建築中
花の季節には絵になるかも。


神郡にトビ(たぶん、間違ってたらごめん)大集団がいた。




田んぼにいたトビの集団


大空を悠然と舞う


梅林のコケ


梅林のコケ2
緑の輝きは命の輝き、思わずカメラを向けてしまう。

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筑波山麓ハイキングの案内写真は、もう少しお待ちください。
確定申告の準備が終わってから掲載します。

昨日、燧ヶ池の撮影に行って、どこかに三脚を忘れてしまい
本日、探しに行きましたが、発見出来ず。
アルツハイマーもだいぶ進行してしまいました。(笑)

笑っている場合じゃなかった。
花の撮影が出来ないよー。(泣)





筑波山麓ハイキングのコース図

2013年02月12日 | 登山

昨日歩いた筑波山麓ハイキングのGPSコース図、(歩く距離およそ8キロ)
一番南側の神郡市営駐車場からつくば道を歩いて途中から
左折して、薬師堂→飯名神社→月水石神社→二十三夜塔で右折→
清水の湧水(雲の井)→子規の句碑のある丁字路左折→旧筑波第一小学校跡右折
→つくば道(丁字路階段)右に下る→旧筑波山郵便局・昼食休憩
旧筑波山郵便局から階段を登って筑波山神社方面へ→神社入り口から神橋の
右側を歩いて、お店の並ぶ神社の東側を突き当たりまで進みます。

と書いてもわかりにくいと思うので、後日写真でコース案内を書きますね

参考の為、配布された「筑波山麓マップ」の写真を載せておきます

このマップは、神郡の駐車場のある点滅信号の交差点かどの
「石倉RIZ」に設置されている配布箱に入っています。
この写真左下に、石倉RIZと神郡の交差点と駐車場の位置が書かれています

石倉RIZの全景、神郡の交差点角にある。
配布箱は、ミラーの左側に見えるマップの下にある。


マップと配布箱、マップを取り出したら上蓋を閉めてくださいね。


神郡の交差点への行き方は、県道14号線の大貫の交差点で曲がる
土浦方面からきた場合はGSの先で右折する。
(この写真は、石倉RIZのマップを撮影して、部分拡大したものです。)


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 最近、一年前の偕楽園の記事を見にこられる方がいますので
偕楽園のホームページのURLをお知らせいたします。
こちらです。
梅祭りのお知らせと、開花情報も掲載されていすます。

また筑波山ファンクラブの会員の方から、茨城県立歴史館に
おいて、「筑波山」の解説と展示をしていると紹介されました
茨城県立歴史館のホームページはこちらです
同展示で筑波山と神社の貴重な文化財をカラー写真で紹介する
本も千円で販売しているそうです。
入館料は、特別展の場合は大人580円
場所は偕楽園のお隣ですので、梅祭りに行った際、寄ってみては



筑波山ファンクラブの筑波山麓ハイキング

2013年02月11日 | 登山

神郡の駐車場に集まった筑波山ファンクラブの会員
いつもの観察会と違って、史跡や湧水などを巡る筑波山麓
ハイキングとあって、30名を超す会員が集まりました。
神郡の駐車場が満車になる盛況です。


筑波山の南麓は、暖かい所なので。日だまりハイクには
絶好の場所、会員どうしの話も弾みます。


鳥居の中に筑波山


お参りする会員

1月は、菅生沼のヨシ刈りに参加したので、筑波山ファンクラブ
としては、久しぶりの山歩きでしたが、楽しい一日でした。

特別な計らいで、今は使われなくなった旧筑波山郵便局で、お昼休み
建てられたのが昭和14年と言うから、私より古い!! 建物です。
先輩お世話になります。
管理している元の局長さんからお茶まで出して頂きました。
ありがとうこざいました。



奥日光・歌ヶ浜の着氷と戦場ヶ原ハイク5

2013年02月09日 | 登山

泉門池を出るとすぐに小田代ヶ原に抜ける分岐がある。
前回は小田代ヶ原に行ったが、今回は無理せず戦場ヶ原の
一周コースを歩く。赤沼まで2.8キロの表示がある。


7日のブログで紹介した案内板のコース図とコースタイムの
拡大した写真を参考に掲載します。

コース図、ここから青木橋→赤沼分岐→赤沼→三本松駐車場と
回るつもりだ。

主要区間のコースタイムと道順を示す図


案内板を見ていたら、たぶん自然博物館主催のスノーシュー
トレッキングの参加者と思われる団体がやってきた。
脇に寄って道を譲ったが、想像以上に参加者が多くて、ずいぶん待たされた。
山ガール風の若い娘から中高年まで、多彩な参加者だった。
写真は最後尾の参加者を撮影したもの。
こういう企画に参加した若い人は、やはり他の人から学ぶのか、きちんと
私の顔を見て挨拶していった。


白い林間で目立っているのは、倒木のコケだった。
彼らはこうやって次世代の木が育つ土を作っている。

多少のアップダウンを繰り返して、原生林の中や、湿原の端の
木道を抜けるとやがて湯川に架かる青木橋に着く。
そばにあるテーブルベンチに、いくつか雪が積もっていたが、乾いた
ベンチにザックをおろして、一息入れた。

そこへ赤沼方面から歩いてきた二人連れのご婦人が来て、泉門池への
道はこちらで良いですか と尋ねてきた。
コースを説明して、何気なくどこまで行くのかを聞くと、光徳まで行く
という。
北戦場ヶ原の木道が凍り付いて滑りますよと言うと、今回はスノーシュー
を持って無いから、どうしようかと相談していたが、引き返しますと
決断して引き返して行った。
前に歩いたときは、スノーシューを持ってきたが、全然使わず背負って
歩いただけだったので、今回は持たずにきたのだそうだ。


湯川に架かる青木橋


やがて遠くに見慣れた立ち枯れの木が見えてくると


付近にはこんな案内が出ている
小さな唐松は、戦前に植林されたものだという
今だから愚かな行為と思えるが、当時の人にとっては必死の作業だったかも知れない
雪原に墓標のごとくたつ唐松こそ、気の毒と言うほか無い。


小さい老木と男体山


見上げる立ち枯れの木、この木は、湯川の土砂でここまで成長出来たの
だろうか。
朽ちても尚立ちつくす姿は、堂々としている。

その先は、戦場ヶ原の展望台と言われるテラスとベンチがある場所に
出る。日光連山を展望する場所だ。
がこの雪の中では休んでいる人は少なかった。

展望台付近から見る日光連山、大真名子山と小真名子山


同じく太郎山


ところで戦場ヶ原の中に糠塚と呼ばれる丘が有る。
地図には三角点のマークもある場所だ。
その糠塚は、前白根山の尾根の一つだったものが、男体山の爆発で
火砕流で埋まり、わずかに埋まらなかった尾根の名残だという


この案内版の出ている一帯を見回しても、この時期には見分けにくい


私のカメラでは、一枚に収まりきらないのが残念だが、日光連山の
青空写真をどうぞ。左から山王帽子山、太郎山、小真名子山、大真名子山、
右端は男体山の裾野、小真名子山と大真名子山の間に白くちらりと
見える雪山が女峰山。


こちらは、小真名子山から男体山まで


振り返ってみる温泉ヶ岳


後半は湯川沿いに歩く道だ。
解禁されると釣り人が糸を垂れている姿が見られる場所だが
今は誰もいなかった。


ひたすら歩き続けて、ようやく赤沼分岐に到着したら、先ほど
青木橋から引き返したご婦人方に出会った。
聞くと光徳のアストリアホテルに宿泊するのだそうだ。
花の話などをしながら赤沼まで一緒に歩き、国道に出たところで分かれた。


氷とぬかるみの歩道を、三本松が遠いと思いながら歩いて行き
ふと前方を見やると、何と泉門池ですれ違ったスノーシュー
トレッキングの団体さんが屯している。
私が歩いたコースを逆に歩いたのだろう。


三本松駐車場と除雪した雪の山
暖かい飲み物と菓子パンで一息入れた。


帰り道、もう一度歌ヶ浜に寄ってみた。
もう日が傾いて、きらめいていた氷も光を失っていたが
ゆっくり見てみると、つららの重みで枝が倒れていた。
昼前に寄ったとき、写真を撮ることに夢中で気がつかなかったのだ。


アイゼンを付けて湖畔に寄り、中をのぞくと、打ち付けた波が凍り
悪魔の手のような造形を描いている。


彼方には相変わらず日光白根山がくっきりと姿を見せていた。
夕日に染まる姿を見たいと思ったが、いろは坂の凍結が怖い
諦めてかえることにした。


日光有料道路の日光パーキングから見た高原山

これで本年度一回目の日光詣では終わった。


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尾瀬の鹿の食害でついに鹿の捕獲決定、群馬県

先日、NHKのニュース で群馬県が尾瀬の鹿を捕獲する決定をしたと言う
ニュースが流れた。
それはそれで仕方がないのだけれど、鹿だけを悪者にして幕引きしては
ならないと私は思う。

意外と知られていないのだが、鹿の足の長さは46センチから50センチと
言われている。
それ故に、積雪が50センチを超すと、鹿は歩行困難となり身動きが
とれなくなる。
そのため鹿は、積雪が50センチを超すような場所では越冬せず、麓や
雪の少ない場所に移動していた。

ところが地球の温暖化で暖冬傾向が続き、降雪量が減ったため
鹿が移動せずに居着くようになり、また雪による自然淘汰もなく
鹿が増える傾向が続いている。

奥日光も同じような傾向で、鹿の食害が深刻である。
それ故に、鹿に樹皮を齧られた木が枯れる→枯れた木に虫が入る→
その虫を狙ってキツツキが来る→故に奥日光ではキツツキが増える
という笑えない現象も起きている。

もう一つは、山麓に鹿除けの電気柵を張り巡らされ、行き場を失った
鹿が、山に登り、高山植物を食い荒らすという現象も起きているという。
これは八ヶ岳の山小屋の主人が、先日放送された山番組で言われていた

知は力なりと言われる。
まずは知ることから始まる。
そして自分の出来ることから始めよう。








奥日光・歌ヶ浜の着氷と戦場ヶ原ハイク4

2013年02月07日 | 登山

北戦場ヶ原の木道から振り返ってみる日光連山
日差しは有るが、雪で冷やされた風が冷たい。


再び林に入ると、木の根元の雪が丸く溶けて「根回り穴」と
呼ばれる現象が目につく。
この穴が広がって山の雪解けが進んでゆくのだろう。

小橋を渡って林を進めば、やがて湯滝と泉門池(いずみやどいけ)の
分岐にたどり着く。
泉門池と湯滝の分岐、この分岐から左へ階段を下る


この階段は、とんでもない階段だった。
雪が凍ってとにかく滑るのだ。手すりにつかまっていても滑った
特に下る場合は要注意である。


付近にたっている案内板


階段を下から見上げた写真
この階段を下ると、湯川にかかる小田代橋があり、付近に
カワマスの産卵場所の案内が出ている


カワマスの産卵場所の案内


小田代橋、但し滑るので落ちないように注意


この付近は、色々な足跡が有るので、案内板の方向に
従う。


前方に泉門池のベンチが見えてきた。
ここまでは、誰にも出会わなかったが、ベンチに先客が数組
休んでいた。
みんなスノーシューを持っている。
軽アイゼンなんて、時代遅れなんだろうか


泉門池から見る男体山


夏でもいるマガモの案内板


泉門池の奥は、湧水がこんこんとわき出している
側に立っている青年に了解を取って撮影した写真
石についているコケも見事


泉門池付近にたっている案内


巨木についたこぶが、風雪の厳しさを表す。


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昨夜は久しぶりにサッカーをテレビ観戦した。
まあ勝ったから良いようなものの、相変わらず立ち上がりの
試合運びは冷や冷やものだ。

個人的には、茨城出身の大津君が、最後まで諦めずボールを
追っていたのが好感だ。


自生ではないが、咲き出した節分草、栃木の花之江の郷にて


同じくバイカオウレン
シベの形が面白い。

眠いので今夜はこの辺で

そうそう、昨日からの雪で、筑波山系の峠は、通行止めでした

通行止めのゲート

八郷側の雪模様、山頂に雪雲


奥日光・歌ヶ浜の着氷と戦場ヶ原ハイク3

2013年02月05日 | 登山

ズミの林を奥に入っていくと、この案内板のたっているところから
木道が始まる。


案内板をトリミングで拡大した写真、青色が逆川で戦場ヶ原に
土砂を堆積させて、ズミなどの林を作っている川だ。


ここから戦場ヶ原の湿原の中までは広い木道が設置されているが
スノーシューなどのツアーが通るので、踏み固められて凍り付いている
所々に木道からはみ出して踏み抜いた足跡がついている。


この写真では判りづらいかも知れないが、木の枝から落ちた雪や
しずくが、雪の表面に丸い紋を作って光っていた。


木道の上には、コースを示す赤いテープが下がっている。
林の無い湿原の木道には、木道の脇に目印の棒が立ててある。


先ほどと同じ、落ちた雪やしずくの文様が無数に有った場所
遠くから見ると、光を反射してキラキラ輝いている。


これから載せる写真は、土砂の堆積によって形成される林の
様子を逆にたどっている事になる。


ズミなどの多かった林から、白樺や柳などの疎林に
変わっていく。


そして最後は湿原にたどり着く。言わば湿原から林の形成を
逆にたどっている事になる。



これは、その事を説明している案内板である。



見やすいようにトリミングで拡大した。
このコースには、随所にこのような案内板がたっているので
自然の移り変わりが判って楽しいところだ。


昨年の1月に歩いたときには、この木道には雪がなかったが
今年は、真ん中にたっぷり雪が残っていた。
脇には木道の位置を知らせる棒も立っている。

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またまた筆休め

奥日光に出かける前夜、早く寝るつもりだったが、普段の不摂生が
たたって、なかなか寝付けない。
それならばと、山と渓谷社が発行している「ヤマケイ文庫」の
「森の聖者 自然保護の父 ジョン・ミューア」を取り出して
読み始めたら、これが面白くてつい夜更かししてしまった。
なんの事はない、かえって寝不足になったというお粗末。ああ~。

ヤマケイ文庫には、読みたい本が結構ある。
田部井淳子さんの「タベイさん、頂上だよ」とか市毛良枝さんの
「山なんて嫌いだった」もある。
加藤文太郎さんの「新編 単独行」もいつかは読みたい本だ。
面白いのは米田一彦さんの「山でクマに会う方法」なんて言う
本も有ることだ。

いかんいかん、夏に備えて尾瀬の資料も作らないといけないのに
読みたい本が増えて、作っている暇がない。
今度の11日は、筑波山ファンクラブの観察会があるから、先日の
にっぽん百名山の話で盛り上がるだろうから、是非参加しないと

と言うことで、奥日光には8時過ぎに自宅を出て、早く行っても
いろは坂の凍結が怖いから丁度いいやとうそぶきつつ出かけていった。
いくら冬タイヤを履いていると言っても、軽のタントではいろは坂は
怖い。一方通行なので、登れないからと戻る事が出来ないからだ。

幸いなことに、いろは坂は除雪されて車道には雪は無かった。
ただ融雪剤がたっぷりまかれていたので、車の下回りの洗車が必要だ
融雪剤は塩分を含むので洗車しないと錆びてしまうからだ。

融雪剤に使われている塩化カルシウムの写真
筑波山でも使われている。洗車は必須である。

そうそう、この融雪剤で道路や橋の鉄製品も腐食が早いという
思わぬ落とし穴が有る。知らぬが仏ではすまされない問題である。


奥日光・歌ヶ浜の着氷と戦場ヶ原ハイク2

2013年02月04日 | 登山

今回歩いた戦場ヶ原のコース、三本松の駐車場を基点に
戦場ヶ原を一周した。
距離はおよそ7Km弱、所要時間は2時間40分
アップダウンはほとんど無い。

湿原内は木道歩きなのだが、踏み固められた跡が固く凍りノーマルの
登山靴ではスリップして危険なため、持参の軽アイゼンを着用した。

前日降った雨のしずくが、雪の上に丸い氷となって輝くくらい、戦場ヶ原
の寒さは厳しい。

だが、すれ違う人のほとんどがスノーシューを履いていて
自分がまるで時代遅れの様であった。

このコースは、昨年の1月にも歩いたが、その時は踏み跡が無く
新雪の木道歩きであったし、小田代湿原まで歩いた。


駐車場から見る金精山、左の外山の右肩から真っ白な頭を
のぞかせている。
その右の低いところが金精峠で、そのさらに右の立木の後ろに
見える白い雪山が湯泉ヶ岳にあたる。


駐車場の奥の120号線の出入り口から振り返ってみる
男体山、駐車場に続く道は、除雪した雪がうず高く積み上げられている
男体山の雪は、薙ぎと呼ばれる崩落地に積もった雪だけが
見えるため、全山真っ白には見えないのだろう。


国道120号線の様子、車道にはほとんど雪がないが、歩道は
溶けた雪が凍り付き、ぬかるみと氷の連続だった。


光徳牧場方面の道も除雪されて、バスが運行していた


光徳方面入口付近に有る木、厳しい環境に耐えている姿が
ありありだ。


光徳入口からわずかに湯元よりに進んだ地点に、北戦場ヶ原を
横断するコースの入口がある。
除雪された道路脇の雪を乗り越えてはいる。

付近に「熊に注意」の看板が有ってドキリとする。
昨年の秋、赤沼茶屋から戦場ヶ原にわずかに入った地点で
茨城の男性が熊に頭をかじられたと聞いていたからだ。
まあ、この時期なら冬眠しているから大丈夫だろう。


コース入口に立っている案内板、写真の左下に「遊歩道にペットの
持ち込みはご遠慮ください」と書かれた注意も写っている
ペットって「持ち込み」と言うのか? うーん?!
いずれにしろ、ペットは連れて入ってはいけないと言うこと。
泉門池(いずみやどいけ)まで、1.5キロ30分と書いてある

初めて奥日光にきた頃、泉門池を「せんもんいけ」と読んで笑われた
普通に読んだら「せんもんいけ」だろうと今でも思っている
だいたい地元の人にしか読めないような地名には、ふりがなが欲しいよな


入口からわずかに中に入ったコースの様子
大勢の人が歩いて踏み固められていた。


光徳牧場方面から流れてくる逆川が、土砂を戦場ヶ原に
堆積するため、湿原にズミなどの林を形成してしまった所だ
ズミは水分の多い堆積地を好むため、戦場ヶ原の周辺部に
多いと言われている。
こうして湿原は徐々に失われていく。

また戦前の一時期、戦場ヶ原に唐松を植林しようとして
戦場ヶ原に排水溝を作った跡が今でも残っていて、戦場ヶ原の
水が湯川に注いでいると言う。(赤ぽい川底を持った所を渡るので
、橋を渡るときに注意して見よう) それも湿原が乾燥化する一因
になっているという。
戦場ヶ原の育ちの悪い唐松は、その時の名残だとも言う。

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ちょっと筆休み

さて東北復興支援を兼ねたドラマ「火怨・北の英雄 アテルイ伝」も
終わってしまった。
アテルイの木製の首が、鹿島神宮に奉納されている話は、前のブログ
でも書いた。
久慈さんの本に寄れば、寛文4年(1664年)奥州の藤原満清なる
人が奉納したと言うが、この人物が何者で、何故奉納したのかは
判っていないという。
この木製の首は、宝物館に収蔵されているという。

このドラマは、縄文時代を背景としており、確かな資料も少なかったで
有ろうから、制作は困難だったと思うが、戦士以外の蝦夷を津軽に避難
させ、何十年か先に再びふるさとに帰ってきて欲しいと、希望を託して
死地に赴いていったアテルイ。

802年、アテルイ、モレが河内の国社山で斬刑に処せられる
それから249年後、再びみちのくは戦いに巻き込まれてゆく
前9年の役が起こったのである。
私の田舎は、その舞台となった北上川が悠然と流れている。

さてもう一つのドラマ「八重の桜」、地元会津でもほとんど知られて
いなかった「山本八重」が主人公になる大河ドラマと言うことで
今や空前の八重ブームが起きようとしている。

このドラマに登場してくる実在の人物像を示す資料が、新たに見つかる
など、NHKの全国放送の威力をまざまざと感じさせる。

特に八重の最初の夫「川崎尚之助」については、離婚後 鶴ヶ城で共に
戦った所までは知られていたが、その後の事はあまり知られていなかった。
こちらのブログに最近発見された資料の事が書かれている。

また、八重の二度目の夫となる新島襄の創設した同社大学のホームページ
には、八重の特設ページも設けられていて、八重の写真も掲載されている

当然のことながら、福島県にも特設のページが設けられた

そして早くも、会津若松の史跡を訪ね歩いた人が、ブログを書いて
史跡案内をしている人もいる。
それに寄れば、史跡の案内板が数多く立てられているそうである。
会津は桜の名所である。
東北復興支援を兼ねて、春のみちのく史跡巡りに出るのもいいですね

何か新しいことをやろうとすれば「何もしない連中が必ず邪魔をする
そいつらを蹴散らして前へ進め
という意味の台詞が有りましたね。思わず同感!!




奥日光・歌ヶ浜の着氷と戦場ヶ原ハイク1

2013年02月03日 | 登山

紺碧の空と真っ白な日光白根山を立木の着氷が飾る
立木観音前の歌ヶ浜駐車場は、強風に飛ばされた波しぶきが
立木に着氷して氷の彫刻を作ることで有名だ。
中禅寺湖に面した駐車場の歩道は、分厚い氷に覆われて
滑り止めが無ければ歩くことも困難なくらいだ。


氷の花束に飾られて

船着き場も手すりも、何もかも凍り付いていた。









中禅寺湖の湖面も、青空を写し見たこともないような色だった

戦場ヶ原ハイクについては、後日に書くつもりだ。