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野村美月「“文学少女”と死にたがりの道化」

2009-08-03 23:20:09 | 読書
 近所の図書館で司書の方が絶賛のコメントを寄せた貼り紙を出していたのを目にして以来、気になっていた野村美月の「“文学少女”と死にたがりの道化」を読んでみました。表紙や挿し絵に美少女のイラストが描かれたいわゆる「ライトノベル」ですが、太宰治が好きな人が大いに楽しめる作品だと思いました。

 自らの暗部を隠すために道化を演じること、そしてそれを暴かれることを懼れること。これは程度の大小こそあれ、感受性の強い時期にある若者であれば誰もが思い当たる経験があるのではないかと思います。太宰治の「人間失格」はそんな若者の心に強く突き刺さるちょっと危険な小説ですが、「“文学少女”と死にたがりの道化」はこの「人間失格」を題材とし、随所で主人公・葉蔵による手記に似た暗いモノローグが語られるという、かなり異色なライトノベルです。

 主人公は部長と部員合わせてわずか2人の文芸部に所属する高校二年生の男の子です。優れた文才の持ち主で、他人には言えないトラウマとなっている過去を持っています。美少女の三年生の部長からせがまれては短編小説を書いて献上していた彼のもとに、先輩へのラブレターの代筆を依頼する一年生の女の子が訪れてきます。明るいドジっ娘そのものの後輩から求められるがまま、彼は彼女の「憧れの先輩」に向けた手紙を書き続けるのですが、何かがおかしいことに気が付きます。
 主人公は、手紙の宛先である「憧れの先輩」は存在せず、笑顔を振りまいていた依頼人の後輩が実は心の中に深い闇を秘めていることを知ります。同時に、彼自身も思い出したくない過去から目を背け、本当の自分でない自分を演じてきたことを思い知らされるようになるのです。「憧れの先輩」とは誰なのか?なぜ彼女は存在しない人物に宛てた手紙を書くよう彼に求めたのか?物語はミステリー小説の様相を呈し、ちょっとしたどんでん返しがあって一気に結末を迎えます。

 太宰治の世界を描くと共に、ミステリーの謎解き、そしてライトノベルらしく明るい「萌え」の要素もきちんと抑えた、実に内容の濃い作品です。また「”文学少女”と~」はシリーズ化されており、「人間失格」を題材にした本作以外にも、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」、アンドレ・ジッドの「狭き門」などを題材とした作品もあり、このシリーズを通じて様々な文学の世界を楽しむこともできそうです。ライトノベルには侮れない作品が少なくないですね。