クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

1990年代半ば、冬の“大天白神社”に残したもの

2015年12月09日 | はにゅう萌え
羽生にある大天白神社。
公園と隣接していて、藤の名所としても知られている。

ぼくが高校生の頃は、
ロードレース大会のときは大天白神社が集合場所だった。
そこから少し歩いてスタート地点まで行き、
利根川の土手を約10キロ走るというコース。

2年生の大会開催のちょうどその頃、何の憂いもなかった。
だからだろう。
最後によく知っている同級生に追い抜かれても、何とも思わなかった。
「お先にどうぞ」という感じ。

その翌年の高校3年生時の大会。
絶対に負けたくない人物がいた。
だから、走るのも必死だったし、気合も入っていた。
ゴール直前、背後からラストスパートをかけてくる音がしたから、
「ここで負けてなるものか」の想いで全力疾走。
幸か不幸か、ちょうどそのとき撮られた写真が卒業アルバムに載っている。

この2つの違いを、ぼくはいまも自戒を兼ねて思い出す。
「いまのままでいいや」と思うと、
人は頑張る気持ちが薄くなる。
いまとは別のところを目指さなくなる。
上も目指さない。

逆に、ハングリー精神があると、
エネルギーが爆発する。
現在とは別のステージに行こうとする。
現状打破。
少なくとも、自分が求める場所に向かって努力する。

「お先にどうぞ」と思った高校2年生当時の現実。
「負けてなるものか」と全力疾走した3年生当時の現状。

必ずしも前者が悪いわけではない。
でも、停滞感は否めない。
自分の枠を越えられない感が強い。
冬の大天白神社に足を運ぶとき、
ロードレース大会のことがふと脳裡によぎる。

ちなみに、現在母校では利根川沿いのコースは走っていないらしい。
荒川沿いのコースなのだとか。
だから、自ずと大天白神社には集まらないわけだ。
利根川派としてはちょっと寂しい。

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2 コメント

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Unknown (MICHIKO)
2015-12-14 23:19:45
こんにちは。
12月にしてはあったかいですねー。

今年も高2の息子、荒川で走ってきました。
設定されたタイムを超えるともう一度学校で走らなきゃならないそうで、『それはイヤだ!』ともう必死。
追い越した追い越された、ではなくて、『タイム以内ならなんでもいい』状態です(笑)
ちなみに私のときも利根川だったのですが、実は全く覚えてません。練習のとき、学校のまわりを走らされたのは覚えてます。
あのころは本当に田んぼしかなかったですからね。

大天白の思い出といえば、45年ほど前の小学校入学のときの試験です。といっても、○、△、□を書いただけなんですけど、300人近い幼児が集まり大広間の畳に正座して書いたのは覚えてます。

しかし、大天白にそんな広間があったかなあ、と、もしかして記憶がねじまがってるのかもしれないですね。確かめようにも、親はもう亡くなってるし。学校内でなかったことは確かなのですけどね。
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MICHIKOさんへ (クニ)
2015-12-21 01:08:56
コメントありがとうございます。
返事が遅くなってしまってすみません。
ここしばらくバタバタしていて、ちょっと息ができたところです。

息子さん、荒川を走ってきましたか。
高校二年生の冬。いいなぁ。
熊谷までは電車ということですよね。
終わったあとは熊谷に寄り道もできる。
ロードレース大会が終わったあと、池の畔で待ち合わせをしたこともあったのですが、
荒川なら熊谷駅で待ち合わせできたかも(笑)

田んぼの道を走ったのはぼくもよく覚えています。
走っていれば授業が終わったので、
マイペースさん的には好きな時期でした。

実は最近、大天白神社の集会所にあがりました。
幼児300人くらいならば、入ることは可能かもしれません。
かなり広いスペースでした。
いまにもステージショーが始まりそうな雰囲気で(笑)
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