クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

給食のあまったご飯で作るおにぎりの味は?

2019年02月07日 | グルメ部屋
僕以外の家族が全員インフルエンザにかかり、
しばらく家事に追われる日々を送りました。

ある日、夕飯に炊き込みご飯を作ったときのことです。
ふと小学3、4年生に担任だった女性の先生のことを思い出しました。

先生はときどき、給食であまったまぜご飯をおにぎりにしていたからです。
大量に残ったご飯を戻すのは忍びなかったのでしょう。
先生は腕まくりをすると、せっせとおにぎりを作っていきました。

もう「ごちそうさま」をしたあとです。
配膳の片付けをしている真っ最中で、
すでに教室を出て行った子もいます。
それに、作ったおにぎりを全員に配るわけではありません。
まだお腹に余裕のある子だけ食べなさい、というものでした。

先生の作ったおにぎりは、やけにおいしそうに見えたのを覚えています。
相手は小学生ですからさほど大きなものではなく、
量も10個前後だったでしょうか。

僕は全くお腹が空いていないのに、
先生が作ったおにぎりには必ず手を伸ばしていました。
おいしそうに見えたからにほかなりません。
そして、実際にそのおにぎりはとてもおいしいものでした。

満腹状態なのにおいしいおにぎりというのは、
やはり先生が握ったからなのでしょう。
とても厳しいイメージのある先生だっただけに、
何か特別のもののように見えたのかもしれません。
先生が握ったおにぎりの味は、約30年が過ぎたいまもはっきりと覚えています。

だから、まぜご飯や炊き込みご飯を見たり食べたりするときに、
ふと思い出すのでしょう。
懐かしい感情と同時に、またあのおにぎりを食べたいと思うのです。
おにぎりを食べられたのは、
あの先生を担任に持った僕らの特権だったわけですから。

小学5年生にあがると、別の先生が担任になりました。
はっきりと覚えていませんが、
おにぎりを作った先生はほかの学校へ移っていった気がします。

先生の消息は知りません。
風の噂で先生のことを聞くことはありましたが、
その真相を確かめる術は幼かった僕にはありませんでした。

大人になって、知り合いの先生に訊ねてみても首を傾げられるばかりです。
世代としても、もうだいぶ上なのでしょう。
町で偶然見かけることもありません。
また、普段から先生を探しているわけでもありません。

40歳になり、先生のおにぎりを思い出したのは、
家族がインフルエンザになったのがきっかけです。
炊き込みご飯を作らなければ、思い出すことはなかったでしょう。
逆の言い方をすれば、50歳や60歳になっても、
炊き込みご飯やまぜご飯を見たり食べたりしたとき、
同じように脳裡に浮かぶのに違いありません。

五感の記憶は強いものです。
特に、味と匂いは瞬く間に記憶を蘇らせます。
寂しいのは、あのときのおにぎりをもう食べることができないということ。
お店へ行き、お金を払えば食べられるというわけではありません。
あのとき、あの場所でしか味わえなかったものです。

宿題の量はやたら多く、テストは必ず抜き打ちで、
妥協を許さず、どんなものでも全力だった先生。
小学生時代、一番勉強したと実感しているのは、
その先生が担任だった2年間にほかなりません。

そんな先生が、昼休みの一コマに作ったおにぎりでした。
その味をよく覚えているのは、
先生の優しさとあたたかさを、おにぎり越しに感じたからなのかもしれません。


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