クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

女先生とドジョウ(4)

2007年01月17日 | ブンガク部屋
玉浮きは風に流され、岸に近いところまで運ばれていました。
糸を上げると、やはりドジョウは無傷のままです。
ブラックバスが囓った形跡は見当たりません。
ただついさっきと違っていたのは、立花先生がそばにいることと、
ドジョウを見て上がった悲鳴でした。
「エサはドジョウなの?」
と、先生は目を丸くして言います。
おそらく練りエサかルアーを想像していたのでしょう。
ドジョウはぐったりとして動かず、
生きているのか死んでいるのかもわかりません。
「「よしみや」で買ってきたんだ」と、スズヤンが言います。
「あそこにドジョウが売ってるの?」
「ほかの店にもあるけど、よしみやのドジョウが1番釣れるんだ」

スズヤンは買ってきたドジョウを見せます。
先生は再び悲鳴を上げました。
透明のビニール袋の中に、大量のドジョウがウネウネしているのです。
見ていて決して気持ちのいいものではありません。
スズヤンが指で軽く袋を叩くと一斉に動き回るのでした。
「こんなに買ってきて全部使うの?」
先生の言葉にスズヤンはやや肩を落とします。
「使うはずだったんだけど、全然釣れねえんだに」
「どうして?」
「わがんね」
先生は見慣れてきたのか、ビニール袋に顔を近付けます。
そのとき1匹のドジョウが突然浮かび上がったかと思うと、水面に顔を出し、
またビニール底へ潜っていきました。
「あ、呼吸した」と先生は言います。
「呼吸? ドジョウも息を吸うんかい?」
スズヤンも顔を近付けます。
すると、心なしか中が騒がしくなった気がしました。
「もちろん呼吸するのよ。でもドジョウはほかのお魚と違って“腸”で息を吸うの」
「腸?」
ぼくたちは覗き込むように、先生の顔を見つめます。
「人間は肺で呼吸するでしょう? でもドジョウはそれが腸なの」
「そんなんおかしいで」
「そう、おかしいの」
ぼくも初めて聞くことでした。
そもそも魚の呼吸法など考えたこともありません。
先生は教壇の上に立っているときみたいに優しく言葉を続けます。
「普通の魚はえら呼吸でしょう? だけどドジョウは外の空気を吸って腸で呼吸するから、こんな少ない水にいっぱいいてもなかなか死なないの」
「水の外に置いといてもちっとも死なねえよ」
「それは皮膚でも呼吸ができるからなのよ」
「え、そうなん?」
「ドジョウは冬になると、水が枯れても土に潜って冬眠するでしょう? これはこのお魚独特の呼吸法でなければできないことなの」
「言われてみればそうだな……」
「中には30㎝も地中に潜るドジョウもいるそうよ。だからドジョウの漢字も、「泥鰌」って「泥」の字がつくのかしらね」
「なあ、先生は国語の専門なのにいら詳しいで」
「そりゃあ羽生育ちですもの。一緒に遊んでいた男の子に教えてもらったの。ありふれたお魚だけど、本当は珍しい生き物なんだって」
先生は顔を綻ばせて言いました。
夕日のせいか、その頬は少し赤く染まっています。

「じゃあ、ドジョウ獲りなんかもやったんかい?」
「網を使ってやったわよ。釣りはひとりになるからやらなかったけど」
「ほかにどんなことして遊んでたん?」と、スズヤンは言います。
彼はすっかり先生に興味津々のようでした。
ぼくと違って緊張している様子はありません。
「夏休みには林に入ってカブトムシもつかまえに行ったわ。羽生は自然がいっぱいでしょう? 一緒に遊んでいた男の子たちは野生児みたいな子たちばかりだったから、いろいろなことを教えてくれたの。木登りもしたわ」
と、先生は答えます。
体の細いいまの先生からは想像ができない少女時代です。
「いまでもその人たちと遊んでるんかい?」
スズヤンは言葉を続けます。
「こっちに戻ってきてからはね。羽生に残っている人たちがほとんどなのよ。さすがに魚とりや虫とりには行かないけど、ときどきそういう思い出話をするの」
「なんだ、思い出話だけか」
「あら、それだけじゃないのよ。料理屋で生まれたお友だちは、わたしたちの前で生きた魚を捌いてくれるの。もうすごい迫力よ!」
先生は突然手を振り下ろします。
おそらく魚を切る真似をしたのでしょう。
いつの間にかその瞳はキラキラと輝いています。
しかし、スズヤンは捌かれる魚よりその出所が気になったようです。
「それは釣ってきた魚なん?」
彼は3度の飯より釣りが好きな男です。
釣りの匂いのするものはすかさず食らいつきます。
その質問に先生は首を傾げました。
「さあ、どうだろう……」
「その人はいまでも釣りに行ってるんかい?」
「行ってるかもしれないわね」
「今度その人にいい釣り場知ってるか訊いてくんない?」
今度はスズヤンの方が熱っぽくなっていきます。
先生は一瞬虚を突かれたような顔をしましたが、
すぐに可笑しそうに微笑みました。
「ええ、いいわよ。今度訊いてみるわね」
スズヤンも先生の笑みにつられて、笑顔を見せるのでした。
(「女先生とドジョウ(5)」に続く)
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東谷の地形は羽生城を守れるか? ―論文(11)―

2007年01月17日 | 羽生城をめぐる戦乱の縮図
(メモ)
城を築くにあたって適した5つの条件。
1 支配地一円に対し交通が便利であること。
2 背後地が産業経済の利息をもつこと。
3 戦略上の要地であること。
4 敵の奇襲を防ぐのに適した地形であること。
5 有力な支持勢力が付近に存在すること。


さて、3と4は「戦略的な要害地」という観点で同等に扱えよう。
羽生城史における合戦は防戦が多く、
上杉謙信の拠点として最後まで北条氏と対抗できたのは、
羽生城がいかに堅固な城であったかということを物語っている。
その守りの堅さは、城の東南北を囲む大沼に拠るものが大きかったであろう。
沼の規模は『新編武蔵風土記稿』所収の「正保改定図」「元禄改定図」を見ると、
藤井村、今泉村、廿一人方村(前原村)、喜右衛門新田、下手子林村、
上手子林村、下羽生村、北袋村など8ヶ村にわたっている。
また上羽生の「篠町」(「岸の町」の訛り)、
羽生町の「尾淵」の小字から読み取れるように、
そこまで沼が伸びていたことも想像できる。
古代から洪水と乱流を繰り返していた利根川によってできた自然堤防や、
低湿地、泥炭地をうまく利用し、羽生城を築いたのではないだろうか。

沼や低湿地を防御の要とし、古墳や塚を矢倉台や物見櫓に利用したのだろう。
また本城近くに「鐘打山」という地名が残っているが、
これは春日山に向かって一里ごとに鐘が備えられ、
緊急時に打ち鳴らすことによって上杉謙信に知らせていたと伝えられている。

このように木戸氏は地の利を巧みに利用して、城の防御を堅めていた。
城の周りを大きく堀で囲み(遠構え)、
さらに城中と町分を分けるために惣構えを掘り、
西南北からの敵の攻撃に備えて士辺曲輪をはじめとする何重もの土塁と堀を構えていた。
『新編武蔵風土記稿』に「何様堅固の体なり」と記されているのは、
こうした要害に守られた城である所以だろう。

最後に5「有力な支持勢力が付近に存在すること」だが、
〈広田氏と木戸氏〉の章で述べたように、
武州忍保に居住する広田氏との関係がこれにあたる。
木戸範実の父は広田朝景が有力であり、新参者の木戸氏は在地的基盤を固めるために、
広田氏との関係を有効に利用したものと考えられる。
このほかに妻沼の玉井豊前や嶋田氏がのちに羽生城と密接に関係してくることから、その関係性が気になるが、
築城時において彼らが木戸氏と係わりを持っていたのかは不明だ。
古河公方に属していた時代には、支持勢力が多くあったかもしれない。
しかし永禄3年に上杉謙信に属し、元亀元年を境に敵対勢力に囲まれ、
孤立奮戦に追い込まれていったことは、
羽生城通史を初めて明らかにした冨田勝治先生の研究によって知ることができる。

以上、冒頭に挙げた5つの条件を検討してみたが、
簑沢・東谷の地は築城に適していると言えよう。
発達した集落を背景に、天然の要害を利用して城を築いていったのである。
遺構が全て消滅したいまとなってはその景観を想像することは難しい。
しかし、群雄割拠の時代に敵に囲まれながらも懸命に生きた人々の足跡は残っている。
慶応3年(1867)の羽生陣屋構築の際、
ことごとく城の遺構が取り壊されてしまったことが惜しまれてならない。
(「論文12」に続く)

※画像は「鐘打山」と呼ばれた跡地です。
 現在は変電所になっています。
 鐘打山については後日改めて触れたいと思います。
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「今週、妻が浮気します」の“妻”に当てはまる女は?

2007年01月17日 | レビュー部屋
1月16日、ドラマ「今週、妻が浮気します」(フジテレビ)が
新しくスタートしました。
主演はユースケサンタマリアと石田ゆり子。
「電車男」のように、インターネットの掲示板が原作です。
“妻の浮気”というキーワードは、
近年よく見るようになった気がします。
不倫というと、既婚男性と独身女性との道ならぬ恋というイメージがありますが、
“妻”もしっかり浮気をするようです。
その人妻の恋は小説界にとっては格好のネタとするところ。
『ダ・ヴィンチ読者7万人が選んだこの一冊』が所収した
不倫小説ベスト5は以下のとおりです。

1位 失楽園(渡辺淳一)
2位 不機嫌な果実(林真理子)
3位 源氏物語(紫式部)
4位 マディソン郡の橋(ロバート・ジェームズ・ウォラー)
5位 情事(森瑤子)

これらの小説に登場してくる女たちは、浮気(不倫)をしているわけです。
ジョン・ミルトンの同名小説でありながら、
不倫を描いた渡辺淳一版の『失楽園』は映画やドラマにもなり、
大きな話題を呼んだことは記憶に新しいと思います。
ぼくも流行に乗せられて映画を観に行きましたが、
ある種の狂気を垣間見た気がして恐かったのを覚えています。

このランキングで唯一の海外作品は『マディソン郡の橋』。
1990年代、C.イーストウッド監督・主演で映画にもなりました。
ぼくはこの映画を観て涙したという同級生の女の子から話を聞き、
初めてその存在を知りました。
彼女は『マディソン郡の橋』のすばらしさを得々と語ってくれましたが、
ひと言で言えば不倫愛を描いた映画らしく、
「不倫なんでしょう?」と興味のない返事をしてしました。
すると彼女は「単なる不倫とは違うの」とすぐに反論します。
不倫は不倫でも、彼女にとっては“愛”そのものだったのでしょう。
ぼくはそのとき彼女が好きだったので、
『マディソン郡の橋』がどうであれ少しでも話ができればそれでよかったのです。
ただ、その後『マディソン郡の橋』をビデオで観て、
原作を買って読んだのは言うまでもありません。
決して悪い作品ではありませんでしたが、
彼女のように涙を流すまでにはいたりませんでした。

「不倫でもしてるの?」と冗談交じりに訊いたぼくに、
彼女は思わせぶりな笑みを浮かべたのを覚えています。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「『マディソン郡の橋』が好きだって言うから……」
彼女はぼくの言葉に視線をそらしました。
ぼくはすぐに否定されることを予想していたので、
彼女のその反応はとても意外でした。
「あなたは不倫する女はどう思う?」と、逆に彼女は訊ねます。
「そんな難しいこと訊かないでよ」
「軽蔑する?」
「その人の気持ちによるかなぁ……。火遊び程度の軽い不倫は嫌だけど、本気で相手を好きになったら、軽蔑するとかの次元ではないのかもしれない。でも、周りの人間を傷つけることには変わりないわけだし……」
「ふ~ん、優しいのね」
「本当に不倫してるの?」
「教えてあげない」
彼女は可笑しそうに笑いました。
本気なのか冗談なのかさっぱりわかりません。
単にぼくをからかっているのか、それとも本当に不倫しているのか……。
まさかこんな会話をするとは思っていなかったので、
ぼくはすっかり不安になってしまいました。
それとも彼女はぼくの気持ちを知っていて、
わざと思わせぶりな態度をとったのかもしれないなどと、妄想は妄想を呼びました。

いまでもその真相は謎のままです。
結局最後まで教えてくれませんでした。
現在、彼女は結婚をして母親になったそうです。
夫がどんな人なのかぼくは全く知らないし、
いまどこで暮らしているのかもわかりません。
ただ、数年前に彼女から届いた葉書には、
明るい部屋であどけない笑顔を見せる赤ん坊が写っていました。
その写真を見る限り、彼女はマディソン郡の「マ」の字もないほど
とても幸せそうなのでした。

※画像は映画「マディソン郡の橋」のワンシーンです。

参考資料
ダ・ヴィンチ編集部『ダ・ヴィンチ読者7万人が選んだこの一冊』メディアファクトリー
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1月17日生まれの人物は?(阪神・淡路大震災記念日)

2007年01月17日 | 誕生日部屋
1月17日生まれの人物には次の名前が挙げられます。

アン・ブロンテ (小説家)
大杉栄 (評論家・社会主義運動家)
村田英雄 (歌手)
宮史郎 (歌手)
アンディ・カウフマン (俳優『タクシー』)
坂本龍一 (ミュージシャン(YMO)音楽プロデューサー)
ポール・ヤング (歌手)
山口百恵 (歌手)
五十嵐公太 (ミュージシャン(JUDY AND MARY)
横山秀夫 (推理小説家)
瀬名秀明 (小説家『パラサイト・イヴ』)
福島敦子 (アナウンサー)
工藤夕貴 (俳優)
りょう (俳優・モデル)
平井堅 (歌手)

ちなみに、この日起きた事件は以下のとおりです。

後白河法皇が平清盛の死去に伴い院政を再開 (1181)
鎌倉鶴岡八幡宮焼失(1821)
板垣退助らが民選議員設立建白書を提出。民権運動が始る(1874)
カメハメハ王朝倒れ、ハワイ王制廃止(1893)
アメリカを中心とする多国籍軍がイラク・クウェートの空襲を開始。湾岸戦争が地上戦に突入(1991)
松坂慶子、高内晴彦との結婚を発表(1991)
半透明ごみ袋回収実施(1994)
阪神・淡路大震災(1995)

『誕生日事典』によると、この日生まれた人物は、
“一途な人”とのことです。
誕生花は「デンドロビウム」、花言葉は「わがままな美人」

参照文献
高木誠監修/夏梅陸夫写真『誕生花366の花言葉』大泉書店
主婦と生活社編『今日は誰の誕生日』主婦と生活社
ゲイリー・ゴールドシュナイダー ユースト・エルファーズ著/
『誕生日事典』角川書店
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