クニの部屋 -北武蔵の風土記-

郷土作家の歴史ハックツ部屋。

女先生とドジョウ(3)

2007年01月16日 | ブンガク部屋
立花先生くらい美人だと、生徒だけでなく、
教員の間でも人気があったのだと思います。
それに「エロい目」で見ている教員は、
教頭先生だけではなかったのでしょう。
立花先生はぼくたちの知らないストレスを抱えていて、
それを解消するためにこの水上ゴルフ場へ足を運んでいたようでした。

ぼくも先生に促されて何度かゴルフボールを打ってみます。
しかしスズヤンといいレベルで、翌日のテストのことを考えて打っても、
飛距離は逆に縮む一方でした。
そんなぼくを見かねたのか、立花先生はぼくの手の上からグリップを握りしめ、
フォームを教えてくれます。
その予期せぬ課外授業(?)に、全身が強張ったのは言うまでもありません。
脈打つ心臓の音を聞かれてしまうのではないかと本気で心配したほどです。
先生の手の温もり、すぐそばで揺れる長い黒髪、
ほのかに背中に感じる胸の膨らみ……。
中学生のぼくには刺激が強すぎて、フォームどころではないのでした。

先生はスズヤンにも同じようにフォームを教えます。
彼の顔がみるみる赤くなるのがよくわかりました。
先生の言葉など耳に入っていなかったに違いありません。
茹でられたフナのような顔をして、成されるがままになっているのでした。
そんな彼を見て、ぼくはささやかな嫉妬を感じたのを覚えています。

「今度は私に釣りを教えてくれないかしら?」
立花先生がそう言ったのは、ゴルフボールをほとんど打ち終えたあとのことでした。
西日はさらに傾き、辺りは絵に描いたようなオレンジ色に染まっていた。
「いいけど、たぶん釣れねぇよ」と、スズヤンが言います。
「1度やってみたかったの」
先生はまるで意に介する様子もありません。
「釣りしたことないんかい?」
「小さい頃祖父と近所の沼で釣りしただけなの。そのときも三田ヶ谷の沼だったのよ」
「あれ、先生は羽生育ちなん?」
「そうよ、知らなかったの?」
ぼくとスズヤンは同時に頷きました。
田舎臭いところのない先生は、
羽生とは縁遠い場所の出身と勝手にイメージしていたのです。
「じゃあずっと羽生なんかい?」と、スズヤンは声を少し大きくして言います。
先生はクスクス笑いました。
「大学時代は東京で暮らしていたのよ」
「あ、やっぱし。先生は羽生っぽくねえもん」
「そんなことないわよ。体に羽生が染み込んでいるもの」
「言葉だって訛ってねえで」
「直したのよ。大学に入って初めて自分の言葉が訛っていることに気付いたの。“なすりつける”を“なびる”って言ったら友だちに大笑いされたわ」
先生は気恥ずかしそうに微笑みます。
ぼくは羽生弁を話す彼女を想像しましたが、
まるで外国語のような響きしかイメージできません。
「釣り場は向こうだに。オレらについてきてくっせ」
スズヤンはそう言うと、立花先生を促しました。

ゴルフ場を出て、再び舗装されていない狭い道を歩いていきます。
スズヤンと2人で歩いたときとは違う道のように思えたのは、
ぼくだけではなかったでしょう。
横目にはどこかぎこちなく歩くスズヤンが映りました。
「こういう場所でよく釣りしているの?」と、先生は歩きながら訊ねます。
「沼とか貯水池がほとんどだな」
「いっぱい釣れる?」
「釣れるよ。オレの腕がいいから」
スズヤンは得意気に言います。
「釣った魚はどうしているの?」
「逃がしてやるんさ。持って帰ったって仕様がないで」
先生は「ふうん」と頷きましたが、何か言いたそうでした。
視線を水辺に向け、それ以上の言葉を続けさせません。

やがて、竿や道具を置きっぱなしにした釣り場が見えてきます。
するとそのときでした。
スズヤンは突然「あっ!」と大きな声を出したのです。
「先生はスカートだで」
ぼくは彼が何を言いたいのかすぐにわかりました。
釣り場へ入るためにはフェンスをよじ登らなければならないのです。
ぼくたちはそのことをすっかり忘れていました。
「どうしたの?」と、先生は小首を傾げます。
「フェンスを登らなくっちゃいけねえんだ。先生じゃあ無理だな」
「フェンスってこの柵のこと?」
彼女はそう言って、周囲に張り巡らされたフェンスに近付きました。
腰のやや上の高さです。
まるで不可能というわけではありませんが、
先生がよじ登るにはちょっと無理でしょう。

「ここは釣り禁止の場所じゃないの?」
と、先生はぼくと同じことを口にします。
「そうでもねえんだ」
「本当?」
先生はフェンスに指を絡ませ、ガチャガチャ揺らし始めます。
そして今後は体重を乗せるように、フェンスを上から押さえつけます。
どうやら強度を調べているようでした。
「これくらいなら平気よ」と、先生はぼくたちに向かって言いました。
「え、何が?」
次の瞬間でした。
先生は両手をフェンスに乗せ、突然その体が宙に浮いたかと思うと、
フワリ、柵を跳び越えてしまいます。
それはあっと言う間のできごとでした。
気が付いたら先生はフェンスの向こう側に立っていたのです。
ぼくとスズヤンは呆然とその場に立ち尽くしてしましました。
「ね、平気だったでしょう?」
「ど、どうやって跳んだん?」
あまりに一瞬の出来事に、スズヤンは自分の目を疑っている様子でした。
「ちょっとジャンプしてみただけよ」
「そんな簡単にできるかい?」
「小さいとき男の子に混ざって外で遊んでいたの。その頃の杵柄ね」
先生は朗らかに言います。
まただ……とぼくは内心思いました。
羽生育ちで、幼い頃男の子と外で遊ぶ……。
それは誰もがイメージする先生の姿とは真逆に等しいものです。
ゴルフ場で神がかり的なスイングと遠くまで飛ばしたボールといい、
フェンスの向こうに立つ先生が、学校とは違う全然知らない女のように見えました。
「さあ、釣りをしましょう」と、手を叩きます。
西日が水面に反射し、先生の後ろでキラキラ光るのでした。
(「女先生ドジョウ(4)」に続く)
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羽生集落の発展 ―論文(10)―

2007年01月16日 | 羽生城をめぐる戦乱の縮図
(メモ)
城を築くにあたって適した5つの条件。
1 支配地一円に対し交通が便利であること。
2 背後地が産業経済の利息をもつこと。
3 戦略上の要地であること。
4 敵の奇襲を防ぐのに適した地形であること。
5 有力な支持勢力が付近に存在すること。


2の「背後地が産業経済の利息をもつこと」だが、
これは集落の有無とその規模の大きさが重要な条件ということになる。
前に述べたように、羽生町は交通の要衝にできた集落である。
古くから拓けていた場所であったことは、点在する古墳や集落跡からも窺える。
「羽生市遺跡地名表」を見ると、羽生町内には毘沙門山古墳、毘沙門塚古墳、
保呂羽堂古墳があり、東谷の高山稲荷もかつて高さ約五メートルの塚であったことから、
古墳であったと言われている。
また東5丁目の遺跡と大道遺跡からは須恵器や土師器が出土され、
集落跡であったことが確認されている。
つまり古墳時代には、ここにいくつかの集落が形成されていたのである。

ところで、羽生城下町の東南周辺に「大聖院」と「本立寺」がある。
共に廃仏毀釈で廃寺になったが、大聖院は806~809年に創建され、
本立寺の跡地には1388年の地頭の墓碑が建っている。
このことは、付近に地頭の館や従者の邸が存在し、
集落が形成されていたことを窺わせる。
「羽生町場の生成」(小嶋英一著)に拠ると、
この付近は羽生城の大手口に近いことから、城主は
「物質や鍛冶・大工・武具制作等の役務の調達にこの集落を利用した」と言う。

このように羽生町は集落が発達し、長尾景春が陣をとったことから
戦略的に注目されたのかもしれない。
木戸氏はこの産業経済を背景に簑沢へ館を建て、
戦況の情勢に応じて天然の要害地である東谷へ拡張していったのであろう。
小松にも埋没古墳、念仏堂遺跡があり、小松神社が平家の荘園だったことから、
古い時代に集落が形成されていてもおかしくはないが、洪水の被害を受けやすく、
農作物への影響も大きいことから飛躍的に発展するのは難しかったのではないだろうか。隣村の砂山の開墾が文禄年間(1592~1595)と
比較的遅かったことからも窺える。
(「論文11」に続く)
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木村拓哉の分身はウサギか? ―梶井基次郎・村上春樹―

2007年01月16日 | ブンガク部屋
もうひとりの自分自身を見てしまうという“ドッペルゲンガー”。
1月15日、正津勉先生のゼミで使われたテキスト「Kの昇天」(梶井基次郎)は、このドッペルゲンガーが主題でした。
幻想的で美しく、ややもすると綺麗すぎるきらいがあります。
月夜の晩に海辺で出会った“K”は、
“私”に「自分の影を見ていた」と言います。

 影程不思議なものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必ず経験するだろう。
 影をじーっと視凝めておると、そのなかに段々生物の相があらわれて来る。
 外でもない自分自身なのだが。
 それは電燈の光線のようなものでは駄目だ。
 月の光が一番いい。何故とは云わないが

ドッペルゲンガーという幻視は、
小説に限らず映画やゲームでも好んで使われてきたものだと思います。
正津先生は、この“自身の影”を外国では対決させるのがほとんどだが、
日本では親和することが多いと指摘されていました。
「対決」という意味ではゲームの世界もこれに倣っており、
「鬼武者」(カプコン)や「リンクの冒険」(任天堂)でも、
主人公が自身の影と闘っていたことが自ずと思い出されます。

小説界だと、芥川龍之介はドッペルゲンガーに悩み、
自殺したのではないかという噂がまことしやかに囁かれていますし、
ぼくが読んだ中で“恐い”と思った自身の影は、
『スプートニクの恋人』(村上春樹作)の中の挿話でした。
登場人物“ミュウ”が体験した挿話です。
彼女の髪はたったひと晩で真っ白になってしまったのですが、
それには閉じこめられた観覧車の中で、
自身の影を見てしまったほかなりませんでした。

 あの男はわたしの部屋でいったい何をしているのだ?
 彼女の額にはうっすらと汗が浮かんだ。
 どうやってわたしの部屋に入ることができたのだろう。
 ミュウにはわけがわからない。彼女は腹を立て、そして混乱する。
 それから一人の女が姿を見せる。女は白い半袖のブラウスと
 綿のブルーショート・スカートをはいていた。
 女? ミュウは双眼鏡を握りしめ、目を凝らす。
 それはミュウ自身だった。

それの正体が一体何だったのか、ミュウ自身によって語られますが、
ドッペルゲンガーの目撃後に死ぬという噂(?)より、恐いものです。
ゼミ生のある方が指摘されていたとおり、
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で見られるように、
村上春樹氏もドッペルゲンガーを巧みに作品に取り入れた作家のひとりでしょう。

ところで、『Kの昇天』で梶井基次郎は、自殺した“K”は、
「K君はとうとう月世界へ行った」と書いています。
この一文を読んだとき、なぜかふとSMAPの“木村拓哉”が思い浮かんでしまいました。
これはゼミの中では言えなかったし、『Kの昇天』とは直接関係ありません。
昨年木村拓哉氏が出演したCMで、月夜にウサギに変身してしまうものがありましたが、
それの影響かもしれません。
しかもイニシャルが同じ「K」。

木村氏が主演のドラマ「華麗なる一族」(TBS)がスタートし、
早くも高視聴率を獲得したそうです。
彼ほど視聴率をとれる俳優はいないでしょう。
ぼくは俳優を見ていてよく思うのですが、多くの人物を演じることで、
自分自身を見失うことはないのでしょうか。
自分が自分であることが曖昧になり、世界が揺らいだとき、
もしかするともうひとりの自分が現れるのではないか、と……。
ちなみに、「K」という文字を横に二つにわけると、
ちょうど「V」に似た文字がまるで鏡に映したみたいに、
反転して見えることに気付きます。
「Kの昇天」の“K”は梶井基次郎のイニシャルとのことですが、
ぼくには意味深に思えてなりません。

梶井基次郎は自分の容姿の悪さに悩んでいた、という意見も出ました。
確かに彼は美男子ではなかったと思います。
同じ「K」でも梶井基次郎と木村拓哉の分身では、
どちらの方が反響が大きいでしょうか。
ただ、ファンにとっては嬉しい現象かもしれません。
少なくとも同じKのクニの分身より、話題になることは間違いないでしょう。

引用文献
梶井基次郎著『檸檬』新潮文庫
村上春樹著『村上春樹全作品1990~2000』講談社
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1月16日生まれの人物は?(禁酒の日)

2007年01月16日 | 誕生日部屋
1月16日生まれの人物には次の名前が挙げられます。

鳥羽天皇(74代天皇)
ミシュラン (経営者・ミシュランタイヤ創業)
葛西善藏 (小説家『湖畔手記』『おせい』)
伊藤整 (小説家・詩人・評論家)
吉野弘 (詩人)
藤田敏八 (映画監督・俳優)
スーザン・ソンタグ (小説家・評論家『土星の徴しの下に』)
かんべむさし (小説家・エッセイスト)
堀内恒夫 (野球)
山田正紀 (SF作家)
池上季実子 (俳優)
ダンディ坂野 (お笑い芸人)
田村英里子 (歌手・俳優)

ちなみに、この日起きた事件は以下のとおりです。

ペリーの再来航(1854)
白瀬中尉南極探険隊が南極大陸の鯨湾に到着( 1912)
アメリカで「禁酒法」が成立。以来この日は“禁酒の日”(1919)
石油第二次消費規制スタート。都市のネオン消える(1974)
8代目坂東三津五郎 (歌舞伎俳優) フグ中毒により死去(1975)
来日したポール・マッカートニーの大麻持ち込みが発覚し成田空港で逮捕(1980)
勝新太郎がホノルル空港で麻薬所持の現行犯により逮捕(1990)
伊達公子(テニス)が海外初優勝(1994)
大屋政子 (実業家)死去(1999)

『誕生日事典』によると、この日生まれた人物は、
“達成感を励みに生きる人”とのことです。
誕生花は「満作」、花言葉は「ひらめき・霊感」

参照文献
高木誠監修/夏梅陸夫写真『誕生花366の花言葉』大泉書店
主婦と生活社編『今日は誰の誕生日』主婦と生活社
ゲイリー・ゴールドシュナイダー ユースト・エルファーズ著/
『誕生日事典』角川書店
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