スーパー「よしみや」で初めて“ドジョウ”を買ったのは、
中間テスト真っ最中のこと。
埼玉県羽生市の東外れにある水上ゴルフ場で釣りをするためのドジョウでした。
すなわちドジョウはエサ、狙うはブラックバス。
「生きたドジョウを使った方がよく釣れるんだに」
と、ぼくを釣りに誘った“スズヤン”というクラスメイトは言いました。
彼は根っからの釣り好きで、週末はもちろんのこと、
放課後にも釣り糸を垂らしている男でした。
顔も心なしか魚に似ていて、
寝ぼけたフナのようだったのを覚えています。
そんな彼はテストなど関係ありません。
テスト期間中で学校が半日になったのをいいことに、
日ごと釣りに出掛けていたのです。
スズヤンほどではないとは言え、当時中学1年生だったぼくはいっぱしの釣り師気どり。
いい穴場が見付かると、朝から晩まで釣り糸を垂らしていました。
とは言え、テスト期間中に釣りをしようという発想はぼくにはありません。
日頃遊び惚けていたのが祟って、一気に教科書を暗記しなければなりませんでした。
「そんなんやってもムダムダ。一緒に釣りに行くべよ」
スズヤンはフナがパクパク口を動かすように、
英語のテストが終わった休み時間にそう誘ってきました。
「わりぃ点数とったら親に怒られるがね」
「そんなんよりブラックバスが釣れるいい穴場があるんだ」
「またそんなこと言う」
「もう入れ食い状態よ」
「そんなん嘘だろうで」
とぼくは言いながら、つい話に乗ってしまいます。
「どこの釣り場なん? そこ」
「一緒に来なけりゃ教えねえよ」
「そんなんずるいで」
「釣りしてから勉強した方が頭に入るどぉ」
スズヤンの言葉は釣り師の心をくすぐるのに十分でした。
結局ぼくは彼の巧みな話術(?)に乗せられ、
学校が終わるとすぐに釣りへ行くことになりました。
教師に見付からないように私服に着替え、
学校から離れた場所でスズヤンと落ち合います。
そしてまず最初に向かったのがスーパー「よしみや」でした。
「なんで「よしみや」なん?」
「ここでエサを買うんだがね」
「練りエサじゃないんかい?」
「ドジョウだよ」
当時ぼくたちが使っていたのはヘラ竿で、
エサも練りエサがほとんどでした。
ブラックバスというとリールとルアーを使って釣るのが一般的ですが、
ぼくたちはあくまでもヘラ竿にこだわっていたのです。
「エサにドジョウを使うのなんか初めてだよ」
「意外とこれが釣れるんだ」
ザルで生きたドジョウを掬い、透明のビニール袋に移します。
入れ食い状態だというのでかなりの量を入れ、水を入れると、
あとはレジに持っていけばいいだけでした。
「「よしみや」のドジョウが1番いいんだに」
と、スズヤンはいっぱしのこだわりを口にしましたが、
やはりその顔は寝ぼけたフナのようなのでした。
スズヤンが教えてくれた穴場とは、
淡水魚専門の「さいたま水族館」にほど近いところの水上ゴルフ場でした。
現在は「キヤッセ羽生」という施設もできましたが、
その当時は田畑が広がるばかりです。
近くには焼却場があり、煙突からは白い煙が真っ直ぐ立ち上っていたのを覚えています。
「最近めっけたんだ」とスズヤンはフェンスによじ登りながらいいました。
「ここって釣り禁止なんじゃないんかい?」
「端っこでやってりゃだいじゅ(大丈夫)だよ」
彼はまるで気にする様子はありません。
それよりも早く釣り糸を垂らしたくて仕方がないようでした。
ぼくも辺りを見回してから、首ほどの高さのフェンスによじ登ります。
事務所から距離が離れているとはいえ、ぼくたちの姿は見えているはずです。
しかし、スズヤンが「だいじゅ」と言うのなら大丈夫なのでしょう。
かくしてぼくたちは釣りを始めます。
仕掛けはすでに用意してあり、あとはエサをつけるだけです。
「ドジョウはどうやって針にくっつけるん?」
と、ぼくはスズヤンに訊きます。
「背中にぶっ刺せばいいんだよ」
単純明快。彼にマニュアルなどありません。
いかにして釣るかより、ただ釣り糸を垂らすことに楽しみを覚えている男でした。
それでいて腕はいいのです。
ぼくは丸々太ったドジョウを選び、
スズヤンの見よう見まねで針をその背中に刺しました。
キューとドジョウが鳴きます。
その声を聞いた途端、ぼくは思わず手を離してしまいました。
「なあ、ドジョウが鳴いたよ」
「知らなかったんかい?」
「いら痛そうに鳴くんだに」
「ドジョウに同情したんかい?」
スズヤンはそう言ってニヤニヤ笑いました。
しかしぼくが笑わなかったせいか、
「ほお、オレがエサをつけてやっからちっとどかっせ」
と、その場を取り繕うに言いました。
そしてあっと言う間にドジョウに針を通します。
「ちっとすれば入れ食いになるからな。面白いどぉ」
スズヤンはそう言ってぼくに竿を渡すのでした。
(「女先生とドジョウ(2)」に続く)
※スーパー「よしみや」は埼玉県羽生市に実在します。
実際にぼくが中学時代には生きたドジョウが売られていましたが、
現在はわかりません。
なお、この稿においても舞台が具体的なので、
登場人物の実在の有無は読者様のご想像に委ねたいと思います。
中間テスト真っ最中のこと。
埼玉県羽生市の東外れにある水上ゴルフ場で釣りをするためのドジョウでした。
すなわちドジョウはエサ、狙うはブラックバス。
「生きたドジョウを使った方がよく釣れるんだに」
と、ぼくを釣りに誘った“スズヤン”というクラスメイトは言いました。
彼は根っからの釣り好きで、週末はもちろんのこと、
放課後にも釣り糸を垂らしている男でした。
顔も心なしか魚に似ていて、
寝ぼけたフナのようだったのを覚えています。
そんな彼はテストなど関係ありません。
テスト期間中で学校が半日になったのをいいことに、
日ごと釣りに出掛けていたのです。
スズヤンほどではないとは言え、当時中学1年生だったぼくはいっぱしの釣り師気どり。
いい穴場が見付かると、朝から晩まで釣り糸を垂らしていました。
とは言え、テスト期間中に釣りをしようという発想はぼくにはありません。
日頃遊び惚けていたのが祟って、一気に教科書を暗記しなければなりませんでした。
「そんなんやってもムダムダ。一緒に釣りに行くべよ」
スズヤンはフナがパクパク口を動かすように、
英語のテストが終わった休み時間にそう誘ってきました。
「わりぃ点数とったら親に怒られるがね」
「そんなんよりブラックバスが釣れるいい穴場があるんだ」
「またそんなこと言う」
「もう入れ食い状態よ」
「そんなん嘘だろうで」
とぼくは言いながら、つい話に乗ってしまいます。
「どこの釣り場なん? そこ」
「一緒に来なけりゃ教えねえよ」
「そんなんずるいで」
「釣りしてから勉強した方が頭に入るどぉ」
スズヤンの言葉は釣り師の心をくすぐるのに十分でした。
結局ぼくは彼の巧みな話術(?)に乗せられ、
学校が終わるとすぐに釣りへ行くことになりました。
教師に見付からないように私服に着替え、
学校から離れた場所でスズヤンと落ち合います。
そしてまず最初に向かったのがスーパー「よしみや」でした。
「なんで「よしみや」なん?」
「ここでエサを買うんだがね」
「練りエサじゃないんかい?」
「ドジョウだよ」
当時ぼくたちが使っていたのはヘラ竿で、
エサも練りエサがほとんどでした。
ブラックバスというとリールとルアーを使って釣るのが一般的ですが、
ぼくたちはあくまでもヘラ竿にこだわっていたのです。
「エサにドジョウを使うのなんか初めてだよ」
「意外とこれが釣れるんだ」
ザルで生きたドジョウを掬い、透明のビニール袋に移します。
入れ食い状態だというのでかなりの量を入れ、水を入れると、
あとはレジに持っていけばいいだけでした。
「「よしみや」のドジョウが1番いいんだに」
と、スズヤンはいっぱしのこだわりを口にしましたが、
やはりその顔は寝ぼけたフナのようなのでした。
スズヤンが教えてくれた穴場とは、
淡水魚専門の「さいたま水族館」にほど近いところの水上ゴルフ場でした。
現在は「キヤッセ羽生」という施設もできましたが、
その当時は田畑が広がるばかりです。
近くには焼却場があり、煙突からは白い煙が真っ直ぐ立ち上っていたのを覚えています。
「最近めっけたんだ」とスズヤンはフェンスによじ登りながらいいました。
「ここって釣り禁止なんじゃないんかい?」
「端っこでやってりゃだいじゅ(大丈夫)だよ」
彼はまるで気にする様子はありません。
それよりも早く釣り糸を垂らしたくて仕方がないようでした。
ぼくも辺りを見回してから、首ほどの高さのフェンスによじ登ります。
事務所から距離が離れているとはいえ、ぼくたちの姿は見えているはずです。
しかし、スズヤンが「だいじゅ」と言うのなら大丈夫なのでしょう。
かくしてぼくたちは釣りを始めます。
仕掛けはすでに用意してあり、あとはエサをつけるだけです。
「ドジョウはどうやって針にくっつけるん?」
と、ぼくはスズヤンに訊きます。
「背中にぶっ刺せばいいんだよ」
単純明快。彼にマニュアルなどありません。
いかにして釣るかより、ただ釣り糸を垂らすことに楽しみを覚えている男でした。
それでいて腕はいいのです。
ぼくは丸々太ったドジョウを選び、
スズヤンの見よう見まねで針をその背中に刺しました。
キューとドジョウが鳴きます。
その声を聞いた途端、ぼくは思わず手を離してしまいました。
「なあ、ドジョウが鳴いたよ」
「知らなかったんかい?」
「いら痛そうに鳴くんだに」
「ドジョウに同情したんかい?」
スズヤンはそう言ってニヤニヤ笑いました。
しかしぼくが笑わなかったせいか、
「ほお、オレがエサをつけてやっからちっとどかっせ」
と、その場を取り繕うに言いました。
そしてあっと言う間にドジョウに針を通します。
「ちっとすれば入れ食いになるからな。面白いどぉ」
スズヤンはそう言ってぼくに竿を渡すのでした。
(「女先生とドジョウ(2)」に続く)
※スーパー「よしみや」は埼玉県羽生市に実在します。
実際にぼくが中学時代には生きたドジョウが売られていましたが、
現在はわかりません。
なお、この稿においても舞台が具体的なので、
登場人物の実在の有無は読者様のご想像に委ねたいと思います。