(日経8/25:アジアBiz面)
インドの最大財閥であるタタ・グループによる2つの大型買収がその後の明暗を分けている。タタ自動車が2008年に買収した英高級車ブランド、ジャガー・ランドローバー(JLR)は15年3月期に過去最多の販売台数を記録するなど稼ぎ頭に成長した。一方、タタ製鉄が07年に傘下とした旧英蘭系コーラスは不振に苦しむ。積極買収で世界に名をとどろかせたタタ・グループだが、最近は大型買収を控えるなど慎重な経営姿勢に転じている。
左:ジャガー・ランドローバーは中国で収益を稼いできた(北京市内の販売店)
右:タタ製鉄が買収した旧英蘭系コーラス(現タタ製鉄ヨーロッパ)の収益は低空飛行だ
8月中旬、JLRは新たな工場建設計画を明らかにした。英国やインドに加え、昨年に中国でも工場を稼働させたばかり。ブラジルでも新工場を建設中だ。JLRのラルフ・スペッツ最高経営責任者(CEO)は「スロバキアも生産拠点として魅力的だ」と、欧州大陸ではじめての新工場を建設する考えを示した。すでに同国政府と基本合意しており、18年に生産を開始する計画だ。
JLRはタタ・グループによる企業買収の中でも最も成功した案件の一つと評価される。約23億ドル(約2800億円)を投じて米フォード・モーターから買収したが、15年3月期の世界販売台数は約46万台と、買収前に比べ2倍以上に増えた。
新車開発が奏功
「タタの豊富な資金による新車開発が成長を支えている」と米調査会社IHSオートモーティブのアナリスト、アニル・シャルマ氏は評価する。11年に発売したSUV(多目的スポーツ車)「イヴォーク」が代表例だ。従来の高級SUVの商品群に加え、カジュアルで斬新なデザインの都市型SUVを開発。年間10万台を超える販売を記録する大ヒットとなった。
一方、JLRの5倍以上に当たる120億ドルで07年に買収した旧英蘭系コーラスを母体とするタタ製鉄の欧州事業はさえない。8月に入り、タタ製鉄は「引き続き、売り手を探す」と欧州部門であるタタ製鉄ヨーロッパの一部事業を売却する方針を改めて表明した。
欧州市場に中国から安価な鉄鋼製品が大量に流入。市況の悪化とコスト高で最終赤字が続き、タタ製鉄が抱える総額120億ドルもの負債の大部分は欧州事業が原因といわれる。事態を打開しようと、欧州生産の約5分の1を占める条鋼事業の売却を模索したが、スイス企業と合意間近までこぎ着けながら、頓挫した。
買収当時はアルセロール・ミタルなど鉄鋼大手が「量」を追い、国際的なM&A(合併・買収)が相次いだ時期。だが、世界の鉄鋼需要は思惑通りに伸びず、市況は激変した。「タタも旧コーラス買収で世界に打って出たが、結果として裏目に出た」とある証券会社幹部は指摘する。
中国減速の暗雲
これまで好調だったJLRにも暗雲が垂れこめている。JLRの世界販売の25%を占め、稼ぎ頭だった中国では販売が鈍りつつある。今月12日に起きた天津港の爆発事故により、同社の車両在庫も一部、被災したもようだ。販売と供給の両面で世界戦略の見直しが必要かもしれない。
JLRも旧コーラスも、当時、タタのグループ総帥だったラタン・タタ氏が肝煎りで主導したものだった。タタ氏は傘下会社の持ち株比率を高めるなどグループの結束を固め、世界に本格進出した「功労者」であることは間違いない。だが、個別の買収案件をみると、「相乗効果をきちんと目利きし、良い買い物をしてきたとは言いがたい」(資産運用会社アナリスト)という声も漏れる。
タタ氏に代わり、12年末に総帥の座に就いたサイラス・ミストリー氏は大型M&Aを実施していない。タタ・グループと取引がある金融関係者は「ミストリー氏はグループの既存の潜在力を引き出す『内部の改革』に力を注いでいる」と話す。
買収を通じた規模拡大で世界に打って出たタタ・グループ。ミストリー氏はあえて立ち止まり、次への飛躍をうかがう。
▼印企業、求められる「精度」
タタ・グループが英高級車ブランドのジャガー・ランドローバー(JLR)、旧英蘭系コーラスの買収を決めた2007~08年には、買収先が旧宗主国だった英国を代表する企業だったこともあり、「インドから世界へ」という流れに多くのインド国民が興奮した。だがその後、インド企業による海外企業の買収も増え、案件の「精度」が厳しく問われるようになっている。
インドにも「買収上手」の企業は存在する。マヒンドラ・グループは11年の韓国・双竜自動車の買収でエンジン技術などを入手し、自社の車両開発に弾みをつけた。同グループのアナンド・マヒンドラ会長は「『買収のための買収』は企業にとって良い戦略とはいえない」と指摘する。
自動車部品大手マザーソン・スミ・システムズは欧米企業を主とする買収で事業分野の幅を広げてきた。日用品大手ゴドレジ・コンシューマー・プロダクツはインドネシアのほか、アフリカなどの新たな市場への進出を狙った現地企業の買収で新興国での売り上げを増やした。基盤事業の強化につながる明確な目標の設定が、買収の精度を上げるカギといえそうだ。
ムンバイ=堀田隆文
「India40」はインドの代表的な上場企業から、時価総額や成長性などに基づき選びました。
インドの最大財閥であるタタ・グループによる2つの大型買収がその後の明暗を分けている。タタ自動車が2008年に買収した英高級車ブランド、ジャガー・ランドローバー(JLR)は15年3月期に過去最多の販売台数を記録するなど稼ぎ頭に成長した。一方、タタ製鉄が07年に傘下とした旧英蘭系コーラスは不振に苦しむ。積極買収で世界に名をとどろかせたタタ・グループだが、最近は大型買収を控えるなど慎重な経営姿勢に転じている。
左:ジャガー・ランドローバーは中国で収益を稼いできた(北京市内の販売店)
右:タタ製鉄が買収した旧英蘭系コーラス(現タタ製鉄ヨーロッパ)の収益は低空飛行だ
8月中旬、JLRは新たな工場建設計画を明らかにした。英国やインドに加え、昨年に中国でも工場を稼働させたばかり。ブラジルでも新工場を建設中だ。JLRのラルフ・スペッツ最高経営責任者(CEO)は「スロバキアも生産拠点として魅力的だ」と、欧州大陸ではじめての新工場を建設する考えを示した。すでに同国政府と基本合意しており、18年に生産を開始する計画だ。
JLRはタタ・グループによる企業買収の中でも最も成功した案件の一つと評価される。約23億ドル(約2800億円)を投じて米フォード・モーターから買収したが、15年3月期の世界販売台数は約46万台と、買収前に比べ2倍以上に増えた。
新車開発が奏功
「タタの豊富な資金による新車開発が成長を支えている」と米調査会社IHSオートモーティブのアナリスト、アニル・シャルマ氏は評価する。11年に発売したSUV(多目的スポーツ車)「イヴォーク」が代表例だ。従来の高級SUVの商品群に加え、カジュアルで斬新なデザインの都市型SUVを開発。年間10万台を超える販売を記録する大ヒットとなった。
一方、JLRの5倍以上に当たる120億ドルで07年に買収した旧英蘭系コーラスを母体とするタタ製鉄の欧州事業はさえない。8月に入り、タタ製鉄は「引き続き、売り手を探す」と欧州部門であるタタ製鉄ヨーロッパの一部事業を売却する方針を改めて表明した。
欧州市場に中国から安価な鉄鋼製品が大量に流入。市況の悪化とコスト高で最終赤字が続き、タタ製鉄が抱える総額120億ドルもの負債の大部分は欧州事業が原因といわれる。事態を打開しようと、欧州生産の約5分の1を占める条鋼事業の売却を模索したが、スイス企業と合意間近までこぎ着けながら、頓挫した。
買収当時はアルセロール・ミタルなど鉄鋼大手が「量」を追い、国際的なM&A(合併・買収)が相次いだ時期。だが、世界の鉄鋼需要は思惑通りに伸びず、市況は激変した。「タタも旧コーラス買収で世界に打って出たが、結果として裏目に出た」とある証券会社幹部は指摘する。
中国減速の暗雲
これまで好調だったJLRにも暗雲が垂れこめている。JLRの世界販売の25%を占め、稼ぎ頭だった中国では販売が鈍りつつある。今月12日に起きた天津港の爆発事故により、同社の車両在庫も一部、被災したもようだ。販売と供給の両面で世界戦略の見直しが必要かもしれない。
JLRも旧コーラスも、当時、タタのグループ総帥だったラタン・タタ氏が肝煎りで主導したものだった。タタ氏は傘下会社の持ち株比率を高めるなどグループの結束を固め、世界に本格進出した「功労者」であることは間違いない。だが、個別の買収案件をみると、「相乗効果をきちんと目利きし、良い買い物をしてきたとは言いがたい」(資産運用会社アナリスト)という声も漏れる。
タタ氏に代わり、12年末に総帥の座に就いたサイラス・ミストリー氏は大型M&Aを実施していない。タタ・グループと取引がある金融関係者は「ミストリー氏はグループの既存の潜在力を引き出す『内部の改革』に力を注いでいる」と話す。
買収を通じた規模拡大で世界に打って出たタタ・グループ。ミストリー氏はあえて立ち止まり、次への飛躍をうかがう。
▼印企業、求められる「精度」
タタ・グループが英高級車ブランドのジャガー・ランドローバー(JLR)、旧英蘭系コーラスの買収を決めた2007~08年には、買収先が旧宗主国だった英国を代表する企業だったこともあり、「インドから世界へ」という流れに多くのインド国民が興奮した。だがその後、インド企業による海外企業の買収も増え、案件の「精度」が厳しく問われるようになっている。
インドにも「買収上手」の企業は存在する。マヒンドラ・グループは11年の韓国・双竜自動車の買収でエンジン技術などを入手し、自社の車両開発に弾みをつけた。同グループのアナンド・マヒンドラ会長は「『買収のための買収』は企業にとって良い戦略とはいえない」と指摘する。
自動車部品大手マザーソン・スミ・システムズは欧米企業を主とする買収で事業分野の幅を広げてきた。日用品大手ゴドレジ・コンシューマー・プロダクツはインドネシアのほか、アフリカなどの新たな市場への進出を狙った現地企業の買収で新興国での売り上げを増やした。基盤事業の強化につながる明確な目標の設定が、買収の精度を上げるカギといえそうだ。
ムンバイ=堀田隆文
「India40」はインドの代表的な上場企業から、時価総額や成長性などに基づき選びました。