(日経10/7:国際1面)
米シリコンバレーが沸いている。インターネット人口が30億人を超え、スマートフォン(スマホ)とクラウドの普及があらゆる産業を揺さぶる中、革新的な製品のヒントや技術を求める企業が続々と進出。次のアップルやグーグルを狙う起業家やマネーも世界中から流れ込む。ITバブル期以来の活況をみせるイノベーションの都の今を追う。
住宅価格が高騰するシリコンバレー周辺(サンフランシスコ市内の超高級住宅地)
8月下旬、起業家の養成機関として有名なYコンビネーターがマウンテンビュー市内で開いた「デモデー」は熱気に包まれていた。
自動運転、ビッグデータ分析、クラウドソーシングなど、様々な分野のスタートアップ102社が投資家に事業計画を売り込んだ。登壇社数は10年前の10倍以上に増えたが、「めぼしいスタートアップを巡る投資家間の競争は以前より激しくなった」。常連の日本人投資家はこう打ち明ける。
海外からも投資
「ユニコーン(一角獣)」。上場前の評価額が10億ドル(約1200億円)を超えるスタートアップを投資家はこう呼ぶ。もともとは「めったに出合わない」という意味だったが、米調査会社CBインサイツによると、8月末時点のユニコーンの数は132社。わずか2年で3倍以上に増えた。
ユニコーン量産の背景の一つには、スタートアップに群がる新手のマネーの台頭がある。ヘッジファンドや投資信託、中国やロシアなど海外の投資家、「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」と呼ばれる企業の投資部門などだ。とりわけ、シリコンバレー発のイノベーションに取り残されまいと焦る企業の投資意欲は強い。
全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)によると、CVCの数は1100社を突破。2014年の投資総額は53億ドルと、01年以降で最高となった。財務的なリターンだけでなく、事業面での戦略的な相乗効果も勘案するCVCは伝統的なVCと「物差し」が違うため、「評価額がつり上がる一因になっている」とクラウディア・ファン・マンス理事は指摘する。
あふれるマネーは不動産にも向かう。
「3000万ドルの家の購入をたった3分で決めた中国人客もいたよ」。シリコンバレーで不動産仲介業を営むマーク・ウォン氏は笑いが止まらない。「お買い得な物件だと薦めても、彼らは買わない。この辺りで一番高いと言うと決断するんだ」
温暖な気候、スタンフォード大学など一流の教育機関、豊富な就職機会――。中国人が米国で購入する不動産の3分の1はカリフォルニア州に集中しているが、なかでもシリコンバレーの人気は高い。
米調査会社コアロジックによると、7月のシリコンバレーと周辺地域の住宅販売数は9245戸と10年ぶりの高水準。需要に供給が追いつかず、住宅価格は40カ月連続で前年実績を上回った。
賃貸住宅の家賃もこの3年で5割近く上昇。グーグルの本社周辺では個人宅の庭先に張ったテントを月900ドルで貸すつわものもあらわれた。
格差が拡大
ただ、過熱する一方だった投資レースには変調の兆しも見える。
7月末、サンフランシスコに本社を置く家事代行サービスのホームジョイが営業を停止した。12年創業の同社はペイパル共同創業者の一人やグーグルが出資するなど華々しいデビューを飾った。だが同業との競争激化で成長が鈍化。新たな資金調達ができなかった。
投信運用大手の米フィデリティ・インベストメンツは13年に5200万ドルで取得したデータベース(DB)会社モンゴDBの未公開株の簿価を45%引き下げた。直近の資金調達で16億ドルの評価額がついたユニコーンの一社だが、最近は業績が伸び悩んでいた。
「バブルではないが、一部に過大評価をされているスタートアップがいるのは事実だ」。大手VC、インテルキャピタルのアービン・ソダーニ社長はこう指摘。今後、投資先の選別や見直しが広がる可能性を示唆する。
「不均等な成長」。シリコンバレーのシンクタンク、SVIRSは最新の年次報告書で、空前の繁栄から取り残されている人々がいる問題を指摘した。高給取りのIT(情報技術)企業社員とそれ以外の住民との摩擦、住む家を追われた路上生活者のシェルターと化す終夜バス――。表面的にはシリコンバレーの熱量に衰えは見えない。だが、その下のひずみは着実にたまりつつある。
米シリコンバレーが沸いている。インターネット人口が30億人を超え、スマートフォン(スマホ)とクラウドの普及があらゆる産業を揺さぶる中、革新的な製品のヒントや技術を求める企業が続々と進出。次のアップルやグーグルを狙う起業家やマネーも世界中から流れ込む。ITバブル期以来の活況をみせるイノベーションの都の今を追う。
住宅価格が高騰するシリコンバレー周辺(サンフランシスコ市内の超高級住宅地)
8月下旬、起業家の養成機関として有名なYコンビネーターがマウンテンビュー市内で開いた「デモデー」は熱気に包まれていた。
自動運転、ビッグデータ分析、クラウドソーシングなど、様々な分野のスタートアップ102社が投資家に事業計画を売り込んだ。登壇社数は10年前の10倍以上に増えたが、「めぼしいスタートアップを巡る投資家間の競争は以前より激しくなった」。常連の日本人投資家はこう打ち明ける。
海外からも投資
「ユニコーン(一角獣)」。上場前の評価額が10億ドル(約1200億円)を超えるスタートアップを投資家はこう呼ぶ。もともとは「めったに出合わない」という意味だったが、米調査会社CBインサイツによると、8月末時点のユニコーンの数は132社。わずか2年で3倍以上に増えた。
ユニコーン量産の背景の一つには、スタートアップに群がる新手のマネーの台頭がある。ヘッジファンドや投資信託、中国やロシアなど海外の投資家、「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」と呼ばれる企業の投資部門などだ。とりわけ、シリコンバレー発のイノベーションに取り残されまいと焦る企業の投資意欲は強い。
全米ベンチャーキャピタル協会(NVCA)によると、CVCの数は1100社を突破。2014年の投資総額は53億ドルと、01年以降で最高となった。財務的なリターンだけでなく、事業面での戦略的な相乗効果も勘案するCVCは伝統的なVCと「物差し」が違うため、「評価額がつり上がる一因になっている」とクラウディア・ファン・マンス理事は指摘する。
あふれるマネーは不動産にも向かう。
「3000万ドルの家の購入をたった3分で決めた中国人客もいたよ」。シリコンバレーで不動産仲介業を営むマーク・ウォン氏は笑いが止まらない。「お買い得な物件だと薦めても、彼らは買わない。この辺りで一番高いと言うと決断するんだ」
温暖な気候、スタンフォード大学など一流の教育機関、豊富な就職機会――。中国人が米国で購入する不動産の3分の1はカリフォルニア州に集中しているが、なかでもシリコンバレーの人気は高い。
米調査会社コアロジックによると、7月のシリコンバレーと周辺地域の住宅販売数は9245戸と10年ぶりの高水準。需要に供給が追いつかず、住宅価格は40カ月連続で前年実績を上回った。
賃貸住宅の家賃もこの3年で5割近く上昇。グーグルの本社周辺では個人宅の庭先に張ったテントを月900ドルで貸すつわものもあらわれた。
格差が拡大
ただ、過熱する一方だった投資レースには変調の兆しも見える。
7月末、サンフランシスコに本社を置く家事代行サービスのホームジョイが営業を停止した。12年創業の同社はペイパル共同創業者の一人やグーグルが出資するなど華々しいデビューを飾った。だが同業との競争激化で成長が鈍化。新たな資金調達ができなかった。
投信運用大手の米フィデリティ・インベストメンツは13年に5200万ドルで取得したデータベース(DB)会社モンゴDBの未公開株の簿価を45%引き下げた。直近の資金調達で16億ドルの評価額がついたユニコーンの一社だが、最近は業績が伸び悩んでいた。
「バブルではないが、一部に過大評価をされているスタートアップがいるのは事実だ」。大手VC、インテルキャピタルのアービン・ソダーニ社長はこう指摘。今後、投資先の選別や見直しが広がる可能性を示唆する。
「不均等な成長」。シリコンバレーのシンクタンク、SVIRSは最新の年次報告書で、空前の繁栄から取り残されている人々がいる問題を指摘した。高給取りのIT(情報技術)企業社員とそれ以外の住民との摩擦、住む家を追われた路上生活者のシェルターと化す終夜バス――。表面的にはシリコンバレーの熱量に衰えは見えない。だが、その下のひずみは着実にたまりつつある。