（日経10/5：総合・政治面）
中国が国慶節を迎えた１日夕方。札幌市の狸小路商店街にあるサッポロドラッグストアーの店では、馬油などを大量に買い込む中国系外国人の長い列ができた。店には、スマートフォンで商品棚のＱＲコードを撮影する女性会社員、張暁明（31）の姿もあった。
空港内の混雑回避のため、行き先ごとに駐車場に並んでチェックインを待つ中国人観光客ら（静岡県牧之原市の静岡空港）
上海から観光で訪れた張の目当ては道内限定ブランド「白雪馬油」のフェースマスク。コードを撮影すると電子商取引サイトに接続して記録、帰国後もその商品を大量購入できる。同社が８月に中国宅配大手と組んで始めた「帰国後も爆買い作戦」による仕掛けだ。
「いつでも北海道を楽しめます」。中国企業との提携を発表した場で、社長の富山浩樹（39）はこう胸を張った。張も「憧れの北海道のものが中国でも買えるなんて便利ね」と目を輝かせる。
同社は店がなかった狸小路に６月から３店を一気に開いた。アジアでの事業を通して北海道ブランドの強さを実感した富山は、狸小路に訪日客（インバウンド）が増えるのをみて「出ないわけにはいかない」と同業大手の隙間に割って入った。３店はわずか200メートルのエリアに集中する。歩く人もまばらだった商店街は再び活気づいた。
□ □
今年の訪日客は９月に過去最高だった2014年の1341万人を超した。けん引役は中韓や台湾のアジア勢。従来、訪れるのは東阪や京都が中心だったが、今はむしろ伸びしろのある地方で「外国人頼み」が広がる。
９月５日夕、鳥取県境港市にある境港。小学生らが太鼓を打ちモナコ船籍のクルーズ船を見送ると、乗客が盛んな拍手や指笛で応えた。境港管理組合主幹の関通子（53）は「港ならではの光景でしょ」と目を細める。
県庁出身の関は11年からポートセールスを担う。米国マイアミでのクルーズ船見本市で船会社トップに片言の英語で「ぜひ境港に」と売り込んだり、港で自ら焼きそばを焼いて客へ振る舞ったりと行動力が売りだ。
港には７月、中国人4500人を乗せた船が着いた。４千人はバス100台に乗り近くの日吉津村のイオンショッピングセンターを訪れ、センターの売り上げを平均より３割も増やした。関の奮闘もあり、今年のクルーズ船寄港は23回と昨年から倍増する見通しだ。
訪日客の波に想定以上に乗ったのが静岡県牧之原市にある静岡空港だ。
「上海行きの方はこちらへ」。２日、静岡空港の屋外駐車場ではスタッフが行き先を書いたボードを手に出国客を誘導していた。客は屋外の駐車場で手荷物を預けて初めて空港ビルへ入る。富士山静岡空港社長の出野勉（62）が混雑緩和のため導入した苦肉の策だ。
国内線を中心に設計した空港は国際線のＸ線検査装置が１台しかない。「午後になれば店じまい」と皮肉られた以前ならそれでも十分だったが、今は就航が相次ぐ。国際線の就航先は16都市、便数は週53便と１年半前のおよそ４倍に急増。８月の国際線搭乗者は前年比２倍の５万人と、国内線を５割も上回った。
空港ビルの増改築が終わるのは17年度中。出野は「あと２年半はしのぐしかない」と関係各所に頭を下げて回る。
□ □
中国発の景気不安が世界に広がるが、訪日中国人客には「マイナスの影響は表れていない」（観光庁長官の田村明比古、60）。ただ物販依存の観光に警鐘を鳴らす関係者は少しずつ増えている。
「狙いはアジアではなく欧州の旅行者です」。８月に北海道根室市で開かれた有識者会議。ＪＴＢ北海道観光戦略担当部長の萩野隆二（49）が披露したのは、メディアの力で手つかずの自然の知名度を上げ欧州の人を呼び込む戦略だ。関係者が爆買いに目を奪われていたときだけに、参加者は驚きの表情を見せた。
14年に東京から札幌へ転勤した萩野は訪日消費に沸く道内観光に「強い違和感を持っていた」。買い物に走る外国人は海外ブランド物に群がったかつての日本人と重なる。「買い物だけでいつまで北海道に来てくれるのか。物販頼みの観光はいずれしぼむ」とみる。
道東は世界有数の野生動物の宝庫だ。萩野は４月、根室への道中で戯れるタンチョウヅルと双眼鏡を持ち静かに観察する観光客を目にして、漠然とした思いが確信に変わった。「ここは札幌とは全く違う観光客を引き寄せる。これでいこう」
◇
訪日客の勢いが止まらない。戸惑いつつも、外国人の力を地域に取り込もうと奮闘する各地の担い手を追った。 （敬称略）
中国が国慶節を迎えた１日夕方。札幌市の狸小路商店街にあるサッポロドラッグストアーの店では、馬油などを大量に買い込む中国系外国人の長い列ができた。店には、スマートフォンで商品棚のＱＲコードを撮影する女性会社員、張暁明（31）の姿もあった。
空港内の混雑回避のため、行き先ごとに駐車場に並んでチェックインを待つ中国人観光客ら（静岡県牧之原市の静岡空港）
上海から観光で訪れた張の目当ては道内限定ブランド「白雪馬油」のフェースマスク。コードを撮影すると電子商取引サイトに接続して記録、帰国後もその商品を大量購入できる。同社が８月に中国宅配大手と組んで始めた「帰国後も爆買い作戦」による仕掛けだ。
「いつでも北海道を楽しめます」。中国企業との提携を発表した場で、社長の富山浩樹（39）はこう胸を張った。張も「憧れの北海道のものが中国でも買えるなんて便利ね」と目を輝かせる。
同社は店がなかった狸小路に６月から３店を一気に開いた。アジアでの事業を通して北海道ブランドの強さを実感した富山は、狸小路に訪日客（インバウンド）が増えるのをみて「出ないわけにはいかない」と同業大手の隙間に割って入った。３店はわずか200メートルのエリアに集中する。歩く人もまばらだった商店街は再び活気づいた。
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今年の訪日客は９月に過去最高だった2014年の1341万人を超した。けん引役は中韓や台湾のアジア勢。従来、訪れるのは東阪や京都が中心だったが、今はむしろ伸びしろのある地方で「外国人頼み」が広がる。
９月５日夕、鳥取県境港市にある境港。小学生らが太鼓を打ちモナコ船籍のクルーズ船を見送ると、乗客が盛んな拍手や指笛で応えた。境港管理組合主幹の関通子（53）は「港ならではの光景でしょ」と目を細める。
県庁出身の関は11年からポートセールスを担う。米国マイアミでのクルーズ船見本市で船会社トップに片言の英語で「ぜひ境港に」と売り込んだり、港で自ら焼きそばを焼いて客へ振る舞ったりと行動力が売りだ。
港には７月、中国人4500人を乗せた船が着いた。４千人はバス100台に乗り近くの日吉津村のイオンショッピングセンターを訪れ、センターの売り上げを平均より３割も増やした。関の奮闘もあり、今年のクルーズ船寄港は23回と昨年から倍増する見通しだ。
訪日客の波に想定以上に乗ったのが静岡県牧之原市にある静岡空港だ。
「上海行きの方はこちらへ」。２日、静岡空港の屋外駐車場ではスタッフが行き先を書いたボードを手に出国客を誘導していた。客は屋外の駐車場で手荷物を預けて初めて空港ビルへ入る。富士山静岡空港社長の出野勉（62）が混雑緩和のため導入した苦肉の策だ。
国内線を中心に設計した空港は国際線のＸ線検査装置が１台しかない。「午後になれば店じまい」と皮肉られた以前ならそれでも十分だったが、今は就航が相次ぐ。国際線の就航先は16都市、便数は週53便と１年半前のおよそ４倍に急増。８月の国際線搭乗者は前年比２倍の５万人と、国内線を５割も上回った。
空港ビルの増改築が終わるのは17年度中。出野は「あと２年半はしのぐしかない」と関係各所に頭を下げて回る。
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中国発の景気不安が世界に広がるが、訪日中国人客には「マイナスの影響は表れていない」（観光庁長官の田村明比古、60）。ただ物販依存の観光に警鐘を鳴らす関係者は少しずつ増えている。
「狙いはアジアではなく欧州の旅行者です」。８月に北海道根室市で開かれた有識者会議。ＪＴＢ北海道観光戦略担当部長の萩野隆二（49）が披露したのは、メディアの力で手つかずの自然の知名度を上げ欧州の人を呼び込む戦略だ。関係者が爆買いに目を奪われていたときだけに、参加者は驚きの表情を見せた。
14年に東京から札幌へ転勤した萩野は訪日消費に沸く道内観光に「強い違和感を持っていた」。買い物に走る外国人は海外ブランド物に群がったかつての日本人と重なる。「買い物だけでいつまで北海道に来てくれるのか。物販頼みの観光はいずれしぼむ」とみる。
道東は世界有数の野生動物の宝庫だ。萩野は４月、根室への道中で戯れるタンチョウヅルと双眼鏡を持ち静かに観察する観光客を目にして、漠然とした思いが確信に変わった。「ここは札幌とは全く違う観光客を引き寄せる。これでいこう」
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訪日客の勢いが止まらない。戸惑いつつも、外国人の力を地域に取り込もうと奮闘する各地の担い手を追った。 （敬称略）
