(日経9/1:グローバルBiz面)
米ゼネラル・モーターズ(GM)が新興国市場の開拓を加速させる。50億ドル(約6000億円)を投じてブラジル、インド、メキシコ、中国の工場を増強し、2018年にも新興国専用車を投入する。新興国は需要が低迷しているが、長期的には成長するとみて、あえて逆風下での大型投資に踏み切る。課題である「北米頼み」の収益構造からの脱却をめざす。
「シボレー」のインド販売は低調だ(ムンバイ)
広範な国・地域をカバーする初の本格的な新興国専用車を開発するため、GMは多国籍チームを結成した。エンジンや変速機、シャシーなど車の骨格をなすプラットホーム(車台)を1つに絞り込んだ上で、内装や外観のデザインは国・地域ごとの顧客ニーズに合わせて変える。
大衆車の「シボレー」ブランドで販売する。ブラジル、インド、メキシコ、中国で生産し、他の新興国にも輸出する。米国や日本、西欧など先進国では販売しない。
実質的に1車種で新興国を広くカバーすることでコスト削減につなげる。現在のGMの世界販売台数の2割強に当たる年200万台以上の販売をめざす。これまで中国など一部地域向けに専用車を開発したことはあるが、これほどの規模で手がけたことはなかった。
詳細は明らかになっていないが、開発陣を率いるマーク・ルース上級副社長は「(ネットとの)接続性や安全性、燃費に焦点を当てた技術」を採用すると説明している。地図や渋滞情報などをリアルタイムで取り込める「つながる車」の技術も盛り込み、新興国メーカーによる超低価格車とは一線を画す。
世界最大市場の中国をはじめ、新興国は軒並み新車販売が低迷する。なのになぜ新興国に巨費を投じるのか。GMの世界販売台数の半分は中国を含む新興国だが、利益の大半は北米が稼ぐ。新興国でも利益を上げないと成長できないという危機感があるからだ。
新興国を中心とする国際事業担当のステファン・ジャコビー上級副社長が「ポスト中国」の重点市場の筆頭に掲げるのはインドだ。
「多目的スポーツ車(SUV)の新型車を待ち望んでいる。早く出てほしい」。インド西部ムンバイ市内の「シボレー」販売店。休日にかかわらず閑散とした店内で販売担当者は話す。ミニバンを軸に営業に励むが、「(スズキ子会社の)マルチ・スズキとの競争が厳しい」とこぼす。
GMのインドでの乗用車の月次販売は2013年11月から2年近くも前年割れが続く。3年前は7千台規模だった月間の販売台数は今や2千~3千台だ。ライバルが新車攻勢をかけるなか、めぼしい新車を投入できなかったからだ。
現状打破のため思い切った構造改革に踏み込む。1996年のインド進出以来、これまで10億ドルを投じてきたが、さらに10億ドルを新規に投じてマハラシュトラ州にある工場を増強する。新興国専用車を生産・販売し、2%強にとどまるシェアを20年までに倍増させる。
低迷するブラジル市場のテコ入れにも新興国専用車を活用する。今後4年で19億ドルの投資を計画していたが、新たに19億ドルを追加して投資額を倍増させる。現地工場を増強して新興国専用車を生産し、ブラジルを中心に南米各国に供給する。
ブラジルでGMはイタリア・フィアット、独フォルクスワーゲン、米フォード・モーターとの「ビッグ4」の一角を占めるが、景気低迷で販売は落ち込んでいる。15年のブラジルの新車販売台数は07年以来の低水準になる可能性もあり、GMの南米事業は赤字額が拡大している。
9月に南米部門社長を交代させる人事も決めた。後任には米天然ガス企業、アジリティ・フューエル・システムズのバリー・イングル最高経営責任者(CEO)を引き抜いた。イングル氏は以前、フォードの現地トップとして同社のブラジル販売を飛躍させた実績があり、再建を託す。
中国でも利益率の低迷に直面している。販売の半分を低価格の商用バンに頼るうえ、市場低迷から5月に最大100万円規模の値下げを強いられた。新興国専用車を投入する一方、現地合弁パートナーの上海汽車集団と共同で中国向け乗用車の開発に着手した。
ニューヨーク=杉本貴司、ムンバイ=堀田隆文
▼米国頼みに危うさ 迫る利上げ、ローン販売減速も
GMが新興国市場の開拓を急ぐ背景には本拠の北米市場が盤石とはいえない情勢がある。
2015年の米新車販売台数は14年ぶりに1700万台の大台を突破するとの見方が強い。堅調な景気にガソリン安が追い風となり、ピックアップトラックなど大型車や高級車が売れ筋となっている。米国内で売れる新車の平均価格は3万3千ドル(約400万円)を上回っており、メーカーにとっても利幅が大きい。
一方で、好調な新車市場は歴史的な低金利が下支えしている側面もある。ニューヨーク地区連銀によると、米国では自動車ローンの残高が初めて1兆ドルを突破した。米連邦準備理事会(FRB)が利上げに踏み切れば販売が減速するとの見方は強い。主要な調査機関は16~17年に米新車需要がピークに達すると予測している。
歴史的にも年間の販売台数が1700万台を超えたのは過去に00、01年の2年間しかなく、米市場の「伸びしろ」は限られる。GMは米国で稼げるうちに新興国に積極投資して、新興国での収益基盤を築きたい考えだ。
米ゼネラル・モーターズ(GM)が新興国市場の開拓を加速させる。50億ドル(約6000億円)を投じてブラジル、インド、メキシコ、中国の工場を増強し、2018年にも新興国専用車を投入する。新興国は需要が低迷しているが、長期的には成長するとみて、あえて逆風下での大型投資に踏み切る。課題である「北米頼み」の収益構造からの脱却をめざす。
「シボレー」のインド販売は低調だ(ムンバイ)
広範な国・地域をカバーする初の本格的な新興国専用車を開発するため、GMは多国籍チームを結成した。エンジンや変速機、シャシーなど車の骨格をなすプラットホーム(車台)を1つに絞り込んだ上で、内装や外観のデザインは国・地域ごとの顧客ニーズに合わせて変える。
大衆車の「シボレー」ブランドで販売する。ブラジル、インド、メキシコ、中国で生産し、他の新興国にも輸出する。米国や日本、西欧など先進国では販売しない。
実質的に1車種で新興国を広くカバーすることでコスト削減につなげる。現在のGMの世界販売台数の2割強に当たる年200万台以上の販売をめざす。これまで中国など一部地域向けに専用車を開発したことはあるが、これほどの規模で手がけたことはなかった。
詳細は明らかになっていないが、開発陣を率いるマーク・ルース上級副社長は「(ネットとの)接続性や安全性、燃費に焦点を当てた技術」を採用すると説明している。地図や渋滞情報などをリアルタイムで取り込める「つながる車」の技術も盛り込み、新興国メーカーによる超低価格車とは一線を画す。
世界最大市場の中国をはじめ、新興国は軒並み新車販売が低迷する。なのになぜ新興国に巨費を投じるのか。GMの世界販売台数の半分は中国を含む新興国だが、利益の大半は北米が稼ぐ。新興国でも利益を上げないと成長できないという危機感があるからだ。
新興国を中心とする国際事業担当のステファン・ジャコビー上級副社長が「ポスト中国」の重点市場の筆頭に掲げるのはインドだ。
「多目的スポーツ車(SUV)の新型車を待ち望んでいる。早く出てほしい」。インド西部ムンバイ市内の「シボレー」販売店。休日にかかわらず閑散とした店内で販売担当者は話す。ミニバンを軸に営業に励むが、「(スズキ子会社の)マルチ・スズキとの競争が厳しい」とこぼす。
GMのインドでの乗用車の月次販売は2013年11月から2年近くも前年割れが続く。3年前は7千台規模だった月間の販売台数は今や2千~3千台だ。ライバルが新車攻勢をかけるなか、めぼしい新車を投入できなかったからだ。
現状打破のため思い切った構造改革に踏み込む。1996年のインド進出以来、これまで10億ドルを投じてきたが、さらに10億ドルを新規に投じてマハラシュトラ州にある工場を増強する。新興国専用車を生産・販売し、2%強にとどまるシェアを20年までに倍増させる。
低迷するブラジル市場のテコ入れにも新興国専用車を活用する。今後4年で19億ドルの投資を計画していたが、新たに19億ドルを追加して投資額を倍増させる。現地工場を増強して新興国専用車を生産し、ブラジルを中心に南米各国に供給する。
ブラジルでGMはイタリア・フィアット、独フォルクスワーゲン、米フォード・モーターとの「ビッグ4」の一角を占めるが、景気低迷で販売は落ち込んでいる。15年のブラジルの新車販売台数は07年以来の低水準になる可能性もあり、GMの南米事業は赤字額が拡大している。
9月に南米部門社長を交代させる人事も決めた。後任には米天然ガス企業、アジリティ・フューエル・システムズのバリー・イングル最高経営責任者(CEO)を引き抜いた。イングル氏は以前、フォードの現地トップとして同社のブラジル販売を飛躍させた実績があり、再建を託す。
中国でも利益率の低迷に直面している。販売の半分を低価格の商用バンに頼るうえ、市場低迷から5月に最大100万円規模の値下げを強いられた。新興国専用車を投入する一方、現地合弁パートナーの上海汽車集団と共同で中国向け乗用車の開発に着手した。
ニューヨーク=杉本貴司、ムンバイ=堀田隆文
▼米国頼みに危うさ 迫る利上げ、ローン販売減速も
GMが新興国市場の開拓を急ぐ背景には本拠の北米市場が盤石とはいえない情勢がある。
2015年の米新車販売台数は14年ぶりに1700万台の大台を突破するとの見方が強い。堅調な景気にガソリン安が追い風となり、ピックアップトラックなど大型車や高級車が売れ筋となっている。米国内で売れる新車の平均価格は3万3千ドル(約400万円)を上回っており、メーカーにとっても利幅が大きい。
一方で、好調な新車市場は歴史的な低金利が下支えしている側面もある。ニューヨーク地区連銀によると、米国では自動車ローンの残高が初めて1兆ドルを突破した。米連邦準備理事会(FRB)が利上げに踏み切れば販売が減速するとの見方は強い。主要な調査機関は16~17年に米新車需要がピークに達すると予測している。
歴史的にも年間の販売台数が1700万台を超えたのは過去に00、01年の2年間しかなく、米市場の「伸びしろ」は限られる。GMは米国で稼げるうちに新興国に積極投資して、新興国での収益基盤を築きたい考えだ。