日本株と投資信託のお役立ちノート

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(主に日経,ロイター,WSJから引用。賞味期限の短い記事は今後省きます)

(経済教室)2015再生の起点に(3) 円安継続、国内再投資促せ 竹森俊平 慶応義塾大学教授

2015年01月07日 | 国内:経済政策
〔15.1.7.日経新聞:経済教室面〕


〈ポイント〉
○金融財政の刺激で供給不足の問題鮮明に
○円安定着を見越し輸出能力増強の動きも
○原油安で米景気加速も利上げずれ込みか


 安倍晋三首相がアベノミクスへの信任投票と位置づけた昨年暮れの衆院選だが、与党が大勝した選挙結果よりも、目玉商品である日銀の異次元金融緩和に対し、即時停止といった強硬な反対を唱えた野党がいなかった事実が信任の意味を持つ。「円安を生み庶民の懐を苦しめる」という批判はあっても、金融緩和にプラス面があるという認識は共有されているのだろう。

 金融緩和は短期的な処方箋にすぎず、経済成長率を高めるという長期的課題には構造改革が必要という見解もある。金融緩和と構造改革の関係をどう位置づけるかが問題だ。これまで様々な構造改革が提案されたが、一点には集約しきれなかった。本当に必要な改革が何かにつき、合意が成立しなかったのだ。

 だが第2次安倍政権の1年目に財政、金融の刺激策が発動され、昨年4月の消費増税までは総需要が拡大したことで、長期的な政策課題がはっきりした。日本経済の根本問題は「供給能力不足」にあり、供給能力の拡大のための政策が必要だという点である。

 高齢化の進む経済では全人口に比べて就業人口が少なくなるため、供給能力は必然的に不足する。このボトルネックを解消するには就労者対策と投資が必要だ。就労者対策では、女性や高齢者の雇用を増やす、移民を本格的に認めるといった選択肢がある。同時に省力化のための投資も大胆に進めなければならない。そのために官民協力が必要だが、主役は企業で、政府の役割はその環境作りである。

 デフレのせいで供給能力への取り組みは遅れてきた。最近は物価についてのわれわれの認識も深まった。かつてノーベル賞経済学者、ミルトン・フリードマンは「インフレはつねに貨幣的な問題である」と結論づけたが、直接に価格を決めるのは生産者である。生産者はコスト要因、とくに賃金をもとに生産物価格を決める。結局、長年にわたるデフレの原因はデフレギャップだった。

 総供給が総需要を上回っていたので、生産物価格の引き上げも、賃上げも、見送られてきたのだ。

 デフレギャップがベールのように上にかぶさっていたために、供給能力不足という本質的な問題がみえにくくなっていた。政府、日銀が協力して総需要を刺激したことで、そのベールがはがされ、コンビニの終夜営業が人手不足でできなくなるような、みすぼらしい供給能力が初めて明るみにさらされた。


 これまでの規制緩和の議論では、企業のインセンティブ(誘因)の考慮が不十分だった。需給がタイトになったなら、企業は利潤拡大をめざし設備投資をする。だが、いかに規制を緩和しても、供給過剰の状態では設備投資は割に合わない。設備投資が割に合う判断となるためには、総需要が不足していたのだ。

 金融や財政の刺激策は短期的効果しか持たないといわれるが、その効果すら十分発揮させなかったために、高齢化の進む経済で雇用をリストラし、設備投資を減らし続けるといった自己破壊行為が慢性化した。この傾向を変えた点で経済刺激策は意義を持つ。

 だが総需要については、今後の人口減少を考えれば、内需はやがて行き詰まるので、それに代わるものとして輸出依存度を高める必要がある。
2012年の1ドル=80円台から14年末の120円前後へと、5割もの円安を導いた金融緩和は、この点でも有意義だが、問題点も浮上した。

 円安により、輸出量は不変でも1ドル当たりの輸出額の円建て価値が5割拡大し、売り上げの24%が輸出向けである大企業の業績は向上した。それが株高にもつながる。しかし輸出数量は、円安にもかかわらず増加の傾向がみられなかった。長年の円高を受け、企業が生産拠点を海外に移転したことが原因といわれている。だから今後輸出を増やすには、国内への再投資が必要になる。

 最近になって明るい兆候も表れている。昨年10月には輸出数量が2カ月連続の増加で、2%強拡大した。また、昨年7~9月期の法人企業統計によれば、製造業の設備投資は前年同期比で10%強増えている。企業もようやく輸出のために生産能力の拡大を図るようになった。円安の長期化を見込めるようになったからだろう。

 昨年10月末に米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和政策の停止を決めた直後、日銀は狙いすましたように追加緩和策を発表した。その結果、日米金利差拡大のシナリオが明確になって一気に10円を超える円安が起きたが、これは企業の輸出マインドをさらに刺激するだろう。

 日本に輸出拠点を再構築するという決断を企業に促すためには、円安の定着が鍵となるが、今回の選挙によって金融緩和が信任され、次回の衆院選まで今後4年間は続く見通しとなったのは朗報だ。

 今後の経済飛躍の鍵が輸出にあるとすれば、重要なのは海外の景気と需要の動向だ。とくに米国が鍵となる。昨年は、マーケットエコノミストのほとんどが、米国経済ばかりか、新興国の景気回復が加速すると判断し、資源価格も、米国の長期金利も上昇すると予想した。

 結果は大外れ。石油価格も、鉄鉱石価格も、米国の10年物国債金利も軒並みの低下となっている。マーケットエコノミストは、金融市場を注視するせいか、マネタリーベース(資金供給量)の潤沢な供給が、将来の物価や長期金利の上昇に直結すると考える傾向がある。実際には、投資意欲と資金需要が盛り上がらなければ、物価も長期金利も、上昇しない。

 昨今、米国も中国も、住宅・不動産バブルの崩壊を経験したため、昨年は投資意欲と資金需要が低かった。石油価格低下には米国の生産拡大の影響も大きいが、鉄鉱石など金属の国際市況の低下は、おもに投資意欲や資金需要の停滞を反映し、長期金利と明らかに相関する(図参照)。

 しかし今年は、石油価格の1バレル50ドル台までの低下が大幅減税と同じ効果を石油消費国に持ち始める。とくに米国経済の成長は加速する。他方、低石油価格は米国のインフレ率をも抑制する。気の早いエコノミストは春にもFRBの利上げを予想しているようだが、ずれ込むかもしれず、利上げしても緩やかだろう。

 もう一つ、わが国にとって米国の動向で注目されるのは環太平洋経済連携協定(TPP)を巡る動きである。今年もオバマ大統領と、共和党が支配する議会が対立し、米国政治の麻痺(まひ)は続くと予想されているものの、自由貿易協定は両者が協力できる分野とみられている。

 TPPは大統領選の前年である15年中の締結が必要で、共和党議会が大統領にファストトラック(一括交渉権)を認めるかどうかがポイントになる。17年初に任期が切れるオバマ大統領は今後直接選挙に関わらないのだから、共和党にとっては、これ以上のオバマたたきの意味がない。他方、来年の大統領選を控え、TPPにより米国の農業や金融業に海外進出の機会を与えることは共和党にプラスだ。

 TPP交渉は日本の安倍政権にとっても本格的な構造改革のチャンスとなる。すでに昨年12月に選挙が行われたことで、農業自由化が次回選挙の争点になる心配はなくなった。円安の定着に加え、米国を含んだ自由貿易協定が結ばれるならば、日本企業のマインドはますます輸出拡大に絞られるだろう。まさにこれこそが安倍政権の真価が問われるテーマである。


たけもり・しゅんぺい 56年生まれ。慶大卒、ロチェスター大博士。専門は国際経済学

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