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昔はみんな「乗り鉄」だった よね?

 

 小生、特に鉄道ファンというわけではありません。撮り鉄でも、飲み鉄でもありません。強いて分類せんならんなら乗り鉄でしょうか。でも昔は今よりずっとJRの役割は大きかったので、昭和の人間は、多かれ少なかれ「乗り鉄」だったように思います。

 

 昔の国鉄には「周遊券」ってのがありましたよね。普通列車と急行(北海道は特急も)が乗り放題でした。今は「急行」自体が絶滅してしまいました(涙)。学生の時、日本海を北上する急行を乗り継いで北海道を目指したことがあります。夜に青森に到着し、宿を探しましたがいずこも満室。それもそのはず、当夜は「ねぶた祭」の真っ最中だったのです。なので駅の軒下?で寝ました。

 

 それから、大阪発で日本海沿いの山陰線を松江?出雲市?まで走る、各駅停車の寝台列車もあったよね。たしか3段ベットでした。これってもしや、郵便列車だったのでしょうか?。

 

 更には出発駅では一つの列車だけど、途中で二つの列車に別れ、別々の線路を通り、その両線路が再び合流する駅でまた一本の列車に結合される。そんな、妙にアクロバティックな急行もありました。

 

 今は、人を見送り、また人を出迎えるのは「空港」がメインでしょうが、昭和の頃は、JRの駅がそういう役割を果たしていましたよね。なので今も、黄昏時の駅のホームに立つと、この歳になってもと言うか、この歳になったが故にと言うか、エモい気持ちになるのでありました。

 

【今日の1曲】JRとは関係ないけど、1980年発表の名曲

 

 

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