紅旗征戎

政治、経済、社会、文化、教育について思うこと、考えたこと

アンクル・トムとトヨタ:ケンタッキー州オーエンズボロ市

2005-07-23 17:11:56 | 都市
ここ2、3日心に残るアメリカの小地方都市について書いてきたが、中西部~南部をタイ人の友人と旅行していた時に宿をとるため、たまたま立ち寄ったのがこのケンタッキー州オーエンズボロ市である。毎年5月に、国際バーベキュー・フェスティバルが開かれるらしく、"BBQ capitial of the world(世界のバーベキューの中心地)"と半ば無理やりなキャッチフレーズをつけていたが、人口5万4千人の何の変哲もない地方都市で特に見るべきものもなかった。

偶然見つけたのは『アンクル・トムの小屋(1852)』のモデルになった黒人奴隷ジョサイア・ヘンソン(1789-1883)がカナダに逃亡する前に最後に奴隷として奉公させられていた家の跡地があった。といっても碑文が経っていただけで、同行のタイ人学者は教育行政学を学ぶためにアメリカに留学していて、アメリカ文化や文学には何の関心もなかったようで、「ん?有名な奴隷か?」と全く興味なさげな様子だった。子供の頃に読んだストウ夫人のこの小説はとても感動的で、リンカン大統領が「南北戦争を起こした小さな婦人」と語ったというエピソードとともよく思い出していた。しかし長じてアメリカについてもう少し勉強するようになると、「アンクル・トム」という英単語は「白人に従順で媚を売る黒人」という悪い意味で使われていることを知った。映画『マルコムX』でも黒人分離主義者のマルコムXがキング牧師など穏健派の公民権運動指導者のことを「アンクル・トム・リーダー」と罵っている演説が印象的である。最近では独裁国と名指しされて激怒した、ジンバブエのムガベ大統領がアメリカのライス国務長官を「アンクルトムの小娘」と罵ったのも記憶に新しい。

またこの小説自体に対しても、トムと並ぶ、もう一組の主人公であるジョージとエライザというカップルがカナダへと逃亡して、さらに幸福を求めてリベリアに旅立つという筋なので、黒人のリベリア植民を美化・礼賛・推奨した(言い換えればアメリカに留まる限り、黒人に明るい未来はないとした)プロパガンダ小説だという批判があることを知った。トムのモデルになったジョサイア・ヘンソンはカナダに逃亡してから聖職者として活躍し、自伝を書いているのだが、ストウ夫人の小説は彼の自伝(1849)の剽窃だという批判もあるようだ。「偶像破壊」も文学研究の大切な仕事なのかもしれないが、子供の頃の感動まで破壊されたような複雑な気持ちになったことは否めない。ちなみにヘンソンのカナダの家は観光地として整備されている。黒人として初めてカナダの切手に登場した人物と言うことで、「トム」と違い、幸せな晩年だったのかもしれない。
 
オーエンズボロの街中をタイ人の友人とその甥、そして私と三人三様の訛った英語で会話しながら食事したり歩いていると、アジア系が少なさそうなその町でジロジロ見られた。だが実はトヨタ自動車がケンタッキー州に工場を作っているように日本企業のケンタッキーなど南部進出が進んでおり、このオーエンズボロにも2001年にトヨタ自動車系列の豊田鉄工進出していることも後で知った。アメリカ諸州が連絡事務所を東京などに設置し、州知事たちが相次いで来日し、自州への日本企業誘致活動を行なっていることはよく知られるようになった。たまたま立ち寄った町がきっかけになり、子供の頃読んだ『アンクル・トムの小屋』の知られざる側面も知ったり、日本企業のアメリカ進出の実態を知ったのは嬉しい驚きだった。知らないところを訪ねるのは必ず何か発見がある。特に特徴もない地方都市も訪問者として何らかの形で楽しめると思った。