紅旗征戎

政治、経済、社会、文化、教育について思うこと、考えたこと

笑いのある生活・笑いのある教室

2005-07-13 16:53:05 | 教育・学問論
忙しいという漢字は、心を亡くすと書くが、毎日雑用に追われて、いつのまにか大切なものを失っているような気がする。前回のブログで偉そうな説教調のことを書いてしまったので何か軽い笑えることを書きたいのだが、心をなくしているせいか、すぐには思い浮かばない。

最近の生活で笑える瞬間というのは、ゼミの時間やゼミの学生たちと話している時である。ゼミに笑いがあるというのは不謹慎に思えるかもしれないが、この一ヶ月間はプロジェクト方式と称して、数人からなるグループに企画と発表を任せて、いろいろな出し物をしてもらった。日本とアメリカのファッション雑誌を比較して、実際にデジカメを使ってファッション誌を作ってみたグループもあれば、日中関係と日米関係のどちらを重視するかという硬派なディベートをしたグループもある。またマクドナルドの功罪を巧みなプレゼンテーションで見せたグループもあれば、日本とアメリカの小学校の授業に見る日米文化の違いを実際に授業を実演しながら見せたグループもある。ビデオで撮影して後で学生たちと一緒に見てみると、映像で捉えられた彼ら彼女らの姿には性格がよく映し出されているし、私自身のコメントや話し方の稚拙さも発見できた。

どのグループにも共通していえるのは、若い学生たちは笑わせるのが巧みだということだ。ユーモアのあるコメントや演技をして、ゼミの教室には笑いが絶えない。人を怒らせたり不愉快にすることは簡単だが、笑わせることの方がはるかに難しい。そうした難しいことをさらっとやれる学生たちのセンスは頼もしく、うらやましく思える。参加型の授業は出たところ勝負というリスクもあるが、うちの学生たちはあまり細かな指示を与えるよりも自主性に任せた方が熱心に準備するし、面白い発表をするようだ。学生が本を読まなくなったことを嘆く先生も多いが、本を読まなくても笑いのセンスや情報に対する感度は鋭いものをもっているし、いったん興味をもったらその分野の本を読んだり調べたりすることを厭わないようだ。そんな部分をのばせたらと今日のゼミ発表の小学校の模擬授業を笑いながら見て思った。