KONASUKEの部屋

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笠間人車軌道・祝開業100周年記念運行

2015年11月23日 | 笠間
昨日、行われた「笠間人車軌道・祝開業100周年記念運行」の様子。
「人車軌道」とは・・・
トロッコのレール(軌道)の上を、人力で走る屋根付きの客車(人車)。

「笠間人車軌道」とは・・・
1915年11月22日に、笠間駅から笠間稲荷神社への参拝客を輸送する人車軌道(約1.4㎞)が開業しました。

そう、ちょうど100年前の昨日です。
それを記念して、再現された車両を、かつて走っていた道で、実際に走らせてみようというのです!
浪漫ですねぇ~!
「道の市」実行委員会と市民の協力で再現された車両。
8人乗り。
現存しないため、残されていた設計図、写真、証言、他の車両などを参考に、一から手作りで再現。
前から
横から
後から。
前と後ろにあるレバーは、車夫がスピードを調節するためのもの。
しかし、車両だけでは走れません。
今時、トロッコのレールなんて、容易に手に入りませんし。
かつて人車が走っていた道には、もうレールはありません。
そこで・・・
本日の秘密兵器。
手造りのレールです。
どうやって走らせるかは、後ほど。
本日の乗客は、菊の花の鉢植え。
NHKや新聞社も取材に訪れていました。
午後1時過ぎ、いよいよ出発!
沿道では、写真を撮る人、旗を振る人など。
場所はこの辺↓


一度、動き出せば、そんなに力は要りません。
こんな小さな子も参加。
出発地点は緩い上りになっています。
車両が、この位の距離を移動したら・・・
通り過ぎた分のレールを持って・・・
前に敷く!
これを繰り返して前に進むのです!
実際に人車軌道が走っていた頃のスピードには、遠く及びませんが(笑)
現代文明が、人車の行く手を遮ります。
第1の難関、信号です。
場所はこの辺↓
一回分やり過ごして・・・
信号の切り替わる時間を最大限使って渡り切った!
そして、次なる難関、変電所前バス停付近です。
道中、最も高くなっているポイント。
場所はこの辺↓
笠間駅~笠間稲荷神社間は、一見、平坦な道に見えますが、実際には極めて緩やかなアップダウンがあります。
実は、このことが人車軌道が走るには重要なんです。
実際に人車を走らせる場合、上り坂では、車夫が車を外から押します。
しかし、下り坂では、車夫も人車に飛び乗って、惰性で前に進むからです。
だから車両の前後に、ステップがついているんですね。
さらに信号を越え

駐車車両を迂回して
「カフェ ナナイロ」前を通過すれば


最後の難関、急カーブ。ここを越えれば、ゴールの荒町角は目の前です。
振り返ってみても、もう駅は遠く見えません。
そしてフィニッシュ!
予定より30分早い、午後2:30。
バンザイ!
いつか、本物のレールの上を、かつてのように、駅~神社間を走る姿を夢見て。

しかし、考えてみると、人車軌道が笠間駅~笠間稲荷神社間を走ることになったのには、二つの歴史的偶然があると思われます。

一つは、笠間駅が、当時の住宅密集地や市街地(稲荷神社周辺)から、遠く離れて作られたこと。
これは、当時は蒸気機関車であり、地元住民から
「丘蒸気(蒸気機関車のこと)の煙突から出る火の粉が、建物に飛び火したらどうする?
駅は市街地から離れたところに作るべきだ」
との意見が多かったためだと聞き及んでいます。

もう一つは、京成電気軌道の開通により、帝釈人車鉄道で、不要な客車が出たこと。
この二つの偶然が、笠間に人車軌道を走らせたのですね。

1925年、「笠間人車軌道」は「笠間稲荷軌道」と社名を変更。
2台のガソリン車両を購入。
廃車となった人車のうち4両は宮城県の松山人車軌道に使用されたと言われています。
笠間を人車が走ったのは、わずか10年のことなのですね。

人車軌道に関する過去の記事
かさま駅前通りフェス2013
第11回「道の市」
工芸の丘フェア2015
人車軌道の走った道をたどる
笠間浪漫2015・いろいろ

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