虹のじゅもん

当ブログを訪れた人には「夢が叶う」という呪いがかかる。

猫をかわいがったら呪いはさらに強力になるであろう。

ところてんを考える

2017-04-09 06:06:06 | つぶやき
今までの人生でところてんを食べたのは一回きりだというのは、日本生まれの日本育ちの純日本人としては稀有なことなのか、そうでもないのはわからない。
食べた事がないのは、育つ環境の中で機会がなかったのだろう。
幼い頃から食が細かったので、少量食べて栄養価が高いもの、ということで乳製品や肉類が多く食卓にあがり、おやつも母の手製のマドレーヌ等だった。
そして食べることに貪欲なタチではなかった。
だから、栄養価の低いところてんを食べさせて肝心の食事を食べなくなるのが嫌だったのだろう。

この食生活のせいで、食べないわりには太目で、でもダイエットにところてんを食べようなと考えた事はない。
子供の頃に食べた事がないものを積極的に食べるにはそれなりの理由が必要かもしれない。

そして、たった一度だけところてんを食べたのだが、また食べたいと思うほど感激する味でもなかったし、二度と食べないと思うほどに喜劇的な味でもなかった。

太ってきたら、油ものをさけたり、野菜を多くとったりして、それほど体重の増減もなく生きながらえて来た。
ダイエット食品の代名詞のようなところてんを食べる理由などないのである。
だから心太にならず、小心者のまま今日がある、などと結論付けてみる。



このブログを読んだ人には「ところてん」の呪いをかけてやる。ところてんが食べたくてたまらなくなるだろう。
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花かんむり

2017-04-06 06:06:06 | つぶやき
子供の頃、野の花をむやみに摘んではかわいそう、と言われたが、シロツメクサの花かんむりは何度か作った。
田舎なので小さな女の子が摘むシロツメクサはたくさんあったし、許容範囲と言うか、小さな女の子達のために咲いていたようにも思う。
それも自然の一部だった気がする。

花かんむりを作る時には花をいためないように摘み、切れないように手加減して茎をしばり、四つ葉を編み込んだ。
作り方は他の子が作ったのを見せてもらったり、年上の女の子達に教わったりした。
数時間かけてつくった花かんむりを持ち帰った記憶はない。

友達のとクローバーの中にきれいに並べたり、大きな葉の上に置いたりして帰るのだが、次の日に行くと必ずなくなっていた。

「誰かが持って行ったんだ」その誰かはきっとこの世のものではない、天使とか、妖精とか… ユニコーンとか。
口にはださないけれど、そんな風に思っていた。
そういう存在を信じたいお年頃だった。
いや、本当にそうだったのだ。

世の中には知らない方がいいこと、知る必要がないことがたくさんある。



このブログを読んだ人には「知らなきゃよかった」の呪いをかけてやる。誰かのちょっぴり恥ずかしい秘密を知ってしまうだろう。

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遠慮なさらず

2017-04-03 06:06:06 | つぶやき
ひまわりの種を買ったら発芽率80%とある。
全部芽吹いても困るけど、20%は芽が出ず、芽吹いた80%も全部花を咲かせるわけでもない。
そう思うと切ない。

SMAPの名曲『世界にひとつだけの花』に「花屋の店先に並んだ いろんな花を見ていた…どれもみんなきれいだね…」という歌詞があるが、花屋の店先に並ぶのはエリート中のエリート、並ぶまでに大多数が淘汰される。

言うまでもないが、作詞作曲した槇原敬之氏は特別な花だし、元SMAPの面々もエリートだ。『超』つきの。

ところで、ダニスプレーの説明書きを見たら、99%除去と書いてある。
100%と書かないのが会社の良心なのか正直さなのかは不明だが、100%と書いてあると嘘くさい。

生き残った1%の個体が、サヨナラした99%と何が違ったのかわからない。
奴等がより丈夫な子孫を残すことになるのだろうが、がんばって生き残った1%の個体に愛おしさはない。

お逝きなさい、遠慮なさらず可及的速やかに。


このブログを読んだ人には「できる」という呪いをかけてやる。自分は自慢するほどでもないささいな何かが「できる」と言うことに気づくだろう。

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あなたが幸せでありますように

2017-03-30 06:06:06 | つぶやき
長年の友が贈ってくれたパワーストーンのブレスレットを大切にしている。

身に着けていると「それ、効くの?」と聞く人がいる。

「すごく効く」と答える。

もちろん、身に着けた途端に宝くじが当たったり、いい出会いがあったりするものではない。

世の中には努力してもどうしようもない事がたくさんある。むしろ、努力が実らない事の方が多い。
精一杯努力して、これ以上もう無理、と言う時に神頼みするのだと思う。

自分の願い事や目標を明確にするためにも、願い事にあうパワーストーンを選んで、よし、これで運が向いてきた、うまくいくはずだ、と力にするのだろう。

私の幸せを願ってパワーストーンを選び、一つ一つ石をつなげてくれた友がこの世の中にいることがとてもうれしい。





このブログを読んだ人には「幸せ」という呪いをかけてやる。あなたは誰かの幸せを心から願うだろう。
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私は美しい

2017-03-28 06:06:06 | つぶやき
私は「ブス」と言われたことはない。
なぜなら、とても美しいと自分自身が認識しているので「ブス」という言葉が耳に入った時、私の脳みそは、自分に向かって言われた言葉ではない、と判断するからである。

一方、「美しい」と言う言葉が聞こえた時、ああ、私のことね、と判断し、ほめられて伸びるタイプなのでますます輝くのである。

え、みんな違うの? ブスって聞こえたら、自分のこと言ってるって思うの? 
そんなおそろしい… 人の基準で自分を判断するなんて…


このブログを読んだ人には「いけてる」という呪いをかけてやる。「お、自分、いけてるぜ」とニヤリとしてしまうだろう。
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九州はどっち

2017-03-24 06:06:06 | つぶやき
二十代前半の夏、新潟に行った際のことだ。

日本海を眺めていると、リュックを背負った長身の男性が走ってきて、「九州はどっちですか?」と聞いた。

九州って言ったよ、この人、
このあたりに『きゅうしゅう』っていう地名があるのか、日本に慣れていない外国人か、新手のナンパか、と迷っていると、
「あっち、北海道ですよね」と自分が来た方角をさした。

聞けば、特に予定もたてずに日本中を走って旅している学生だという。
「日本海を右に見ながら走れば、山口までたどりつくと思うけど」と答えると、
「このまま日本海側を行くか、どっかで山越えるか、どっちがいいかな」
などとスケールが大きいというか、ぶっこわれた話をしばし楽しんだ後、
「がんばってください」と言うと 「あざーっす」と走り去った。

彼は、日本海を右に見て走ればいい事はわかっていたと思う。
自分がどこにいるかも別にどうでもよかったのだろう。
スマホもケイタイもなかった時代、もしかすると彼は日本地図すら持っていなかったかもしれない。
ありあまる体力を走ることで発散していただけなのかもしれない。

ただ、人恋しくなったか、美女の「がんばってね」が欲しかったか、そんな理由で声をかけてきたのじゃないだろうか。

人生に迷ったとき、めんどくさいことを考えずに、あっちに行けばなんかあるんじゃねーの、ここが嫌だから他んとこ行ってみよ、いやんなったらやめてもいいし、方向転換してもいいし、程度のノリで行ってみる、そんな選択もあるんじゃないかな、と思う。



このブログを読んだ人には「どこか行こう」の呪いをかけてやる。この春は今まで考えてもみなかった旅にでるだろう。
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すりこみ

2017-03-20 06:23:44 | つぶやき
両親の顔を思い浮かべた時、今の年老いた顔ではなく、若かりし頃の顔を真っ先に思い浮かべる。
むしろ、今の顔を思い浮かべる方が困難で、久しぶりに会って、ああ、こんなに年をとっていたか、と思う。

卵からかえったヒナが最初に見たものを親と思い込むように、目が見えるようになって最初に見た親の顔って脳みそにプリントされているのじゃないかと思う。

加えて、世界が狭く何もできない幼い頃は、親の顔ばかり朝から晩まで見ていたし、親も何かと私の顔を覗き込んでいたんじゃないかと思う。

私の脳みそには、「愛しい娘」を見つめる若かりし両親の幸せな笑顔がすり込まれている、たぶん。

どこに行ってもとりあえず写真を撮るけど、本当の所、写真ってそんなに必要なのかなと思う。
実際、撮った写真を見返して、あの時は…なんて過去に思いをはせるより、今度は何しようかな、と未来に心を躍らせて生きていたいと思う。

子供の頃、「中学時代の良い思い出を作るために…」と誰かが言った時、振り返るために今を生きるのは嫌だ、と思ったものです。



このブログを読んだ人には「今度あれやろう」の呪いをかけてやる。今までやったことのないことをやりたくてたまらなくなるだろう。
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幸せな瞬間

2017-03-13 06:44:44 | つぶやき
写真って幸せな瞬間を切り取るものなんだと思う。

デジカメが故障して修理不可能だったため、新しいのを購入しようと売り場に行ったところ、用途が記してあった。
風景を撮るのにぴったりとか、接写に最適とか… 
はて、私はいったい何を撮りたいのだろう。
思いつかなかったので、デジカメがなくても写真は撮れるから、今度、旅行とかお祝い会とか、何かイベントがある時に買おうと思い、売り場を後にした。

そういえば、故障したデジカメを買ったのは本を出版した直後だった。
幸せな気持ちを写真に写しこむほどの技術があったわけじゃないけど、まわりにあるものすべてがきらきら輝いて見えたし、ワイアレスシャッターがついた機種を選んだのは「輝いている私」を撮ろうと思ったのだろう。

そう思うと、多少傍若無人でお邪魔な素人カメラマンに、シアワセなんだね、よかったね、とちょびっとだけ優しい気持ちになる。

そういうわけで、「デジカメ買わなきゃ、きらきらした私、撮らなきゃ」と足取り軽くカメラ屋さんに向かう機会が近々訪れることを切に願うのだ。


このブログを読んだ人には「きらきらした私」の呪いをかけてやる。「私、今、輝いている」と思う瞬間があるだろう。
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読むべきものは

2017-03-08 06:23:03 | つぶやき
外国人タレントが、「自分の国にも四季があるのに、日本の四季のすばらしさを讃えることを強要されるのが云々」との不満を述べていたらしい。
ここで、だから〇〇人は情緒がない、と判断するのは短絡的だろう。

インタビュアーが何を聞きたかったのか、わからなかったのだ。
読むべきものは、空気じゃなくて、意図なんだと思う。

日本以外に四季があることくらいわかっている。当たり前だ。

あなたのお国と日本では四季の味わい方に違いがありますか、と聞けば何を言えばいいか理解できたと思う。

日本人の「言わなくてもわかるはず」というのは、日本人同士でも「わかんねえよ、言葉で言ってよ」ということが多々あるから、望む答えが出て来ないのは聞き方がよくないのかな、と考えた方がいい。

「なんで怒っているかわかる?」「わかりませーん」てな感じ。

日常会話でも、相手が何を意図して聞いているのかわからないときがある。
相手がなぜ自分にそれを聞いているのか、どんな答えがほしいのかを考えて答えると会話がスムーズになる。
聞く方も、自分がほしい答えがもらえるように聞いた方がいい。

「そういうことじゃない」ってならないようにね。


このブログを読んだ人には「わかるよ」の呪いをかけてやる。誰かと話していて、「わかるよ」と思わず抱きしめちゃうだろう。
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四季を愛でる

2017-03-05 06:14:04 | つぶやき
日本で暮らし始めたアメリカ人が「寒くないの?」とよく聞かれるので、自分も「寒くないの?」と聞くようになったと言っていた。
アメリカのディズニーランドの光景を見ると、毛皮の人の近くにタンクトップの人がいて、双方、暑そうでもなく寒そうでもない。
皮膚感の違いなのだろう。

日本は、沖縄から北海道まで南北に長いから地方により多少ずれはある。
関東在住なので、三月の終わりには毛織物や起毛をしまい込み、木綿や麻をとりだす。九月の終わりにはその逆。

肌寒い四月は厚地の木綿ジャケットやインナー、春物のショールで調節する。
春の空気や桜の下では春らしい色柄の服、軽い木綿の服で春を味わいたいと思うのだ。

暑さの残る秋は薄着をしてもやはり秋色を着たり、毛織物のジャケットを持っていたりする。
紅葉狩りの時はワインカラーやアースカラーの服を着て、自分も秋になろうと思うのだ。

同じ和菓子でも、牡丹の季節には「ぼたもち」と言い、萩の季節には「おはぎ」と言って味わうのだ。

四季は他の国にもあるだろう。

けど、そういうことじゃない。

日本には四季を愛でる文化がある。情緒がある。わびさびがある。

日本人にとって、四季がある、とは、そういうことなんだ。


このブログを読んだ人には「春」の呪いをかけてやる。「ああ、春だなあ」、と思わず言葉を発してしまうだろう。
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眠れない時には

2017-03-01 06:09:32 | つぶやき
寝付けなかったり、何度も夜中に起きてしまったり、誰でもあると思うけど、完全に意識を失わなくても心身って休まるらしい。
でも、ふとんに入って眠れないと、頭が痛くなったり嫌な事を思い出したりするから、いっそ起きて座ってぼうっとするといい。
それでも脳って休まるそうだ。
その時、目を使うと起きてしまうけど耳ならOKだとのこと。

眠れなかった頃、私がよく聞いたのは図書館にある朗読テープ。(私が聞くために借りてもいいのか聞いたらOKとのこと)
名作をいい声で読んでくれるのでとても楽しい。途中で寝ちゃったらまた聞けばいい。

それと、英語のCD。ハリーポッターのCDは何度聞いてもよく眠れた。
うとうとして、はっとしてまた集中して聞いて、うとうとして…その繰り返し。
たとえ、一晩眠れなくても充実感があっていい。起きているつもりでも、結構眠れていたんだと思う。
もし、眠れない人がいたら、どうぞおためしあれ。

何度も聞いて知っているものがいい。適当に聞き流せるから。
頭の中で聞こえたまんまの言葉を繰り返すのもOK。


このブログを読んだ人には「熟眠」の呪いをかけてやる。とてもよく眠り、快適に目覚めるだろう。
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とてもおじいさん

2017-02-26 06:30:44 | とことこふたみん
高校時代、私達の卒業とともに定年退職する先生を「とてもおじいさん」だと思っていたけれど、60歳だったのね。
今では60歳が「とてもおじいさん」とは思わないけど、高校生にとっては、「とてもおじいさん」なのかな…

スピッツと共に外へ
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「とことこふたみん」始めました

2017-02-24 19:32:03 | とことこふたみん
「とことこ」こと絵本作家あびるとしこさんの絵と「ふたみん」こと私の文で、美術館の管理人、小倉さんの呪われた日々をゆるく綴っていきます。

亡霊の呪い
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佐藤さとる氏 逝く

2017-02-20 06:18:01 | その他
コロポックルという言葉を覚えたのは、佐藤さとる氏の「誰も知らない小さな国」だったと思う。
佐藤さとる氏の小人シリーズの後にメアリ・ノートンの「床下のこびとたち」を図書室で見つけた。
子供の頃はこびとの出てくる話をよく書いたが、ある程度の年齢になると、どう描いてもこの二人が確立した世界の借り物になってしまうことに気がついて、書かなくなった。同時に読まなくなった。
「借り物暮らしのアリエッティ」がアニメ化されたけど、子供のころ親しんだ世界が、違ってしまうように思えて見ていない。


しばらく読んでなかったコロポックルシリーズをまた読んでみようかな。
「おばあさんのひこうき」、いいよね。

このブログを読んだ人には「子供のころに読んだ絵本」の呪いをかけてやる。子供のころに読んだ絵本の世界にそっくりな風景に出くわすだろう。
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あきらめるな、けど、あきらめも肝心

2017-02-15 06:06:06 | つぶやき
動物番組が好きでよく見るのだが、「ダーウィンが来た」は種の保存の特性上、仕方がないのかもしれないけど、オスとメスがつがいになり、子孫を残し、命をつないでゆくことがメインテーマであることが多い。
強くて美しいオスばかりが勝利するわけでもなく、風がふいちゃったり、崖が崩れちゃったりなどの自然災害の結果、弱かったり小さかったりするオスが偶然に勝利してメスをゲットすることがある。
つまるところ、世の男性達にまだまだあきらめちゃいけないって伝えているのかもしれない。
私のために戦わないで、などとメスは言わなくて、オスが勝手に戦って勝った方がメスの元にやってくるからメスの好みなんて関係ない。
一見メスが選んでいるように見えても、全然そんなことはなく、なんかそんなことが女性達に諦めも大切だよと言っているようでもある。



このブログを読んだ人には「惚れられる」の呪いをかけてやる。誰かに好きだ好きだと追っかけまわされてまんざらでもないだろう。
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