虹のじゅもん

当ブログを訪れた人には「夢が叶う」という呪いがかかる。

猫をかわいがったら呪いはさらに強力になるであろう。

加藤一二三九段引退

2017-06-26 05:00:00 | つぶやき
囲碁はオマケして五級くらいだけど、将棋は駒の動かし方がわかるだけ。
けど、加藤一二三棋士は「ひふみ」さんで「ふたみ」となんとなく名前が似た響きなので親近感が…?

愛称が「ひふみん」、私は「ふたみん」だし…

十四歳棋士、藤井聡太四段の活躍と加藤棋士の引退が同時期であることに深い感慨。

ここまで書いて、ふと思った。加藤一二三四段だったことがあったんだなと…

将棋は「指す」で、「打つ」のは囲碁。
アナウンサーが「将棋を打つ」と言ってて、いらっとした。



このブログを読んだ人には「いらっ」の呪いをかけてやる。なにか「いらっ」とすることがあるだろう。
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ブスが化粧してどうなる?

2017-06-20 06:06:06 | つぶやき
いいえ、化粧している子はブスではありません。
かわいいです。
かわいくなりたくて、髪を整え、化粧を工夫し、似合う服をさがして着て…そういう子はブスではありません。
一生懸命な子はかわいいです。
一般的に言う整った顔立ちじゃなくても、精一杯おしゃれをしている子はかわいいなあ、と思います。
行き過ぎたアイメークとか、その爪どうすんの? など、
やりすぎのおしゃれには、ついてゆけないものを感じますが、かわいくなりたくて頑張っている子は素敵です。

とてもかわいいです。愛らしいです。

ブスと言うのは、自分なんかどうせ、とおしゃれをせずにどうでもいいような恰好をしている子を言うのです。

例外は、電車内など公共の場で化粧している子、そういう子は100%ブスです。
かわいい子は見たことがありません。



このブログを読んだ人には「かわいい」の呪いをかけてやる。自分ってかわいいと言う何かを見つけて、うふっとしてしまうだろう。
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理不尽に怒られたこと

2017-06-16 06:00:00 | つぶやき
子供の頃、テレビに「おすぎとピーコ」が出ていて、
父に「これはなんだ?」と聞かれて「おかま」と答えたら、「品のない言葉を口にするな」と怒られた。
じゃあ、なんて言えばいいの?
女の子はあぐらをかいてはいけない、と育てられた世代なので、今思うとわからないでもない。

十代の女の子は「女の子らしく振る舞う」のが照れくさい時代だから、しょうがないとも思う。
でも「だめ」という大人の存在は必要だと思うのは、私がすでにそういう年齢になっているからだろうか。
ジーパンでも女の子のあぐらはだめだと思う。

「見せパン」だから見えても恥ずかしくないって? 
いやいやいやいや。
普段の生活でパンツが見えたら恥ずかしい。頬を赤らめるもんなの。
見えてもいいのは、チアガールとか、テニスのアンダースコートのようにスポーツだけだって。

ところで、「おすぎとピーコ」が、一人の人間だと思っていたのは私だけじゃないと思う。



このブログを読んだ人には「やだ恥ずかしい」の呪いをかけてやる。とても恥ずかしい事をやってしまうだろう。
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自慢話をする人

2017-06-12 06:06:06 | つぶやき
嫌われる人の上位に必ずランクされるのが、自慢話をする人。
本当は、自慢できることがあるなんてすごいことなんだけど。
嫌われる自慢話は聞き手にとって、価値のないこと、「だから?」と言いたくなることだから嫌がられるのかな。
すごい話は本人が言わなくても伝わってくる。
「国体に出た事ある」とか「○で日本一になった」とか「◎で世界選手権に出た」とか。
そういう人は自分の成し遂げた事に満足しているから、わざわざ口に出さないのかな。

自分の友達や知り合いにそういう人がいるのは大いに誇らしいし、自分の活力源になるけど、そういう知り合いがいる、という話になってしまうと、馬鹿じゃないの、と言われるんだろうな。

でも、言いたくなっちゃう。有名人の近所に住んでいたとか、同級生とか、誕生日が同じとか(なんの意味もない)。

そのことが今に役にたっていないから、つまんないのかな。
役になっていれば言うまでもないからな。

まずは自慢できることを作らなくてはね。

ブログを何年も継続しているのは十分に自慢できることだと思う。うん。


このブログを読んだ人には「私すごい」の呪いをかけてやる。人に言いたくなるたまげた出来事に遭遇するだろう。
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最初の一文 向田邦子さん

2017-06-06 06:06:06 | つぶやき
向田邦子さんがエッセイの名手と言われた所以に、テレビ界出身なので、最初の一文で人を引き付けるのが上手だったと聞いた事がある。
確かに最初の一文や題名は重要だと思うが、向田さんのエッセイの内容はいくつか記憶にあるが、最初の一文を覚えているわけではないので、やはり重要なのは内容だと思う。
当たり前だけど。

このところ、テレビドラマの不調が続いているようだが、なんとなく、向田さんの原作のドラマが近々出現しそうな気がする。
いや、出現するのを心待ちにしている。
当然、昭和臭ぷんぷんだけど、そこがいいんだよな、と思えるような感じの。

で、そのまま昭和だとなんだかなー、なので、パソコンとかスマホを寺内貫太郎一家が持っていたら、とか、平成版「あ・うん」とか。

どうでしょ?

向田臭はすっかり消えてしまうかな。
あの世の向田さんが爆笑してくれるようなドラマがあったらいいな。


このブログを読んだ人には「爆笑」の呪いをかけてやる。
とてつもなく面白いことをやっちゃって、爆笑するだろう。
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アエラントスが咲いた

2017-06-03 06:00:00 | 
何年ぶりかわからないくらい久しぶりにアエラントス(チランジア)が咲いた。
なんかすごくいいことがある予感がする。
ただ、ベルゲリーだと思い込んでいたので、びっくりした。


                       


このブログを読んだ人には「咲いた」の呪いをかけてやる。
手塩にかけていた何かが「咲く」、けれどそれは自分が考えていたものではなかったことにびっくりするだろう。
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詩の絵本「朝の歌」小泉周二さん

2017-06-01 06:06:06 | その他
「朝の歌」(詩・小泉周二、絵・市居みか)




小泉周二さんの詩集『太陽へ』(銀の鈴社)に掲載されている作品の一編が絵本になっています。
絵本の出版は二十代の頃からの夢で、四十年がかりで叶えたそうです。

私もまだまだがんばる余地がたくさんありそうだな、と元気をもらいました。


小泉周二さんのメルマガ
小泉さんと直接連絡がとれます。
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飛行船

2017-05-27 14:19:32 | とことこふたみん
日本国内での飛行船を用いた広告…はWikipediaによると…
キドカラー号
1968年に日立製作所が飛行船でPRしたカラーテレビの商標キドカラーによる。
愛称は「ポンパ号」ともいわれた。

今の子にはわかるまい、「ポンパ」の感動など… たたけば直るテレビなど。


とことこふたみん 第四話公園


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ひよっこ、海水浴へ

2017-05-25 06:00:00 | つぶやき
「ひよっこ」で、みね子達が海水浴に行くってはしゃいでた。
ん?
日立駅に「ひよっこ」の舞台っていうポスターがはってあるけど?
日立駅からは海が一望できるし、海まで歩いて三分なんですけど。
日立の人にとって、別に海は特別ではない… 日立駅の出口は二つ、海側口、山側口。

みね子の生まれた所は、「日立」ではなく、常陸の国の「ひたち」で、山の方の大子とか里美とかの方のことらしい… 
その辺をぼかしてあるんだね。
「日立」では、日立製作所の宣伝みたいだもの。

日立でも集団就職あったのかな? 日立の工場に勤めるんじゃないのかな。

ま、そんなこと考えるのは地元の人だけなんでしょうね。

自分の知っている場所で事件や事故があったとき、びっくりするほど土地名や所番地が違っているのは、わざと特定できないようにしてあるのかな。
身近な土地名が出てくると、違う、そうじゃない、と叫びつつ、それでも見てしまうのだ。



このブログを読んだ人には「そうじゃない」の呪いをかけてやる。身近な人と話をしてて、「違う、そうじゃない」とひっくり返りそうになることがあるだろう。
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ヘチマスター

2017-05-20 06:00:00 | つぶやき
小三の春、理科の観察としてヘチマの苗を配られた。
植木鉢で育てると黄色の花が咲いて掌サイズのヘチマができて、みのり、を実感した。

夏休みが終わると野球のバット三本束ねたような巨大ヘチマを持って来た子がいて「ヘチマスター」とみんなで大騒ぎした。
いつもは目立たないその子が輝いて見えた。持たせてもらうとずっしりと重かった。

うちでそのことを言うと、母が「農家の子でしょ、毎年三年生はヘチマを育てるから、育て方を良く知っているのよ」と言った。
学校でもらった苗じゃないわよ、と暗に言っていたかもしれない。

ああ、あの子は農家を継ぐことになるんだろうな、きっと家の手伝いもよくやるんだろうな、みのりをたくさん知っているんだろうな、と思った。

いつか大人になり、私も何かになるんだろうと、自分の将来を夢ではなく現実としてとらえたのはあの時だったように思う。



このブログを読んだ人には「ヘチマ」の呪いをかけてやる。ヘチマって何に使うんだっけ、と小一時間考え込んでしまうだろう。
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PCの故障

2017-05-14 06:00:00 | つぶやき
暮れにCDドライブがきかなくなって、この四月、ついにすべてがアウトになって、修理に出したら、リカバリーでの復活ということになった…
つまり、Windows10ではなくなった。
なんと使いやすいことか!で、ノートパソコンのCDドライブは壊れやすいので安い外付けを買って使い捨てにするといいとお聞きあそばして、修理品を受け取ったついでに3000円ほどの外付けをご購入。
快適。
確かに、CDドライブを開け閉めする時になんだかちゃちーなと思ってた。
それにしても外付けがお安くなったものだ。
このお値段で1年保証だって。
ネットで購入するともう少し安いのもあるみたいだけど、最初の一歩はこれがよろしくてよ!


このブログを読んだ人には「なーんだ」という呪いをかけてやる。長い間重荷になっていたことが、どうでもいいことに気付くだろう。

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車椅子の女性

2017-05-09 06:00:00 | つぶやき
大学を卒業してすぐ勤めた会社に車椅子の女性がいた。
部所が違うので理由はわからないが、足の事情ではなく病を抱えていたらしく、二十代半ばで病により他界した。
彼女がいったい何を考え、何を喜びにし、何を苦しんでいたかはまったくわからない。
私と同じ喜び悲しみもあっただろうし、想像もつかない楽しさや苦しさを感じていたと思う。
彼女の亡くなった年になった時、越した時、楽しい時、悲しい時、ふと彼女を思い出すことがある。
その時々で彼女が何を考えていたのかを想像するのだが、私の年齢や置かれている状況により、答えは異なる。

この先、何度も彼女を思い出すのだろう。
彼女が勤めていたことで得たものを知る由もないが、
私は彼女の姿からたくさんのことを学んだし、これからも学び感じるのだろうと思う。



このブログを読んだ人には「どうしているかな」の呪いをかけてやる。ずうっと会っていない人をふと思い出すだろう。
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見せパン

2017-05-01 21:44:44 | とことこふたみん
女子高生のスカートが大変短くなって、早何年。
パンツが見えるじゃないか、と思ったら、見えてもいいパンツ「見せパン」だそうです。
とある男性タレントが言ってました。
「見せパンでもパンツはパンツ! 見えると、わおって思うんだよ」
あたしもそう思います。



とことこふたみん 第三話 杏はどこに
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ところてんを考える

2017-04-09 06:06:06 | つぶやき
今までの人生でところてんを食べたのは一回きりだというのは、日本生まれの日本育ちの純日本人としては稀有なことなのか、そうでもないのはわからない。
食べた事がないのは、育つ環境の中で機会がなかったのだろう。
幼い頃から食が細かったので、少量食べて栄養価が高いもの、ということで乳製品や肉類が多く食卓にあがり、おやつも母の手製のマドレーヌ等だった。
そして食べることに貪欲なタチではなかった。
だから、栄養価の低いところてんを食べさせて肝心の食事を食べなくなるのが嫌だったのだろう。

この食生活のせいで、食べないわりには太目で、でもダイエットにところてんを食べようなと考えた事はない。
子供の頃に食べた事がないものを積極的に食べるにはそれなりの理由が必要かもしれない。

そして、たった一度だけところてんを食べたのだが、また食べたいと思うほど感激する味でもなかったし、二度と食べないと思うほどに喜劇的な味でもなかった。

太ってきたら、油ものをさけたり、野菜を多くとったりして、それほど体重の増減もなく生きながらえて来た。
ダイエット食品の代名詞のようなところてんを食べる理由などないのである。
だから心太にならず、小心者のまま今日がある、などと結論付けてみる。



このブログを読んだ人には「ところてん」の呪いをかけてやる。ところてんが食べたくてたまらなくなるだろう。
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花かんむり

2017-04-06 06:06:06 | つぶやき
子供の頃、野の花をむやみに摘んではかわいそう、と言われたが、シロツメクサの花かんむりは何度か作った。
田舎なので小さな女の子が摘むシロツメクサはたくさんあったし、許容範囲と言うか、小さな女の子達のために咲いていたようにも思う。
それも自然の一部だった気がする。

花かんむりを作る時には花をいためないように摘み、切れないように手加減して茎をしばり、四つ葉を編み込んだ。
作り方は他の子が作ったのを見せてもらったり、年上の女の子達に教わったりした。
数時間かけてつくった花かんむりを持ち帰った記憶はない。

友達のとクローバーの中にきれいに並べたり、大きな葉の上に置いたりして帰るのだが、次の日に行くと必ずなくなっていた。

「誰かが持って行ったんだ」その誰かはきっとこの世のものではない、天使とか、妖精とか… ユニコーンとか。
口にはださないけれど、そんな風に思っていた。
そういう存在を信じたいお年頃だった。
いや、本当にそうだったのだ。

世の中には知らない方がいいこと、知る必要がないことがたくさんある。



このブログを読んだ人には「知らなきゃよかった」の呪いをかけてやる。誰かのちょっぴり恥ずかしい秘密を知ってしまうだろう。

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