あくまでも自分が行動できはじめた頃からの書物です。
自分が知る以前はJR時代以降
それまではC12やDD13が2台づつだったらしいです。
そのうちDD13は焼損という話を聞いたことがあります。
で、
JR直後の入換機はこのDD16-26と
DD16-44です。
26は苗穂生え抜き。
44はなんと敦賀第一機関区から釧路機関区に転属して標津線運用で1982年に在籍のまま終わった後、入れ替え機になった車です。
その後国鉄消滅とともに抹消。
どちらも短いボンネットの方には空気シリンダー式の解放テコ動作装置があり現記事の画像が
http://farm3.staticflickr.com/2258/5705819697_337fe53dc8_z.jpg
ググルと出てきます。
最初は国鉄色だったようですが、JR後、26は直接大文字のJR塗装、44が青とピンクと「naebo」というロゴ塗装の後この色に相次いで塗装変更。
平成2年頃までに解体されたと考えられます。
ランボード上の増設大型手すりは片側だけで、ステップも同じ。
3台とも共通です。
26の面はどれも原型のままというのが正しく、反対側は、この文字行の上下のように増設の大型手すりになります。
標津線が完全に終わってしまったので、平成元年夏過ぎに48が転入。
3台体制になるならナイの直後、26と44は離脱解体となります。
実は上の二枚は48に交代した直後なのです。
この日48は格納庫に入っており、撮影が果たせせんでした。
シリンダーは一式移植されています。
48に交代してからは1台体制だと思うのですが
このようなスイッチャーも居ました。
奥がDD16-48ですね。
ガラス越しに 06-28-05-003 の機械記号が見えます。
恐らく同じような用途の予備機にこれが指定されていたのではないかと思われます。
DD16-48はしばらくして、HET特急カラーに変更されます。
キャブにはローマ字ロゴがあります
http://km-motors.cocolog-nifty.com/blog/dd16/index.html
友人の作例でご覧ください。
そのままかとおもいきや
平成9年には突如、引退と交代を果たして、旭川機関区からDE10-1741が同塗装となって使用され始めます。
1742は札幌運転区入換機として在籍現役ですね。
ここでもやはり
そっくりそのままシリンダーが移植されています。
入換機としての活躍写真です。
格好良かったですよ。
そして平成17年
それまでノロッコ号として活躍し、平成9年時にはこのような塗装に衣替えしたDE15-2516が除籍で入れ替え車になって交代になります。
実はこの撮影時にDE10-1741の存在を知ったのでしたが、皮肉なもんです。
ほぼ同時に1741はHET色に、2516はノロッコ号になって散ったのに、それらが8年後に追い出し合うという形になったのです。
暫く、このノロッコ塗装で入れ替え業務につく姿が目撃されていましたが、いつしか
DMVカラーとなって再登場となったようです。
それではDE15-2516の塗装詳細を。
割と単純なカラーです。
黄色はレモンイエロー。
塗装的には黄色1号に近似かな?
手すりは灰色。
白に見えましたが、灰色でした。
エンド表記は緑のノロッコ号の時のままです。
メーカーズプレートも緑。
タブレット防護板は外しただけでボルトが残っています。
一箇所に木箱の道具入れがあります。
DIY材料のファングルをネジ止めした固定具が見えます。
屋根はグレーの塗り分け。
いままでボンネットカラーだったのに進化?してます。
ランボードは本来黄色。
今は錆汚れ色。
こんな角度も
撮影してみます。
塗り分けが解りますね。
ファン中心部はやっぱり緑色です。
こんな角度でいかがでしょう。
ちなみにシリンダーは遂に引き継がれなくなりました。
毎日活躍中です。
法則的にはあと3年程度以内に交代のタイミングが来そうなのですが。
その頃には種車も車齢40年オーバーです。
僅か車歴13年ちょっとで退役解体したDD16のざっと3倍の年数です。
↑昼間の厚さでへばっているので既存写真記事でした。
自分が知る以前はJR時代以降
それまではC12やDD13が2台づつだったらしいです。
そのうちDD13は焼損という話を聞いたことがあります。
で、
JR直後の入換機はこのDD16-26と
DD16-44です。
26は苗穂生え抜き。
44はなんと敦賀第一機関区から釧路機関区に転属して標津線運用で1982年に在籍のまま終わった後、入れ替え機になった車です。
その後国鉄消滅とともに抹消。
どちらも短いボンネットの方には空気シリンダー式の解放テコ動作装置があり現記事の画像が
http://farm3.staticflickr.com/2258/5705819697_337fe53dc8_z.jpg
ググルと出てきます。
最初は国鉄色だったようですが、JR後、26は直接大文字のJR塗装、44が青とピンクと「naebo」というロゴ塗装の後この色に相次いで塗装変更。
平成2年頃までに解体されたと考えられます。
ランボード上の増設大型手すりは片側だけで、ステップも同じ。
3台とも共通です。
26の面はどれも原型のままというのが正しく、反対側は、この文字行の上下のように増設の大型手すりになります。
標津線が完全に終わってしまったので、平成元年夏過ぎに48が転入。
3台体制になるならナイの直後、26と44は離脱解体となります。
実は上の二枚は48に交代した直後なのです。
この日48は格納庫に入っており、撮影が果たせせんでした。
シリンダーは一式移植されています。
48に交代してからは1台体制だと思うのですが
このようなスイッチャーも居ました。
奥がDD16-48ですね。
ガラス越しに 06-28-05-003 の機械記号が見えます。
恐らく同じような用途の予備機にこれが指定されていたのではないかと思われます。
DD16-48はしばらくして、HET特急カラーに変更されます。
キャブにはローマ字ロゴがあります
http://km-motors.cocolog-nifty.com/blog/dd16/index.html
友人の作例でご覧ください。
そのままかとおもいきや
平成9年には突如、引退と交代を果たして、旭川機関区からDE10-1741が同塗装となって使用され始めます。
1742は札幌運転区入換機として在籍現役ですね。
ここでもやはり
そっくりそのままシリンダーが移植されています。
入換機としての活躍写真です。
格好良かったですよ。
そして平成17年
それまでノロッコ号として活躍し、平成9年時にはこのような塗装に衣替えしたDE15-2516が除籍で入れ替え車になって交代になります。
実はこの撮影時にDE10-1741の存在を知ったのでしたが、皮肉なもんです。
ほぼ同時に1741はHET色に、2516はノロッコ号になって散ったのに、それらが8年後に追い出し合うという形になったのです。
暫く、このノロッコ塗装で入れ替え業務につく姿が目撃されていましたが、いつしか
DMVカラーとなって再登場となったようです。
それではDE15-2516の塗装詳細を。
割と単純なカラーです。
黄色はレモンイエロー。
塗装的には黄色1号に近似かな?
手すりは灰色。
白に見えましたが、灰色でした。
エンド表記は緑のノロッコ号の時のままです。
メーカーズプレートも緑。
タブレット防護板は外しただけでボルトが残っています。
一箇所に木箱の道具入れがあります。
DIY材料のファングルをネジ止めした固定具が見えます。
屋根はグレーの塗り分け。
いままでボンネットカラーだったのに進化?してます。
ランボードは本来黄色。
今は錆汚れ色。
こんな角度も
撮影してみます。
塗り分けが解りますね。
ファン中心部はやっぱり緑色です。
こんな角度でいかがでしょう。
ちなみにシリンダーは遂に引き継がれなくなりました。
毎日活躍中です。
法則的にはあと3年程度以内に交代のタイミングが来そうなのですが。
その頃には種車も車齢40年オーバーです。
僅か車歴13年ちょっとで退役解体したDD16のざっと3倍の年数です。
↑昼間の厚さでへばっているので既存写真記事でした。