競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第19話

2007年09月01日 | エースに恋してる
 タクシーが病院に着いた。オレと北村が病院の自動ドアを開けると、そこには信じられないものが待ち受けていた。待合室の長いすに座ってる、薄い青色の浴衣みたいな服を着ている少女… それは間違いなくとも子だった。生きてた… とも子は生きてたんだ!!
「ともちゃん!?」
 とも子はオレと北村に気づくと、立ち、いつもの笑顔を見せてくれた。オレと北村は安堵のあまり急に力が抜けてしまい、ふにゃ~とした顔になってしまった。
 しかし… 心臓が一度止まったとゆーのに、こんなところにいてもいいのか?
「と、とも子、なんともないのか?…」
 すると、とも子の横に座ってた白衣の女性が立ち上がった。どうやら、担当の女医さんらしい。
「いい救急救命士が救急車に乗ってたみたいね。ここに着いたときは、もう元気になってたわよ」
「で、でも、こんなところに立たしておいたら、まずいんじゃないですか?」
「それがね… この子、あなたたちが来ると聞いたら、どーしてもって、ここに来ちゃったのよ。まだ安静にしてなくっちゃいけないのに…」
 ふっ、とも子、むりすんなって。
「ところで、あなたたち、なんなの? 傷だらけじゃない… 診てあげるから、ちょっと診察室に来なさい」
 そういや、オレも北村も満身創痍だったんだっけ。オレと北村は女医さんに診てもらうこととなった。
     ※
 で、診断結果だが、北村の方は軽症だったが、オレの方は脳波に異常が出てしまった。で、強制入院。明日朝受ける精密検査でまた脳波に異常が出たら、明日の決勝戦出場はおじゃんになってしまう。
 ちなみに、とも子も明日朝精密検査を受け、お医者さんの許可をもらわないと、マウンドに立てないことになってる。とも子とオレが決勝戦に出られないとなると、我が聖カトリーヌ紫苑学園の甲子園行きは、絶望的…
 ま、今さらじたばたしてもしょうがない。今日は早く寝て、明日の精密検査に備えることにしよう。
     ※
 しかし、こんなときはたいてい寝付けないものである。ふと時計を見たら、まだ10時。オレはちょっと尿意をもよおし、トイレに立った。
 トイレの帰り、オレはふと気になる名札を見つけてしまった。石川とも子。たしか「澤田とも子」は一時期「石川とも子」だったような…
 オレは何かに導かれるように、その名札が掛かったドアを開けた。
     ※
 そこは個室の病室だった。くの字に折れたベッドに横になっている患者が本を読んでいた。オレと同年代の女性のようだ。その人物がオレを見た。
「どなた?」
 その瞬間、オレの身体にに衝撃が走った。オレの脳裏に焼き付いてる顔… そう、あの事故のとき、向こうのクルマに乗ってた少女の顔… その顔と瓜二つの顔が、今オレの目の前にあるのだ。
「あ、あの… どなたですか?…」
 彼女は再度訊いてきた。しかし、オレは何も言えなかった。ただフリーズしてるだけだった。あ、あの子は生きてたんだ…
「キミ、何やってんだっ!?」
 オレはその罵声で、やっと我に返ることができた。オレは振り向き、その声の持ち主である男性看護士の顔を見た。
「す、すみません…」
「出て行きたまえ!!」
 オレはその看護士に促され、廊下に出た。
     ※
「いったいなんのつもりだ?」
 廊下に出ると、あらためて看護士の説教が始まった。ちょうどいい。ちょっとさぐりを入れてみるとするか。
「す、すみません、幼なじの名前を見つけたもんで、つい…
 あの~、彼女、交通事故で入院したのは知ってましたが、まだ治ってないんですか?」
「ああ、見ての通りの寝たきりだ」
 オレは「石川とも子」と書かれたドアの名札を視線で指し示した。
「彼女、今澤田って苗字になってるはずなんですが…」
「ああ、詳しいことは言えないが、なんか複雑な家庭の事情があるらしいな」
「複雑な家庭の事情ですか…。
 そう言えば、彼女の両親は、入院費を1銭も払ってないとゆーうわさがあるんですが、ほんとうなんですか?」
「ああ、でも、なんとかとゆー高校が代わりに払ってるらしい…」
 高校が肩代わりしてる? て、まさか…
「もしかして、その高校って、聖カトリーヌ紫苑学園じゃ?」
「ああ、そういや、そんな名前だったなぁ…」
 学園があの子の治療費を肩代わりしてる?… な、なんで?…
     ※
 オレは自分に与えられた病室に戻ると、どかっとベッドに寝転んだ。
 ずーっと心配してたあの子は生きてた。それに、とも子はあの子とは別人だった。ほっとできるところなのに、なんかそんな気分にはなれなかった。
 なんで聖カトリーヌ紫苑学園は、彼女の入院費を肩代わりしてるんだ? そういや、とも子のあの部屋も、学園が借りてるんだっけな… だいたいとも子の名前は、ほんとうに「澤田とも子」なのか? あの子と同姓同名? いや、そうじゃないだろう。絶対裏になんかある。
 ああ、せっかくあの子と巡り会えたってゆーのに、また頭が混乱してきた…
     ※
 翌朝、オレは頭部CTスキャンや脳波測定など、いろんな検査を受けた。一通りの検査を受けデイルームと呼ばれる控室に行くと、そこにはとも子がいた。とも子も一通りの検査を受けたらしい。とも子もオレも、あとは検査結果を待つだけとなった。
 と、そこに園長が現れた。
「おはよう。もう検査は済んだようね」
 オレととも子は園長にあいさつした。と、そのとき、オレの心の底から沸き上がるものがあり、それがストレートに声になってしまった。
「昨夜、石川とも子に会いました」
 園長ととも子がはっとした。ちょっと無言が続いたあと、園長はぽつりと口を開いた。
「会ってしまいましたか…」
 園長はとも子の顔を見た。
「どうします?」
 とも子は真剣なまなざしでうなずいた。
「わかりました。じゃ、ちょっと私の昔話をすることとしましょう」
 どうやら、真実を話してもらえるらしい。思わず口から出てしまった言葉が、吉と出たようだ。
「中学生のとき、私はあなたのおじいさんに一目ぼれしました。でも、彼にはすでに彼女がいました。生田智子とゆー、それはそれはとてもかわいい女の子でした。私は蔭からあなたのおじいさんを見てるしかありませんでした。
 でも、中3のとき、不幸が起きました。生田さんは青斑病とゆー病気になり、入院したのです。青斑病は身体のすべての機能がじわじわと衰え、死に至るとゆー、とても恐ろしい病気です。当時この病気の治療法はありませんでした。私はチャンスだと思い彼に何度も近づいたのですが、彼は閑を見つけては生田さんをお見舞いし、結局私は彼を振り向かせることはできませんでした。
 あなたのおじいさんは高校生になっても、何度も生田さんに会いに病院に行ったようです。私も一度、お見舞いに行ったことがありましたが、そのとき、とんでもないことを聞いてしまいました。2人は2つの約束をしてたのです。
 1つは、生田さんのために甲子園に出て優勝すること。もう1つは、病気が治ったら結婚すること。もう私の入り込む余地はありませんでした。
 あなたのおじいさんは何度も甲子園に出て、生田さんのために投げました。でも、なかなか優勝できませんでした。そうこうしてるうち、生田さんの病気はどんどん進行してしまい、死の淵まで追い込まれました。高3の夏です。あなたのおじいさんは、最後の甲子園行きを決めると、生田さんに優勝を誓いました。
 しかし、残念ながら、彼は決勝戦で負けてしまいました。その報告を聞いて力つきてしまったらしく、次の日、生田さんは亡くなりました。
 でも、今から半年前のことです。私の耳にとんでもない情報が飛び込んできました。生田智子さんは生きてたのです」
「えっ? も、もしかして…」
 とも子がいつもとは違う笑い、にが笑いを見せた。ま、まさか、とも子はおじいちゃんのフィアンセ?… とも子の部屋で見たあの写真は、やっぱおじいちゃんととも子だったのか?… で、でも、とも子はどう見ても50過ぎには見えないぞ?…
 園長は話を続けた。
「実は生田さんは、死ぬ直前、仮死状態にされ、培養液に浸されたようなのです。
 当時不治の病にかかった人を仮死状態にして、その治療法が確立したときに蘇生させ治療するとゆープロジェクトがあったようです。生田さんはどうもそのプロジェクトの数少ない被験者の1人になったようなのです」
「その病気の治療法が確立したから、蘇らせられた?…」
 そのオレの問いに園長はうなずき、話を続けた。
「いろいろと問題が発生したようです。生田さんは戸籍上では死んだことになってるし、生田さんの生家は生田さんの身柄を引き取ってくれなかったし…」
 そうか。だから聖カトリーヌ紫苑学園が引き取ったんだ… 園長はおじいちゃんへの思いが残ってたんだろうな。じゃあなきゃ、おじいちゃんの彼女を引き取るはずがないもんな。
「偶然にもこの病院にとも子とゆー名前の18歳の女性が入院してることがわかり、彼女の治療費を肩代わりする代わりに、法律的な問題が解決するまで戸籍を借りることとしたのです。
 でも、その女性とあなたとは、ちょっと因縁があったようですね。最近ようやく知りました」
 とも子はにが笑いを続けていた。いや、はにかんでるのかも。気が付くと、なぜかオレも照れ笑いしてた。とも子はオレのおじいちゃんの彼女… いや、フィアンセだったんだ。どうりでオレに抱かれようとしてたわけだ。おじいちゃんの孫は、オレ1人しかいないもんな。
 お医者さんがデイルームに入ってきた。オレととも子の診察結果が出たようだ。結果は両方とも良好。オレととも子は、晴れて決勝戦に出られることになった。
     ※
 オレととも子と園長が病院の玄関を出た。出た瞬間、オレは強い日差しにくらっときた。昨日までの梅雨の曇り空がうそのような青空、まるでオレととも子を祝福してるような青空だ。
 3人は学園が用意したリムジンに乗り込んだ。運転手は昨日のワンボックス車の人だった。


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