競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第18話

2007年08月31日 | エースに恋してる
 もう追加点は許されなかった。しかし、城島高校打線はこれで火がついてしまい、2番3番バッターが連続ヒット。続くバッターは、打率7割5分を越えてる佐々木。これはどう考えたって分が悪い。その次のバッターは、福永と途中交替した高野。高野は今大会、一度も打席に立ってないようだ。ここは敬遠で逃げ、高野と勝負した方が無難だろう。
 佐々木敬遠で2アウトランナー満塁。高野がバッターボックスに立った。さっきはマスクで気づかなかったが、こいつ、高2のクセして、織田信長みたいな立派な口ひげを生やしてやがった。貫禄だけは一人前だ。
 中井の1球目。カキーン!! 大きな打球がレフトに飛んだ。ま、満塁ホームラン!? しかし、打球は大きく反れ、ファールとなった。こいつ、意外とスラッガーだったらしい。中井、慎重に行け!!
 が、しかし、中井は慎重になるどころか、びびってしまい、2球目は大きくはずしてしまった。3球目も明らかなボール。4球目もボール。カウント1─3。このままじゃ、押し出しになってしまう。中井、お願いだ。落ち着いてストライクを取ってくれ。
 5球目。今度はストライクゾーン。が、あまい。高野は見逃さなかった。カキーン!! 打球はレフトへ… しかし、これもファールになってくれた。
 2アウトランナー満塁、カウント2─3。絶体絶命…
     ※
「タイム!!」
 と、中井がふいにタイムをかけた。そしてオレに歩み寄り、こう言った。
「替わってください」
 替われって?… オレに投げろってゆーのか?
「む、むりゆーなよ。オレがまともに投げられないってこと、知ってんだろ?」
「オレ、もう投げるタマがないっす。でも、ピッチャー経験豊富なキャプテンなら、投げるタマがきっとあるはずです」
 オレは左ひじを曲げ、それを見た。
「で、でも、この腕じゃあなあ…」
「澤田のためにも、投げてください」
 ふっ、とも子を出してきたか… そう、オレはとも子のためならなんでもできる。でも、むりなものはむりだよ… オレはにが笑いを見せることで拒否を示した。
 すると中井は視線をはずし、何かを考え、そしてまたオレを見た。
「中学時代のあなたは、絶対逃げる人じゃなかった」
 オレはその中井の言葉に、強烈なショックを感じた。
「ふっ、オレの中学時代を知ってんのか?」
「知ってますよ。オレの目標でしたからね」
 中井は口がうまいからなあ。本当かどうか… だいたい、こいつ、野球を始めたのは高校に入ってからじゃないのか?
 しかし、中学時代のオレは、中井の言う通り、絶対逃げるような男じゃなかった。むしろ、ピンチになればなるほど燃えるピッチャーだった。
「ふっ、わかったよ。投げよう」
 中井がにやっとして、そしてオレにボールを手渡した。
「お願いします」
     ※
 オレはマウンドに立った。久方ぶりのマウンド。まさかこんな形でマウンドに戻ってくるとは、夢にも思ってなかったよ…
 しかし、オレには正直、投げるタマがない。ストレートもスライダーもカーブも、今の腕力じゃむりだ…
 いや、待てよ。あのタマはどうだろう?… 実戦で投げたことはないが、練習ではほぼ手に入れてたあの変化球… 今でもきっと投げられるはずだ!!
 気が付くと、観客のほとんどがオレを応援していた。オレは応援されると燃えるんだ。みんな、もっとオレを応援してくれ。オレに力をくれ!!
     ※
 山なりの投球を見られたくないので、オレは規定の投球練習を省いた。ふと城島高校のベンチを見ると、柴田がまた例のごとくへらへらとしてた。他のほとんどの選手も、薄気味悪い笑みを浮かべてた。オレの恩師だった竹ノ内監督までもほくそ笑んでるようだ。オレが山なりのボールしか投げられないと思ってんだろう。けっ、バカにしやがって!!
 オレはグローブの中でその特殊な変化球の握りをたしかめ、そして思いっきり振りかぶって投げた。
 投球は山なりとなった。それを見てバッターの高野がにやっとした。けっ、思った通りのヘタレダマに見えるのか? よーく見てみろ。揺れてんだろ!? こいつはナックルボールってゆーんだよ!!
 ボールは高野の手前で不自然に落ち出した。撃つ気満々だった高野は、慌ててバットを出した。しかし、バットはボールに当たらなかった。当たり前だ。ボールはホームベース手前で1バウンドしたんだから。
 三振。オレの勝ちだ。球場は歓喜のうずに包まれた。
 しかし、試合は振り出しに戻ってしまった。大リーグでナックルボールを武器にしてるピッチャーのほとんどは、このナックルボールだけで勝負してるが、正直オレのナックルボールは、ぜんぜんその域に達してない。なんとしても、9回裏で決着をつけないと…
     ※
 この回、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃は、打順よく、1番の渡辺から。しかし、いまだ境のカミソリシュートが怖いらしく、完全に腰が引け、三振。続く大空も凡退した。ランナーが1人でも出れば、オレに打順が廻ってくるのだが…
 3番バッターは、途中からサードに入った森。森は1年生ってことで控えに回ってるが、実はかなり使えるプレイヤーだ。オレは森の出塁を祈った。するとその祈りが通じたのか、森は三遊間を抜くヒットを撃ってくれた。どうやら境のシュートは、もうあまり切れてないようだ。こうなると、カミソリシュートの洗礼を受けてない森には、ただの棒ダマである。
     ※
 いよいよオレの打順になった。左バッターのオレのときだけサイドスローになる境の1球目。切れのあるスライダーが、オレの胸元にズバッと決まった。どうやらスライダーの方は、まだ切れが残ってるようだ。
 2球目。法則通りなら、外角ぎりぎりにストレートが来るはず。オレはそれに狙いを定めた。しかし、来たタマはオレを直撃するコースだった。オレは外角のタマを撃ちに行く態勢だったので、逃げる隙がなかった。なんとか背中を向けようとした瞬間、脇腹に豪速球が突き刺さった。
 ドスッ 痛っ!!… オレはうずくまってしまった。息が… 息がまったくできなかった。境め、さっきのホームランの裏をかいて、狙いやがったな…
 と、そのとき、主審がまたもや信じられない裁定を下した。わざと当たったから、デッドボールじゃないだと…
 ふっ、黙って1塁に歩かしゃいいものを…
     ※
 オレは立ち上がると、竹ノ内監督をにらんだ。監督はほくそえんでるように見えた。
 もしオレがケガで倒れたら、うちのピッチャーは実戦経験のない北川だけになってしまう。だから潰す気でぶつけたんだろう。となると、また危険球が来るかも?… いったいどうすりゃいいんだ?…
 ふとオレの脳裏にとも子のバッティングが浮かんだ。6回のヒットを撃ったときのバッティング… そうだ、とも子がやったあの打法をまた使おう。ただし、今度は180度逆のやつだ。
 そう決断すると、オレはホームベースに覆いかぶさるようにバットを構えた。ふつうのピッチャーには投げにくい構えだが、はなっから危険球を投げようとしてる境には、かえって好都合な構えのはず。さあ、ぶつけてみろよ!!
 境は不敵な笑みを浮かべると、3球目を投げた。やつの指先からボールが離れた瞬間、オレはさっと後ろに下がった。来たタマは案の定デッドボールコース、しかも顔面を狙った危険球だった。しかし、オレはバッターボックスの一番外側に立ち位置を移動させてたので、コース的にはど真ん中だ。ただ、めちゃくちゃ高い。けど、きっとこれが最後のチャンス。絶対撃たないと!!
 オレは思いっきりバットを振り抜いた。
 カキーン!! 打球は大きく舞い上がり、外野フェンスを越え、球場そのものを越え、大空に消えてった。オレは撃ったままの姿勢で、それを見送った。
「ア、ア、アウトだ!!」
 主審がまたいちゃもんをつける気らしい。
「意識的にバッターボックスの外に出て撃った。これは悪質な反則行為だ!!」
「おっさん、どこに目付てるんだよ!? オレの足元、よく見てみろよ!!」
 オレの足はバッターボックスの外側のラインにかかってはいたが、踏み出してはいなかった。主審はそれに気づくと、「うっ」と言ったまま、無言になってしまった。
     ※
 サヨナラ場外ホームラン。しかし、審判がまたいちゃもんをつけてくるかもしれない。例えば、ベースの踏み忘れとか… オレはそれを気にし、1塁・2塁・3塁ベースを両足でポンポンポンと3度踏み付けながら、ダイヤモンドを廻った。
 3塁を廻ったとき、ふと竹ノ内監督を見た。さぞや悔しい顔をしてるだろうと思ったら、意外や、晴れ晴れとした顔だった。
 大歓声の中、オレはホームベースを踏んだ。
 決勝戦進出決定!! あと1勝で甲子園に行ける。とも子の夢がかなう… で、でも、とも子がいないんじゃ、たとえ甲子園に行っても…
 とも子の心臓は蘇生したのだろうか? それとも… ここまで試合に集中してきたが、勝利が決まったとたん、急にとも子のことが気になり出した。早く、一刻も早く、とも子が収容された病院に行きたくなった。
     ※
 試合終了のあいさつ。校歌斉唱。それが済むと、共同インタビュー。本来ならキャプテンであるオレがインタビューを受けなくっちゃいけないのだが、それは中井にまかせ、北村とともにタクシーに飛び乗った。
     ※
「彼女、転校してきた日から、もうキャプテンに好意を寄せてたんですか?」
 病院に向かうタクシーの中、重苦しい空気を切り裂くように、ふいに北村が質問してきた。
「ああ… 実のことをゆーと、前の日すでに会ってたんだ。
 彼女、オレの古いファンだったらしい。この学園に転入して来たのも、オレが目当てだったみたいだ」
「じゃ、最初っからボクが入り込む余地はなかったんですね…
 ボク、もう彼女から手を引きます。澤田さんを幸せにしてやってください」
 す、すまない、北村…
 しかし、もしとも子が万一になってたら、すべてが無意味になってしまう。頼む、とも子、生きててくれ!!…
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キャロットさん、募集馬高過ぎですよ

2007年08月30日 | Weblog
昨日キャロットさまから大きな封筒が届きました。中身は2006年産キャロット募集馬カタログ。さっそく吟味開始です。

しかし、高いですねぇ。私がキャロットの会員になったときと比べると、かなり高くなってます。シーザリオやアロンダイトの活躍で会員が大幅に増えたので、強気の値付けになったのでしょうか?
で、肝心な吟味の結果ですが、募集馬発表のとき唯一気になったタイキポーラ仔ですが、これには興味がなくなりました。
馬体には文句がありません。しかし、この母系、あまりにも地味すぎます。タイキポーラは、突然変位だったのかも? また、遺棄された「大樹」ブランドとゆー点も気になります。
私は以前当キャロットで傾いた早田牧場から流れてきた馬2頭に出資したことがありましたが、1頭はたった2戦しただけで引退、もう1頭は未勝利脱出直後に腸捻転で急死してます。そんなこともあったので、大樹から流れてきた馬は、どうしても躊躇してしまいます。

今回血統、馬体、募集価格を熟慮して気になった馬は、下記の4頭でした。
58.フラワーパーク仔(父ダンスインザダーク)1口50,000円
61.プレイヤーホイール仔(父ダンスインザダーク)1口25,000円
63.スカーレットローズ仔(父クロフネ)1口50,000円
65.ローザネイ仔(父ネオユニヴァース)1口60,000円

4頭とも出資したいのですが、現実問題、今手元にそんなにお金はありません。ちょっと絞ることとしましょう。
キャロットの会員の人なら気づいてると思いますが、キャロット募集馬は繋養先でランク付できます。走る馬はだいたい早来ファームで、そうでない馬はノーザンファームYearlingで繋養されます。上記4頭で58は早来ファームですが、63と65はノーザンファーム。よって、63と65は切ることとしましょう。なお、61の繋養先は、社台ファームです。
正直スカーレットブーケ・ダイワメジャー・ダイワスカーレットの近親の63、薔薇一族の末娘の65はものすごく気になりますが・・・

ちなみに、58と61も気になる点があります。58は6月9日生まれと遅生まれとゆー点。これだと、クラシックに乗り遅れる可能性があります。ただ、これは一口馬主です、POGではありません。クラシックは出られれば御の字です。募集価格1口5万円、総額2000万円。これだと元を取るのに4勝は必要ですが、この馬は4勝は楽々計算できる馬だと思ってます。
61は、母が高齢とゆー点が気になります。またプレイヤーズラックは4勝してますが、この母の子供はイマイチ走ってません。しかし、この仔は走るような気があります。一口25,000円、総額1千万円だと2勝で元が取れますし、この馬なら3勝以上も可能だと思ってます。

で、この2頭でいいかと思えば、まだ2つ条件が残ってます。1つは馬体。1歳のこの時期に480kgを優に越えてるような馬は、将来故障したり、しょっちゅう足元がもやってる可能性があります。これから発表される馬体重に注目です。
もう1つの注意は、調教師。ロコツに一口馬主の馬を差別し、徹底的に放置する厩舎があります。キャロット馬で栗東に入る馬なら、特に友道厩舎に入る馬は、どんなに馬体・血統がよくっても、絶対に乗ってはなりません。入厩先にも注目です。
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エースに恋してる第17話

2007年08月29日 | エースに恋してる
 ノーアウトランナー1塁。さっきのバントはヒットと記録され、我がチームの完全試合は途切れた。
 次のバッターは福永。やつははなっからバントの構え。送りバントする気か? ふとマウンドの唐沢が、横目でオレに合図を送ってきた。どうやら、あいつ得意のあれをやる気らしい。
 唐沢が1球目のセットポジションに入った。佐々木が「リーリー」とピッチャーにプレッシャーをかけながら、徐々に離塁し始めた。と、唐沢が突然くるっと振り向き、オレに絶妙な牽制球を投げた。佐々木は塁に帰ることができず、タッチアウト。が、次の瞬間、1塁塁審が信じられないコールをした。
「ボーク!!」
「バカゆーな!! あんた、いったいどこに目付けてるんだ!?」
 唐沢が切れた。あたり前だ。頭のてっぺんからつま先まで、唐沢はなんらボークとなるアクションをしてなかった。
「退場!!」
 1塁塁審は、さらに信じられないコールをした。
「なんだとーっ!! この野郎ーっ!!」
 唐沢はものすごい勢いで1塁塁審に殴りかかった。が、オレと鈴木でなんとか止めた。
「落ち着け、唐沢!!」
 身体の方はなんとか止めることができたが、口の方は止まらなかった。
「このへっぽこ審判めーっ!! ぶっ殺されてーのかっ!?」
「なんだ、その暴言は!? 永久追放にしてほしいのかっ!?」
 中井が唐沢と1塁塁審の間に入った。
「待ってください。いったい今のどこがボークなんですか!?」
「オレがボークと言ったから、ボークなんだよ!! わかったか、低能高校生!?」
 なんてむちゃくちゃな塁審なんだ!? こいつ…
 観客が騒ぎ出した。たくさんの物が投げ込まれた。グランドはあっとゆー間にゴミだらけになった。もうこれは野球じゃない…
 オレは野球が好きだ。好きだからこそ、苦しい手術にもリハビリにも耐えることができた。でも、もうどうでもよくなった。こんな試合がこの世に存在するなら、もう野球なんかどうでもいい…
     ※
 ふと中井と目が合った。オレはぽつりと言った。
「中井、試合放棄しよっか?…」
 中井は視線を下に向け、ぽつりと口を開いた。
「実は… オレも今同じこと考えてました…」
「だめですよ、そんな!!」
 ふいのその大声に、オレも中井もドキッとした。その声は箕島のものだった。
「ここで試合を放棄して、澤田さんが喜ぶとでも思ってんですか!?」
 澤田… オレは箕島のその言葉に、ハンマーで殴られたような衝撃を感じた。とも子はまじで甲子園に行き、優勝するつもりだった。ここでオレたちが試合を放棄したら、だれよりとも子が悲しむはず。どんなひどい試合であっても、ここはとも子のために最後まで正々堂々と戦い、勝たなくっちゃいけないんだ。
 オレは箕島の肩を叩いた。
「わかったよ、試合を続けよう」
 まさか、箕島に言われるとはな… そーいや、箕島はとも子に説得されて野球部に戻ったんだっけ。いや、箕島以外のナインも、みなとも子と一緒に走り続けたんだ。とも子のために、ここはみんなで踏ん張らなくっちゃいけないんだ!!
「よーし、みんな、澤田のために、この試合、絶対ものにするぞーっ!!」
 オレは思いっきり叫んだ。
「おーっ!!」
 中井が、箕島が、北村が、そしてナイン全員が、それに呼応してくれた。
     ※
 しかし、現実問題。唐沢が退場したとなると、残るピッチャーは1年生の北川のみ。でも、北川の実戦経験は、ほぼゼロに等しい… くそーっ、オレの左腕がもう少しでも回復してれば、オレがマウンドに上がるのに…
 そのとき、ふいにだれかがしゃべった。
「オレが投げます」
 それは中井の発言だった。
「大丈夫なのか?…」
「実はオレ、中学時代はピッチャーだったんです」
 おいおい、中井、おまえ、高校に入ってから野球始めたんじゃないのか? ふっ、そいつあ、ヤボなツッコミってゆーもんかな? ともかくここは、中井を信じることとしよう。
     ※
 中井が規定のピッチング練習を終え、ノーアウトランナー2塁で試合が再開した。バッターの福永は、またバントの構えを見せた。しかも、わざとらしくオレを見てにやっとした。どうやらあの練習試合のときみたいに、オレにバントする気らしい。正直オレの左腕はあのときよりは回復してる。でも、まだ山なりのボールしか投げられないと思う。今できることと言えば、できるだけ早くバントの打球を捕り、3塁に送球するのみ。
 中井の1球目。福永はやはり1塁線にバントしてきた。オレは猛ダッシュでその打球を1バウンドで捕ると、3塁に送球。思ったより山なりにはならなかったが、矢のような送球でもなかった。しかし、2塁ランナーの佐々木が3塁に到達するより早くオレの送球が届き、楽々タッチアウト。
 オレはわざと得意な顔をして、城島高校ベンチの竹ノ内監督を見た。監督は少しだけにが笑いをしたように見えた。
     ※
 城島高校の続くバッターは、今度は慎重な送りバントをし、2アウトランナー2塁となった。
 次のバッターは、ピッチャーの境。こいつ、ピッチャーってことで打順は7番だが、打率は4割を越えてた。ここでヒットが出ると、2塁ランナーの福永は、一気にホームに戻って来る可能性がある。そうなると、試合は振り出しに戻ってしまう。2塁ランナーは最悪でも3塁で止めておく必要がある。オレは外野手3人の守備位置を前進させた。これだと外野手の頭を越される危険性が高くなるが、内野手の間を抜くようなふつうのヒットだと、2塁ランナーは3塁止まりとなる。
     ※
 いよいよ境がバッターボックスに入った。ここまで中井が対戦したバッターはバントしかしてないので、本格的な対戦はこれが最初となる。頼む、中井、押さえてくれ…
 しかし、初球を狙い撃たれてしまった。打球は中井の脇をものすごい勢いで通り抜け、センター前ヒットとなった。だが、この当たりなら、2塁ランナーは3塁に止まるはず…
 が、なんと2塁ランナーの福永は、一気に3塁を廻った。センター渡辺がバックホーム。完全にアウトのタイミング。しかし、福永は身を低くし、イチかバチか、猛スピードでホームベースに突っ込む気だ。北村も福永に負けないように、身を低くした。
「うおーっ!!」
 福永と北村が激しく激突した。北村は真後ろに吹き飛ばされたが、福永の身体も縦に回転しながら舞い上った。その福永の足の裏が、主審の顔を直撃した。スパイクされたのか、主審の顔面がスパッと切れ、鮮血がほとばしった。
 肝心なタマは、2人が激突した場所に落ちていた。福永はそれに気づいたのか、必死にホームベースに向かって這いずった。が、中井がタマを拾い上げ、その手にタッチした。しかし、肝心な主審は、顔面を押さえ、血だらけでうずくまったままだ。3塁の塁審が確認しに来たときは、福永の手は中井のタッチを無視して、ホームベースをタッチしてた。まずい、これじゃセーフと判断される…
 中井が3塁塁審をにらみ、怒鳴った。
「アウトだ!!」
 その大声に塁審がびびった。中井が追い打ちをかけるように、さらに怒鳴った。
「アウトだろ、これは!!」
「ア、ア… アウト…」
 塁審が中井の気迫に押されて、アウトをコールしてくれた。オレは安堵したが、と同時に、北村の容体が気になった。振り向くと、北村は横座りでぼーっとしてた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫っす…」
 いや、その言葉とは裏腹に、北村はかなりきつそうだ。オレは手を差し伸べた。その手に気づいた北村は、オレの顔を見ると、少し笑みを見せ、その手を握ってくれた。北村のオレに対するわだかまりは、もう消えたようだ。北村はオレの手を借り、立ち上がった。
 ふと主審を見ると、顔にスポーツタオルを押し当て、うずくまっていた。そのタオルは真っ赤に染まっていた。どうやら、野球の神様のバチが当たったらしい。主審は退場し、別の審判が主審となった。
 また、福永も右肩を押さえたまま、動けなくなっていた。どうやら肩かひじを脱臼したらしい。北村がとも子のかたきを取ってくれたようだ。
     ※
 8回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。ここは追加点が欲しいところ。しかし、先頭バッターの鈴木は、あっけなく倒れた。続くバッターは北村。
 ふとさっきの福永の脱臼が、オレの脳裏を横切った。報復などとゆー、よからぬ考えを起こさなきゃいいが… しかし、その危惧は現実になった。境の豪速球が、北村の背中を直撃したのだ。どう見ても悪質な危険球だ。しかし、替わった主審は境になんら注意せず、ただデッドボールを宣言するだけだった。
 ちなみに、避け切れないタマが来たときは、バッターはたいていくるっと背中を向けるように教えられている。意外かもしれないが、人体の急所は表の方に多く、裏の方はほとんどないのだ。
 しかし、北村は四つん這いになったまま、動けなくなってしまった。かなり痛いらしい。
「おらーっ、邪魔だっ!! どけよーっ!!」
 福永から替わったキャッチャーの高野が、まるでヤクザのような怒鳴り声を出した。なんだ、こいつは? デッドボールを食らわしておいて、何様のつもりだ?
 北村はなんとか立ち上がり、1塁へと歩いた。しかし、北村は満身創痍だ。交えてやりたいが、代わりになるキャッチャーは我がチームにはいなかった。ここは北村に我慢してもらうしかなかった。
 次のバッターは箕島。しかし、箕島は凡退。続く途中出場の武田も、実戦経験の乏しさが出て、いともかんたんに凡退した。
     ※
 試合はいよいよ最終回、9回の表に突入した。この回城島高校を0点に押さえ切れば、こっちの勝ちだ。でも、相手は城島高校だ。何かよからぬことを仕掛けてくるかも… ここは念には念を入れて行かないと。幸い城島高校の打順は、下位の8番から。
     ※
 竹ノ内監督が動いた。代打である。しかし、高校野球の代打は、所詮は控え、たかが知れてる。中井はその代打をファールフライに仕留めた。続く9番バッターにも代打。これも内野フライ。いよいよあと1人となった。
 ここで城島高校の打順は一巡し、1番の柴田がバッターボックスに立った。柴田は昨日の鮎川工業戦で疑惑のホームランを撃っている。いやな巡り合わせだ… 柴田は例の薄気味悪い笑顔を見せ、バットを構えた。
 1球目、内角低めのストレート、ファール。2球目、外角低めのストレート、ファール。中井はていねいなピッチングで柴田を追い込んだ。あと1球。しかし、3球目のカーブがあまく入ってしまった。
 カキーン!! 打球はあっとゆー間にレフトスタンドに突き刺さった。文句の付けようのないホームラン… 
 中井がにが虫をかみ潰したような表情を浮かべた。相変わらずへらへらとした顔の柴田が、ダイヤモンドを廻り出した。セカンドの鈴木も、ショートの箕島も、途中出場のサードの森も、ただそれを見てるしかなかった。北村は肩を落とし、ただ呆然と立ちすくんでいた。その目の前にあるホームベースを柴田が踏んだ。同点…
 痛い… なんて痛いホームランなんだ… 9回表2アウトまで勝ってたのに、ここで振り出しに戻ってしまうなんて… 球場全体がシーンとなってしまった。
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エースに恋してる第16話

2007年08月28日 | エースに恋してる
 2球目。今度はスライダーを警戒していつもの位置で構えてると、外角ぎりぎりのストレートが来た。ストライク。こいつ、左右のストライクゾーンを目いっぱい使ってきやがる。
 3球目。今度は内角低めのストレート。オレの意識にスライダーがあったせいか、腰が引けてしまい、空振り、三振。今大会オレが初めて喫する三振だった。こいつはかなりの難敵かも…
     ※
 続く5番中井、6番鈴木もカミソリシュートに腰が引け、三者凡退。これ以降、とも子と境のパーフェクトピッチングが続き、膠着状態のまま、試合は6回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃となった。
 7番北村、8番箕島が倒れ、この回、3人目のバッターとなるとも子がバッターボックスに向かった。オレはそのとも子を目で追った。一刻も早く先取点を獲って、とも子を楽にしてやりたい… しかし、境のカミソリシュートを撃てる方法は、いまだ見つかってなかった。
 とも子はいつものように撃つ気をまったく見せず、バッターボックスの一番外側に立った。が、境が投げると同時にさっとホームベース寄りに出た。ヒッティング!?
 カキーン!! 打球はセカンドの頭を越え、ライト前にぽとりと落ちた。なんと、この試合両軍初のヒットは、とも子のバットから生まれた。正直とも子にはピッチングに専念してもらいたいのだが、そんなことも言ってられない状況でもあった。ともかく、とも子のナイスアイデアであった。ちなみに、今のヒットは、とも子の今大会最初のヒットだった。
 次のバッター、渡辺の1球目。なんと、とも子がまた動いた。盗塁である。境は慌ててしまい、暴投。キャッチャーの福永は、そのタマに飛びつくのがやっとだった。当然とも子は2塁ベースを楽々ゲットし、チャンスが広がった。
 そういや、あの練習試合で城島高校が初ヒットを撃ったとき、すかさず盗塁も決めてたっけな。もしかしてあの時の仕返しか? ふっ、とも子も意外と根に持つタイプなのかも…
     ※
 城島高校ベンチから伝令が走った。外野手を除く城島高校ナインがマウンドに終結した。たしかにこの状況は城島高校にとってピンチだ。しかし、ここまで浮足立つのはどこか変だ… 城島高校ベンチを見ると、竹ノ内監督が仁王立ちしてた。不敵な笑み… なんだよ、この余裕は?…
     ※
 敵の伝令が帰り、試合再開。渡辺が再びバッターボックスに立った。境、2球目。内角をえぐるカミソリシュート。しかし、これは明らかに内角過ぎ。が、判定はなぜかストライクだった。そんな、今のはどう見てもボールだろ? まさか…
 ところで、境は内角のシュートやスライダーが決まると、かなりの確率で次は外角ぎりぎりのストレートを投げてくる。この攻撃が始まる前、オレは円陣を組み、みんなにそれを教えていた。
 3球目。オレが読んだ通り、外角ぎりぎりにストレートが来た。渡辺、狙い撃ち。見事に流し撃った打球は、12塁間を抜いた。
 とも子が一気に3塁を回った。しかし、いくらなんでもこれは暴走だ。とも子がホームベースに到達するはるか前に、キャッチャーの福永にボールが帰って来た。すると、なんと福永は、とも子に向かってショルダータックルの態勢に入った。こいつ、とも子を潰す気か!? とも子、危ない!!
 次の瞬間、とも子が飛んだ。低く身構えた福永の頭上を越える気らしい。しかし、福永がカメのようにさっと頭を突き上げた。そのヘルメットを被ったままの頭が、とも子のみぞおちにドスンとヒットした。オレの身体に衝撃が走った。いや、オレだけじゃない、北村を始め、我が学園ナイン全員に衝撃が走ったと思う。
 とも子の身体はそのまま浮き上がり、空中で裏返しになり、偶然にもお尻からホームベースに落ちた。先取点奪取… しかし、主審はアウトのコール?…
「な、なんで今のがアウトなんだよ!!」
 オレは主審に食ってかかった。いや、オレだけじゃない、我が学園ナインのすべてが主審を取り囲んだ。どう見てもとも子の身体にボールはタッチされてなかった。当たったのは、キャッチャーの頭だけ。しかし、主審は「タッチはあった」の一点張り。そんなバカな!! いったいどこにタッチしたってゆーんだよ!? やっぱこいつら、買収されてんのか!? スタンドからも罵声が飛んで来た。
     ※
「澤田ーっ!!」
 ふいにだれかが叫んだ。オレがはっとして振り向くと、ホームベース上のとも子が倒れたままになってる?…
 ドクターが慌てて駆けつけた。と、ドクターはとも子の胸に両手を当て、一定間隔で押し出した。これはもしかして、心臓マッサージ?… 球場全体がシーンとなった。オレは今見ている光景が信じられなかった。心臓マッサージを受けてるってことは、とも子の心臓が止まってるってこと?… オレのほれた女の心臓が止まってるのかよ…
「人殺しーっ!!」
 観客のだれかが叫んだ。それを合図に、スタンドのあちらこちらから「人殺し!!」のヤジが飛んだ。それがだんだん一つになり、球場全体が「人殺し!! 人殺し!!」の大合唱になった。しかし、福永も境も竹ノ内監督も、我れ関せずの表情を見せていた。なんてやつらだ。こいつら、どこまで面の皮が厚いんだ?
 救急車がグランドの中まで入って来た。泣きじゃくる北村が、担架で運ばれてるとも子の身体を追いかけようとした。それを我が学園のナインが必死に止めた。救急車がけたたましいサインを鳴らし走り出した。オレはただそれを呆然と見送るしかなかった。
「くそーっ!!」
 北村が拳をぐーっと握り締めた。
 あからさまに偏った審判。人命まで奪ってしまおうとするラフプレイ。こりゃもう、野球じゃない…
     ※
 攻守交替。とも子の代わりに唐沢がマウンドに立った。
「大丈夫か?」
 オレはピッチング練習を終えた唐沢に声をかけた。
「何が?」
「イニングだよ。おまえ、ここんとこ1イニングしか投げてないだろ。あと3イニングあるんだぞ。おまえ、持つのか?」
「ふっ、オレは元々先発完投型のピッチャーだよ。心配すんな」
 正直唐沢は、先発完投型のピッチャーとは言えない。最後の1イニングだけを押さえればいいクローザー型だ。でも、今頼ることができるピッチャーは唐沢だけ。ここは唐沢を信じるしかなかった。
 この回城島高校打線は1番から。その1番バッターの柴田は、唐沢のカットボールに引っかかり、内野ゴロ。続く2番バッターも内野ゴロ。3番バッターは外野フライ。唐沢は見事、とも子の完全試合を引き継いでくれた。
     ※
 その裏、しかし、我が学園の2番バッター大空も3番バッター唐沢も境のカミソリシュートに腰が引け、凡退。そして、オレに打順が廻ってきた。
 とも子のためにも、なんとしても先取点を挙げないと… 境を撃つ何かいい手はないのか?… と、ふとオレの脳裏に、さっきのとも子のヒットの映像が浮かんだ。とも子はバットを振る寸前、立ち位置を移動させたっけ… そうだ、その手があった!!
 オレはバッターボックスのいつもの位置に立ち、バットを構えた。境の1球目、サイドスロー。思った通り、胸元をえぐるスライダーが来た。オレはわざとびびった素振りを見せ、そのタマを見逃した。これで次は、外角に投げてくるはず。
 2球目。思った通り、外角ぎりぎりのストレートが来た。よし、もらった!! オレはホームベース方向に右足を一歩踏み出すと、そのタマをちょこーんと流し撃った。打球はレフトへ。スタンドインには十分な飛距離。しかし、流し撃った打球は、外へどんどん反れて行く性質がある。フェアかファールか、微妙なところ。お願いだ、入ってくれ!!…
 打球は反れを増しながらレフトポールへと突き進んだ。そして… 打球はボールを直撃し、インフィールドに跳ね返ってきた。やったーっ、ホームランだっ!! 観客のほとんどが歓声を挙げてくれた。
 オレはダイヤモンドを廻り始めた。2塁ベースを廻ったとき、打球が当たったレフトポールを見た。今日の審判はまともな判定をしてくれそうにないので、もし打球がポールの右側を通ってたとしても、わざとファールと誤審されてたかもしれない。それを考えるとポールに当たったのは、かなりの幸運だったのかも…
 ともかく、1点を先制した。あとは唐沢が締めくくってくれれば、オレたちの勝ちだ!!
     ※
 5番中井が凡退し、8回の表、城島高校の攻撃になった。先頭バッターは4番の佐々木。こいつ、今大会ホームランこそないが、打率7割5分を越えるすごいバッターだ。もっとも注意しないといけないバッターである。
 唐沢、1球目。なんと、左バッターボックスに立った佐々木は、さっとバントの構えを見せた。左バッターが1塁方向に転がす、いわゆるドラッグバントだ。オレは1塁線上を転がって来る打球に向かってダッシュした。フェアかファールか、微妙なところ… オレはインフィールドを転がり続けると判断し、その打球を捕った。次の瞬間、オレの左目に佐々木のひざが飛び込んで来た。
 ガキーン!! オレの左目いっぱいに赤いものが広がった。あの野郎、わざとやりやがったな!! オレはカーッとして立ち上がろうとしたが、次の瞬間、ものすごい勢いで鼻を逆走する液体を感じた。鼻血だ。いや、鼻血だけじゃない、口の中にも違和感があった。どうやら、歯が2本折れたようだ。口の中からも血が吹き出ていた。オレはくらっときて、グランドにへたりこんでしまった。さっきとも子を診たドクターが飛んで来た。
 治療中、中井の声が聞こえてきた。守備妨害だとアピールしてるようだ。しかし、今日の審判にそんなアピールはむだだった。
 ドクターはオレに、一時ベンチに戻って治療を受けるように勧めたが、オレはそれを拒否した。一時でもベンチに戻ったら、そのまま気力が萎えて、ダイヤモンドに戻ってこられないような気がするのだ。ともかく、オレは意地でもここにいたかった。
 結局ドクターが折れ、引き下がった。しかし、ナインがオレを取り囲んだ。中井が話しかけてきた。
「キャプテン、むりしないでください」
「ふっ、これくらいのケガで引き下がってちゃ、キャプテンは務まらないよ」
 今度は唐沢が口を開けた。
「ふふ、口の方は大丈夫のようだな。
 あんたは人の指図に従わないタイプだもんな。何言ったって聞かねーよな」
 ふっ、それはおまえの方だろ。ともかくここは、元気なところを見せないと…
 オレは胸を張り、目いっぱい大きな声を出した。
「よーし、みんな、締めていくぞーっ!!」
「おーっ!!」
 みんな、呼応してくれた。そして、それぞれのポジションに散って行った。その瞬間、ふと北村と目が合った。その目は明らかにオレを心配してる目だった。北村はオレを許してくれたのか?…
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8月27日付我がPOG順位

2007年08月27日 | Weblog
先々週は馬インフルエンザで競馬そのものの開催はなし。先週も当然ないと思いましたが、ありました。ま、こんな非常時ですので、有力馬のデビューはなかったようです。
今週は新潟2歳Sにnetkeibaで指名したオースミマーシャルが出走を予定してます。

現在の我がPOGの順位です。
馬三郎         5362位/70P
ホースニュース馬  500位以下※/70P
netkeiba        4639位/880P
裏ホースニュース馬   196位/1990P
裏netkeiba        1016位/2050P
※ホースニュース馬のPOGは、500位以下は順位発表なし
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エースに恋してる第15話

2007年08月26日 | エースに恋してる
 その夜、オレは居間で寝させてもらった。もちろん、とも子とは別室である。真夜中にとも子が襲ってくるかと思ったが、それもなく、ふつうに朝を迎え、とも子が焼いたトーストを食べた。
 テレビのスポーツニュースでは、やはり昨日の疑惑のホームランを取り上げていた。もちろん、非難囂々だった。でも、テレビ局の取材によると、裁定は覆ることはないとのこと。今日の試合も、なんか、いやな予感がする…
 甲子園の試合はすべてNHKで全国放送される。ゆえに、甲子園に出、勝ち進むと、その名は全国に知れ渡る。無名高校がその名を手っ取り早く売りたいなら、甲子園に出場し、優勝することが最も効果的な手段なのである。そのためには、かなり汚いことをする高校もあると聞く。しかし、ここまであからさまに汚いことをする高校は、今までなかったと思う。城島高校の竹ノ内監督はオレの恩師の1人だが、あの人はこんなにも変質してしまったのか?…
     ※
 時計の針は11を指した。約束の時間だ。オレととも子はそーっとエントランスに降りた。どうやら昨日のチンピラマスコミの姿はないようだ。オレととも子は、昨日と同じワンボックス車に乗り込んだ。
     ※
 球場に着くと、まだ準決勝の1試合目が行われていた。尾川高校対サラダ商業。サラダ商業は創立4年目とゆー新設校。それに対し、尾川高校は何度も甲子園に駒を進めてる古豪である。単純に考えれば尾川高校が勝ち上がってきそうだが、6回を終了した現時点では、1対0とサラダ商業がリードしていた。
 とも子を連れロッカールームに入ると、聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインは、すでにいつでもグランドに立てる体勢になっていた。
「おやおや、重役出勤ですか」
 うちのチームでこーゆー皮肉をゆーやつは、たいてい唐沢である。しかし、それ以外のナインは、あえて無視してくれてるようだ。が、約1名、異様にそわそわしてるやつがいた。北村だ。北村とは試合前に話し合っておく必要があると思う。
「北村、ちょっと」
 オレは北村を連れ出した。
     ※
「いったい、いつから彼女と付き合ってんですか?」
 男子トイレの中、まず北村が切り出した。
「澤田が転校してきたその日からだ」
「意外と手が早いんですね…」
 北村は目を伏せ、わなわなと震えてた。どうやら本気で怒ってるらしい。そりゃそうだ。北村はとも子にそうとう熱を上げていた。マジでとも子に恋心を抱いてた。とも子もそんな北村に気づいてか、その気があるフリをしていた。でも、実際は、その裏で毎日オレとデートしてた。逆の立場だったら、オレは絶対許さないと思う。
「うおーっ!!」
 北村は咆哮を上げると、両手でオレの胸元を掴み、そのまま強烈な圧力でオレを押した。相撲で言うところの電車道となり、オレは壁に背中をしたたかに打ち付けた。しかし、北村はなおもオレの胸元を両手でねじ上げてきた。
「オレをだまして、毎日ともちゃんと寝てたのかよ!?」
 ね、寝てたって… 昨日のチンピラマスコミが、北村たちに変なことを吹き込みやがったのか?…
「ま、まだ何もしてないって… とも子はまだ処女だって…」
「ほんとか!?」
「ほんとだって…」
 北村の腕が緩んだ。とたんに、オレは解放された。が、長く呼吸困難な状況にあったせいで、むせ、せきこんだ。せきこみながらも、オレは北村に事実を話した。
「どーゆーわけだか知らないが、とも子は最初っからオレにほれてたんだ。
 そればかりか、自分の部屋にオレを誘い込んで、脱いだ」
「うそだっ!!」
「うそじゃねーよ!! 今ここでうそ言って、どーする!?
 オレもな、男だからやりたかった。でも、できなかった…」
「どうして!?」
「甲子園だ!!
 オレもとも子も甲子園に行きたいんだ。だから、とも子の身体に傷をつけたくなかったんだ!!
 でも、甲子園行きが決まったらやる。そーゆー約束になってるんだ」
 北村は黙ってしまった。すべてを正直に話したつもりだが、もしかしたら、最後の一言は余計だったかも…
「くそーっ!!」
 北村は思いっきり壁を殴った。バシーン!! 建物が揺れた。オレは北村のこぶしが壊れないか、一瞬あせった。我がチームのキャッチャーは、実は北村ただ1人なのだ。
 北村は荒くなった息を整えると、小さく口を開いた。
「甲子園ってそんなに大事なところなんですか?」
「ああ。
 とも子の昔の彼はな、甲子園に行ったものの、準優勝止まりだったそうだ。だから今度は、とも子が甲子園に行って優勝する気らしい。
 実はオレのおじいちゃんも、甲子園で準優勝してるんだ。エースとして、1年の夏から5回も甲子園のマウンドに立ってた。オレはそんなおじいちゃんから、物心つく前から野球を教えられた。だからオレにとって甲子園出場は、ある意味、宿命なんだ」
 北村は再び黙った。黙ったままになってしまった。納得してくれたならいいが…
     ※
 準決勝1戦目が終了した。なんと新設校のサラダ商業が古豪尾川高校に勝ってしまった。創部3年目のうちもサラダ商業に続きたいが、昨日の不可解なジャッジを想うと、城島高校戦はまともな試合にはならないような気がする…
 オレがジャンケンで負け、我が聖カトリーヌ紫苑学園は後攻になってしまった。うちはここまでずーっと先攻だったので、これは少々不利かも…
     ※
 試合前のあいさつ。ホームベースを挟んで聖カトリーヌ紫苑学園ナインと城島高校ナインが対峙して並んだ。城島高校ナインはあいかわらず不気味な笑みを浮かべてた。いや、へらへらしてると言った方がいいかも。こいつらほんとうに高校球児か? それ以上に不気味なのが審判団。こいつら、変な工作をされてなきゃいいが…
 スタンドからは城島高校を罵倒するヤジがさかんに飛んで来た。昨日の疑惑の判定に、だれもが不満を抱いてるらしい。観客のほとんどが、オレたちを応援してるようだ。
     ※
 入念に整備されたマウンドにとも子が立った。まずは投球練習。とも子が投げたタマが、北村のミットをスバッと鳴らした。北村はそのタマを座ったまま投げ返した。そのタマはとんでもなく高く、とも子は後ずさりしながら、思いっきり手を伸ばして捕った。キャッチャーはピッチャーに返球するとき、立って胸元に投げるのがマナー。今のは北村らしくない行為だった。北村の心には、まだわだかまりが残ってるようだ。
 ふととも子が練習中だとゆーのに、北村にブロックサインを出した。いや、これはどうやらブロックサインではないようだ。その直後、とも子はなぜかにこっとした。それは、いつも会話の最中に見せてる笑顔だった。
 とも子の投球練習2球目。そのタマを捕球すると、北村はフリーズしてしまった。主審に促され、ようやく立ち上がり、今度はきちんととも子の胸元に返球した。
 どうやらさっきのブロックサインらしきものは、手話だったようだ。北村は両親が聾唖だから、ふつうに手話で会話できる。北村にとって手話は母国語だ。だからとも子の手話を見て安心感が生まれたんだろう。北村のとも子に対する想いが元に戻ったようだ。
 しかし、とも子の人心掌握術はすごいと思う。でも、いったいどこで手話を覚えたんだろう? 以前北村に手話で話しかけられたとき、とも子は筆談で返事した記憶があるが…
     ※
 城島高校の1番バッターは、昨日疑惑のホームランを撃った柴田。柴田は例のへらへらした顔でバッターボックスに立った。相変わらずムカつくやつだ。こいつ、野球を何かとかん違いしてるんじゃないのか?
 プレイボール。とも子の1球目。柴田を始め、城島高校ナインはとも子のピッチングを一度見てるが、やつらが知ってるとも子のタマは豪速球のみ。そのへんを計算してか、とも子は大きなカーブを投げた。見逃しのストライク。ふふ、柴田は面食らってやがる。
 ちなみに、いつもだったら重要な局面ではオレがバッテリーにサインを出すことになってるのだが、今日はすべてを北村に任せようと思ってる。やつだって、もう独り立ちできるほど成長してるはず。ま、今の北村にどんな指示を出したって、聞いちゃくれないと思うが。
 2球目。低めぎりぎりのタマ。ボールぽかったが、主審はストライクを取ってくれた。3球目は外角のタマ。柴田はバットを出してくれ、ショートへのゴロ。しかし、当たりが弱過ぎ。サードの中井がダッシュして捕り、1塁のオレに送球。微妙なタイミング。判定は… アウト。
 ふっ、なんだ、まともな判定じゃんか。昨日の疑惑の判定は、ヘタな審判のミスジャッジがたまたま城島高校寄りに重なって出てしまっただけなんだと思う、きっと。
 審判さえまともなら、城島高校に勝てる自信が十分にある。この前の練習試合では一方的にやられてしまったが、あのころと比べると、とも子も他のナインもかなり進化してる。互角以上に戦えるはずだ。
 この回、とも子は続く2人も内野ゴロに撃ち取り、1回表が終了した。
     ※
 1回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。渡辺がバッターボックスに立った。ここんとこオレが1番バッターだったが、今日は桐ケ台高校戦のときの打順に戻していた。
 城島高校のエースは境。そうとう切れのあるシュートを投げるとゆーうわさがあるが…
 1球目。内角高めのストレート。渡辺は撃ちに行ったが、手元でタマがぐぐっと胸元をえぐるように曲がり出した。シュートだ。渡辺は思わずびびってしまい、腰を引いてしまった。しかし、中途半端に出したバットにボールが当たってしまい、1塁ゴロになってしまった。
 こいつは想像以上のシュートだ。これを胸元に投げられたら、右バッターはみな恐怖感を抱き、腰が引けてしまうと思う。まさしく、カミソリシュートである。
 オレが危惧した通り、2番大空も3番唐沢も腰が引けてしまい、この回我がチームも、三者凡退に終わってしまった。
     ※
 2回の表、城島高校はとも子の前でまた三者凡退。攻守交替で、いよいよオレに打順が回ってきた。オレは左バッター、胸元をえぐるようなカミソリシュートは意味がない。オレは外角に逃げるシュートを牽制する意味で、いつもよりホームベース寄りに立った。
 境の1球目。なんと、こいつ、1回はオーバースローで投げてたのに、なぜかサイドスローで投げた。次の瞬間、オレの脳裏に「危ない!!」とゆー感覚が湧いた。胸元をえぐるようなスライダーが来たのだ。オレは思わずのけぞって避けたが、判定はストライクだった。どうやらぎりぎりホームベースを横切ってたらしい。いつもよりホームベース寄りに立ってたせいで、危険球に見えたようだ。
 しかし、右バッターにはオーバースローでカミソリシュート、左バッターにはサイドスローでスライダーを投げるとは… こんなピッチャー、他にいないんじゃないのか? こんな奇妙なピッチングをする目的は、おそらくバッターに恐怖心を与えるためだと思う。これも竹ノ内監督の方針なのだろうか?
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エースに恋してる第14話

2007年08月25日 | エースに恋してる
 ワンボックス車がとも子のマンションの前に駐まった。あたりを見回したが、マスコミらしい人影はないようだ。
「明日11時になったら、迎えに来るから」
 運転手さんはそう言い残すと、ワンバックス車とともに行ってしまった。オレととも子は顔を見合わすと、マンションのエントランスへと歩き出した。しかし、さっと2つの人影がオレととも子の行く手に立ちふさがった。1人はカメラを構えていた。だれがどう見てもマスコミだった。
「キミたち、恋人同士なんでしょ!?」
 オレは慌ててとも子を自分の身の陰に隠した。
「な、なんなんだよ」
「ここで毎日やってるの?」
 何言ってやがるんだ、こいつ? カメラを構えたヤツのカシャカシャとゆーシャッター音が、急に耳障りになった。オレは思わずそのカメラを振り払おうとした。
「何撮ってんだよーっ!!」
「おーっと」
 カメラを構えてるやつが、さっとカメラを守るように身をそらした。すると、しゃべり担当の方が、その声色を変えた。
「おおっと、暴行罪が成立しちまったよ。このまま警察に訴え出りゃ、おまえらの甲子園行きは永久におじゃんになっちまうな。
 さあ、言えよ、おまえら、毎日ここでやってるんだろ!?」
 なんだよ、こいつら!? けっ、こーなったら、破れかぶれだ!!
「ああ、やってるよ!! 毎日やってる!! やっちゃ、いけねーのかよ!?」
 2人のチンピラマスコミは顔を見合わせニヤッとすると、道をさっと開けた。
 ふととも子を見ると、とも子は顔を赤くしてうつむいてた。もうどうにでもなりやがれだ。オレはとも子の手を引き、2人のチンピラマスコミに撮影されながら、エントランスに入った。
     ※
 このマンションはとっても背が高い。恐らくこの街で1番高い建物だとと思う。とも子の、いや、聖カトリーヌ紫苑学園が借りた部屋はその最上階にあるから、外から見られる心配はないのだが、それでもとも子は、すべてのカーテンを閉じた。
 とも子はすべてのカーテンを閉めると、目を閉じ、唇を突き出した。キスをねだるポーズだ。ここでキスをすれば、2人は行き着くところまで一気に行ってしまうと思う。でも、もう外堀は埋められてしまった。いや、自分で埋めてしまったとゆーのが正解だろう。もう後戻りはできなかった。
 しびれを切らしたのか、とも子の方から来た。思ったとおり、とも子は舌を入れてきた。しかし、とも子の身長は145センチ、オレの身長は185センチだから、とも子はむりな背伸びをする必要があり、すぐに唇を離した。その直後、とも子は仔猫のような笑みを浮かべた。そう、あのときと同じ笑みだ。そしてとも子は、あのときと同じように制服を脱ぎ出した。あのときと同じ、薄黄色のかわいいブラジャーがあらわになった。オレののどか異様に乾き出した。心臓が異常に早く、なおかつ強く打った。
 しかし、ここである疑問が浮かんだ。その疑問をストレートにとも子にぶつけてみた。
「とも子、キミは処女か?」
 その質問に対し、とも子はただ笑みを浮かべているだけだった。どうやらオレの質問が耳に入ってないらしい。しかし、とも子はきっと処女だと思う。女の初体験は心身ともにきつい負荷をかけることくらい、野球一筋のオレだって知ってる。今ここでとも子とやっちゃ、まずいだろ?
「とも子、今日はやめよ」
 とも子ははっとすると、とたんに情けない顔になり、首を横に振った。
「とも子、よーく聞いてくれよ。今キミの身体は、キミとオレだけのものじゃないんだよ。聖カトリーヌ紫苑学園野球部全員のものなんだよ」
 しかし、とも子の顔は、まだ納得してないようだ。
「とも子だって、甲子園に行きたいんだろ? 大事な試合の前の日にやっちゃだめだ。甲子園行きが決まったら、思う存分やろ」
 とも子はまだ納得してないようだ。もっと説得が必要なようだ。
「オレは聖カトリーヌ紫苑学園野球部のキャプテンだ。キャプテンはチームの勝利を優先させなくっちゃいけないんだ。
 オレは自己責任だから今ここでキミの身体に傷をつけたってどーってことないが、他のナインはどうする? 中井は? 唐沢は? 北村は? ここまで人一倍頑張ってきた箕島はどうする? あいつだって、ここまで来たら甲子園に行きたいだろ。
 オレは聖カトリーヌ紫苑学園野球部のキャプテンとして、甲子園までの残り2試合、キミに全力投球して欲しい。だから、今はやりたくないんだ。
 わかってくれよ、とも子」
 とも子はうつむいた。むりやり納得してくれたようだ。今度はオレが身をかがめ、とも子にキスをした。とも子は舌を入れてこなかった。本当に納得してくれたようだ。
     ※
 オレはとも子に導かれ、ダイニングキッチンに入った。どうやらとも子は何かご飯を作ってくれるようだ。ふと時計を見ると、順延となっていた準々決勝が行われている時間だった。とも子がつくるご飯も気になるが、その試合も気になった。実はその勝者と次の準決勝で当たるのである。
 オレはとも子に許しを得て、テレビをつけた。
     ※
 テレビに映し出された試合は、城島高校対鮎川工業戦。そう、あの因縁の城島高校である。一方の鮎川工業は、去年夏の甲子園に出場した古豪である。試合はすでに9回の表まで終わっており、2対0で鮎川工業がリードしてた。
 9回裏、城島高校最後の攻撃。トップバッターはカウント2─3から微妙なタマを見てフォアボールを獲った。なんか、若干ストライクぽかったが…
 続くバッターは、二遊間寄りのショートゴロ。ショートはセカンドにトス。セカンドはファーストに送球。ゲッツー… しかし、1塁塁審はセーフの判定。おかしい、今のはぎりぎりだが、アウトのタイミングだった。と、カメラが切り替わり、2塁ベースを映し出した。なんと、そこにはアウトになったはずのランナーが立っていた。テレビのアナウンサーと解説者の会話によると、セカンドが早く2塁ベースを踏んでしまい、ショートからの送球を受け捕ったときは、すでに2塁ベースを通り過ぎていた、と判定されたらしい。いや、それもおかしい。ショートからの送球を受け捕ったとき、セカンドの足は確実にベース上にあった。いったい、どうなってるんだ?…
 鮎川工業は抗議したが認められず、ノーアウトランナー1塁2塁で試合は再開された。
 バッターは柴田。カキーン!! 柴田の打球は、左中間を真っ二つに割った。このままだと2塁ランナーばかりか、1塁ランナーまで生還してくる。同点… しかし、打球は1バウンドでフェンスを越えた。エンタイトル2ベースだ。これだと2塁ランナーはホームインとなるが、1塁ランナーは3塁止まりとなる。
 しかし、なんと1塁ランナーが手を叩きながらホームインしてきた。続く柴田も、バンザイしながらホームイン。なんと、ホームランと裁定されたようだ。つまり、サヨナラ逆転ホームランである。そんなバカな!!
 テレビは別角度から撮った映像を流したが、どう見ても柴田の撃ったタマは、フェンス手前で1バウンドしてからスタンドインしてた。
 当然鮎川工業は猛然と抗議したが、審判団はさっさと引き上げてしまい、高校野球につきものの試合終了のあいさつも、校歌斉唱もなしに試合は終了してしまった。グランドにたくさんのゴミが投げ込まれた。
 あまりにもおかしすぎる。信じたくはないが、城島高校は絶対裏で何かやってると思う。オレたちはこんな汚いやつらと闘わなきゃいけないのか?…
     ※
 とも子がスパゲッティを作って持ってきてくれた。上に載ってるミートソースは缶詰っぽいが、それでも初めて食べるとも子の手料理は美味しそうだった。ふととも子も、テレビ画面の中の異常に気づいたようだ。彼女も心配してるようだ。
 とも子の気ががテレビ画面に向いてる最中、オレはなんとなく部屋の豪華さが気になり出した。なんで聖カトリーヌ紫苑学園は、こんなに立派な部屋をとも子に貸し与えたんだろ? 園長が言ってた「かなり特殊な事情」って、いったいなんなんだろう?…
 今日一日でさらにとも子の謎が増えてしまった。ああ、とも子の正体を知りたいなあ…
     ※
 ふとオレの目が、サイドボードの中段にある写真立てを捉えた。それは中学生らしい男女が1人ずつ写っている写真だった。2人はどうやら恋人同士らしい。色合いが微妙に不自然なところを見ると、古い写真を最新のデジタル技術で修正してあるようだ。
 驚いたのは男の方だ。オレとどことなく似てるこの男は、おじいちゃんにそっくりなのだ。それ以上に驚きなのが、女の子の方。髪形こそ違うが、とも子に酷似してるのだ。なんなんだ、この写真は?…
 ふとその写真立てを取り上げる手が。とも子の手だった。とも子はいつもと違う笑みをオレに見せると、その写真立てを持ったまま、部屋を出て行ってしまった。
 どうやらオレは、見てはいけない写真を見てしまったらしい。てことは、あの写真の女の子はとも子? じゃ、男の方は? とも子がいつぞや言ってた、甲子園で準優勝したピッチャーなのか? しかし、それにしても、おじいちゃんにそっくりだっだ… おじいちゃんも甲子園準優勝投手。もしかしたら、とも子の昔の彼って、オレのおじいちゃん?… いや、そんなバカなことがあるか。とも子はオレと同じ18歳だろ?…
 ああ、頭が混乱してきた…
     ※
 話によると、おじいちゃんはオレと同じ中学2年の頃から頭角を現わし、高校1年の夏から甲子園を席巻していたとか。しかし、いまいち勝ち運に恵まれず、最後の甲子園となった高3夏の準優勝が最高だったらしい。
 その後鳴り物入りでプロ野球に入団するも、ぜんぜん芽が出ず、一軍で1勝も挙げることもなく、退団したようだ。
 でも、おじいちゃんは夢を捨てきれず、一人息子、つまりオレの親父を幼い頃から徹底的にスパルタで鍛えた。親父はかなり嫌がってたらしいが。
 スパルタ教育のお陰か、親父はリトルリーグの頃から頭角を現わしたが、中学生に入ると肩とひじが痛み出した。でも、おじいちゃんはそれを仮病と思い、毎日苛酷なピッチング練習を課した。気が付いたときは、親父の肩とひじはボロボロになっていて、投手生命は絶たれた。
 おじいちゃんはそうとう反省したらしい。そして、2度と野球に係わらないと誓った。が、しかし、オレが生まれ、オレが左利きだとゆーことに気づくと、急に気が変わった。左利きは野球、特にピッチャーには貴重な人材なのだ。
 オレは物心つく前からおじいちゃんに野球を覚えさせられた。ただ、親父のときのような一方的なスパルタではなく、ほめられおだてられながらの野球教育だった。
 また、親父のときの反省から、最初オレは、ファーストを守らされた。ピッチャーに転向したのは、骨が固まった中2のとき。オレはすぐにチームのエースとなり、おもしろいように三振を獲りまくった。半年もしないうちに、オレは数十年に1人の逸材と言われるほどのスーパーエースとなっていた。
 すべてがおじいちゃんの計算どおりだった。しかし、あの事故。おじいちゃんは即死し、オレは投手生命を絶たれた。おじいちゃんはつくづく運のない人生だった…
     ※
 園長先生の話だと、そんな野球一筋なおじいちゃんにも、とも子みたいなかわいい彼女がいたらしいが、さっき見た写真は、明らかにおじいちゃんととも子だった。いったいあの写真はなんだったんだ?
 もしかしたら、あの写真の女の子は、とも子のおばあちゃんなのかも… オレのおじいちゃんととも子のおばあちゃんは恋仲だった。とも子はそんなおばあちゃんからオレのおじいちゃんのことを聞かされ育った。そのせいで、孫のオレに恋心を抱くようになった…
 ふっ、そんなバカな… だいたいとも子は、おじいちゃんを殺し、オレの投手生命を奪ったあのスポーツカーの運転手の妹だろ?
 いや、それも怪しい。オレの脳裏に焼き付いてるあの女の子ととも子は、どう考えたって別人だ。だいたい当時の新聞記事によれば、あの女の子もあの交通事故で大ケガを負ったはず。でも、さっき見たとも子の裸には、ケガのあとも手術のあともまったくなかった。だから、絶対無関係だ!! け、けど、声を失った原因は、あの事故だったとしたら?…
 食事が終わるといつものようにとも子とおしゃべりをしたが、いろいろと考えることが多過ぎて、いまいちおしゃべりに身が入らなかった。あの写真はいったいなんだったのかとも子に訊きたかったが、それもできなかった。
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エースに恋してる第13話

2007年08月24日 | エースに恋してる
 学園に着くと、校門の前はかなり異様な雰囲気に包まれていた。マスコミのカメラマンの姿がたくさんあったのだ。いくらオレたちが世間に注目されてるとは言え、これはちょっと多過ぎのような… と、ふと、カメラマンたちがオレととも子に気づくと、ラグビーのスクラムのようにオレととも子をさっと囲んだ。
「ねえ、キミたち、恋人同士なんでしょ?」
「毎日キスしてるんだって?」
 な、なんなんだよ、こいつら?…
「あんたら、何やってんだ」
 我が学園の先生たちがものすごい勢いで飛び出してきて、カメラマンたちを押し出しにかかった。
「邪魔すんな!!」
「報道の自由だ!!」
 カメラマンたちから怒号が飛んだ。先生たちはそれを無視するようにオレととも子の手を取り、むりやり引っ張った。
「ちょっと来い!!」
 オレととも子は、何が起きてるのわからないまま、指導室と呼ばれる部屋に押し込められた。
     ※
 部屋の中では、オレととも子はソファの長イスに座らされ、数人のガタイの大きな先生が囲んだ。あまりの威圧ぶりに、とも子は泣き出しそうになってた。
 生活指導の先生が切り出した。
「おまえら、毎日デートしてるんだって? さっきマスコミから取材が来たんだ」
 ち、見られてたのか…
 オレたちを担任してる先生が続いた。
「いったいどーゆーつもりなんだ?」
「どーゆーつもりって… とも子とデートしちゃいけないんですか?」
「当たり前だ。おまえら、高校生だろ!!」
「それがどーしたってゆーんですか? オレもとも子も、もう18ですよ。何やったって、自由でしょ!?」
「ともかく、高校生でいる間は、デートすんな!!」
「ど、どうして?」
「おまえら、高校球児だろ? 高校球児が不純なことしていいと思ってんのか!? みっともないだろ!!」
 はぁ、デート程度で不純な行為だと?… さすがのオレも、これにはプツンと来た。こうなりゃ、売り言葉に買い言葉だ。
「ふっ、じゃ今すぐ辞めてやるよ」
「なんだと…」
「今すぐ野球部辞めてやるって言ってんだよーっ!!」
 さっきから勢いだけでしゃべってた生活指導の先生も、さすがにこれには絶句したようだ。他の先生の顔も、急にこわばり出した。
 オレは追い打ちをかけるように、怒鳴ってやった。
「オレが野球部辞めると、きっとも子も辞めるぞ。甲子園どころじゃなくなるんだぞ!! それでもいいのか?」
 しかし、これは逆効果だった。生活指導の先生が、いきなしオレの胸倉を掴み、ねじ上げてきたのだ。
「てめー、何様のつもりだ!!」
 さすがは柔道部の顧問だ。オレは身動きどころか、呼吸もできなくなってしまった。とも子が慌ててその手を引き離そうとしたが、とも子の手じゃ、とてもじゃないが歯が立つ相手ではなかった。すると、なんととも子は、その手にガブッとかみついた。さすがにこれはきいたらしく、生活指導の先生はオレを離したが、あろうことか、指導担当の先生は、次の瞬間、振り払うようにとも子を殴り飛ばした。
「何すんだっ、このクソガキーっ!!」
 小さい身体のとも子は、無残にも書棚に叩きつけられた。
「くそーっ!!」
 オレは食ってかかろうえとしたが、他の先生に両肩を押さえ付けられ、床に這わされてしまった。
「静かにしろっ!!」
 な、なんなんだよ、いったい!? オレととも子がいったい何したってゆーんだよ!!…
 と、そのとき、初老の女性の怒号が響いた。
「やめなさい!!」
 それは、部屋に入ってきたばかりの園長の声だった。とたんにオレを押さえ付けていた数本の腕の力が緩み、オレの身動きは自由になった。
 園長先生は生活指導の先生にビンタを食らわした。
「なんですか、この騒ぎは!?」
「こ、こいつら、毎日デートしてやがったんです」
 園長はあきれたって顔をして、生活指導の先生とその背後にいる先生たちをにらんだ。
「この子たち、もう18でしょ? デートしてどこがいけないんですか?」
 別の先生が反論した。
「お、お言葉ですが、、こんな大事なときにデートなんかされたら、甲子園行きは絶望的になってしまいます」
 園長先生はとも子に白いハンカチを手渡した。どうやらとも子は、鼻血を出してるようだ。
「なんてひどいことを…」
 園長は再び先生たちをにらんだ。
「この中に桐ケ台高校戦に応援に行った人はいますか?」
 先生たちはだれ1人返答しなかった。当たり前だ。監督とタクシーに同乗した先生を除けば、だれ1人球場に来なかったんだから。
「初戦はだれも応援してなかったのに、甲子園が見えてくると、とたんにがんじがらめにするなんて、虫がよすぎます!!」
 園長はオレととも子を呼んだ。
「2人とも、来なさい」
 オレととも子は園長に導かれ、部屋を出た。部屋を出る瞬間、先生たちの視線を背中に感じたが、無視するようにバタンとドアを閉めてやった。
     ※
「大丈夫?」
 園長は廊下を歩きながら、とも子に話しかけた。それに対しとも子は、いつものにこっとした笑顔で返事をした。どうやら鼻血はごく微量だったらしい。園長から借りたハンカチは、それほど汚れてなかった。
「まったく、なんでこんなに学園の中も外もギスギスしなくっちゃいけないの?…」
「す、すみません…」
 オレは別に悪いことしたわけではないのだが、反射的に謝ってしまった。
「ふふ、あなたは何も悪くないわよ」
 園長は当たり前で期待どおりの答えを返してくれた。そのとき、ふとオレの脳裏にある疑問が浮かんだ。おじいちゃんが甲子園に行ったとき、やっぱりこんなピリピリした雰囲気になったのだろうか? おじいちゃんの幼なじみの園長なら、なにか知ってるかも?
「おじいちゃんが甲子園に行ったとき、やっぱりこんなピリピリした雰囲気になったんですか?」
「さあ、どうだったんでしょうね?… 私、高校は別だったから、ちょっとわからないわ」
 オレは続いて浮かんだ質問を園長にぶつけてみた。
「おじいちゃんが甲子園に行ったとき、おじいちゃんにも彼女、いたんですか?」
 園長はちょっと間を空け、そして並んで歩くとも子を見た。
「いたらしいわよ。この子みたいなかわいい女の子が」
 もしかしたら、ちょっと失礼なこと訊いちゃったのかも? でも、おじいちゃんにもとも子みたいな彼女がいたなんて、奇遇だなあ…
     ※
 園長が廊下の突き当たりのドアを開けた。そこには1台の商用のワンボックス車が駐まっていた。園長はその中に入るように指示した。
「2人とも、これに乗って」
「で、でも、授業が…」
「今日はもう授業どころじゃないでしょ? 今日はもう帰って、鋭気を養いなさい。外にマスコミが張ってるようだけど、これに乗れば、だれにも気づかれずに外に出られるはずです」
 園長の心遣いはうれしいが…
「で、でも、オレたち、どこに身を隠せばいいのか?…」
「澤田さんのマンションがあるでしょ」
 オレは呆気にとられてしまった。あの部屋でとも子と籠もれとは…
 園長は説明が必要になったと思ったらしく、とも子を横目で見ながら話しを始めてくれた。
「実はこの子にはかなり特殊な事情がありまして、それで私が身柄を預かることになりました。あの部屋も、実は学園が借りてるものなんです」
 えっ、あの部屋は学園が借りてるもの?… 園長の説明は、不可解で唐突なものばかりだった。オレの頭は混乱してしまい、何も言えなくなってしまった。
 ワンボックス車の後部スライドドアが開いた。
「さあ、早く中に入って」
 オレととも子は園長に言われるまま、ワンボックス車に乗り込んだ。
「澤田さんを大事にしてね。お願いよ」
 園長がそう言い終わると、ワンボックス車は走りだした。
     ※
「もう顔を上げても大丈夫だよ」
 運転手さんのその呼びかけにオレは顔を上げると、オレたちを乗せたワンボックス車は、いつも通学で使ってる道路を走ってた。横に座ってたとも子が、オレの顔を見て、いつものにこっとした笑顔を見せた。しかし、オレの頭の中は、園長の不可解な説明で混乱していた。ともかく、整理し理解しないと…
 オレはとも子に話しかけた。
「園長とは、昔からの知り合いだったのか?」
 とも子は首を縦に振った。
「オレとの関係も知ってるのか?」
 とも子はまた首を縦に振った。そして、筆談用のノートを取り出し、こう書いた。
「毎日デートしてることも、キスしてることも知ってます」
 そこまで知られてたとは… たぶんとも子が逐一報告してたんだろうな…
 しかし、オレがあの部屋に泊まるってことは、オレととも子が1つになってもいいと言ってるようなものだぞ。いくらおっとりとしてるあの園長でも、それくらいはわかってるはず。いや、もしかしたら、すでに行くところまで行ってると思ってんのかも? ほんとうにあの人は教育者かいな?…
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エースに恋してる第12話

2007年08月23日 | エースに恋してる
 この朝、聖カトリーヌ紫苑学園は臨時全校集会となり、オレたちナインは体育館の壇上に招かれた。どうやら、祝福してもらえるらしい。ま、難敵桐ケ台高校に大勝したんだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 式は二代目園長の祝辞から始まった。この品のいいおばあちゃん、中学時代はオレのおじいちゃんと同級生だったらしい。オレをこの学園に誘ったのは、実はこの園長なのである。
 園長の祝辞が終わり、いよいよ袖で待ってたオレたちが呼ばれた。全校生徒が大拍手で出迎えてくれた。と同時に、カメラのフラッシュをたくさん浴びた。見ると、後ろの方や端の方に、たくさんのマスコミの姿があった。オレたちは思ってる以上に、時の人になってるらしい。
 監督のあいさつ。大拍手。キャプテンであるオレのあいさつ。監督以上の大拍手。中学時代に何度もちやほやされたオレだが、これには感無量だった。しかし、次に紹介されたとも子は、オレ以上の大拍手、大歓声だった。オレはちょっとむっとした。こっちは3つも打点を挙げたんだぞ。ま、しょうがないか… ほれた女に嫉妬するのも変だし… なお、とも子以下は、ただ名前を呼ばれるだけだった。
 その後はいつものように授業を受け、放課後いつものように野球部員が集まり、いつもよりちょっと軽い練習を済まし、いつものようにとも子と北村とバスに乗り、いつものようにとも子と北村は並んで座り、いつものように途中で北村がバスを降りた。とも子はバスの外の北村に手を振り、そしていつものようにオレの横に来た。北村はいまだにオレととも子の関係に気づいてないようだ。もし気づいたら、やつはいったいどーゆー反応を示すんだろう?…
     ※
 2回戦の日が来た。相手は桐ケ台高校と打って変わって、まったく無名の江原高校である。しかし、スタンドは満員に近かった。マスコミの姿もたくさんあった。やはりオレたちは注目されてるらしい。桐ケ台高校戦では1人もいなかった応援団やブラスバンドもたくさん来てくれていた。でも、とも子ばかり応援してる。野球は9人でするもの。他のナインも応援してほしいのだが…
     ※
 メンバー発表。我が学園の監督は、大幅に打順を入れ替えてきた。なんと、1番バッターはオレ。
 とも子のバッティングピッチャーのお陰で我が学園の得点力は大幅にアップしたとは言え、オレが撃たないとこのチームはぜんぜん点が獲れそうになかった。現にオレを徹底的に敬遠した桐ケ台高校の3番手ピッチャーから、我が学園は1点も獲ることができなかった。江原高校もオレを敬遠してくる可能性がある。
 そこで監督が思いついた奇策が、オレを1番に据えるとゆーもの。1番バッターをいきなし敬遠するとゆー策は絶対ありえない。それはノーアウトランナー1塁とゆーピンチをみずから作る行為だからだ。うちの監督には珍しい奇策である。
 しかし、この戦術、オレが先頭打者ホームランを撃たないと、な~んにも効果がないじゃんか。ふふ、じゃ、初っぱなから大きいものを狙ってみますか。
     ※
 1回の表、しかし、オレがバッターボックスに立っても、江原高校のキャッチャーは座ってくれなかった。なんと、先頭打者敬遠である。おいおい、そこまでオレが怖いのか? 無条件でノーアウトランナー1塁をくれるなんて、こいつら、何考えてるんだ?
 さっそく2番バッターの大空が送りバント。3番中井が内野安打で1アウト1塁3塁。続く4番に座った唐沢が、左中間を大きく割るヒットを放ち、無難に2点を先取。その後も打線がつながり、この回、いきなり4点をゲットした。
 以降も我が打線は順調に得点を重ね、一方江原高校はまったくとも子を撃てず、6回で規定の点差になり、コールドゲームとなった。毎試合コールド負けだった我が学園が、なんとコールド勝ちである。桐ケ台高校戦の勝利は、フロックではなかったようだ。
     ※
 その後も我が学園は順調に勝ち進み、ベスト8に突入した。ここまで来ると、まじでチームのみんなが甲子園を意識するようになっていた。いや、野球部だけじゃかった。聖カトリーヌ紫苑学園全体が甲子園に行く気分になっていた。校舎の一番目立つところに、「目指せ、甲子園」の垂れ幕がかかった。試合になると、学園の生徒・先生全員が応援に駆けつけるようになった。まるでお祭りである。応援してくれるのはうれしいが、なんか、浮かれ過ぎてるような気もある…
 準々決勝も8回までとも子が0点に押さえ、9回は唐沢が締めるとゆー必勝パターンが決まった。ついにベスト4入りである。以前とも子に「とも子のピッチングがあれば、きっとベスト8まで行けるよ」と話した記憶があるが、それを楽々突破してしまった。ここまでチームの自責点は0。もう負ける気がしなかった。
     ※
 ところで、ベスト8まで来るとふつうは連戦となるのだが、明日の試合は急きょ順延となった。別の球場で行われるはずだった準々決勝が、雷雨で流れたのだ。これにより、この準々決勝が明日にスライドし、準決勝も1日順延となった。とも子にはスタミナの不安があるので、1日でもインターバルが入るのはいいことだ。それに、2人の関係も…
 実はここんとこ試合日程が詰まっていたせいか、とも子と2人になれる時間がまったくなかった。そのせいか、今日はどうしてもとも子とデートしたいのだ。
 しかし、弁護士の先生から会いたいとの連絡が来た。例の女の子の情報を手に入れたようなのだ。とも子とのデートも大切だが、例の女の子の安否も知りたかった。オレはまず先生と会い、その後とも子とデートすることにした。オレはとも子にいつものファミレスで会う約束をし、先生の事務所に向かった。
     ※
「ベスト4入りしたんだって?」
 と、先生が切り出した。
「はい」
「よくここまで復帰できたなあ。もうケガの方はいいのか?」
「はい」
 いや、正直なところ、オレの左腕の障害は、まだかなり残ってた。あの女の子の安否を一刻も早く知りたくって、ただ生返事を繰り返してるのだ。先生、前置きが長過ぎるよ。
「ひどいもんだな。身体が回復したってゆーのに、理不尽な判決が出るなんて…」
 先生がファイルを取り出した。やっと本題に入るようだ。
「例の妹さんだけど、調べてみたら、いろいろと出てきたよ。あの兄妹はどうも血のつながりはないようなんだ」
「えっ、な、なんで?」
「お兄さんの方はお父さんの連れ子で、妹さんの方はお母さんの連れ子だったらしい。両親とも再婚だったようだ。
 でも、お父さんとお母さんはすぐに仲が悪くなってしまい、別居となった。なのに、お母さんの連れ子だった妹さんは、なぜかお父さんが引き取った。どうやら、置いてかれたらしいな。
 お父さんに引き取られた妹さんは、継子扱いされ、毎日泣かされたようだ。
 でも、お兄さんは優しかったらしいな。
 お兄さんはクルマの免許を取ると、朝早く妹さんをクルマで連れ出した。どうやら、お母さんのところに連れてく気だったらしい。
 が、その途中、キミの乗ったクルマにぶつかってしまった」
「…訴訟の対象から外されたのは、お父さんの仕打ちですか?」
「のようだな。
 ひん死の重傷を負ったとゆーのに、病院に見舞いに来ないばかりか、一銭も治療費も出してないらしい。妹さんの治療費は、いまだに一銭も払われてないようだ」
「妹さん、まだ生きてんですか?」
「ああ、生きてるよ」
 先生が1枚の書類を手にし、それを裏側にしてオレに見せた。
「これが生きてるってゆー証拠だ。彼女の戸籍謄本だよ」
 戸籍謄本なら、彼女のことがすべて書いてあるはず。
「み、見せてください」
「見せてもいいが、これを見ると、たぶんキミは傷つくと思うよ。それでもいいか?」
 傷つく? なんで…
「どうしてもってゆーなら見せるが、覚悟はしておいてくれよ」
「覚悟はできてます」
 先生はちょっと間を開けると、戸籍謄本を裏側にしたままオレに手渡しくれた。
 いよいよあの子の正体がわかる… オレは固唾を呑み、そしてその紙片を引っくり返した。そこに書いてあった名前は、澤田とも子…
「お母さんが旧姓に戻ったとき、妹さんも旧姓に戻ったようだな」
 先生のその発言は、オレの耳にはぜんぜん入ってこなかった。
 とも子はあいつの妹だったなんて…
 いったいなんでオレに近づき、オレに抱かれようとしたんだ? 訴訟を取り下げさせるため?… わかんない、ぜんぜんわかんない…
 オレは失意のまま、真っすぐ家に帰った。とも子との約束をすっぽかして…
     ※
 しかし、オレはその夜、猛烈に悩んだ。オレの脳裏には、今でもあの事故の瞬間のとも子の顔が焼き付いたままになっている。寝ても覚めても、彼女の… とも子の安否を気にしてた。その女の子が無事とわかったんだ。うれしいことじゃんか!?
 だいたいとも子がいなかったら、オレたち聖カトリーヌ紫苑学園野球部は、1勝もできなかったじゃないのか? なのに今は、ベスト4まで駒を進めてる。とも子に夢を見させてもらってるとゆーのに、オレはいったい、何に不満を感じてるとゆーんだ?…
 何か裏があってもいいと思う。オレはとも子が好きなんだ。オレはもう、とも子なしじゃ何もできないんだ!!
 しかし、どうしても腑に落ちないことがある。本当にとも子は、あのときの女の子なのか? 実はどうしても顔が一致しないのだ。あのときあの女の子は恐怖に顔を引きつらせてたから、標準とはかなり違う顔をしてた。でも、それを考えたとしても、今のとも子とはあまりにも顔が違い過ぎる。仮にあのときの女の子がとも子だったら、もっとずーっと目が大きかったはずだろ?…
 もしかしたら、同姓同名の別人なのかも?… で、でも、戸籍謄本に載ってたあの子のプロフィールは、とも子のものと完全に一致してた… いったいどうなってるんだ?…
     ※
 試合が詰まってるので、オレたちはここ数日、マラソン登校を取りやめ、バス登校に切り替えていた。それでもオレは、とも子と時間を合わせ、同じバスに乗り合わせるようにしてた。今朝もそう。オレが乗り込んだバスには、すでにとも子が乗っていた。
 オレはとも子の横に座ると、さっそく昨日の約束のすっぽかしを謝った。幸いなことに、とも子はあまり気にしてないようだ。いつもの笑顔を見せてくれた。その笑顔を見て、オレはとも子に訊きたかったことすべてを忘れることにした。
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エースに恋してる第11話

2007年08月22日 | エースに恋してる
 沈んでた桐ケ台高校ベンチにいつのまにか活気が戻っていた。とも子に代打が出され、替わりに唐沢がマウンドに立ったからだ。とも子には歯が立たなかったが、このピッチャーなら撃てるかも、とゆー希望が浮かんできたんだろう。
 が、最初のバッターの結果が、その希望をはかなく打ち砕いた。微妙に落ちる変化球を引っかけ、あえなく内野ゴロに倒れたのだ。しかし、今の唐沢の変化球は、あまり見たことがないものだった。カーブでもないし、フォークボールでもないし、スライダーでもないし…
 次のバッターも同じ変化球を引っかけ、内野ゴロに倒れた。どうやら、カットボールを投げてるらしい。カットボールとは、ストレートとスライダーの中間の握りで、それなりに変化する変化球である。ストレートとほぼ同じ速度だが、打者の手元で微妙に変化するので、バッターはジャストミートしたつもりでも、スイートスポットをはずされ、凡打に終わってしまう。撃たして取るタイプのピッチャーには、うってつけの変化球である。唐沢は短期間でよくこの変化球を会得できたものである。正直なところ、オレは唐沢のクローザーとしての力量に懐疑的であったが、これなら安心して見ていられる。
 とも子は完璧なピッチャーだが、唯一スタミナに不安があった。そこんところをクローザーの唐沢が補完してくれそうだ。なんか、まじで甲子園への道が見えてきたような気がしてきた。
     ※
 ついに唐沢が最後のバッターを撃ち取った。そのゴロをオレが捕り、そのまま1塁ベースを踏んだ。その瞬間、みんなが飛び上がった。夢にまで見た1勝、それを難攻不落の桐ケ台高校から挙げたんだ。しかも、6対0の圧勝。オレは天にも昇る気分だった。みんなもたぶんそうだろう。
 ホームベースを挟んで、桐ケ台高校ナインと試合終了のあいさつ。向こうのナインは、全員顔面蒼白、中には泣き出してるやつもいた。一方オレたちは、破顔になるのを必死にこらえていた。
 あいさつが終わると、初めての校歌斉唱。ある程度勝ち進むと校歌のテープを流してくれるのだが、1回戦だとそれはなく、代わりにブラスバンドが演奏し、スタンドの応援団と一緒に校歌を合唱する。しかし、オレたちははなっから負けると思われてたので、ブラスバンドも応援団も1人も来てなかった。仕方がないから、ナインだけで大合唱だ。スタンドのあちらこちらから罵声が飛んで来たが、オレたちはあざけわらうように、気分よく歌ってやった。
     ※
 校歌斉唱が終わると、ベンチ裏の通路で共同インタビューを受けた。オレと監督がお立ち台に上がった。記者の質問が矢継ぎ早に飛んで来た。しかし、オレの心はここにあらずだった。例の裁判の結果を一刻も早く知りたいのだ。いったいどのような判決が出たのだろうか?…
 ちなみに、記者の質問の大半は、とも子に関するものだった。でも、オレはとも子のことはあまりしゃべりたくなかった。それはとも子の障害を気遣って… いや、本音を言うと、とも子はオレ1人のものでいて欲しいから、世間にはあまり露出したくないのだ。
 きっと今日の試合のVTRが全国放送で流され、とも子は世間の注目の的になると思う。そうなったとき、オレととも子の関係は、いったいどうなってしまうんだろう?…
     ※
 ようやくインタビューが終わると、オレたちは長く暗い通路を歩いた。そのどん詰まりの扉を開けると、そこには数台のタクシーが駐まっていた。我が学園の教師の姿もあった。どうやら、学園が用意してくれたものらしい。
 野球部の活動に積極的な高校だと、我が野球部にはそんなものはなく、いつも路線バスか電車での移動だった。しかし、強豪桐ケ台高校に勝ったとなると、我が学園もそれ相応の扱いが必要になったと判断したんだろう。桐ケ台高校ファンのよからぬ仕打ちが怖かったので、これはありがたかった。
 タクシーはオレたちナインを乗せると、喧噪やまぬ球場をあとにした。
    ※
 タクシーの後部座席に乗ると、即座にオレの脳裏に「裁判」の文字が浮かんだ。無性に例の裁判の結果を知りたくなった。オレは助手席に座ってる先生から携帯電話を借り、ダイヤルしようとした、が…
「キャプテン、なんで澤田を替えたんですか?」
 それは隣りに座った北村の発言だった。くそーっ、こんなときに… しつこいぞ、こいつ!!
「とも子…」
 おっと、ここでは「とも子」はまずいな。
「澤田はあのとき、もう限界だったよ」
「なんでそんなこと言えるんですか? まだ1点も獲られてなかったんですよ!! ヒットも1本しか撃たれてなかったのに…」
「唐沢のことを考えて、替えたんだよ。
 いいか、北村、リリーフってゆーのはな、ピンチのときに替えられるより、回の頭で替えられた方が、ずーっと投げやすいんだよ。だから、あのタイミングで替えたんだよ」
 北村が黙った。でも、目は納得してなかった。もっと説明が必要なのか?
「北村、おまえ、今日の1勝で満足か?」
「え?」
「なあ、甲子園に行きたいと思わないか?」
「キャ、キャプテン、そんなこと考えてたんですか!?」
「いや、こいつは澤田の夢だ」
「え?…」
「澤田は甲子園に行って、優勝する気なんだよ」
 北村は唖然としてしまった。ま、それがふつうだろうな。
「甲子園に出るとなると、もう1人クローザーとなるピッチャーがいる。だからあそこで唐沢を試したんだよ」
 どうだ、納得したか?
「い、いつ、彼女とそんなこと、話したんですか?」
 ちっ、かえってまずいこと言っちまったか… まさか、デート中に聞いたなんて言えないし…
 追い打ちをかけるように、北村が質問してきた。
「キャプテンはいつも、彼女を下の名前で呼ぶんですよね…」
 オレはフリーズしてしまった。まさか、とも子自身の要望だとは言えないし、取り繕ううそもなかなか浮かんでこなかった。
 しばらく沈黙が続いた。と、ふいに裁判の結果を知りたくなった。オレは北村の視線をあえて無視し、携帯電話のダイヤルボタンを押し始めた。
     ※
 携帯電話で聞いた判決は、あまりにも意外なものだった。ほぼ向こうの主張に沿ったものだったらしい。オレは愕然とし、そして憤然とした。たしかにあの朝、おじいちゃんは黄色の点滅信号を無視して、交差点に減速せずに進入した。でも、向こうは、一時停止義務のある赤の点滅信号を無視して、時速100キロ以上の猛スピードで進入してきたんだぞ!! どう考えたって、向こうがいけないだろ!?
 桐ケ台高校に勝った余韻が、一気に吹き飛んでしまった…
 オレが乗ったタクシーは、一足早く学園に着いた。本当なら他のタクシーの到着を待つべきなのだが、そんな心の余裕はなかった。ともかく、一刻も早く家に帰りたかった。オレは先生に事情を説明し、一目散に帰路についた。
     ※
 家の中は完全に消沈してた。お袋は顔面蒼白でソファに座ってた。親父は真っ赤な顔で拳を握りしめていた。弁護士の先生も、苦虫をかみ潰したような渋い表情だった。先生も今日の判決に憤慨してるようだ。当然控訴である。
 今度はオレも裁判に出て、証言することとなった。実は、オレはあの事故の当事者の1人なのに、一度も裁判で証言してなかった。年端が行ってないとゆー先生の配慮だが、こんな判決が出てしまうと、そんなことも言ってられなくなったらしい。
 親父とお袋には退室してもらい、オレと先生だけで打ち合わせすることとなった。
     ※
 ふとオレの脳裏に、向こうのクルマの助手席に乗っていた女の子の顔が浮かんできた。ずーっと裁判に出てた先生なら、あの子はどうなったのか、名前はなんてゆーのか、きっと知ってるはず。
「あ、あの~、向こうのクルマに乗ってた女の子、どうなったんですか?」
「え?… あ、あの妹さんの方ね。
 いや~、それがどうなったのか、実は私にもわからないんだ」
「え?」
「なぜか知らんが、向こうの訴状に妹さんに係わる部分は1つもなかったんだ。そのせいか、裁判でもまったく触れられてないんだ」
 オレは唖然としてしまった。今まで彼女も、当然訴えの対象になってると思っていた。
「な、なんで?…」
「さあ… もしかしたら、それが向こうの弱みかも? 今度調べておくよ」
「お、お願いします…
 あの~、名前、なんてゆーんですか?」
「さ~て、なんと言ったかなあ…」
 先生はファイルを取り出し、それをめくり始めた。
「え~と、え~と…」
 先生はなおもファイルをめくった。その紙をめくる乾いた音が、部屋中に響いた。
 と、ファイルをめくる音が止まった。
「あった」
 名前が見つかったらしい。ついに彼女の名前がわかる。
「とも子… とも子だよ」
 とも子? とも子と同じ名前?… ま、まさか、とも子はあいつの妹?…
 いや、「とも子」なんて名前、この世には掃いて捨てるほどある。偶然の一致じゃないのか? だいたいあの娘のお兄さんの苗字は石川だろ? でも、とも子の苗字は澤田。ぜんぜん違うじゃんか。妹なら、同じ苗字じゃなくっちゃいけないだろ!?
 で、でも、苗字を変えたってことは?… いや、そんなかんたんに苗字は変えられないと思う。とも子はやつとは絶対無関係だ!!
 しかし、オレは「とも子」とゆー名前が気になってしまい、先生の事故に関する質問に生返事をくり返してしまった。なんか、無性にとも子に会いたくなった。会ってやつの妹じゃないことをたしかめたくなった。でも、時計は午後8時。まだ先生の質問は続きそうだ。今日はもう会えそうになかった。
     ※
 しかし、考えてみたら、とも子はオレのことを隅から隅まで知ってるのに、オレはとも子のことをまったく知らなかった…
 いったいとも子はどこで生まれ、どこで育ったのか? なんで声を失ったのか? どこで野球を覚えたのか? そして何より、どうしてオレ抱かれようとしたのか?… オレには知らないことだらけだった。
 ただ1つたしかなことがある。オレはとも子が好きだし、とも子もオレが好きだ。今はとも子を信じることにしよう。
     ※
 翌朝、いつものバス停。オレは体操着姿でとも子を待った。昨日は試合で100球以上投げたから、さすがに今朝はマラソンではなく、バスで登校してくるかも… しかし、とも子はいつものようにマラソンで現れた。とも子はオレの前に来ると、いつもの笑顔を見せてくれた。そして2人は、並んで走り出した。
 とも子はとても目が大きい。だからかわいいのだ。あの事故のとき、向こうのクルマに乗ってた女の子は、そんなに目が大きくなかった。「とも子」って名前は、偶然の一致だと思う。
 登校マラソンは途中でいつものように北村が加わった。いや、北村だけじゃない、センターの渡辺とレフトとの大空とセカンドの鈴木も加わった。学園に着くと、サードの中井とライトの唐沢もマラソン登校していた。さらに、ショートの箕島も控え組も、みんないつものようにマラソン登校して来た。桐ケ台高校に大勝したってゆーのに、みんな気を緩めてないようだ。
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