競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第18話

2007年08月31日 | エースに恋してる
 もう追加点は許されなかった。しかし、城島高校打線はこれで火がついてしまい、2番3番バッターが連続ヒット。続くバッターは、打率7割5分を越えてる佐々木。これはどう考えたって分が悪い。その次のバッターは、福永と途中交替した高野。高野は今大会、一度も打席に立ってないようだ。ここは敬遠で逃げ、高野と勝負した方が無難だろう。
 佐々木敬遠で2アウトランナー満塁。高野がバッターボックスに立った。さっきはマスクで気づかなかったが、こいつ、高2のクセして、織田信長みたいな立派な口ひげを生やしてやがった。貫禄だけは一人前だ。
 中井の1球目。カキーン!! 大きな打球がレフトに飛んだ。ま、満塁ホームラン!? しかし、打球は大きく反れ、ファールとなった。こいつ、意外とスラッガーだったらしい。中井、慎重に行け!!
 が、しかし、中井は慎重になるどころか、びびってしまい、2球目は大きくはずしてしまった。3球目も明らかなボール。4球目もボール。カウント1─3。このままじゃ、押し出しになってしまう。中井、お願いだ。落ち着いてストライクを取ってくれ。
 5球目。今度はストライクゾーン。が、あまい。高野は見逃さなかった。カキーン!! 打球はレフトへ… しかし、これもファールになってくれた。
 2アウトランナー満塁、カウント2─3。絶体絶命…
     ※
「タイム!!」
 と、中井がふいにタイムをかけた。そしてオレに歩み寄り、こう言った。
「替わってください」
 替われって?… オレに投げろってゆーのか?
「む、むりゆーなよ。オレがまともに投げられないってこと、知ってんだろ?」
「オレ、もう投げるタマがないっす。でも、ピッチャー経験豊富なキャプテンなら、投げるタマがきっとあるはずです」
 オレは左ひじを曲げ、それを見た。
「で、でも、この腕じゃあなあ…」
「澤田のためにも、投げてください」
 ふっ、とも子を出してきたか… そう、オレはとも子のためならなんでもできる。でも、むりなものはむりだよ… オレはにが笑いを見せることで拒否を示した。
 すると中井は視線をはずし、何かを考え、そしてまたオレを見た。
「中学時代のあなたは、絶対逃げる人じゃなかった」
 オレはその中井の言葉に、強烈なショックを感じた。
「ふっ、オレの中学時代を知ってんのか?」
「知ってますよ。オレの目標でしたからね」
 中井は口がうまいからなあ。本当かどうか… だいたい、こいつ、野球を始めたのは高校に入ってからじゃないのか?
 しかし、中学時代のオレは、中井の言う通り、絶対逃げるような男じゃなかった。むしろ、ピンチになればなるほど燃えるピッチャーだった。
「ふっ、わかったよ。投げよう」
 中井がにやっとして、そしてオレにボールを手渡した。
「お願いします」
     ※
 オレはマウンドに立った。久方ぶりのマウンド。まさかこんな形でマウンドに戻ってくるとは、夢にも思ってなかったよ…
 しかし、オレには正直、投げるタマがない。ストレートもスライダーもカーブも、今の腕力じゃむりだ…
 いや、待てよ。あのタマはどうだろう?… 実戦で投げたことはないが、練習ではほぼ手に入れてたあの変化球… 今でもきっと投げられるはずだ!!
 気が付くと、観客のほとんどがオレを応援していた。オレは応援されると燃えるんだ。みんな、もっとオレを応援してくれ。オレに力をくれ!!
     ※
 山なりの投球を見られたくないので、オレは規定の投球練習を省いた。ふと城島高校のベンチを見ると、柴田がまた例のごとくへらへらとしてた。他のほとんどの選手も、薄気味悪い笑みを浮かべてた。オレの恩師だった竹ノ内監督までもほくそ笑んでるようだ。オレが山なりのボールしか投げられないと思ってんだろう。けっ、バカにしやがって!!
 オレはグローブの中でその特殊な変化球の握りをたしかめ、そして思いっきり振りかぶって投げた。
 投球は山なりとなった。それを見てバッターの高野がにやっとした。けっ、思った通りのヘタレダマに見えるのか? よーく見てみろ。揺れてんだろ!? こいつはナックルボールってゆーんだよ!!
 ボールは高野の手前で不自然に落ち出した。撃つ気満々だった高野は、慌ててバットを出した。しかし、バットはボールに当たらなかった。当たり前だ。ボールはホームベース手前で1バウンドしたんだから。
 三振。オレの勝ちだ。球場は歓喜のうずに包まれた。
 しかし、試合は振り出しに戻ってしまった。大リーグでナックルボールを武器にしてるピッチャーのほとんどは、このナックルボールだけで勝負してるが、正直オレのナックルボールは、ぜんぜんその域に達してない。なんとしても、9回裏で決着をつけないと…
     ※
 この回、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃は、打順よく、1番の渡辺から。しかし、いまだ境のカミソリシュートが怖いらしく、完全に腰が引け、三振。続く大空も凡退した。ランナーが1人でも出れば、オレに打順が廻ってくるのだが…
 3番バッターは、途中からサードに入った森。森は1年生ってことで控えに回ってるが、実はかなり使えるプレイヤーだ。オレは森の出塁を祈った。するとその祈りが通じたのか、森は三遊間を抜くヒットを撃ってくれた。どうやら境のシュートは、もうあまり切れてないようだ。こうなると、カミソリシュートの洗礼を受けてない森には、ただの棒ダマである。
     ※
 いよいよオレの打順になった。左バッターのオレのときだけサイドスローになる境の1球目。切れのあるスライダーが、オレの胸元にズバッと決まった。どうやらスライダーの方は、まだ切れが残ってるようだ。
 2球目。法則通りなら、外角ぎりぎりにストレートが来るはず。オレはそれに狙いを定めた。しかし、来たタマはオレを直撃するコースだった。オレは外角のタマを撃ちに行く態勢だったので、逃げる隙がなかった。なんとか背中を向けようとした瞬間、脇腹に豪速球が突き刺さった。
 ドスッ 痛っ!!… オレはうずくまってしまった。息が… 息がまったくできなかった。境め、さっきのホームランの裏をかいて、狙いやがったな…
 と、そのとき、主審がまたもや信じられない裁定を下した。わざと当たったから、デッドボールじゃないだと…
 ふっ、黙って1塁に歩かしゃいいものを…
     ※
 オレは立ち上がると、竹ノ内監督をにらんだ。監督はほくそえんでるように見えた。
 もしオレがケガで倒れたら、うちのピッチャーは実戦経験のない北川だけになってしまう。だから潰す気でぶつけたんだろう。となると、また危険球が来るかも?… いったいどうすりゃいいんだ?…
 ふとオレの脳裏にとも子のバッティングが浮かんだ。6回のヒットを撃ったときのバッティング… そうだ、とも子がやったあの打法をまた使おう。ただし、今度は180度逆のやつだ。
 そう決断すると、オレはホームベースに覆いかぶさるようにバットを構えた。ふつうのピッチャーには投げにくい構えだが、はなっから危険球を投げようとしてる境には、かえって好都合な構えのはず。さあ、ぶつけてみろよ!!
 境は不敵な笑みを浮かべると、3球目を投げた。やつの指先からボールが離れた瞬間、オレはさっと後ろに下がった。来たタマは案の定デッドボールコース、しかも顔面を狙った危険球だった。しかし、オレはバッターボックスの一番外側に立ち位置を移動させてたので、コース的にはど真ん中だ。ただ、めちゃくちゃ高い。けど、きっとこれが最後のチャンス。絶対撃たないと!!
 オレは思いっきりバットを振り抜いた。
 カキーン!! 打球は大きく舞い上がり、外野フェンスを越え、球場そのものを越え、大空に消えてった。オレは撃ったままの姿勢で、それを見送った。
「ア、ア、アウトだ!!」
 主審がまたいちゃもんをつける気らしい。
「意識的にバッターボックスの外に出て撃った。これは悪質な反則行為だ!!」
「おっさん、どこに目付てるんだよ!? オレの足元、よく見てみろよ!!」
 オレの足はバッターボックスの外側のラインにかかってはいたが、踏み出してはいなかった。主審はそれに気づくと、「うっ」と言ったまま、無言になってしまった。
     ※
 サヨナラ場外ホームラン。しかし、審判がまたいちゃもんをつけてくるかもしれない。例えば、ベースの踏み忘れとか… オレはそれを気にし、1塁・2塁・3塁ベースを両足でポンポンポンと3度踏み付けながら、ダイヤモンドを廻った。
 3塁を廻ったとき、ふと竹ノ内監督を見た。さぞや悔しい顔をしてるだろうと思ったら、意外や、晴れ晴れとした顔だった。
 大歓声の中、オレはホームベースを踏んだ。
 決勝戦進出決定!! あと1勝で甲子園に行ける。とも子の夢がかなう… で、でも、とも子がいないんじゃ、たとえ甲子園に行っても…
 とも子の心臓は蘇生したのだろうか? それとも… ここまで試合に集中してきたが、勝利が決まったとたん、急にとも子のことが気になり出した。早く、一刻も早く、とも子が収容された病院に行きたくなった。
     ※
 試合終了のあいさつ。校歌斉唱。それが済むと、共同インタビュー。本来ならキャプテンであるオレがインタビューを受けなくっちゃいけないのだが、それは中井にまかせ、北村とともにタクシーに飛び乗った。
     ※
「彼女、転校してきた日から、もうキャプテンに好意を寄せてたんですか?」
 病院に向かうタクシーの中、重苦しい空気を切り裂くように、ふいに北村が質問してきた。
「ああ… 実のことをゆーと、前の日すでに会ってたんだ。
 彼女、オレの古いファンだったらしい。この学園に転入して来たのも、オレが目当てだったみたいだ」
「じゃ、最初っからボクが入り込む余地はなかったんですね…
 ボク、もう彼女から手を引きます。澤田さんを幸せにしてやってください」
 す、すまない、北村…
 しかし、もしとも子が万一になってたら、すべてが無意味になってしまう。頼む、とも子、生きててくれ!!…


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