競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第24話

2007年09月08日 | エースに恋してる
 と、マウンド上に目をやると、唐沢の様子が変になってる?… 今の大飛球がショックだったのか? ここでやつが切れたら大変だ。オレはマウンドに向かった。
「荒沢、今のはしかたがないよ。気にすんな。まだこっちが勝ってんじゃんか」
 と、唐沢が横目でギョロとオレを見た。
「うっせーなーっ!! わかってんよっ!!」
 い、いかん、今は声をかけるタイミングじゃなかった… マウンドに立つと切れやすくなるやつの性格を考えれば、今はそーっと見守ってた方がベターだったらしい…
 唐沢の口から、さらに信じられない言葉が出た。
「けっ、なんで大空は最後まで打球を追わなかったんだっ!? 向こうのレフトは最後まで追ったじゃんかよっ!!」
 ああ、こいつ、完全に切れてやがる。なんでこんなところで切れるんだよ?… あとアウト1つ獲りゃ、こっちの勝ちだろ!! 幸い敵の打順は下位。唐沢、ここはなんとしても押さえてくれよ。
     ※
 続く7番バッターの3球目。そいつのバットがまた快音を響かせた。が、打球はショートの守備範囲のゴロ。やったーっ、勝ったぁ!!、と思った次の瞬間、信じられないことが起きた。途中からショートの守備に入ってていた森が、ゴロをはじいてしまったのだ。2アウトランナー1塁3塁… 我がチームはこの試合、ここまでエラーとは記録されないミスを何度かしてきたが、記録に残るエラーは、これが最初だった。
 森はバッティングがあんなにいいのに、守備はこんなにもひどいのか? そーいや、やつの本業はサードだったな。だからと言って、このエラーは論外だ。箕島だったら、絶対ふつうに処理してたはず。
     ※
 森が唐沢に直接タマを届けに来た。
「す、すみません」
 すると唐沢がしらけた目を森に向けた。おいおい、唐沢よ、おまえ、聖カトリーヌ紫苑学園のリリーフエースだろ? リリーフエースがそんな目をしてどうする? まったく、土壇場に来てすべての歯車が狂い出すなんて…
 幸い2塁ランナーは3塁に止まってくれた。まだこっちが勝ってるんだ。唐沢、ともかく、ともかく落ち着いて投げてくれ。あともう1つアウトを獲れば、こっちの勝ちなんだから…
     ※
 しかし、続くバッターの初球、唐沢の投じたタマは、とんでもなく高いタマだった。キャッチャーの北村、そのタマを捕れず、3塁ランナーは労せずしてホームイン… ほんのわずかに残ってた運を唐沢自身がドブに捨ててしまった…
 オレはうなだれた。何も言えなくなってしまった。しらけた。99%勝ってたのに、なんなんだよ、これは?… ベンチを見ると、とも子もうつむいていた。きっとみんなも同じ気分だと思う。
 しかし、まだ同点だ。次の回、サラダ商業は絶対ピッチャーを替えてくるはず。でも、戸田の次のピッチャーは、そうたいしたことはないと思う。絶対点が獲れるはず!!
 その前に唐沢だ。やつはもう限界… 今のワイルドピッチで2塁に進んだランナーが帰ってきたら、サヨナラ、一巻の終わりである。うちの監督もオレと同じことを考えたらしい。ベンチの中から佐野が飛び出してきた。ピッチャー交替の伝令。が、次の瞬間、
「待てよ!!」
 それは唐沢の怒鳴り声だった。その声で佐野の足が止まった。
「聖カトリーヌ紫苑学園のリリーフエースはオレだ!! オレに最後まで投げさせろっ!!」
 佐野は監督の顔を見た。監督はうなずいた。佐野はベンチに引っ込んだ。どうやらうちの監督は、唐沢と心中する気らしい。ま、替わると言っても、うちで残るピッチャーは、実戦経験のない北川だけ。まさか、また中井を使うわけにもいかないし、冷静になって考えれば、ここは唐沢に任せるしか道がないのかもしれない…
 監督は敬遠を指示し、敵バッターは1塁へと歩いた。
     ※
 2アウトランナー1塁2塁。サラダ商業の次のバッターは9番の戸田だか、ここは当然代打だろう。それを暗示するように、ネクストバッターサークルには、あらかじめ別の選手が入っていた。が、しかし、なんと戸田がベンチの奥からバットを持って出てきた。敵の監督はいったい何を考えてるんだ?…
 戸田がバッターボックスに立った。こいつ、身体はくたくたなのに、目は生き生きとしてやがる… だが、マウンド上の唐沢の目も、輝きを取り戻してるようだ。ま、あんなタンカを切ったあとだ。目が死んでちゃいけないか。
 唐沢、1球目。しかし、タマの方は死んでいた。完全な棒ダマ。戸田は思いっきり振り抜いた。
 カキーン!! 鋭いライナーが唐沢の右脇に飛んだ。二遊間を完璧に抜く当たり。万事休す… が、次の瞬間、唐沢が右腕をさっと真横に突き出した。その手首にライナーが当たり、打球はグランドに転がった。しかし、唐沢の数メートル後ろで止まってしまった。森が突っ込んでそのタマを拾った。こいつ、1塁のオレに投げる気らしい。バカ、オレに投げたって、1塁は完全にセーフだぞ!! 2塁ランナーが一気に3塁を廻った。森からの送球を捕ってオレがホームに投げたとしても、今のオレの腕じゃ、アウトは絶望的…
 が、1塁はアウトだった。戸田はまともに走ることができなかったのだ。1塁塁審にアウトを宣告されると、戸田はよろよろと崩れてしまった。
 もしあの打球がセンター前ヒットになってたら、戸田はファーストに到達してたと思う。つまり、オレたちはサヨナラ負けを喫していた。唐沢のガッツがオレたちを救ってくれた。気持ちだけは、戸田に負けてなかった。さすがはうちのリリーフエースだ。
 当の唐沢は、右手首を痛めたらしい。振ったり、押さえたりと、やたらと右手首を気にしてた。
「唐沢、大丈夫か?」
 唐沢に声をかけると、唐沢はにやっと笑った。
「なーに、敵さんのピッチャーと比べりゃあ…」
 ふふ、一度は幻滅したとはいえ、やっぱ頼りになるやつだ。
 ベンチに帰ると、とも子の安堵した笑顔が出迎えてくれた。とも子もかなり心配してたはず。
 ともかく、サヨナラ負けだけはまぬがれた。今度はこっちが反撃する番だ!!
     ※
 聖カトリーヌ紫苑学園野球部が初めて経験する延長戦。その10回の表、なんと敵のピッチャーは相変わらず戸田だった。こっちは1番渡辺からとゆー絶好の打順。
 戸田、1球目。やはり棒ダマだった。1回の表ホームラン寸前の3塁打を撃った渡辺は、このタマに対し、色気を出さず、コンパクトに流し撃った。打球は12塁間を抜けた。渡辺はチームバッティングに徹してくれたようだ。
 続くバッターの大空は、定石通りの送りバント。その打球を処理した戸田は、1塁へ送球。が、送球が高く、敵ファーストは捕るのがやっとだった。大空はセーフ。どうやら戸田の左足は、踏ん張ることができないようだ。
 3番唐沢がバッターボックスに立った。まだ右手首が痛いと思うが、そんなことはもろともせず、思いっきりバットを振り抜いた。カキーン!! 打球は三遊間を抜いた。
 次のバッターはオレ。ノーアウトランナー満塁。ここでホームランを撃てば、一気に4点獲得となる。しかし、今日オレは戸田からホームラン性の当たりを2本撃ってるが、2本とも外野フェンス手前でおじぎしてた。ここは大きいのを狙うより、とりあえず1点、勝ち越しを優先すべき。オレはそう判断すると、バッターボックスに立った。
 と、ふと視野の端に大きなスケッチブックが入ってきた。とも子が掲げてるものだった。そこには「頑張れ!」とゆー文字があった。はいはい、わかってるって。でも、今は押さえぎみに行くよ。
 1球目。外角の棒ダマ。オレはそのタマを流し撃った。カキーン!! 三遊間を抜くヒット。3塁ランナーの渡辺が帰ってきた。ついに1点勝ち越し。
     ※
 その後も我が聖カトリーヌ紫苑学園の連打が続き、都合8点を獲得。さらに満塁となったところで、またオレに打順が巡ってきた。マウンドの戸田はすでに立ってるのがやっとのようだ。しかし、今は勝負のとき。手を抜くわけにはいかなかった。
 初球、軽快にバットを振り抜くと、打球はライトスタンドに突き刺さった。満塁ホームラン。オレがダイヤモンドを廻り出すと、スタンドのあちらこちらからオレを非難するヤジが飛んできた。立ってるのがやっとのピッチャーから、なんてことをするのかと。バカゆーな!! 突き放しても突き放しても食らいついてくるやつらだぞ。100点獲ったって、まだ足りないくらいだ。だいたい、ここまでへろへろになったピッチャーを続投させる敵の監督もおかしい。いくら代わりのピッチャーがいないからって、これじゃ戸田は、さらし者じゃないか!!
 その後もヒットが連続し、結局我が聖カトリーヌ紫苑学園は、この回大量14点を獲得した。
     ※
 10回の裏、サラダ商業打線は、それでも唐沢のタマに食らいついた。しかし、唐沢と北村も慎重だった。あっとゆー間に2アウトを獲った。いよいよあと1アウトで甲子園行きとなる。とも子の夢は甲子園で優勝することだが、オレにとっちゃ、甲子園行きそのものがとてつもない夢だ。その考えてもみなかった夢が、今現実になろうとしている。でも、これはオレととも子だけで実現させた夢じゃない。聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員で実現させた夢だ。
 キャッチャーの北村がいて、セカンドの鈴木がいて、サードの中井がいて、ショートの箕島がいて、レフトの大空がいて、センターの渡辺がいて、押さえの切り札の唐沢がいて、代打の切り札の森がいて… みんなで実現させた夢だ。特に今日の試合は、みんなの心が一つになってなかったら、完全に負けていた。今日の勝利は、我々にとって大きな糧となるはず。
     ※
 ファールで粘りに粘ったサラダ商業の最後のバッターが、ついにピッチャーゴロとなった。唐沢がファーストのオレに送球。アウト。ゲームセット。19対5、すさまじい死闘だったわりには、結果は大差だった。
 試合終了のあいさつ。両校のナインがホームベースを挟んで、対峙して並んだ。と、サラダ商業のナインの1人が主審に耳打ちをした。どうやら戸田は、立てなくなってしまったらしい。なんでこうなるまでやつは投げ続けたんだ? 戸田の「勝ち」に対する執念はすさまじかった。もし、サラダ商業のキャッチャーか監督かその他のナインのだれかがピッチングの組み立てを知ってて、戸田のフォークボールをもっと活かしてたら、甲子園行きは間違いなくサラダ商業だった。それを考えると、オレたちは運がよかったのかも…
 1回を終わった時点ではサラダ商業は楽な相手だと思ってたが、伊達に決勝戦にはい上がって来た相手ではなかった。
     ※
 試合終了のあいさつの直後、とも子とふと目があった。その瞬間、オレはドキッとしてしまった。いや、ポッとしてしまった、と言った方がいいかも?…
 あの約束… ふふ、オレってウブなんだよなあ。


これで終わりです。気が向いたら、甲子園編もUPします。
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エースに恋してる第23話

2007年09月07日 | エースに恋してる
 敵の2番バッターが打席に立った。さっきとも子からタイムリーヒットを撃ったバッターだ。気をつけないと…
 1球、2球、唐沢がていねいなピッチングで2ストライクを獲った。3球目、外角高めのボール。北村は今のタマを見せダマとし、内角のタマでフィニッシュするつもりのようだ。このバッターは前の打席、とも子の外角のカーブを器用に捉え、ヒットを撃ってる。それを考えると、これはいい組み立てだと思う。
 そして、4球目。内角… いや、真ん中の方にボールが入ってしまった。ま、まずい…
 カキーン!! 打球が左中間に舞い上がった。通常ならセンター渡辺の守備範囲だが、渡辺は今、前進守備中。渡辺、全速力で飛球を追いかけ、最後はジャンプ。しかし、届かなかった…
 2塁ランナーの戸田がホームイン。同点。1塁ランナーもホームイン。逆転…
     ※
「くっ!!」
 唐沢が左手にはめていたグローブを右手で掴み、振り上げた。グランドに叩きつけるつもりか? それは野球人にあるまじき行為。オレは声をはりあげた。
「やめろ!!」
 唐沢は右手の動作を止め、オレを見た。なんとも言えない情けない顔だった。
「まだ1イニング残ってんだろ!! 今戸田は暑さであっぷあっぷだ。次の回で逆転してやるよ!!」
 すると、唐沢はしらけた目をオレに向けた。こいつ、オレを信用してないのか? ともかく、あともう1つアウトを獲ってくれ。次の回でなんとか逆転するから。
 しかし、こいつは痛い。記録上は3連打だが、全部アンラッキーな当たりだった。3対4。聖カトリーヌ紫苑学園が今大会、初めて許す勝ち越し… ふとベンチを見ると、とも子もかなり落ち込んでいた。甲子園での優勝。とも子の夢をここで途切れさせたくはない…
 カキーン!! サラダ商業の3番バッターが快音を轟かせた。しかし、今度はセンター渡辺の守備範囲だった。センターフライ、3アウト、チェンジ。
 試合はいよいよ9回の表に突入した。
     ※
 おじいちゃんにとって甲子園優勝は、フィアンセだったとも子との大事な約束だった。でも、おじいちゃんはそれを実現させることはできなかった。けど、おじいちゃんは、いつかはとも子がこの世に戻ってくることを知っていた。おじいちゃんはそのとも子に甲子園の優勝を報告したかった。だから息子であるオレの親父と、孫であるオレに野球をおぼえさせた。この世に戻ってきたとも子もそれを知ってたから、ボールを握った…
 おじいちゃんのためにも、とも子のためにも、オレたちはここで負けるわけにはいかないんだ!!
 この回のトップバッターはオレ。絶対撃ってやる!!
     ※
 初球。またもやフォークボール。オレは低いと判断し、見逃した。が、主審の判定はストライク。今日の主審は、どうもピッチャーから見て低めに大あまである。2回以降戸田が復活したのもそのせいだ。ま、こっちのピッチャーも同じ判定をもらってるんだから、文句は言えないが…
 しかし、戸田のフォークボールは、まだかなり切れてるようだ。でも、戸田が投げてくるタマは、このフォークボールだけ。なら、そのフォークボールに的を絞るのみ!!
     ※
 2球目。またもや、そして思った通りのフォークボール。オレは思いっきりバットを振った。カキーン!! 右中間に大きな飛球が上がった。くっ… しかし、手応えがいまいちだった。ふとセンターポールの日の丸を見ると、風はレフトからライトに吹いていた。頼む、この風に乗って、スタンドに入ってくれ!!…
 しかし、フェンス手前で打球は失速した。ライトフライ…
 ベンチに帰ると、唐沢のしらけた目がオレを出迎えた。「あの大口はいったいなんだったんだよ」とでも言いたいらしい。オレは何も言葉が出ず、視線をそらした。
 ふととも子を見ると、かなりがっくし来てるようだ。どんなときも笑顔を絶やさなかったのに、さすがに笑顔を作る気力もなくなったらしい。
     ※
 カキーン!! 次のバッターの中井が見事な流し打ちを見せ、ライト前ヒットとなった。1回に鈴木が放った以来のヒット。戸田のフォークボールを撃つとなると、今の中井のような打法が一番かも? さすがは中井だ。
 それに対し、オレはいったいなんなんだ? 自分1人ですべてを解決しようと大きいのを狙ったりして… 野球は9人でするもの。オレはよくそれを忘れる。まさか、こんな大事なときにまた忘れるなんて… オレも次のバッターにつなげるべく、ヒット狙いで行くべきだった…
     ※
 次のバッターの鈴木は、セーフティーぎみのバント。戸田が落ち着いて打球を処理し、1塁へ送球。2アウト。しかし、中井がスコアリングポジション、2塁へ進んだ。ここでヒットが出れば同点だ。
 次のバッターは北村。北村はバッターボックスに入る寸前、ふとベンチを見た。どうやらとも子を見たらしい。そのとも子は「がんばれ!」と大きく書いたスケッチブックを手に、いつもの笑顔を見せていた。北村はとも子の笑顔を見ると強くなる。いいところでいいバッターが巡ってきた。
 しかし、サラダ商業のキャッチャーは座ってくれなかった。1回同様、敬遠である。北村は憮然とした顔を見せ、1塁へと歩いた。
     ※
 次のバッターは箕島。そう、1回表の大チャンスで凡退した箕島である。おまけに、やつは2回戦の江原高校戦以降、1本もヒットを撃ってない… 1回の表はやつに託したが、さすがにここは代打だろう。うちの監督が伝令を走らせた。ピンチヒッターは森。そう、城島高校戦の土壇場でヒットを撃ったあの森である。最高の代打の登場だ。
 森が揚々とバッターボックスに向かう一方で、箕島がとぼとぼとベンチに戻ってきた。オレはそれに気づいたが、ほかのナインの目は、みな森に釘づけとなっていた。
     ※
 1球目、フォークボール、空振り。戸田のフォークボールはまだ切れていた。いくら森でも、いきなしこのフォークボールを撃てってゆーのは、酷ってゆーものか?…
 2球目、フォークボール、バットを振る森。そのバットにタマがかすり、ファールとなった。3球目、フォークボール、ファール。4球目、フォークボール、ファール。森の目は少しずつ戸田のフォークボールに慣れてきたようだ。
 そして、5球目。ついに戸田の投じたタマが高めに浮いた。1回に投げてたタマとほとんど同じ棒ダマ。森がこのタマを見逃すはずがなかった。
 カキーン!! 強烈なライナーが戸田を襲った。そして…
 戸田の右ひざに打球がバシーンと直撃し、はね返った。打球はそのまま3本間のど真ん中を抜け、ファールゾーンを転がった。敵のキャッチャーとサードがそのタマを取りに向かう傍ら、2塁ランナーの中井が3塁を廻った。ホームイン、同点。そして、なんと1塁ランナーの北村も3塁を廻った。ボールはすでにサラダ商業のサードが手にしてたが、ホームベースががら空きだった。北村、万歳しながらホームイン。逆転… 5対4と一気に逆転となった。オレも唐沢もとも子も、そして箕島も、聖カトリーヌ紫苑学園のベンチは大はしゃぎとなった。
 ちなみに、こーゆー事態になった場合、ホームベースをカバーするのはファーストだろう。しかし、当のファーストはマウンドにいた。なんと、戸田が右ひざを押さえ、悶絶してるのだ。敵のファーストの気は、今行われている試合より、戸田の容態に行ってるようだ。
 タイムがかかると、キャッチャーもセカンドもサードもショートもマウンドに集まった。さらに担架も用意された。戸田はその担架に乗せられ、サラダ商業のベンチに下がった。そうとう痛そうだ。こりゃあ、交替だろう。しかし、数分後戸田がグランドに自分の足で戻って来た。大丈夫なのか? 痛めたところは軸足だぞ。向こうは代わりのピッチャーがいないのか?
 戸田は自分のひざの具合をたしかめるように、ピッチング練習を始めた。
     ※
 戸田には悪いが、やつのケガはこっちの大チャンスだ。だいたいピッチャーは、投げた瞬間から9人目の野手となる。それにピッチャー返しは、バッティングの基本だ。今のは一方的に戸田が悪い。さっきから2塁ベース上にいる森に執拗に罵声を浴びせてる観客がいるが、これは思いっきりお門違いだ。
 唐沢の3イニング目が気になる。バッターは途中からライトに入ってる武田。頼む、武田、追加点を獲ってくれ。
     ※
 戸田の1球目。完全な棒ダマ。武田が思いっきりバットを振り抜くと、タマは左中間の一番深いところへと舞い上がった。やったーっ、タイムリーヒット!! 追加点… と思った瞬間、サラダ商業のレフトが思いっきり手を伸ばし、そのタマに飛びついた。が、そのまま外野フェンスに激しく激突し、その場に倒れ込んだ。2塁塁審が慌ててかけつけ、アウトを宣告した。と同時に、両手で大きく「来い!!」のジェスチャーを見せた。
 再び担架が用意され、レフトが担架で運ばれて来た。どうやら、骨折か脱きゅうをしてるようだ。オレは真夏の真っ昼間だとゆーのに、それを見て一瞬寒気を感じた。なんでこいつら、ここまで命がけになれるんだ? もしかしたら、戸田はヒットを阻止するために、わざとひざに打球を当てた?…
     ※
 攻守交替となり、サラダ商業最後の攻撃となった。唐沢が平穏にあと3つアウトを獲ることができれば、我が聖カトリーヌ紫苑学園は甲子園行きの切符を手にすることとなる。しかし、一筋縄には行かないような気がする。相手は死に物狂いで来ている。唐沢の3イニング目も怖いし…
 グローブを手にしベンチを飛び出そうとすると、ふとオレのユニホームの端を掴む手が。とも子の手だった。とも子は「勝てますよね」と書いたスケッチブックをオレに見せた。
「ふふ、大丈夫、絶対勝てるよ」
 オレは心とは裏腹に、そう返事した。とも子はいつものにこっとした顔を見せてくれた。この笑顔のためにも、この回、どうしても0点に押さえないと…
     ※
 唐沢と北村は、前の回以上にていねいにピッチングを組み立てた。内角、外角、高め、低めと、慎重にコーナーをついた。サラダ商業打線も必死にファールで食らいついたが、なんとか2アウトとなった。あと1人、あと1人で甲子園に行ける…
     ※
 サラダ商業の6番バッターがバッターボックスに立った。唐沢、1球目。なんと、これが棒ダマだった。ここにきて集中力が途切れてしまったのか?
 カキーン!! バッターが思いっきりバットを振ると、打球は左中間に飛んだ。背走で打球を追うレフトの大空。しかし、大空の足が止まった。見送った?… ま、まさか、同点ホームラン?… いや、打球はフェンス一番上に当たった。大空がそのクッションボールをうまく処理し、バッターランナーは2塁止まりとなった。どうやらオレたちはまだ少し運が残ってるらしい。
 しかし、なんて粘り腰なんだ… サラダ商業は今まで本当に1試合に2点までしか獲れないチームだったのか?
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エースに恋してる第22話

2007年09月06日 | エースに恋してる
 2球目。またもや送りバントの構え。オレと中井ととも子がダッシュ。今度はバント。打球はオレの前に転がってきた。2塁に投げればアウトのタイミングだが、オレの障害が残る左腕ではむりっぽかった。しかたなく、打者走者を直接タッチアウトにした。
 こんなときにまた自分の弱点をさらし、ほれた女の足を引っぱってしまうとは… オレはつくづく情けない男だ。
     ※
 敵の9番バッター、戸田がバッターボックスに入った。やつもはなっから送りバントの構え。1アウトランナー2塁で送りバント… 同点や1点差ならわかるが、3点こっちが勝ってるとなると、フェイクかもしれない。しかし、送りバントの構えを見せてる以上、こっちもそれ相応の守備が必要となる。
 1球目。オレとも子がダッシュ。戸田がバットにボールを当てた。送りバント。いや、多少プッシュした。打球はとも子の頭上にふらふらと舞い上がった。とも子、ジャンプするが、打球はとも子がめいっぱいに伸ばしたグローブの先端をかすめ、とも子の背後にぽとりと落ちた。セカンドの鈴木がそのタマを拾うが、すでに手遅れだった。とも子の身長は145センチ。もしとも子に平均的な身長があったなら、ふつうに捕れた打球だった。どうやら、流れは向こうに行ってしまったらしい。
     ※
 1アウトランナー1塁3塁とピンチが広がった。オレは外野手以外のナインをマウンドに集め、緊急ミーティング。サードランナーはあきらめ、残り2つのアウトに専念するよう、みんなに指示を出した。
 ナインがそれぞれの守備位置に散った。ただ、オレだけはちょっとマウンドに残り、瞳でとも子に「頼んだぞ」と話しかけた。とも子は真剣な眼差しで「はい」と答えた。
     ※
 サラダ商業の打順は1番に戻った。このバッターも初球からバントの構え。仮にスクイズされたとしても3対1。こっちにはまだ2点の余裕がある。慌てる必要はまったくない
 1球目。バッター、初球からスクイズ。とも子が落ち着いて打球を処理し、1塁でアウト。この間に3塁ランナーが生還し、今大会ずーっと続いていたとも子の自責点0は、ここで途切れた。
 2アウトとなったが、ランナーがまだ2塁に残ってる。油断は禁物だ。
     ※
 続くバッターの初球、とも子は外角低めにカーブを投げた。ボールゾーン。撃ちに行くバッター。こんなタマを撃ったって、ヒットにはならないだろうに。が、バットの先でうまく捉えた。打球は12塁間へのハーフライナーとなった。まずい、こりゃ、ヒットになる… オレはそのボールめがけ、思いっきりダイビングした。空中でめいっぱい手を伸ばすと、長いファーストミットの先っぽにボールが引っかかった。やった!! が、しかし、身体が地面に落ちた瞬間、そのショックでミットからボールがこぼれ出てしまった。
 2塁ランナーの戸田が、一気に3塁を廻った。オレが落としたボールをセカンドの鈴木が掴み、バックホーム。微妙なタイミング… が、セーフだった。
 なんと、こんな大事なときにまたオレのミスが出てしまった。オレは直接マウンドに行き、とも子に謝った。
「ごめん、とも子…」
 とも子は首を横に振り、そしていつもの笑顔を見せてくれた。オレはこのかわいい笑顔に何度救われたことか…
     ※
 続く3番バッターはとも子の4球目を捉えた。カキーン!! かなり大きな当たり。が、レフト大空の守備範囲だった。とも子の今の投球は、ぜんぜん覇気がなかった。もし桐ケ台高校か城島高校の3番バッターだったら、間違いなくスタンドに運ばれてたと思う。
 オレたちナインがベンチに帰ると、監督が唐沢に声をかけた。
「唐沢、3イニング行けるか?」
「もちろん」
 唐沢は間髪入れず返答した。どうやらとも子を替える気らしい。しかたがないか… しかし、唐沢のやつ、本当に3イニング持つのか?
 とも子はベンチの端っこにどかっと腰を降ろすと、珍しく放心状態に陥ってしまった。初失点にかなりショックを受けたのか、それとも、限界以上に疲労してしまったのか… 何か声をかけようかと思ったが、いい言葉が浮かんでこないのでやめた。今できることと言えば、サラダ商業に勝つことのみ。
     ※
 3対2、1点差。追い上げて来たら、その分突き放すのが勝利のセオリー。オレはスコアラーに声をかけた。
「戸田、今何球投げてる?」
「69球です」
 69球か… 1・2回は初球撃ちをくり返し、3回以降はフォークボールにきりきり舞いさせられたが、これしか投げさせてなかったとは… でも、今のホーム突入で戸田のスタミナはかなりすり減ったはず。それに、この暑さ。戸田もそうとうこたえてると思う。サラダ商業は戸田のあとのピッチャーがいない。戸田がダウンすればおしまいだ。よーし、ここは敵さんに習って、やつのスタミナを奪う作戦に出よう。
 オレは円陣を組ませ、戸田にできるだけタマ数を投げさせるよう、みなに指示した。
     ※
 7回表。この回、うちの先頭バッターは北村。1球目、フォークボール、空振り。戸田のフォークボールは、まだ十分切れてるようだ。
 2球目、フォークボール、空振り。3球目、またもやフォークボール。しかし、北村は今度はバットに当てることができた。ファール。いくらフォークボールが切れてても、3つも連続して投げれば、自然と目が慣れてくる。4球目、フォークボール、ファール。5球目、フォークボール、ファール。北村は必死に食らいついた。
 6球目、戸田はついにフォークボール以外のタマを投げた。高めの棒ダマ。しかし、フォークボールしか意識てなかった北村は、外野フライを撃ち上げてしまった。戸田の投げるフォークボール以外のタマは、ほとんどが棒ダマだ。もし、もう少し北村のバッティングに余裕があったら、今のはヒットになってたと思う。こりゃあ、戸田は撃ち崩せるかも…
     ※
 続く箕島がバッターボックスに立った。1球目、フォークボール、空振り。2球目、フォークボール、空振り。3球目、フォークボール、ファール。4球目、フォークボール、ファール。ふっ、能のないバッテリーだ。3球目に高めのボールを投げておけば、4球目のフォークボールでかんたんに撃ち取れるとゆーのに。
 5球目、またもやフォークボール。箕島は今度は前に飛ばしてしまった。ショートゴロ。でも、5球投げさせた。
 続くバッターは、とも子の代打、武田。武田も粘り、5球投げさせた。この回、戸田は16球投げた。計85球。戸田も連投で来てる。そろそろスタミナが切れるころだと思う。
     ※
 攻守交替。オレがグローブを取ろうとしたそのとき、ふととも子と顔が合った。とも子はまだ青ざめた顔をしてたが、オレに気づくと、また例の笑顔を見せてくれた。
「行ってくるよ」
 そうとも子に声をかけ、オレはベンチを飛び出した。
     ※
 マウンドに唐沢が立った。唐沢が3イニングを押さえ切れば、オレたちの勝ちとなる。オレは規定の投球練習を終えた唐沢に声をかけた。
「残り3イニング、頼んだぞ」
「ふふ、全部三振に斬って取りますよ」
 おまえ、撃たして取るタイプのピッチャーだろ? まったく、こいつ、口だけは達者なんだから…
 唐沢に対し、サラダ商業打線はまたもやファール作戦できた。しかし、キャッチャーの北村だってバカじゃない。左右、高低、うまくピッチングを組み立て、サラダ商業打線を15球で3者凡退に斬って取った。
     ※
 8回の表、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。この回は1番の渡辺から。渡辺は1回の大飛球にうぬぼれ、それ以降大振りをくり返したが、この回はどうだろう。オレは注意することも考えたが、あえて渡辺の自主性に任せた。
 1球目、フォークボール。渡辺はコンパクトにバットを振り、ファール。2球目、フォークボール。やはりファール。渡辺はオレが期待してる通りのバッティングをしてくれてるようだ。
 3球目、フォークボール、ファール。4球目… 結局渡辺は、戸田に7球フォークボールを投げさせ、内野ゴロに倒れた。ナイス、渡辺。
 続く大空は、器用さを活かし、9球を投げさせた。唐沢も7球。これで戸田がタマ数は108となった。やつもそうとうへろへろだろう。次の回、たくさん点を獲ってやる。
     ※
 8回の裏、この回のサラダ商業打線もファールで粘りに粘るが、唐沢がていねいにコーナーをつき、2アウト。続く9番バッターの戸田も、あっとやー間に2ストライクに追い込んだ。
 3球目、戸田、またもやファール… のつもりだったらしいが、ボールはインフィールドへ飛んだ。サード後方への飛球… これは城島高校との練習試合で箕島が醜態をさらしてしまった飛球とほぼ同じ方向だった。全速力で回り込む箕島。しかし、1歩足りず、タマは芝生に落ちてしまった。
 箕島はボールを持ったまま、マウンドに駆けて来た。
「す、すみません…」
 箕島は謝りながら唐沢にボールを手渡した。
「気にすんな。今のはしょうがないだろ」
 唐沢のゆーとーり、今の飛球は低く、その分滞空時間が短かった。こりゃあ、しかたがないと思う。でも、もうちょっとうまいショートだったら捕れてたかもしれない… 唐沢は精神的にブチンと切れてしまうことがよくある。ここは捕ってほしかった。ま、今さらそんなこと言ってもしょうがない。ここは万全に守ってやろう。
     ※
 次のバッターも、やはり初球からファール狙い。が、その打球が測ったかのごとく、1塁線上を転がって来た。オレは落ち着いて打球を正面から処理しようとした… が、なんと打球が1塁ベースに当たり、ピョンと跳ね上がった。次の瞬間、オレの左目にその打球が飛び込んできた。うぐっ… 昨日の城島高校の佐々木のひざ蹴りが、一瞬オレの脳裏を横切った…
 ふと我にかえると、オレの目の前にタマが落ちていた。すぐにそのタマを拾い上げたが、バッターランナーはすでに1塁ベースを駆け抜けていた。はっとして2塁ベースを見ると、1塁ランナーの戸田は、2塁に止まっていた。よかった… もし3塁に走られていたら、今のオレの腕じゃ、完全にセーフだったと思う。ちっとは運が残ってるらしい。しかし、なんてアンラッキーなゴロだったんだ。箕島がヘマすると、なぜかオレが続いてしまう。なんでだ?…
 オレもボールをを持ったまま、直接マウンドに向かった。そして、唐沢にこう言いながらボールを手渡した。
「すまん、唐沢…」
 唐沢はちょっと「あきれた」とゆー表情を見せ笑った。どうやら怒ってはないらしい。よかった、マウンドに立つと切れやすくなってしまうやつが、ここで切れてしまったら大変だ。
 しかし、2アウトランナー1塁2塁。ランナーがスコアリングポジションに到達してしまった。ここで内野手の間を抜けるようなゆるいヒットを撃たれると、2塁ランナーが一気に帰ってくる可能性がある。そうなれば同点だ。オレはそれを考え、3人の外野手の守備位置を前進させた。
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エースに恋してる第21話

2007年09月04日 | エースに恋してる
 1回の裏、とも子がマウンドに立つと、すごい大声援が沸き起こった。もともととも子は人気ものだったが、心臓停止からたった1日で復帰してしまったことが、より人気を高めてしまったようだ。しかし、これで正体がばれてしまったら、いったいどうなってしまうんだろう?…
 とも子の1球目。例の回転しない重いストレート。サラダ商業の1番バッターはファール。当てるのがやっとだった。
 ちなみに、今とも子が投げた重いストレートは、戸田の落ちないフォークボールとどことなく似ているが、とも子のタマは低めによくコントロールされてるうえ、速度もあるから、ヒットになる危険性はまったくないと断言できる。
 2球目。また低めの重いストレート。またファール。3球目、今までのパターンだと外角低めにカーブを投げるが、やはりパターン通りのカーブを投げた。しかし、敵はファールで逃げた。4球目、重いストレート、ファール。5球目、重いストレート、またもやファール。
 しびれを切らしたらしく、6球目は切り札の豪速球を投げた。しかし、これもファール。敵も粘っこいが、うちのバッテリーも能がないと思う。
「とも子」
 オレはとも子に声をかけると、グローブで隠しながら胸の前でカーブの握りを作って見せた。それを見たとも子はうなずくと、大きなカーブを投げた。今度はバットにボールがかすりもせず、空振り、三振。あの豪速球のあと大きなカーブを投げられたら、どんな粘っこいバッターでも、たいてい空振りとなる。
     ※
「タイム!! キャプテン、ちょっと」
 北村がタイムをかけると、オレに声をかけながら小走りでマウンドに向かった。マウンド上でとも子とオレと北村が会した。北村はちょっと不機嫌なようだ。
「キャプテン、なんで横やりを出すんですか? これからはすべてボクに任せると言ったじゃないですか!?」
「横やりってなあ… おまえ、少しは頭を使えよ。全部ストライクじゃんか。少しはボールを散らせよ」
「え? この気温ですよ。ともちゃんのスタミナを考えたら、どんどんストライクを獲りに行かないと!!…」
 ふっ、一理ある意見だな。だからと言って、ストライクばかり投げさせるのは間違ってる。
「いいか、北村、要所要所にボールを入れピッチングを組み立てるのも、キャッチャーの重要な役割だぞ。安易にストライクばかり投げさせるな」
 北村は怒った目つきでオレをにらんだ。な、なんだよ、こいつ? 北村はくるっと振り返ると、そのままキャッチャーボックスに戻った。
     ※
 サラダ商業の2番バッターがバッターボックスに立った。1球目、いきなりセーフティーバントの構え。オレととも子と中井がダッシュするも、見逃し、ストライク。2球目、今度はセーフティーバントの構えからヒッティング。低めの重いストレートをファール。どうやらこいつもとも子のスタミナを奪う作戦らしい。
 とも子が北村のブロックサインをのぞき込んだ。いつものとも子だったらそれに黙って従うのに、なぜかとも子は首を横に振った。次のブロックサインにも首を横に振った。その次のブロックサインにも首を横に振った。しびれを切らしたのか、北村は立ち上がり、首を傾けた。そして再び座ると、ブロックサインを出した。とも子は今度はうなずいた。
 北村はオレの忠告を無視しようとしてるらしいが、とも子は受け入れようとしてるらしい。だから2人の呼吸が合わないようだ。しかし、ここはとも子の方が我を通したようだ。
 で、3球目。なんと、いつものパターンである外角低めのカーブだった。が、いつもよりは外、明らかなボールダマ。しかし、バッターは手を出し、空振りしてくれた。さすがはとも子、効果的なボールの使い方を知ってる。もしかしたら、おじいちゃんの試合を見て覚えたのかも…
     ※
 サラダ商業の3番バッターに対し、とも子は今度も重いストレート2球で2ストライクを獲った。3球目のサインの交換。しかし、とも子はまたもや首を振った。1回、2回、3回…
 北村がまたしびれを切らして立ち上がった。さっきはマスクを取らなかったが、今度はマスクを取り、困惑そうな表情を見せた。するととも子は、ブロックサインを出した。いや、違う。これは手話だ。それを見た北村はにが笑いを見せ、手話で返答をした。するととも子は、いつもの明るい笑顔を見せた。これはとも子流の「はい」の返事だ。北村も笑顔を見せ、マスクをかぶった。
 とも子の機転で北村の機嫌は回復したようだ。ふふ、さすが、年上のお姉さまだ。しかし、いったいどんな会話を交わしたんだろう?…
 3球目。さっきと同じ外角低めのカーブ。今度は見逃し、ボール。4球目、今度は内角高めに豪速球を投げた。バッターはまったく手を出すことができず、三振。外角低めにカーブを投げられた直後、あの豪速球を胸元に投げられたら、オレでも絶対手が出せないと思う。3球目のカーブは、実はかなり効果的なボールだったのだ。
 攻守交替。ベンチに戻る途中、北村の顔を見たが、北村の顔にはもうわだかまりは残ってないようだ。野球部内で何度か衝突の危機が発生したが、全部とも子の機転で解決してた。とも子は肉体の方は超人だが、もしかしたら頭脳の方も超人なのかもしれない。
     ※
 2回の表、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。打順は一巡し、1番の渡辺から。前の打席ホームラン寸前の大飛球を放った渡辺は、撃つ気まんまんだ。
 戸田、1球目。渡辺はまた初球から撃つ気だ。当たったら絶対ホームランになるような大振り。しかし、打球はショートへの弱いゴロとなった。
 どうやら、今のもフォークボールだったらしい。前の回はほとんど落ちてなかったが、今回はわずかながら落ちていた。内野ゴロになったのはそのせいだ。
 続くバッターの大空も初球撃ち。やつは2番バッターらしく、押っつける打法を見せた。ちょっとおもしろい当たりになったが、セカンドへのハーフライナーに終わった。前の回、戸田のタマはふわふわと浮いてたが、今のタマは低めによく押さえられていた。その分、ヒットにならなかったんだと思う。
 どうやら戸田のタマは、本来の光を放ち出したようだ。やつが完調になる前に、もっと点を獲っておいた方がいいと思う。オレはネクストバッターサークルから唐沢を呼びよせた。で、耳打ち。
「唐沢、戸田のフォークボールに気をつけろ。前の回は落ちてなかったが、今は落ちてるぞ」
「ふふ、わかってますよ」
 こいつ、ほんとうにわかってるのか?
 唐沢への1球目。しかし、やはり唐沢も1球目から振ってきた。しかも、渡辺同様、大振り。あっけなくピッチャーゴロに終わってしまった。
 我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、ここまで延べ12人が打席に立ってるが、敬遠フォアボールだった北村ととも子以外は、初球撃ちだった。とも子は3球三振だったから、なんと戸田は、まだ17球しか投げてないことになる。3点も獲ってるのにこんなことしてたら、戸田に勢いを与えてしまう。みんな、もっと考えて撃てよ。
     ※
 2回の裏、サラダ商業の4番バッターが打席に立った。とも子の1球目、低めの重いストレート、ファール。2球目、低めの重いストレート、ファール。3球目、外角低めのカーブ、ボール。そして4球目。とも子は前のバッターと同じ、内角高めに豪速球を投げた。しかし、これもファール。前のバッターと同じ組み立てじゃ、どんなにいい組み立てをしても、ファールで逃げられてしまう。もうちょっと工夫して欲しい…
 5球目、カーブ。しかし、これがど真ん中に入ってしまった。危ない… が、敵バッターはまたもやファールで逃げた。こいつら、ファールを撃つことしか眼中にないのか?
 たしかにとも子には、スタミナの不安がある。でも、うちにはクローザーの唐沢がいる。唐沢は1イニングなら完璧に締めることができる。たぶん、2イニングもOKだろう。今日とも子は、7回でお役御免となる。1イニング15球投げたとしても、7回までだったら100球とちょっと。とも子は110球までなら、十分に投げ切れる自信がある。こいつらの作戦は、徒労に終わるはずだ。
 6球目。今度は高めのボールゾーンの豪速球。バッターは思わず手を出してしまい、三振。続く5番バッターと6番バッターも、なんとかとも子のタマに食らいつこうとするものの、それぞれ4球で撃ち取られ、3者凡退。この回のとも子の投球数は14。前の回も14。計28。この調子なら、7回を完璧に押さえられるはずだ!!
     ※
 それでも、もっととも子を楽にしてやりたい。3回の表、先頭バッターのオレが打席に立った。
 戸田、1球目。低めだが、撃ちごろのタマ。しかし、オレはあえて見逃した。案の定、フォークボールだった。しかも、前の回より落ちてた。どうやら戸田は、完調になってしまったらしい。しかし、なんて鋭角的に落ちるフォークボールなんだ。サラダ商業は2点しか獲れない打線でよく決勝戦まで勝ち上がって来たものだと関心してたが、このフォークボールを見てなんとなく納得できた。
 2球目も、3球目もフォークボール。オレはぎりぎりまで引きつけてバットを振ったが、かすりもしなかった。3球三振。続く中井と鈴木もフォークボールにかすりもせず、3球三振だった。
 その後も我が聖カトリーヌ紫苑学園打線は、戸田のフォークボールに三振をくり返した。初回のへたれダマのイメージがどこかに残ってるらしく、それが戸田を助けてしまってるようだ。
 しかし、こいつ、5球に4球はフォークボールを投げてやがる。フォークボールを武器にしてるピッチャーはプロにはいくらでもいるが、ここまで使ってるピッチャーはほとんどいないと思う。フォークボールは豪速球とコンビネーションすることでさらに効果が増す。が、戸田のストレートは、スピードも切れもまったくない。だからフォークボールに頼るしかないのだろう。
 一方、とも子もサラダ商業打線のファール作戦をうまくかわし、5回までパーフェクト。こりゃあ、7回と言わず、いつもの8回まで行けるかもしれない。
     ※
 回は6回の裏、サラダ商業の攻撃。打順は下位7番から。2ストライク1ボールと追い込んだ4球目。敵バッターはまたファールで逃げるかと思いきや、なんとバントしてきた。とも子、猛然とダッシュしてそのタマを素手で拾おうとするが、手につかず、初安打を許してしまった。
 ふと見ると、とも子は肩で息をしてた。呼吸もハァハァと荒くなってた。こんなの、初めてだ。まだ70球しか投げてないのに…
「大丈夫か?」
 とも子はいつものように笑顔を見せることで「はい」と答えた。いや、そう答えたつもりらしいが、どう見てもその笑いには生気がなかった。
そのとき、オレは重大な計算違いをしてることにはっと気づいた。気温… とも子はここまでずーっと曇り空の下か小雨の中で投げてた。今年の梅雨は掛け布団が必要なくらい寒い日が続いてた。その陽気がとも子のスタミナを助けてたのかも… しかし、今日のギラつく太陽、それに連投… おまけに、昨日とも子は心臓が止まってた。いつもなら100球くらいまでならOKだが、こりゃあ、今日に限っては、70球が限界だったかも…
 しかし、唐沢は2イニングが限界だと思う。とも子にはもうちょっとがんばってもらうしかなかった。
     ※
 サラダ商業の8番バッターが打席に立った。はなっから送りバントの構え。1球目。ファーストのオレとサードの中井に加え、投球直後のとも子も猛然とダッシュした。が、見送り、ストライク。
 マウンドに帰るとも子の足が、どことなく重たく見えた。とも子をなんとか元気づけないと… オレはとも子に駆け寄り、耳打ちをした。
「勝ったら、えっちしような」
 とも子は顔を赤らめ、そしてオレの顔を見てにが笑いをした。
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エースに恋してる第20話

2007年09月02日 | エースに恋してる
 園長は助手席に乗った。どうやら気をきかせてくれたらしい。広い後部座席は、オレととも子だけのスペースとなった。とも子は妙にそわそわしてた。自分の正体がばれてしまったうえ、フィアンセの孫と隣り合わせになってるせいだと思う。40年近くオレのおじいちゃんと結婚することだけを夢見て眠ってたんだろうな。肝心なおじいちゃんが死んでたとなると、やっぱ孫のオレが代わりを務めなくっちゃいけないのかな?…
 ともかく、このまま無言はまずいと思う。何かしゃべらないと…
「あ、あの…」
 い、いかん、話のネタが浮かんでこない…
 ふととも子がマイクみたいな機械を取り出し、その先端を喉に押し当てた。次の瞬間、強いエコーがかかったとてもかわいい声が車内に響いた。
「どうしたんですか、キャプテン? そう硬くならないでください」
「しゃ、しゃべれるんですか?」
「敬語はやめてください。私はキャプテンと同じ18歳です。それにあなたは、チームのキャプテンですよ。
 このデジタル補声器を使えば、私は話すことができます。今は立ち入った話をしないといけないのでこれを使いますが… 私、このロボットみたいな声がいやなんです」
「そ、そんなことないですよ、とってもかわいいですよ!!」
「ふふ、ありがと。でも、キャプテン、敬語はやめてくださいね」
「あは、す、すみません…」
 同じ年だと言われても、おじいちゃんと同年代じゃ、どうしても敬語になっちゃいます。
 その後、彼女といろんな話をした。正体を明かしたことで、制約がなくったのだろう。おじいちゃんのこと、甲子園のこと、積もる話を全部吐き出してくれた。と、なぜか突然、とも子がいつものように筆談で話しかけてきた。今は口がきけるとゆーのに?
「あの、約束、忘れてませんよね?」
 約束?… おじいちゃんととも子がかわした約束、つまり、甲子園で優勝することと、結婚すること? 甲子園の話は今してたから、結婚の方かな?
「いいですよ、結婚しましょう」
 と、とも子は首を横に振った。どうやら、見当違いだったらしい。とも子はほおを赤く染めながら、筆談用のノートに書いた。
「抱いて」
 ふふ、そういや、そんな約束してたんだっけ。しかし、またえらく大胆なことを書いたなあ…
 とも子が引き続きノートに書いた。
「私、結婚はできまないと思います」
「えっ、どうして? 戸籍がないから? なら、戸籍が回復するまでいっしょに暮らせばいいじゃないですか」
 ふととも子が唇に人差し指を当て「しー」のポーズをとった。いっけねぇ、前に2人乗ってるんだっけ。
 とも子は再びノートに書いた。
「私、もう人間じゃないんです」
 オレは唖然としてしまった。「どうして?」と訊きたかったが、とも子が悲しい目を見せてるので、何も訊けなかった。
 考えてみたら、とも子にはまだ大きな疑問が残ってた。こんな小さな身体なのに、なんであんなにすごい豪速球を投げられるか、とゆー部分。とも子は15歳のときに難病が発症し、18歳のときに眠らされた。長い眠りから醒めたのは、半年前。今のとも子にそんなにすごい筋力があるはずがないと思う… とも子は眠ってる間に超人になってしまったのだろうか?
 訊いてはみたいが、今は訊くタイミングじゃないと思う。
     ※
 リムジンが球場に着いた。オレと「生田智子」がロッカー室に入ると、昨日と同じように聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインはすでに着替え終わっており、いつでもグランドに立てる体勢になっていた。ただ、昨日のような重苦しい雰囲気はぜんぜんなかった。みな笑顔で出迎えてくれた。約1名を除いて。
「おや、キャプテン、今日も重役出勤ですか?」
 その声はもちろん唐沢だった。そーいや、こいつ、昨日試合中に退場になったのに、今日の出場はOKなのか? ま、あれは常識的に不問だろうな。
 今オレたちが入ってきたドアの向こうから声が響いてきた。園長の声だ。
「ちょっと入っていいかしら?」
「どうぞ」
 ドアが開き、園長と清涼飲料水の段ボール箱を抱えた運転手さんが入ってきた。園長の陣中見舞いをみな笑顔で出迎えた。ふと、とも子がセカンドバッグを園長に手渡した。どうやらあのマイクみたいな機械は封印するらしい。あれ、とってもかわいい声なんだけどな…
     ※
 いよいよ決勝戦の時間となった。グランドに出ると、病院を出たときに感じた以上の強い日差しを感じた。野球はお天道様の下でやるものだが、ここまで晴れてしまうとグランドの温度が高くなるので歓迎できない。とも子にはそれと言って欠点はないが、唯一スタミナに不安がある。ここまで我がチームは、8回までとも子が投げ、最終回は唐沢が押さえてたが、今日は監督の発案で、7回までとも子が投げ、残り2イニングを唐沢が押さえることになった。とも子のケガを考りょしてのことだが、この天候だと賢明かもしれない。
     ※
 敵のサラダ商業は、我が聖カトリーヌ紫苑学園と共通点が多かった。うちは野球部創設3年目だが、敵は高校創設4年目。うちのエースのとも子はここまで自責点0だが、敵のエース戸田も自責点0。
 しかし、サラダ商業はここまで相手に恵まれてたようだ。もっとも点を獲った試合で2点。それに対し、こっちは桐ケ台高校に6対0と大勝してるうえ、コールド勝ちもあった。戸田はここまでたった1人で投げ抜いてるようだが、こっちにはクローザーの唐沢がいる。どう考えても、実力はこっちの方が数段上だ。
 ちなみに、戸田の身長は160センチほどしかないようだが、ものすごいフォークボールを投げるらしい。このフォークボールをいかに撃つかが、我がチームの勝利のカギとなりそうだ。
     ※
 ギラギラと輝く真夏の太陽の下、いよいよ決勝戦が始まった。
 先攻は我がチーム。1番バッターの渡辺がバッターボックスに立った。プレイボール。
 戸田の1球目。なんとそれは、とてつもない棒ダマだった。初球から積極的に撃っていくタイプの渡辺が、これを見逃すはずがなかった。
 カキーン!! 打球は左中間の一番深いとろこへ飛んで行った。完全にホームラン性の当たり… しかし、フェンスぎわで打球の勢いがなくなり、ぽとりと落ちた。渡辺は立ったまま3塁ベースに到達したが、やつもホームランだと思ったんだろう、3塁ベース上で首をかしげてた。しかし、3塁打は3塁打。いきなりの大チャンスとなった。
     ※
 続く大空は、初っぱなからスクイズの構え。1球目。ファーストとピッチャーがスクイズ阻止へ思いっきりダッシュしてきた。しかし、うちの監督のサインは、バントと見せかけてヒッティングするバスターだった。
 カキーン!! するどい打球がライト前に転がった。3塁ランナーの渡辺は、手を叩きながらホームイン。なんと、ここまで自責点0だった戸田から、たった2球で先取点を挙げてしまった。流れは完全にこっちだ。今ならもっと点が獲れるはずだ!!
 続くバッターの唐沢も、初球を狙い撃った。大飛球がレフトの頭上を襲った。今度こそホームラン… しかし、若干飛距離が足りず、フェンス直撃となった。これでノーアウトランナー2塁3塁。ここで打順はオレとなった。
     ※
 しかし、渡辺と唐沢の大飛球が気になる… 両方とも完全にホームラン性の当たりだったのに、なぜかフェンス手前で失速していた。もしかしたら、両方とも打球が回転してなかったのかも? 打球は回転してないと揚力が発生しないので、思ったよりより打球が伸びない。ちなみに、打球が回転してなかったってことは、戸田が投げたタマも回転してなかった、てことでもある。フォークボールはほとんど回転がかかってないタマだから、もしかしたら、戸田はフォークボールを投げてるのかもしれない…
     ※
 オレへの1球目。またもや棒ダマ。オレは思いっきり振り抜いた。カキーン!! 打球は大きな放物線を描き、大空に舞い上がった。しかし、やはりフェンス手前で失速、あらかじめ後ろに守っていたセンターのグローブに収まってしまった。
 やはり戸田は、フォークボールを投げてるようだ。が、ぜんぜん落ちてない。こうなるとフォークボールは、ただの撃ちごろのタマになってしまう。ただ、あまりボールが回転してないので、ホームランだけにはならないようだ。
 タッチアップで3塁から大空が帰ってきた。これで2点目。戸田は完全に不調だが、ピッチャーはちょっとしたきっかけで好調になることもある。とも子のためにも、ここはもっと点を獲っておかないと…
     ※
 続くバッターは中井。中井も初球からヒッティング。センター前ヒット。2塁ランナーの唐沢は3塁に止まり、1アウトランナー1塁3塁。次のバッターの鈴木も初球流し撃って、ライト前ヒット。唐沢が帰り、3点目。なおも1アウトランナー1塁3塁。戸田は完全にあっぷあっぷだ。こりゃあ、きっともっと点が獲れるぞ!!
 次のバッターは北村。北村は押せ押せムードの中バットを構えた。しかし、敵キャッチャーは座ってくれなかった。敬遠である。
 敵さんはよくデータを収集してるらしい。次のバッターの箕島は、あの桐ケ台高校の岡崎から2点タイムリーヒットを撃ってるのだが、実はそれ以降、1本もヒットを撃ってないのである。
     ※
 1アウトランナー満塁。箕島がバッターボックスに立った。城島高校戦の土壇場でヒットを撃った森に代える手もあるが、まだ試合は始まったばかりだ。それに、すでに3点を先制してる。ここは箕島に任せることとしよう。
 初球、またもや高めの棒ダマ。箕島がバットを振ると、打球は鈍い音を残しふらふらっと舞い上がった。サード後方へのフライ。こりゃあ、岡崎から奪ったヒットとほぼ同じ飛球… いや、今度の方がよりファールラインに近く、ぽとりと落ちそうな雰囲気。敵ショートがいちかばちかのダイビングキャッチ。なんと、そいつのグローブに飛球が収まってしまった。こいつはアンラッキーだ。3塁ランナーの中井はヒットになると思ってたのか、離塁が大きく、慌てて3塁ベースに戻った。もしはなっからタッチアップする気があったなら、十分できるタイミングだった。これもアンラッキーだった。
 次のバッターはとも子。とも子は城島高校戦でヒットを撃ってるが、ここはピッチングに専念してもらいたく、いつものようにバッターボックスの一番外側に立つよう、指示を出した。で、素っ気なく三振。長かった聖カトリーヌ紫苑学園の1回表の攻撃が、これでようやく終了した。
 ちなみに、サラダ商業打線は今大会ここまで最大2点しか獲ってない。それに対し、我が聖カトリーヌ商業学園は、もう3点も獲ってしまった。完全な楽勝ペースである。
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エースに恋してる第19話

2007年09月01日 | エースに恋してる
 タクシーが病院に着いた。オレと北村が病院の自動ドアを開けると、そこには信じられないものが待ち受けていた。待合室の長いすに座ってる、薄い青色の浴衣みたいな服を着ている少女… それは間違いなくとも子だった。生きてた… とも子は生きてたんだ!!
「ともちゃん!?」
 とも子はオレと北村に気づくと、立ち、いつもの笑顔を見せてくれた。オレと北村は安堵のあまり急に力が抜けてしまい、ふにゃ~とした顔になってしまった。
 しかし… 心臓が一度止まったとゆーのに、こんなところにいてもいいのか?
「と、とも子、なんともないのか?…」
 すると、とも子の横に座ってた白衣の女性が立ち上がった。どうやら、担当の女医さんらしい。
「いい救急救命士が救急車に乗ってたみたいね。ここに着いたときは、もう元気になってたわよ」
「で、でも、こんなところに立たしておいたら、まずいんじゃないですか?」
「それがね… この子、あなたたちが来ると聞いたら、どーしてもって、ここに来ちゃったのよ。まだ安静にしてなくっちゃいけないのに…」
 ふっ、とも子、むりすんなって。
「ところで、あなたたち、なんなの? 傷だらけじゃない… 診てあげるから、ちょっと診察室に来なさい」
 そういや、オレも北村も満身創痍だったんだっけ。オレと北村は女医さんに診てもらうこととなった。
     ※
 で、診断結果だが、北村の方は軽症だったが、オレの方は脳波に異常が出てしまった。で、強制入院。明日朝受ける精密検査でまた脳波に異常が出たら、明日の決勝戦出場はおじゃんになってしまう。
 ちなみに、とも子も明日朝精密検査を受け、お医者さんの許可をもらわないと、マウンドに立てないことになってる。とも子とオレが決勝戦に出られないとなると、我が聖カトリーヌ紫苑学園の甲子園行きは、絶望的…
 ま、今さらじたばたしてもしょうがない。今日は早く寝て、明日の精密検査に備えることにしよう。
     ※
 しかし、こんなときはたいてい寝付けないものである。ふと時計を見たら、まだ10時。オレはちょっと尿意をもよおし、トイレに立った。
 トイレの帰り、オレはふと気になる名札を見つけてしまった。石川とも子。たしか「澤田とも子」は一時期「石川とも子」だったような…
 オレは何かに導かれるように、その名札が掛かったドアを開けた。
     ※
 そこは個室の病室だった。くの字に折れたベッドに横になっている患者が本を読んでいた。オレと同年代の女性のようだ。その人物がオレを見た。
「どなた?」
 その瞬間、オレの身体にに衝撃が走った。オレの脳裏に焼き付いてる顔… そう、あの事故のとき、向こうのクルマに乗ってた少女の顔… その顔と瓜二つの顔が、今オレの目の前にあるのだ。
「あ、あの… どなたですか?…」
 彼女は再度訊いてきた。しかし、オレは何も言えなかった。ただフリーズしてるだけだった。あ、あの子は生きてたんだ…
「キミ、何やってんだっ!?」
 オレはその罵声で、やっと我に返ることができた。オレは振り向き、その声の持ち主である男性看護士の顔を見た。
「す、すみません…」
「出て行きたまえ!!」
 オレはその看護士に促され、廊下に出た。
     ※
「いったいなんのつもりだ?」
 廊下に出ると、あらためて看護士の説教が始まった。ちょうどいい。ちょっとさぐりを入れてみるとするか。
「す、すみません、幼なじの名前を見つけたもんで、つい…
 あの~、彼女、交通事故で入院したのは知ってましたが、まだ治ってないんですか?」
「ああ、見ての通りの寝たきりだ」
 オレは「石川とも子」と書かれたドアの名札を視線で指し示した。
「彼女、今澤田って苗字になってるはずなんですが…」
「ああ、詳しいことは言えないが、なんか複雑な家庭の事情があるらしいな」
「複雑な家庭の事情ですか…。
 そう言えば、彼女の両親は、入院費を1銭も払ってないとゆーうわさがあるんですが、ほんとうなんですか?」
「ああ、でも、なんとかとゆー高校が代わりに払ってるらしい…」
 高校が肩代わりしてる? て、まさか…
「もしかして、その高校って、聖カトリーヌ紫苑学園じゃ?」
「ああ、そういや、そんな名前だったなぁ…」
 学園があの子の治療費を肩代わりしてる?… な、なんで?…
     ※
 オレは自分に与えられた病室に戻ると、どかっとベッドに寝転んだ。
 ずーっと心配してたあの子は生きてた。それに、とも子はあの子とは別人だった。ほっとできるところなのに、なんかそんな気分にはなれなかった。
 なんで聖カトリーヌ紫苑学園は、彼女の入院費を肩代わりしてるんだ? そういや、とも子のあの部屋も、学園が借りてるんだっけな… だいたいとも子の名前は、ほんとうに「澤田とも子」なのか? あの子と同姓同名? いや、そうじゃないだろう。絶対裏になんかある。
 ああ、せっかくあの子と巡り会えたってゆーのに、また頭が混乱してきた…
     ※
 翌朝、オレは頭部CTスキャンや脳波測定など、いろんな検査を受けた。一通りの検査を受けデイルームと呼ばれる控室に行くと、そこにはとも子がいた。とも子も一通りの検査を受けたらしい。とも子もオレも、あとは検査結果を待つだけとなった。
 と、そこに園長が現れた。
「おはよう。もう検査は済んだようね」
 オレととも子は園長にあいさつした。と、そのとき、オレの心の底から沸き上がるものがあり、それがストレートに声になってしまった。
「昨夜、石川とも子に会いました」
 園長ととも子がはっとした。ちょっと無言が続いたあと、園長はぽつりと口を開いた。
「会ってしまいましたか…」
 園長はとも子の顔を見た。
「どうします?」
 とも子は真剣なまなざしでうなずいた。
「わかりました。じゃ、ちょっと私の昔話をすることとしましょう」
 どうやら、真実を話してもらえるらしい。思わず口から出てしまった言葉が、吉と出たようだ。
「中学生のとき、私はあなたのおじいさんに一目ぼれしました。でも、彼にはすでに彼女がいました。生田智子とゆー、それはそれはとてもかわいい女の子でした。私は蔭からあなたのおじいさんを見てるしかありませんでした。
 でも、中3のとき、不幸が起きました。生田さんは青斑病とゆー病気になり、入院したのです。青斑病は身体のすべての機能がじわじわと衰え、死に至るとゆー、とても恐ろしい病気です。当時この病気の治療法はありませんでした。私はチャンスだと思い彼に何度も近づいたのですが、彼は閑を見つけては生田さんをお見舞いし、結局私は彼を振り向かせることはできませんでした。
 あなたのおじいさんは高校生になっても、何度も生田さんに会いに病院に行ったようです。私も一度、お見舞いに行ったことがありましたが、そのとき、とんでもないことを聞いてしまいました。2人は2つの約束をしてたのです。
 1つは、生田さんのために甲子園に出て優勝すること。もう1つは、病気が治ったら結婚すること。もう私の入り込む余地はありませんでした。
 あなたのおじいさんは何度も甲子園に出て、生田さんのために投げました。でも、なかなか優勝できませんでした。そうこうしてるうち、生田さんの病気はどんどん進行してしまい、死の淵まで追い込まれました。高3の夏です。あなたのおじいさんは、最後の甲子園行きを決めると、生田さんに優勝を誓いました。
 しかし、残念ながら、彼は決勝戦で負けてしまいました。その報告を聞いて力つきてしまったらしく、次の日、生田さんは亡くなりました。
 でも、今から半年前のことです。私の耳にとんでもない情報が飛び込んできました。生田智子さんは生きてたのです」
「えっ? も、もしかして…」
 とも子がいつもとは違う笑い、にが笑いを見せた。ま、まさか、とも子はおじいちゃんのフィアンセ?… とも子の部屋で見たあの写真は、やっぱおじいちゃんととも子だったのか?… で、でも、とも子はどう見ても50過ぎには見えないぞ?…
 園長は話を続けた。
「実は生田さんは、死ぬ直前、仮死状態にされ、培養液に浸されたようなのです。
 当時不治の病にかかった人を仮死状態にして、その治療法が確立したときに蘇生させ治療するとゆープロジェクトがあったようです。生田さんはどうもそのプロジェクトの数少ない被験者の1人になったようなのです」
「その病気の治療法が確立したから、蘇らせられた?…」
 そのオレの問いに園長はうなずき、話を続けた。
「いろいろと問題が発生したようです。生田さんは戸籍上では死んだことになってるし、生田さんの生家は生田さんの身柄を引き取ってくれなかったし…」
 そうか。だから聖カトリーヌ紫苑学園が引き取ったんだ… 園長はおじいちゃんへの思いが残ってたんだろうな。じゃあなきゃ、おじいちゃんの彼女を引き取るはずがないもんな。
「偶然にもこの病院にとも子とゆー名前の18歳の女性が入院してることがわかり、彼女の治療費を肩代わりする代わりに、法律的な問題が解決するまで戸籍を借りることとしたのです。
 でも、その女性とあなたとは、ちょっと因縁があったようですね。最近ようやく知りました」
 とも子はにが笑いを続けていた。いや、はにかんでるのかも。気が付くと、なぜかオレも照れ笑いしてた。とも子はオレのおじいちゃんの彼女… いや、フィアンセだったんだ。どうりでオレに抱かれようとしてたわけだ。おじいちゃんの孫は、オレ1人しかいないもんな。
 お医者さんがデイルームに入ってきた。オレととも子の診察結果が出たようだ。結果は両方とも良好。オレととも子は、晴れて決勝戦に出られることになった。
     ※
 オレととも子と園長が病院の玄関を出た。出た瞬間、オレは強い日差しにくらっときた。昨日までの梅雨の曇り空がうそのような青空、まるでオレととも子を祝福してるような青空だ。
 3人は学園が用意したリムジンに乗り込んだ。運転手は昨日のワンボックス車の人だった。
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エースに恋してる第18話

2007年08月31日 | エースに恋してる
 もう追加点は許されなかった。しかし、城島高校打線はこれで火がついてしまい、2番3番バッターが連続ヒット。続くバッターは、打率7割5分を越えてる佐々木。これはどう考えたって分が悪い。その次のバッターは、福永と途中交替した高野。高野は今大会、一度も打席に立ってないようだ。ここは敬遠で逃げ、高野と勝負した方が無難だろう。
 佐々木敬遠で2アウトランナー満塁。高野がバッターボックスに立った。さっきはマスクで気づかなかったが、こいつ、高2のクセして、織田信長みたいな立派な口ひげを生やしてやがった。貫禄だけは一人前だ。
 中井の1球目。カキーン!! 大きな打球がレフトに飛んだ。ま、満塁ホームラン!? しかし、打球は大きく反れ、ファールとなった。こいつ、意外とスラッガーだったらしい。中井、慎重に行け!!
 が、しかし、中井は慎重になるどころか、びびってしまい、2球目は大きくはずしてしまった。3球目も明らかなボール。4球目もボール。カウント1─3。このままじゃ、押し出しになってしまう。中井、お願いだ。落ち着いてストライクを取ってくれ。
 5球目。今度はストライクゾーン。が、あまい。高野は見逃さなかった。カキーン!! 打球はレフトへ… しかし、これもファールになってくれた。
 2アウトランナー満塁、カウント2─3。絶体絶命…
     ※
「タイム!!」
 と、中井がふいにタイムをかけた。そしてオレに歩み寄り、こう言った。
「替わってください」
 替われって?… オレに投げろってゆーのか?
「む、むりゆーなよ。オレがまともに投げられないってこと、知ってんだろ?」
「オレ、もう投げるタマがないっす。でも、ピッチャー経験豊富なキャプテンなら、投げるタマがきっとあるはずです」
 オレは左ひじを曲げ、それを見た。
「で、でも、この腕じゃあなあ…」
「澤田のためにも、投げてください」
 ふっ、とも子を出してきたか… そう、オレはとも子のためならなんでもできる。でも、むりなものはむりだよ… オレはにが笑いを見せることで拒否を示した。
 すると中井は視線をはずし、何かを考え、そしてまたオレを見た。
「中学時代のあなたは、絶対逃げる人じゃなかった」
 オレはその中井の言葉に、強烈なショックを感じた。
「ふっ、オレの中学時代を知ってんのか?」
「知ってますよ。オレの目標でしたからね」
 中井は口がうまいからなあ。本当かどうか… だいたい、こいつ、野球を始めたのは高校に入ってからじゃないのか?
 しかし、中学時代のオレは、中井の言う通り、絶対逃げるような男じゃなかった。むしろ、ピンチになればなるほど燃えるピッチャーだった。
「ふっ、わかったよ。投げよう」
 中井がにやっとして、そしてオレにボールを手渡した。
「お願いします」
     ※
 オレはマウンドに立った。久方ぶりのマウンド。まさかこんな形でマウンドに戻ってくるとは、夢にも思ってなかったよ…
 しかし、オレには正直、投げるタマがない。ストレートもスライダーもカーブも、今の腕力じゃむりだ…
 いや、待てよ。あのタマはどうだろう?… 実戦で投げたことはないが、練習ではほぼ手に入れてたあの変化球… 今でもきっと投げられるはずだ!!
 気が付くと、観客のほとんどがオレを応援していた。オレは応援されると燃えるんだ。みんな、もっとオレを応援してくれ。オレに力をくれ!!
     ※
 山なりの投球を見られたくないので、オレは規定の投球練習を省いた。ふと城島高校のベンチを見ると、柴田がまた例のごとくへらへらとしてた。他のほとんどの選手も、薄気味悪い笑みを浮かべてた。オレの恩師だった竹ノ内監督までもほくそ笑んでるようだ。オレが山なりのボールしか投げられないと思ってんだろう。けっ、バカにしやがって!!
 オレはグローブの中でその特殊な変化球の握りをたしかめ、そして思いっきり振りかぶって投げた。
 投球は山なりとなった。それを見てバッターの高野がにやっとした。けっ、思った通りのヘタレダマに見えるのか? よーく見てみろ。揺れてんだろ!? こいつはナックルボールってゆーんだよ!!
 ボールは高野の手前で不自然に落ち出した。撃つ気満々だった高野は、慌ててバットを出した。しかし、バットはボールに当たらなかった。当たり前だ。ボールはホームベース手前で1バウンドしたんだから。
 三振。オレの勝ちだ。球場は歓喜のうずに包まれた。
 しかし、試合は振り出しに戻ってしまった。大リーグでナックルボールを武器にしてるピッチャーのほとんどは、このナックルボールだけで勝負してるが、正直オレのナックルボールは、ぜんぜんその域に達してない。なんとしても、9回裏で決着をつけないと…
     ※
 この回、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃は、打順よく、1番の渡辺から。しかし、いまだ境のカミソリシュートが怖いらしく、完全に腰が引け、三振。続く大空も凡退した。ランナーが1人でも出れば、オレに打順が廻ってくるのだが…
 3番バッターは、途中からサードに入った森。森は1年生ってことで控えに回ってるが、実はかなり使えるプレイヤーだ。オレは森の出塁を祈った。するとその祈りが通じたのか、森は三遊間を抜くヒットを撃ってくれた。どうやら境のシュートは、もうあまり切れてないようだ。こうなると、カミソリシュートの洗礼を受けてない森には、ただの棒ダマである。
     ※
 いよいよオレの打順になった。左バッターのオレのときだけサイドスローになる境の1球目。切れのあるスライダーが、オレの胸元にズバッと決まった。どうやらスライダーの方は、まだ切れが残ってるようだ。
 2球目。法則通りなら、外角ぎりぎりにストレートが来るはず。オレはそれに狙いを定めた。しかし、来たタマはオレを直撃するコースだった。オレは外角のタマを撃ちに行く態勢だったので、逃げる隙がなかった。なんとか背中を向けようとした瞬間、脇腹に豪速球が突き刺さった。
 ドスッ 痛っ!!… オレはうずくまってしまった。息が… 息がまったくできなかった。境め、さっきのホームランの裏をかいて、狙いやがったな…
 と、そのとき、主審がまたもや信じられない裁定を下した。わざと当たったから、デッドボールじゃないだと…
 ふっ、黙って1塁に歩かしゃいいものを…
     ※
 オレは立ち上がると、竹ノ内監督をにらんだ。監督はほくそえんでるように見えた。
 もしオレがケガで倒れたら、うちのピッチャーは実戦経験のない北川だけになってしまう。だから潰す気でぶつけたんだろう。となると、また危険球が来るかも?… いったいどうすりゃいいんだ?…
 ふとオレの脳裏にとも子のバッティングが浮かんだ。6回のヒットを撃ったときのバッティング… そうだ、とも子がやったあの打法をまた使おう。ただし、今度は180度逆のやつだ。
 そう決断すると、オレはホームベースに覆いかぶさるようにバットを構えた。ふつうのピッチャーには投げにくい構えだが、はなっから危険球を投げようとしてる境には、かえって好都合な構えのはず。さあ、ぶつけてみろよ!!
 境は不敵な笑みを浮かべると、3球目を投げた。やつの指先からボールが離れた瞬間、オレはさっと後ろに下がった。来たタマは案の定デッドボールコース、しかも顔面を狙った危険球だった。しかし、オレはバッターボックスの一番外側に立ち位置を移動させてたので、コース的にはど真ん中だ。ただ、めちゃくちゃ高い。けど、きっとこれが最後のチャンス。絶対撃たないと!!
 オレは思いっきりバットを振り抜いた。
 カキーン!! 打球は大きく舞い上がり、外野フェンスを越え、球場そのものを越え、大空に消えてった。オレは撃ったままの姿勢で、それを見送った。
「ア、ア、アウトだ!!」
 主審がまたいちゃもんをつける気らしい。
「意識的にバッターボックスの外に出て撃った。これは悪質な反則行為だ!!」
「おっさん、どこに目付てるんだよ!? オレの足元、よく見てみろよ!!」
 オレの足はバッターボックスの外側のラインにかかってはいたが、踏み出してはいなかった。主審はそれに気づくと、「うっ」と言ったまま、無言になってしまった。
     ※
 サヨナラ場外ホームラン。しかし、審判がまたいちゃもんをつけてくるかもしれない。例えば、ベースの踏み忘れとか… オレはそれを気にし、1塁・2塁・3塁ベースを両足でポンポンポンと3度踏み付けながら、ダイヤモンドを廻った。
 3塁を廻ったとき、ふと竹ノ内監督を見た。さぞや悔しい顔をしてるだろうと思ったら、意外や、晴れ晴れとした顔だった。
 大歓声の中、オレはホームベースを踏んだ。
 決勝戦進出決定!! あと1勝で甲子園に行ける。とも子の夢がかなう… で、でも、とも子がいないんじゃ、たとえ甲子園に行っても…
 とも子の心臓は蘇生したのだろうか? それとも… ここまで試合に集中してきたが、勝利が決まったとたん、急にとも子のことが気になり出した。早く、一刻も早く、とも子が収容された病院に行きたくなった。
     ※
 試合終了のあいさつ。校歌斉唱。それが済むと、共同インタビュー。本来ならキャプテンであるオレがインタビューを受けなくっちゃいけないのだが、それは中井にまかせ、北村とともにタクシーに飛び乗った。
     ※
「彼女、転校してきた日から、もうキャプテンに好意を寄せてたんですか?」
 病院に向かうタクシーの中、重苦しい空気を切り裂くように、ふいに北村が質問してきた。
「ああ… 実のことをゆーと、前の日すでに会ってたんだ。
 彼女、オレの古いファンだったらしい。この学園に転入して来たのも、オレが目当てだったみたいだ」
「じゃ、最初っからボクが入り込む余地はなかったんですね…
 ボク、もう彼女から手を引きます。澤田さんを幸せにしてやってください」
 す、すまない、北村…
 しかし、もしとも子が万一になってたら、すべてが無意味になってしまう。頼む、とも子、生きててくれ!!…
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エースに恋してる第17話

2007年08月29日 | エースに恋してる
 ノーアウトランナー1塁。さっきのバントはヒットと記録され、我がチームの完全試合は途切れた。
 次のバッターは福永。やつははなっからバントの構え。送りバントする気か? ふとマウンドの唐沢が、横目でオレに合図を送ってきた。どうやら、あいつ得意のあれをやる気らしい。
 唐沢が1球目のセットポジションに入った。佐々木が「リーリー」とピッチャーにプレッシャーをかけながら、徐々に離塁し始めた。と、唐沢が突然くるっと振り向き、オレに絶妙な牽制球を投げた。佐々木は塁に帰ることができず、タッチアウト。が、次の瞬間、1塁塁審が信じられないコールをした。
「ボーク!!」
「バカゆーな!! あんた、いったいどこに目付けてるんだ!?」
 唐沢が切れた。あたり前だ。頭のてっぺんからつま先まで、唐沢はなんらボークとなるアクションをしてなかった。
「退場!!」
 1塁塁審は、さらに信じられないコールをした。
「なんだとーっ!! この野郎ーっ!!」
 唐沢はものすごい勢いで1塁塁審に殴りかかった。が、オレと鈴木でなんとか止めた。
「落ち着け、唐沢!!」
 身体の方はなんとか止めることができたが、口の方は止まらなかった。
「このへっぽこ審判めーっ!! ぶっ殺されてーのかっ!?」
「なんだ、その暴言は!? 永久追放にしてほしいのかっ!?」
 中井が唐沢と1塁塁審の間に入った。
「待ってください。いったい今のどこがボークなんですか!?」
「オレがボークと言ったから、ボークなんだよ!! わかったか、低能高校生!?」
 なんてむちゃくちゃな塁審なんだ!? こいつ…
 観客が騒ぎ出した。たくさんの物が投げ込まれた。グランドはあっとゆー間にゴミだらけになった。もうこれは野球じゃない…
 オレは野球が好きだ。好きだからこそ、苦しい手術にもリハビリにも耐えることができた。でも、もうどうでもよくなった。こんな試合がこの世に存在するなら、もう野球なんかどうでもいい…
     ※
 ふと中井と目が合った。オレはぽつりと言った。
「中井、試合放棄しよっか?…」
 中井は視線を下に向け、ぽつりと口を開いた。
「実は… オレも今同じこと考えてました…」
「だめですよ、そんな!!」
 ふいのその大声に、オレも中井もドキッとした。その声は箕島のものだった。
「ここで試合を放棄して、澤田さんが喜ぶとでも思ってんですか!?」
 澤田… オレは箕島のその言葉に、ハンマーで殴られたような衝撃を感じた。とも子はまじで甲子園に行き、優勝するつもりだった。ここでオレたちが試合を放棄したら、だれよりとも子が悲しむはず。どんなひどい試合であっても、ここはとも子のために最後まで正々堂々と戦い、勝たなくっちゃいけないんだ。
 オレは箕島の肩を叩いた。
「わかったよ、試合を続けよう」
 まさか、箕島に言われるとはな… そーいや、箕島はとも子に説得されて野球部に戻ったんだっけ。いや、箕島以外のナインも、みなとも子と一緒に走り続けたんだ。とも子のために、ここはみんなで踏ん張らなくっちゃいけないんだ!!
「よーし、みんな、澤田のために、この試合、絶対ものにするぞーっ!!」
 オレは思いっきり叫んだ。
「おーっ!!」
 中井が、箕島が、北村が、そしてナイン全員が、それに呼応してくれた。
     ※
 しかし、現実問題。唐沢が退場したとなると、残るピッチャーは1年生の北川のみ。でも、北川の実戦経験は、ほぼゼロに等しい… くそーっ、オレの左腕がもう少しでも回復してれば、オレがマウンドに上がるのに…
 そのとき、ふいにだれかがしゃべった。
「オレが投げます」
 それは中井の発言だった。
「大丈夫なのか?…」
「実はオレ、中学時代はピッチャーだったんです」
 おいおい、中井、おまえ、高校に入ってから野球始めたんじゃないのか? ふっ、そいつあ、ヤボなツッコミってゆーもんかな? ともかくここは、中井を信じることとしよう。
     ※
 中井が規定のピッチング練習を終え、ノーアウトランナー2塁で試合が再開した。バッターの福永は、またバントの構えを見せた。しかも、わざとらしくオレを見てにやっとした。どうやらあの練習試合のときみたいに、オレにバントする気らしい。正直オレの左腕はあのときよりは回復してる。でも、まだ山なりのボールしか投げられないと思う。今できることと言えば、できるだけ早くバントの打球を捕り、3塁に送球するのみ。
 中井の1球目。福永はやはり1塁線にバントしてきた。オレは猛ダッシュでその打球を1バウンドで捕ると、3塁に送球。思ったより山なりにはならなかったが、矢のような送球でもなかった。しかし、2塁ランナーの佐々木が3塁に到達するより早くオレの送球が届き、楽々タッチアウト。
 オレはわざと得意な顔をして、城島高校ベンチの竹ノ内監督を見た。監督は少しだけにが笑いをしたように見えた。
     ※
 城島高校の続くバッターは、今度は慎重な送りバントをし、2アウトランナー2塁となった。
 次のバッターは、ピッチャーの境。こいつ、ピッチャーってことで打順は7番だが、打率は4割を越えてた。ここでヒットが出ると、2塁ランナーの福永は、一気にホームに戻って来る可能性がある。そうなると、試合は振り出しに戻ってしまう。2塁ランナーは最悪でも3塁で止めておく必要がある。オレは外野手3人の守備位置を前進させた。これだと外野手の頭を越される危険性が高くなるが、内野手の間を抜くようなふつうのヒットだと、2塁ランナーは3塁止まりとなる。
     ※
 いよいよ境がバッターボックスに入った。ここまで中井が対戦したバッターはバントしかしてないので、本格的な対戦はこれが最初となる。頼む、中井、押さえてくれ…
 しかし、初球を狙い撃たれてしまった。打球は中井の脇をものすごい勢いで通り抜け、センター前ヒットとなった。だが、この当たりなら、2塁ランナーは3塁に止まるはず…
 が、なんと2塁ランナーの福永は、一気に3塁を廻った。センター渡辺がバックホーム。完全にアウトのタイミング。しかし、福永は身を低くし、イチかバチか、猛スピードでホームベースに突っ込む気だ。北村も福永に負けないように、身を低くした。
「うおーっ!!」
 福永と北村が激しく激突した。北村は真後ろに吹き飛ばされたが、福永の身体も縦に回転しながら舞い上った。その福永の足の裏が、主審の顔を直撃した。スパイクされたのか、主審の顔面がスパッと切れ、鮮血がほとばしった。
 肝心なタマは、2人が激突した場所に落ちていた。福永はそれに気づいたのか、必死にホームベースに向かって這いずった。が、中井がタマを拾い上げ、その手にタッチした。しかし、肝心な主審は、顔面を押さえ、血だらけでうずくまったままだ。3塁の塁審が確認しに来たときは、福永の手は中井のタッチを無視して、ホームベースをタッチしてた。まずい、これじゃセーフと判断される…
 中井が3塁塁審をにらみ、怒鳴った。
「アウトだ!!」
 その大声に塁審がびびった。中井が追い打ちをかけるように、さらに怒鳴った。
「アウトだろ、これは!!」
「ア、ア… アウト…」
 塁審が中井の気迫に押されて、アウトをコールしてくれた。オレは安堵したが、と同時に、北村の容体が気になった。振り向くと、北村は横座りでぼーっとしてた。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫っす…」
 いや、その言葉とは裏腹に、北村はかなりきつそうだ。オレは手を差し伸べた。その手に気づいた北村は、オレの顔を見ると、少し笑みを見せ、その手を握ってくれた。北村のオレに対するわだかまりは、もう消えたようだ。北村はオレの手を借り、立ち上がった。
 ふと主審を見ると、顔にスポーツタオルを押し当て、うずくまっていた。そのタオルは真っ赤に染まっていた。どうやら、野球の神様のバチが当たったらしい。主審は退場し、別の審判が主審となった。
 また、福永も右肩を押さえたまま、動けなくなっていた。どうやら肩かひじを脱臼したらしい。北村がとも子のかたきを取ってくれたようだ。
     ※
 8回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。ここは追加点が欲しいところ。しかし、先頭バッターの鈴木は、あっけなく倒れた。続くバッターは北村。
 ふとさっきの福永の脱臼が、オレの脳裏を横切った。報復などとゆー、よからぬ考えを起こさなきゃいいが… しかし、その危惧は現実になった。境の豪速球が、北村の背中を直撃したのだ。どう見ても悪質な危険球だ。しかし、替わった主審は境になんら注意せず、ただデッドボールを宣言するだけだった。
 ちなみに、避け切れないタマが来たときは、バッターはたいていくるっと背中を向けるように教えられている。意外かもしれないが、人体の急所は表の方に多く、裏の方はほとんどないのだ。
 しかし、北村は四つん這いになったまま、動けなくなってしまった。かなり痛いらしい。
「おらーっ、邪魔だっ!! どけよーっ!!」
 福永から替わったキャッチャーの高野が、まるでヤクザのような怒鳴り声を出した。なんだ、こいつは? デッドボールを食らわしておいて、何様のつもりだ?
 北村はなんとか立ち上がり、1塁へと歩いた。しかし、北村は満身創痍だ。交えてやりたいが、代わりになるキャッチャーは我がチームにはいなかった。ここは北村に我慢してもらうしかなかった。
 次のバッターは箕島。しかし、箕島は凡退。続く途中出場の武田も、実戦経験の乏しさが出て、いともかんたんに凡退した。
     ※
 試合はいよいよ最終回、9回の表に突入した。この回城島高校を0点に押さえ切れば、こっちの勝ちだ。でも、相手は城島高校だ。何かよからぬことを仕掛けてくるかも… ここは念には念を入れて行かないと。幸い城島高校の打順は、下位の8番から。
     ※
 竹ノ内監督が動いた。代打である。しかし、高校野球の代打は、所詮は控え、たかが知れてる。中井はその代打をファールフライに仕留めた。続く9番バッターにも代打。これも内野フライ。いよいよあと1人となった。
 ここで城島高校の打順は一巡し、1番の柴田がバッターボックスに立った。柴田は昨日の鮎川工業戦で疑惑のホームランを撃っている。いやな巡り合わせだ… 柴田は例の薄気味悪い笑顔を見せ、バットを構えた。
 1球目、内角低めのストレート、ファール。2球目、外角低めのストレート、ファール。中井はていねいなピッチングで柴田を追い込んだ。あと1球。しかし、3球目のカーブがあまく入ってしまった。
 カキーン!! 打球はあっとゆー間にレフトスタンドに突き刺さった。文句の付けようのないホームラン… 
 中井がにが虫をかみ潰したような表情を浮かべた。相変わらずへらへらとした顔の柴田が、ダイヤモンドを廻り出した。セカンドの鈴木も、ショートの箕島も、途中出場のサードの森も、ただそれを見てるしかなかった。北村は肩を落とし、ただ呆然と立ちすくんでいた。その目の前にあるホームベースを柴田が踏んだ。同点…
 痛い… なんて痛いホームランなんだ… 9回表2アウトまで勝ってたのに、ここで振り出しに戻ってしまうなんて… 球場全体がシーンとなってしまった。
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エースに恋してる第16話

2007年08月28日 | エースに恋してる
 2球目。今度はスライダーを警戒していつもの位置で構えてると、外角ぎりぎりのストレートが来た。ストライク。こいつ、左右のストライクゾーンを目いっぱい使ってきやがる。
 3球目。今度は内角低めのストレート。オレの意識にスライダーがあったせいか、腰が引けてしまい、空振り、三振。今大会オレが初めて喫する三振だった。こいつはかなりの難敵かも…
     ※
 続く5番中井、6番鈴木もカミソリシュートに腰が引け、三者凡退。これ以降、とも子と境のパーフェクトピッチングが続き、膠着状態のまま、試合は6回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃となった。
 7番北村、8番箕島が倒れ、この回、3人目のバッターとなるとも子がバッターボックスに向かった。オレはそのとも子を目で追った。一刻も早く先取点を獲って、とも子を楽にしてやりたい… しかし、境のカミソリシュートを撃てる方法は、いまだ見つかってなかった。
 とも子はいつものように撃つ気をまったく見せず、バッターボックスの一番外側に立った。が、境が投げると同時にさっとホームベース寄りに出た。ヒッティング!?
 カキーン!! 打球はセカンドの頭を越え、ライト前にぽとりと落ちた。なんと、この試合両軍初のヒットは、とも子のバットから生まれた。正直とも子にはピッチングに専念してもらいたいのだが、そんなことも言ってられない状況でもあった。ともかく、とも子のナイスアイデアであった。ちなみに、今のヒットは、とも子の今大会最初のヒットだった。
 次のバッター、渡辺の1球目。なんと、とも子がまた動いた。盗塁である。境は慌ててしまい、暴投。キャッチャーの福永は、そのタマに飛びつくのがやっとだった。当然とも子は2塁ベースを楽々ゲットし、チャンスが広がった。
 そういや、あの練習試合で城島高校が初ヒットを撃ったとき、すかさず盗塁も決めてたっけな。もしかしてあの時の仕返しか? ふっ、とも子も意外と根に持つタイプなのかも…
     ※
 城島高校ベンチから伝令が走った。外野手を除く城島高校ナインがマウンドに終結した。たしかにこの状況は城島高校にとってピンチだ。しかし、ここまで浮足立つのはどこか変だ… 城島高校ベンチを見ると、竹ノ内監督が仁王立ちしてた。不敵な笑み… なんだよ、この余裕は?…
     ※
 敵の伝令が帰り、試合再開。渡辺が再びバッターボックスに立った。境、2球目。内角をえぐるカミソリシュート。しかし、これは明らかに内角過ぎ。が、判定はなぜかストライクだった。そんな、今のはどう見てもボールだろ? まさか…
 ところで、境は内角のシュートやスライダーが決まると、かなりの確率で次は外角ぎりぎりのストレートを投げてくる。この攻撃が始まる前、オレは円陣を組み、みんなにそれを教えていた。
 3球目。オレが読んだ通り、外角ぎりぎりにストレートが来た。渡辺、狙い撃ち。見事に流し撃った打球は、12塁間を抜いた。
 とも子が一気に3塁を回った。しかし、いくらなんでもこれは暴走だ。とも子がホームベースに到達するはるか前に、キャッチャーの福永にボールが帰って来た。すると、なんと福永は、とも子に向かってショルダータックルの態勢に入った。こいつ、とも子を潰す気か!? とも子、危ない!!
 次の瞬間、とも子が飛んだ。低く身構えた福永の頭上を越える気らしい。しかし、福永がカメのようにさっと頭を突き上げた。そのヘルメットを被ったままの頭が、とも子のみぞおちにドスンとヒットした。オレの身体に衝撃が走った。いや、オレだけじゃない、北村を始め、我が学園ナイン全員に衝撃が走ったと思う。
 とも子の身体はそのまま浮き上がり、空中で裏返しになり、偶然にもお尻からホームベースに落ちた。先取点奪取… しかし、主審はアウトのコール?…
「な、なんで今のがアウトなんだよ!!」
 オレは主審に食ってかかった。いや、オレだけじゃない、我が学園ナインのすべてが主審を取り囲んだ。どう見てもとも子の身体にボールはタッチされてなかった。当たったのは、キャッチャーの頭だけ。しかし、主審は「タッチはあった」の一点張り。そんなバカな!! いったいどこにタッチしたってゆーんだよ!? やっぱこいつら、買収されてんのか!? スタンドからも罵声が飛んで来た。
     ※
「澤田ーっ!!」
 ふいにだれかが叫んだ。オレがはっとして振り向くと、ホームベース上のとも子が倒れたままになってる?…
 ドクターが慌てて駆けつけた。と、ドクターはとも子の胸に両手を当て、一定間隔で押し出した。これはもしかして、心臓マッサージ?… 球場全体がシーンとなった。オレは今見ている光景が信じられなかった。心臓マッサージを受けてるってことは、とも子の心臓が止まってるってこと?… オレのほれた女の心臓が止まってるのかよ…
「人殺しーっ!!」
 観客のだれかが叫んだ。それを合図に、スタンドのあちらこちらから「人殺し!!」のヤジが飛んだ。それがだんだん一つになり、球場全体が「人殺し!! 人殺し!!」の大合唱になった。しかし、福永も境も竹ノ内監督も、我れ関せずの表情を見せていた。なんてやつらだ。こいつら、どこまで面の皮が厚いんだ?
 救急車がグランドの中まで入って来た。泣きじゃくる北村が、担架で運ばれてるとも子の身体を追いかけようとした。それを我が学園のナインが必死に止めた。救急車がけたたましいサインを鳴らし走り出した。オレはただそれを呆然と見送るしかなかった。
「くそーっ!!」
 北村が拳をぐーっと握り締めた。
 あからさまに偏った審判。人命まで奪ってしまおうとするラフプレイ。こりゃもう、野球じゃない…
     ※
 攻守交替。とも子の代わりに唐沢がマウンドに立った。
「大丈夫か?」
 オレはピッチング練習を終えた唐沢に声をかけた。
「何が?」
「イニングだよ。おまえ、ここんとこ1イニングしか投げてないだろ。あと3イニングあるんだぞ。おまえ、持つのか?」
「ふっ、オレは元々先発完投型のピッチャーだよ。心配すんな」
 正直唐沢は、先発完投型のピッチャーとは言えない。最後の1イニングだけを押さえればいいクローザー型だ。でも、今頼ることができるピッチャーは唐沢だけ。ここは唐沢を信じるしかなかった。
 この回城島高校打線は1番から。その1番バッターの柴田は、唐沢のカットボールに引っかかり、内野ゴロ。続く2番バッターも内野ゴロ。3番バッターは外野フライ。唐沢は見事、とも子の完全試合を引き継いでくれた。
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 その裏、しかし、我が学園の2番バッター大空も3番バッター唐沢も境のカミソリシュートに腰が引け、凡退。そして、オレに打順が廻ってきた。
 とも子のためにも、なんとしても先取点を挙げないと… 境を撃つ何かいい手はないのか?… と、ふとオレの脳裏に、さっきのとも子のヒットの映像が浮かんだ。とも子はバットを振る寸前、立ち位置を移動させたっけ… そうだ、その手があった!!
 オレはバッターボックスのいつもの位置に立ち、バットを構えた。境の1球目、サイドスロー。思った通り、胸元をえぐるスライダーが来た。オレはわざとびびった素振りを見せ、そのタマを見逃した。これで次は、外角に投げてくるはず。
 2球目。思った通り、外角ぎりぎりのストレートが来た。よし、もらった!! オレはホームベース方向に右足を一歩踏み出すと、そのタマをちょこーんと流し撃った。打球はレフトへ。スタンドインには十分な飛距離。しかし、流し撃った打球は、外へどんどん反れて行く性質がある。フェアかファールか、微妙なところ。お願いだ、入ってくれ!!…
 打球は反れを増しながらレフトポールへと突き進んだ。そして… 打球はボールを直撃し、インフィールドに跳ね返ってきた。やったーっ、ホームランだっ!! 観客のほとんどが歓声を挙げてくれた。
 オレはダイヤモンドを廻り始めた。2塁ベースを廻ったとき、打球が当たったレフトポールを見た。今日の審判はまともな判定をしてくれそうにないので、もし打球がポールの右側を通ってたとしても、わざとファールと誤審されてたかもしれない。それを考えるとポールに当たったのは、かなりの幸運だったのかも…
 ともかく、1点を先制した。あとは唐沢が締めくくってくれれば、オレたちの勝ちだ!!
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 5番中井が凡退し、8回の表、城島高校の攻撃になった。先頭バッターは4番の佐々木。こいつ、今大会ホームランこそないが、打率7割5分を越えるすごいバッターだ。もっとも注意しないといけないバッターである。
 唐沢、1球目。なんと、左バッターボックスに立った佐々木は、さっとバントの構えを見せた。左バッターが1塁方向に転がす、いわゆるドラッグバントだ。オレは1塁線上を転がって来る打球に向かってダッシュした。フェアかファールか、微妙なところ… オレはインフィールドを転がり続けると判断し、その打球を捕った。次の瞬間、オレの左目に佐々木のひざが飛び込んで来た。
 ガキーン!! オレの左目いっぱいに赤いものが広がった。あの野郎、わざとやりやがったな!! オレはカーッとして立ち上がろうとしたが、次の瞬間、ものすごい勢いで鼻を逆走する液体を感じた。鼻血だ。いや、鼻血だけじゃない、口の中にも違和感があった。どうやら、歯が2本折れたようだ。口の中からも血が吹き出ていた。オレはくらっときて、グランドにへたりこんでしまった。さっきとも子を診たドクターが飛んで来た。
 治療中、中井の声が聞こえてきた。守備妨害だとアピールしてるようだ。しかし、今日の審判にそんなアピールはむだだった。
 ドクターはオレに、一時ベンチに戻って治療を受けるように勧めたが、オレはそれを拒否した。一時でもベンチに戻ったら、そのまま気力が萎えて、ダイヤモンドに戻ってこられないような気がするのだ。ともかく、オレは意地でもここにいたかった。
 結局ドクターが折れ、引き下がった。しかし、ナインがオレを取り囲んだ。中井が話しかけてきた。
「キャプテン、むりしないでください」
「ふっ、これくらいのケガで引き下がってちゃ、キャプテンは務まらないよ」
 今度は唐沢が口を開けた。
「ふふ、口の方は大丈夫のようだな。
 あんたは人の指図に従わないタイプだもんな。何言ったって聞かねーよな」
 ふっ、それはおまえの方だろ。ともかくここは、元気なところを見せないと…
 オレは胸を張り、目いっぱい大きな声を出した。
「よーし、みんな、締めていくぞーっ!!」
「おーっ!!」
 みんな、呼応してくれた。そして、それぞれのポジションに散って行った。その瞬間、ふと北村と目が合った。その目は明らかにオレを心配してる目だった。北村はオレを許してくれたのか?…
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エースに恋してる第15話

2007年08月26日 | エースに恋してる
 その夜、オレは居間で寝させてもらった。もちろん、とも子とは別室である。真夜中にとも子が襲ってくるかと思ったが、それもなく、ふつうに朝を迎え、とも子が焼いたトーストを食べた。
 テレビのスポーツニュースでは、やはり昨日の疑惑のホームランを取り上げていた。もちろん、非難囂々だった。でも、テレビ局の取材によると、裁定は覆ることはないとのこと。今日の試合も、なんか、いやな予感がする…
 甲子園の試合はすべてNHKで全国放送される。ゆえに、甲子園に出、勝ち進むと、その名は全国に知れ渡る。無名高校がその名を手っ取り早く売りたいなら、甲子園に出場し、優勝することが最も効果的な手段なのである。そのためには、かなり汚いことをする高校もあると聞く。しかし、ここまであからさまに汚いことをする高校は、今までなかったと思う。城島高校の竹ノ内監督はオレの恩師の1人だが、あの人はこんなにも変質してしまったのか?…
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 時計の針は11を指した。約束の時間だ。オレととも子はそーっとエントランスに降りた。どうやら昨日のチンピラマスコミの姿はないようだ。オレととも子は、昨日と同じワンボックス車に乗り込んだ。
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 球場に着くと、まだ準決勝の1試合目が行われていた。尾川高校対サラダ商業。サラダ商業は創立4年目とゆー新設校。それに対し、尾川高校は何度も甲子園に駒を進めてる古豪である。単純に考えれば尾川高校が勝ち上がってきそうだが、6回を終了した現時点では、1対0とサラダ商業がリードしていた。
 とも子を連れロッカールームに入ると、聖カトリーヌ紫苑学園野球部ナインは、すでにいつでもグランドに立てる体勢になっていた。
「おやおや、重役出勤ですか」
 うちのチームでこーゆー皮肉をゆーやつは、たいてい唐沢である。しかし、それ以外のナインは、あえて無視してくれてるようだ。が、約1名、異様にそわそわしてるやつがいた。北村だ。北村とは試合前に話し合っておく必要があると思う。
「北村、ちょっと」
 オレは北村を連れ出した。
     ※
「いったい、いつから彼女と付き合ってんですか?」
 男子トイレの中、まず北村が切り出した。
「澤田が転校してきたその日からだ」
「意外と手が早いんですね…」
 北村は目を伏せ、わなわなと震えてた。どうやら本気で怒ってるらしい。そりゃそうだ。北村はとも子にそうとう熱を上げていた。マジでとも子に恋心を抱いてた。とも子もそんな北村に気づいてか、その気があるフリをしていた。でも、実際は、その裏で毎日オレとデートしてた。逆の立場だったら、オレは絶対許さないと思う。
「うおーっ!!」
 北村は咆哮を上げると、両手でオレの胸元を掴み、そのまま強烈な圧力でオレを押した。相撲で言うところの電車道となり、オレは壁に背中をしたたかに打ち付けた。しかし、北村はなおもオレの胸元を両手でねじ上げてきた。
「オレをだまして、毎日ともちゃんと寝てたのかよ!?」
 ね、寝てたって… 昨日のチンピラマスコミが、北村たちに変なことを吹き込みやがったのか?…
「ま、まだ何もしてないって… とも子はまだ処女だって…」
「ほんとか!?」
「ほんとだって…」
 北村の腕が緩んだ。とたんに、オレは解放された。が、長く呼吸困難な状況にあったせいで、むせ、せきこんだ。せきこみながらも、オレは北村に事実を話した。
「どーゆーわけだか知らないが、とも子は最初っからオレにほれてたんだ。
 そればかりか、自分の部屋にオレを誘い込んで、脱いだ」
「うそだっ!!」
「うそじゃねーよ!! 今ここでうそ言って、どーする!?
 オレもな、男だからやりたかった。でも、できなかった…」
「どうして!?」
「甲子園だ!!
 オレもとも子も甲子園に行きたいんだ。だから、とも子の身体に傷をつけたくなかったんだ!!
 でも、甲子園行きが決まったらやる。そーゆー約束になってるんだ」
 北村は黙ってしまった。すべてを正直に話したつもりだが、もしかしたら、最後の一言は余計だったかも…
「くそーっ!!」
 北村は思いっきり壁を殴った。バシーン!! 建物が揺れた。オレは北村のこぶしが壊れないか、一瞬あせった。我がチームのキャッチャーは、実は北村ただ1人なのだ。
 北村は荒くなった息を整えると、小さく口を開いた。
「甲子園ってそんなに大事なところなんですか?」
「ああ。
 とも子の昔の彼はな、甲子園に行ったものの、準優勝止まりだったそうだ。だから今度は、とも子が甲子園に行って優勝する気らしい。
 実はオレのおじいちゃんも、甲子園で準優勝してるんだ。エースとして、1年の夏から5回も甲子園のマウンドに立ってた。オレはそんなおじいちゃんから、物心つく前から野球を教えられた。だからオレにとって甲子園出場は、ある意味、宿命なんだ」
 北村は再び黙った。黙ったままになってしまった。納得してくれたならいいが…
     ※
 準決勝1戦目が終了した。なんと新設校のサラダ商業が古豪尾川高校に勝ってしまった。創部3年目のうちもサラダ商業に続きたいが、昨日の不可解なジャッジを想うと、城島高校戦はまともな試合にはならないような気がする…
 オレがジャンケンで負け、我が聖カトリーヌ紫苑学園は後攻になってしまった。うちはここまでずーっと先攻だったので、これは少々不利かも…
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 試合前のあいさつ。ホームベースを挟んで聖カトリーヌ紫苑学園ナインと城島高校ナインが対峙して並んだ。城島高校ナインはあいかわらず不気味な笑みを浮かべてた。いや、へらへらしてると言った方がいいかも。こいつらほんとうに高校球児か? それ以上に不気味なのが審判団。こいつら、変な工作をされてなきゃいいが…
 スタンドからは城島高校を罵倒するヤジがさかんに飛んで来た。昨日の疑惑の判定に、だれもが不満を抱いてるらしい。観客のほとんどが、オレたちを応援してるようだ。
     ※
 入念に整備されたマウンドにとも子が立った。まずは投球練習。とも子が投げたタマが、北村のミットをスバッと鳴らした。北村はそのタマを座ったまま投げ返した。そのタマはとんでもなく高く、とも子は後ずさりしながら、思いっきり手を伸ばして捕った。キャッチャーはピッチャーに返球するとき、立って胸元に投げるのがマナー。今のは北村らしくない行為だった。北村の心には、まだわだかまりが残ってるようだ。
 ふととも子が練習中だとゆーのに、北村にブロックサインを出した。いや、これはどうやらブロックサインではないようだ。その直後、とも子はなぜかにこっとした。それは、いつも会話の最中に見せてる笑顔だった。
 とも子の投球練習2球目。そのタマを捕球すると、北村はフリーズしてしまった。主審に促され、ようやく立ち上がり、今度はきちんととも子の胸元に返球した。
 どうやらさっきのブロックサインらしきものは、手話だったようだ。北村は両親が聾唖だから、ふつうに手話で会話できる。北村にとって手話は母国語だ。だからとも子の手話を見て安心感が生まれたんだろう。北村のとも子に対する想いが元に戻ったようだ。
 しかし、とも子の人心掌握術はすごいと思う。でも、いったいどこで手話を覚えたんだろう? 以前北村に手話で話しかけられたとき、とも子は筆談で返事した記憶があるが…
     ※
 城島高校の1番バッターは、昨日疑惑のホームランを撃った柴田。柴田は例のへらへらした顔でバッターボックスに立った。相変わらずムカつくやつだ。こいつ、野球を何かとかん違いしてるんじゃないのか?
 プレイボール。とも子の1球目。柴田を始め、城島高校ナインはとも子のピッチングを一度見てるが、やつらが知ってるとも子のタマは豪速球のみ。そのへんを計算してか、とも子は大きなカーブを投げた。見逃しのストライク。ふふ、柴田は面食らってやがる。
 ちなみに、いつもだったら重要な局面ではオレがバッテリーにサインを出すことになってるのだが、今日はすべてを北村に任せようと思ってる。やつだって、もう独り立ちできるほど成長してるはず。ま、今の北村にどんな指示を出したって、聞いちゃくれないと思うが。
 2球目。低めぎりぎりのタマ。ボールぽかったが、主審はストライクを取ってくれた。3球目は外角のタマ。柴田はバットを出してくれ、ショートへのゴロ。しかし、当たりが弱過ぎ。サードの中井がダッシュして捕り、1塁のオレに送球。微妙なタイミング。判定は… アウト。
 ふっ、なんだ、まともな判定じゃんか。昨日の疑惑の判定は、ヘタな審判のミスジャッジがたまたま城島高校寄りに重なって出てしまっただけなんだと思う、きっと。
 審判さえまともなら、城島高校に勝てる自信が十分にある。この前の練習試合では一方的にやられてしまったが、あのころと比べると、とも子も他のナインもかなり進化してる。互角以上に戦えるはずだ。
 この回、とも子は続く2人も内野ゴロに撃ち取り、1回表が終了した。
     ※
 1回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃。渡辺がバッターボックスに立った。ここんとこオレが1番バッターだったが、今日は桐ケ台高校戦のときの打順に戻していた。
 城島高校のエースは境。そうとう切れのあるシュートを投げるとゆーうわさがあるが…
 1球目。内角高めのストレート。渡辺は撃ちに行ったが、手元でタマがぐぐっと胸元をえぐるように曲がり出した。シュートだ。渡辺は思わずびびってしまい、腰を引いてしまった。しかし、中途半端に出したバットにボールが当たってしまい、1塁ゴロになってしまった。
 こいつは想像以上のシュートだ。これを胸元に投げられたら、右バッターはみな恐怖感を抱き、腰が引けてしまうと思う。まさしく、カミソリシュートである。
 オレが危惧した通り、2番大空も3番唐沢も腰が引けてしまい、この回我がチームも、三者凡退に終わってしまった。
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 2回の表、城島高校はとも子の前でまた三者凡退。攻守交替で、いよいよオレに打順が回ってきた。オレは左バッター、胸元をえぐるようなカミソリシュートは意味がない。オレは外角に逃げるシュートを牽制する意味で、いつもよりホームベース寄りに立った。
 境の1球目。なんと、こいつ、1回はオーバースローで投げてたのに、なぜかサイドスローで投げた。次の瞬間、オレの脳裏に「危ない!!」とゆー感覚が湧いた。胸元をえぐるようなスライダーが来たのだ。オレは思わずのけぞって避けたが、判定はストライクだった。どうやらぎりぎりホームベースを横切ってたらしい。いつもよりホームベース寄りに立ってたせいで、危険球に見えたようだ。
 しかし、右バッターにはオーバースローでカミソリシュート、左バッターにはサイドスローでスライダーを投げるとは… こんなピッチャー、他にいないんじゃないのか? こんな奇妙なピッチングをする目的は、おそらくバッターに恐怖心を与えるためだと思う。これも竹ノ内監督の方針なのだろうか?
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