競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第23話

2007年09月07日 | エースに恋してる
 敵の2番バッターが打席に立った。さっきとも子からタイムリーヒットを撃ったバッターだ。気をつけないと…
 1球、2球、唐沢がていねいなピッチングで2ストライクを獲った。3球目、外角高めのボール。北村は今のタマを見せダマとし、内角のタマでフィニッシュするつもりのようだ。このバッターは前の打席、とも子の外角のカーブを器用に捉え、ヒットを撃ってる。それを考えると、これはいい組み立てだと思う。
 そして、4球目。内角… いや、真ん中の方にボールが入ってしまった。ま、まずい…
 カキーン!! 打球が左中間に舞い上がった。通常ならセンター渡辺の守備範囲だが、渡辺は今、前進守備中。渡辺、全速力で飛球を追いかけ、最後はジャンプ。しかし、届かなかった…
 2塁ランナーの戸田がホームイン。同点。1塁ランナーもホームイン。逆転…
     ※
「くっ!!」
 唐沢が左手にはめていたグローブを右手で掴み、振り上げた。グランドに叩きつけるつもりか? それは野球人にあるまじき行為。オレは声をはりあげた。
「やめろ!!」
 唐沢は右手の動作を止め、オレを見た。なんとも言えない情けない顔だった。
「まだ1イニング残ってんだろ!! 今戸田は暑さであっぷあっぷだ。次の回で逆転してやるよ!!」
 すると、唐沢はしらけた目をオレに向けた。こいつ、オレを信用してないのか? ともかく、あともう1つアウトを獲ってくれ。次の回でなんとか逆転するから。
 しかし、こいつは痛い。記録上は3連打だが、全部アンラッキーな当たりだった。3対4。聖カトリーヌ紫苑学園が今大会、初めて許す勝ち越し… ふとベンチを見ると、とも子もかなり落ち込んでいた。甲子園での優勝。とも子の夢をここで途切れさせたくはない…
 カキーン!! サラダ商業の3番バッターが快音を轟かせた。しかし、今度はセンター渡辺の守備範囲だった。センターフライ、3アウト、チェンジ。
 試合はいよいよ9回の表に突入した。
     ※
 おじいちゃんにとって甲子園優勝は、フィアンセだったとも子との大事な約束だった。でも、おじいちゃんはそれを実現させることはできなかった。けど、おじいちゃんは、いつかはとも子がこの世に戻ってくることを知っていた。おじいちゃんはそのとも子に甲子園の優勝を報告したかった。だから息子であるオレの親父と、孫であるオレに野球をおぼえさせた。この世に戻ってきたとも子もそれを知ってたから、ボールを握った…
 おじいちゃんのためにも、とも子のためにも、オレたちはここで負けるわけにはいかないんだ!!
 この回のトップバッターはオレ。絶対撃ってやる!!
     ※
 初球。またもやフォークボール。オレは低いと判断し、見逃した。が、主審の判定はストライク。今日の主審は、どうもピッチャーから見て低めに大あまである。2回以降戸田が復活したのもそのせいだ。ま、こっちのピッチャーも同じ判定をもらってるんだから、文句は言えないが…
 しかし、戸田のフォークボールは、まだかなり切れてるようだ。でも、戸田が投げてくるタマは、このフォークボールだけ。なら、そのフォークボールに的を絞るのみ!!
     ※
 2球目。またもや、そして思った通りのフォークボール。オレは思いっきりバットを振った。カキーン!! 右中間に大きな飛球が上がった。くっ… しかし、手応えがいまいちだった。ふとセンターポールの日の丸を見ると、風はレフトからライトに吹いていた。頼む、この風に乗って、スタンドに入ってくれ!!…
 しかし、フェンス手前で打球は失速した。ライトフライ…
 ベンチに帰ると、唐沢のしらけた目がオレを出迎えた。「あの大口はいったいなんだったんだよ」とでも言いたいらしい。オレは何も言葉が出ず、視線をそらした。
 ふととも子を見ると、かなりがっくし来てるようだ。どんなときも笑顔を絶やさなかったのに、さすがに笑顔を作る気力もなくなったらしい。
     ※
 カキーン!! 次のバッターの中井が見事な流し打ちを見せ、ライト前ヒットとなった。1回に鈴木が放った以来のヒット。戸田のフォークボールを撃つとなると、今の中井のような打法が一番かも? さすがは中井だ。
 それに対し、オレはいったいなんなんだ? 自分1人ですべてを解決しようと大きいのを狙ったりして… 野球は9人でするもの。オレはよくそれを忘れる。まさか、こんな大事なときにまた忘れるなんて… オレも次のバッターにつなげるべく、ヒット狙いで行くべきだった…
     ※
 次のバッターの鈴木は、セーフティーぎみのバント。戸田が落ち着いて打球を処理し、1塁へ送球。2アウト。しかし、中井がスコアリングポジション、2塁へ進んだ。ここでヒットが出れば同点だ。
 次のバッターは北村。北村はバッターボックスに入る寸前、ふとベンチを見た。どうやらとも子を見たらしい。そのとも子は「がんばれ!」と大きく書いたスケッチブックを手に、いつもの笑顔を見せていた。北村はとも子の笑顔を見ると強くなる。いいところでいいバッターが巡ってきた。
 しかし、サラダ商業のキャッチャーは座ってくれなかった。1回同様、敬遠である。北村は憮然とした顔を見せ、1塁へと歩いた。
     ※
 次のバッターは箕島。そう、1回表の大チャンスで凡退した箕島である。おまけに、やつは2回戦の江原高校戦以降、1本もヒットを撃ってない… 1回の表はやつに託したが、さすがにここは代打だろう。うちの監督が伝令を走らせた。ピンチヒッターは森。そう、城島高校戦の土壇場でヒットを撃ったあの森である。最高の代打の登場だ。
 森が揚々とバッターボックスに向かう一方で、箕島がとぼとぼとベンチに戻ってきた。オレはそれに気づいたが、ほかのナインの目は、みな森に釘づけとなっていた。
     ※
 1球目、フォークボール、空振り。戸田のフォークボールはまだ切れていた。いくら森でも、いきなしこのフォークボールを撃てってゆーのは、酷ってゆーものか?…
 2球目、フォークボール、バットを振る森。そのバットにタマがかすり、ファールとなった。3球目、フォークボール、ファール。4球目、フォークボール、ファール。森の目は少しずつ戸田のフォークボールに慣れてきたようだ。
 そして、5球目。ついに戸田の投じたタマが高めに浮いた。1回に投げてたタマとほとんど同じ棒ダマ。森がこのタマを見逃すはずがなかった。
 カキーン!! 強烈なライナーが戸田を襲った。そして…
 戸田の右ひざに打球がバシーンと直撃し、はね返った。打球はそのまま3本間のど真ん中を抜け、ファールゾーンを転がった。敵のキャッチャーとサードがそのタマを取りに向かう傍ら、2塁ランナーの中井が3塁を廻った。ホームイン、同点。そして、なんと1塁ランナーの北村も3塁を廻った。ボールはすでにサラダ商業のサードが手にしてたが、ホームベースががら空きだった。北村、万歳しながらホームイン。逆転… 5対4と一気に逆転となった。オレも唐沢もとも子も、そして箕島も、聖カトリーヌ紫苑学園のベンチは大はしゃぎとなった。
 ちなみに、こーゆー事態になった場合、ホームベースをカバーするのはファーストだろう。しかし、当のファーストはマウンドにいた。なんと、戸田が右ひざを押さえ、悶絶してるのだ。敵のファーストの気は、今行われている試合より、戸田の容態に行ってるようだ。
 タイムがかかると、キャッチャーもセカンドもサードもショートもマウンドに集まった。さらに担架も用意された。戸田はその担架に乗せられ、サラダ商業のベンチに下がった。そうとう痛そうだ。こりゃあ、交替だろう。しかし、数分後戸田がグランドに自分の足で戻って来た。大丈夫なのか? 痛めたところは軸足だぞ。向こうは代わりのピッチャーがいないのか?
 戸田は自分のひざの具合をたしかめるように、ピッチング練習を始めた。
     ※
 戸田には悪いが、やつのケガはこっちの大チャンスだ。だいたいピッチャーは、投げた瞬間から9人目の野手となる。それにピッチャー返しは、バッティングの基本だ。今のは一方的に戸田が悪い。さっきから2塁ベース上にいる森に執拗に罵声を浴びせてる観客がいるが、これは思いっきりお門違いだ。
 唐沢の3イニング目が気になる。バッターは途中からライトに入ってる武田。頼む、武田、追加点を獲ってくれ。
     ※
 戸田の1球目。完全な棒ダマ。武田が思いっきりバットを振り抜くと、タマは左中間の一番深いところへと舞い上がった。やったーっ、タイムリーヒット!! 追加点… と思った瞬間、サラダ商業のレフトが思いっきり手を伸ばし、そのタマに飛びついた。が、そのまま外野フェンスに激しく激突し、その場に倒れ込んだ。2塁塁審が慌ててかけつけ、アウトを宣告した。と同時に、両手で大きく「来い!!」のジェスチャーを見せた。
 再び担架が用意され、レフトが担架で運ばれて来た。どうやら、骨折か脱きゅうをしてるようだ。オレは真夏の真っ昼間だとゆーのに、それを見て一瞬寒気を感じた。なんでこいつら、ここまで命がけになれるんだ? もしかしたら、戸田はヒットを阻止するために、わざとひざに打球を当てた?…
     ※
 攻守交替となり、サラダ商業最後の攻撃となった。唐沢が平穏にあと3つアウトを獲ることができれば、我が聖カトリーヌ紫苑学園は甲子園行きの切符を手にすることとなる。しかし、一筋縄には行かないような気がする。相手は死に物狂いで来ている。唐沢の3イニング目も怖いし…
 グローブを手にしベンチを飛び出そうとすると、ふとオレのユニホームの端を掴む手が。とも子の手だった。とも子は「勝てますよね」と書いたスケッチブックをオレに見せた。
「ふふ、大丈夫、絶対勝てるよ」
 オレは心とは裏腹に、そう返事した。とも子はいつものにこっとした顔を見せてくれた。この笑顔のためにも、この回、どうしても0点に押さえないと…
     ※
 唐沢と北村は、前の回以上にていねいにピッチングを組み立てた。内角、外角、高め、低めと、慎重にコーナーをついた。サラダ商業打線も必死にファールで食らいついたが、なんとか2アウトとなった。あと1人、あと1人で甲子園に行ける…
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 サラダ商業の6番バッターがバッターボックスに立った。唐沢、1球目。なんと、これが棒ダマだった。ここにきて集中力が途切れてしまったのか?
 カキーン!! バッターが思いっきりバットを振ると、打球は左中間に飛んだ。背走で打球を追うレフトの大空。しかし、大空の足が止まった。見送った?… ま、まさか、同点ホームラン?… いや、打球はフェンス一番上に当たった。大空がそのクッションボールをうまく処理し、バッターランナーは2塁止まりとなった。どうやらオレたちはまだ少し運が残ってるらしい。
 しかし、なんて粘り腰なんだ… サラダ商業は今まで本当に1試合に2点までしか獲れないチームだったのか?


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