競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第16話

2007年08月28日 | エースに恋してる
 2球目。今度はスライダーを警戒していつもの位置で構えてると、外角ぎりぎりのストレートが来た。ストライク。こいつ、左右のストライクゾーンを目いっぱい使ってきやがる。
 3球目。今度は内角低めのストレート。オレの意識にスライダーがあったせいか、腰が引けてしまい、空振り、三振。今大会オレが初めて喫する三振だった。こいつはかなりの難敵かも…
     ※
 続く5番中井、6番鈴木もカミソリシュートに腰が引け、三者凡退。これ以降、とも子と境のパーフェクトピッチングが続き、膠着状態のまま、試合は6回の裏、聖カトリーヌ紫苑学園の攻撃となった。
 7番北村、8番箕島が倒れ、この回、3人目のバッターとなるとも子がバッターボックスに向かった。オレはそのとも子を目で追った。一刻も早く先取点を獲って、とも子を楽にしてやりたい… しかし、境のカミソリシュートを撃てる方法は、いまだ見つかってなかった。
 とも子はいつものように撃つ気をまったく見せず、バッターボックスの一番外側に立った。が、境が投げると同時にさっとホームベース寄りに出た。ヒッティング!?
 カキーン!! 打球はセカンドの頭を越え、ライト前にぽとりと落ちた。なんと、この試合両軍初のヒットは、とも子のバットから生まれた。正直とも子にはピッチングに専念してもらいたいのだが、そんなことも言ってられない状況でもあった。ともかく、とも子のナイスアイデアであった。ちなみに、今のヒットは、とも子の今大会最初のヒットだった。
 次のバッター、渡辺の1球目。なんと、とも子がまた動いた。盗塁である。境は慌ててしまい、暴投。キャッチャーの福永は、そのタマに飛びつくのがやっとだった。当然とも子は2塁ベースを楽々ゲットし、チャンスが広がった。
 そういや、あの練習試合で城島高校が初ヒットを撃ったとき、すかさず盗塁も決めてたっけな。もしかしてあの時の仕返しか? ふっ、とも子も意外と根に持つタイプなのかも…
     ※
 城島高校ベンチから伝令が走った。外野手を除く城島高校ナインがマウンドに終結した。たしかにこの状況は城島高校にとってピンチだ。しかし、ここまで浮足立つのはどこか変だ… 城島高校ベンチを見ると、竹ノ内監督が仁王立ちしてた。不敵な笑み… なんだよ、この余裕は?…
     ※
 敵の伝令が帰り、試合再開。渡辺が再びバッターボックスに立った。境、2球目。内角をえぐるカミソリシュート。しかし、これは明らかに内角過ぎ。が、判定はなぜかストライクだった。そんな、今のはどう見てもボールだろ? まさか…
 ところで、境は内角のシュートやスライダーが決まると、かなりの確率で次は外角ぎりぎりのストレートを投げてくる。この攻撃が始まる前、オレは円陣を組み、みんなにそれを教えていた。
 3球目。オレが読んだ通り、外角ぎりぎりにストレートが来た。渡辺、狙い撃ち。見事に流し撃った打球は、12塁間を抜いた。
 とも子が一気に3塁を回った。しかし、いくらなんでもこれは暴走だ。とも子がホームベースに到達するはるか前に、キャッチャーの福永にボールが帰って来た。すると、なんと福永は、とも子に向かってショルダータックルの態勢に入った。こいつ、とも子を潰す気か!? とも子、危ない!!
 次の瞬間、とも子が飛んだ。低く身構えた福永の頭上を越える気らしい。しかし、福永がカメのようにさっと頭を突き上げた。そのヘルメットを被ったままの頭が、とも子のみぞおちにドスンとヒットした。オレの身体に衝撃が走った。いや、オレだけじゃない、北村を始め、我が学園ナイン全員に衝撃が走ったと思う。
 とも子の身体はそのまま浮き上がり、空中で裏返しになり、偶然にもお尻からホームベースに落ちた。先取点奪取… しかし、主審はアウトのコール?…
「な、なんで今のがアウトなんだよ!!」
 オレは主審に食ってかかった。いや、オレだけじゃない、我が学園ナインのすべてが主審を取り囲んだ。どう見てもとも子の身体にボールはタッチされてなかった。当たったのは、キャッチャーの頭だけ。しかし、主審は「タッチはあった」の一点張り。そんなバカな!! いったいどこにタッチしたってゆーんだよ!? やっぱこいつら、買収されてんのか!? スタンドからも罵声が飛んで来た。
     ※
「澤田ーっ!!」
 ふいにだれかが叫んだ。オレがはっとして振り向くと、ホームベース上のとも子が倒れたままになってる?…
 ドクターが慌てて駆けつけた。と、ドクターはとも子の胸に両手を当て、一定間隔で押し出した。これはもしかして、心臓マッサージ?… 球場全体がシーンとなった。オレは今見ている光景が信じられなかった。心臓マッサージを受けてるってことは、とも子の心臓が止まってるってこと?… オレのほれた女の心臓が止まってるのかよ…
「人殺しーっ!!」
 観客のだれかが叫んだ。それを合図に、スタンドのあちらこちらから「人殺し!!」のヤジが飛んだ。それがだんだん一つになり、球場全体が「人殺し!! 人殺し!!」の大合唱になった。しかし、福永も境も竹ノ内監督も、我れ関せずの表情を見せていた。なんてやつらだ。こいつら、どこまで面の皮が厚いんだ?
 救急車がグランドの中まで入って来た。泣きじゃくる北村が、担架で運ばれてるとも子の身体を追いかけようとした。それを我が学園のナインが必死に止めた。救急車がけたたましいサインを鳴らし走り出した。オレはただそれを呆然と見送るしかなかった。
「くそーっ!!」
 北村が拳をぐーっと握り締めた。
 あからさまに偏った審判。人命まで奪ってしまおうとするラフプレイ。こりゃもう、野球じゃない…
     ※
 攻守交替。とも子の代わりに唐沢がマウンドに立った。
「大丈夫か?」
 オレはピッチング練習を終えた唐沢に声をかけた。
「何が?」
「イニングだよ。おまえ、ここんとこ1イニングしか投げてないだろ。あと3イニングあるんだぞ。おまえ、持つのか?」
「ふっ、オレは元々先発完投型のピッチャーだよ。心配すんな」
 正直唐沢は、先発完投型のピッチャーとは言えない。最後の1イニングだけを押さえればいいクローザー型だ。でも、今頼ることができるピッチャーは唐沢だけ。ここは唐沢を信じるしかなかった。
 この回城島高校打線は1番から。その1番バッターの柴田は、唐沢のカットボールに引っかかり、内野ゴロ。続く2番バッターも内野ゴロ。3番バッターは外野フライ。唐沢は見事、とも子の完全試合を引き継いでくれた。
     ※
 その裏、しかし、我が学園の2番バッター大空も3番バッター唐沢も境のカミソリシュートに腰が引け、凡退。そして、オレに打順が廻ってきた。
 とも子のためにも、なんとしても先取点を挙げないと… 境を撃つ何かいい手はないのか?… と、ふとオレの脳裏に、さっきのとも子のヒットの映像が浮かんだ。とも子はバットを振る寸前、立ち位置を移動させたっけ… そうだ、その手があった!!
 オレはバッターボックスのいつもの位置に立ち、バットを構えた。境の1球目、サイドスロー。思った通り、胸元をえぐるスライダーが来た。オレはわざとびびった素振りを見せ、そのタマを見逃した。これで次は、外角に投げてくるはず。
 2球目。思った通り、外角ぎりぎりのストレートが来た。よし、もらった!! オレはホームベース方向に右足を一歩踏み出すと、そのタマをちょこーんと流し撃った。打球はレフトへ。スタンドインには十分な飛距離。しかし、流し撃った打球は、外へどんどん反れて行く性質がある。フェアかファールか、微妙なところ。お願いだ、入ってくれ!!…
 打球は反れを増しながらレフトポールへと突き進んだ。そして… 打球はボールを直撃し、インフィールドに跳ね返ってきた。やったーっ、ホームランだっ!! 観客のほとんどが歓声を挙げてくれた。
 オレはダイヤモンドを廻り始めた。2塁ベースを廻ったとき、打球が当たったレフトポールを見た。今日の審判はまともな判定をしてくれそうにないので、もし打球がポールの右側を通ってたとしても、わざとファールと誤審されてたかもしれない。それを考えるとポールに当たったのは、かなりの幸運だったのかも…
 ともかく、1点を先制した。あとは唐沢が締めくくってくれれば、オレたちの勝ちだ!!
     ※
 5番中井が凡退し、8回の表、城島高校の攻撃になった。先頭バッターは4番の佐々木。こいつ、今大会ホームランこそないが、打率7割5分を越えるすごいバッターだ。もっとも注意しないといけないバッターである。
 唐沢、1球目。なんと、左バッターボックスに立った佐々木は、さっとバントの構えを見せた。左バッターが1塁方向に転がす、いわゆるドラッグバントだ。オレは1塁線上を転がって来る打球に向かってダッシュした。フェアかファールか、微妙なところ… オレはインフィールドを転がり続けると判断し、その打球を捕った。次の瞬間、オレの左目に佐々木のひざが飛び込んで来た。
 ガキーン!! オレの左目いっぱいに赤いものが広がった。あの野郎、わざとやりやがったな!! オレはカーッとして立ち上がろうとしたが、次の瞬間、ものすごい勢いで鼻を逆走する液体を感じた。鼻血だ。いや、鼻血だけじゃない、口の中にも違和感があった。どうやら、歯が2本折れたようだ。口の中からも血が吹き出ていた。オレはくらっときて、グランドにへたりこんでしまった。さっきとも子を診たドクターが飛んで来た。
 治療中、中井の声が聞こえてきた。守備妨害だとアピールしてるようだ。しかし、今日の審判にそんなアピールはむだだった。
 ドクターはオレに、一時ベンチに戻って治療を受けるように勧めたが、オレはそれを拒否した。一時でもベンチに戻ったら、そのまま気力が萎えて、ダイヤモンドに戻ってこられないような気がするのだ。ともかく、オレは意地でもここにいたかった。
 結局ドクターが折れ、引き下がった。しかし、ナインがオレを取り囲んだ。中井が話しかけてきた。
「キャプテン、むりしないでください」
「ふっ、これくらいのケガで引き下がってちゃ、キャプテンは務まらないよ」
 今度は唐沢が口を開けた。
「ふふ、口の方は大丈夫のようだな。
 あんたは人の指図に従わないタイプだもんな。何言ったって聞かねーよな」
 ふっ、それはおまえの方だろ。ともかくここは、元気なところを見せないと…
 オレは胸を張り、目いっぱい大きな声を出した。
「よーし、みんな、締めていくぞーっ!!」
「おーっ!!」
 みんな、呼応してくれた。そして、それぞれのポジションに散って行った。その瞬間、ふと北村と目が合った。その目は明らかにオレを心配してる目だった。北村はオレを許してくれたのか?…


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