第二話 消息不明の竜男
舞台上手側に、スキー場のセンターハウス的な空間がある。食堂風のカウンターの奥で、一人の男が、黙々とラーメンを作っている。カウンターでは、一人の女の子がラーメンをすすっている。
テーブルには、親子のようで親子でなさそうな女性と女の子が座っている。その傍らでは、職人風情の女性が、スキーのエッジを磨いでいる。
その作業をボーっと眺めるように、堅実が、テーブルに頬杖をついて座っている。
堅実 だから、たっちゃんが、居なくなったんだってば。
ザイラー、突然立ち上がって、ボードの格好をする。
千冬 何やってんの。
ザイラー イメージトレーニング。
千冬 イメージトレーニング?
ザイラー もう、体がなまっちゃうじゃない。
ロミ しかし、降らないねぇ。
千冬 これじゃぁ、商売あがったりだよ。
ロミ 冬ちゃんのインストラクターって、仕事だったんだ。
千冬 何言ってんのよ!。
ザイラー じゃぁ、あたしの夏の虫とりといっしょね。
千冬 あんたの虫とりと一緒にしないでよ。
ロミ 良い勝負じゃない。
千冬 …真面目にやってんのに。
ザイラー あたしだって、虫とり真面目にやってんのよ。
ロミ そうね。ザイラーちゃんのカブトムシの方が、冬ちゃんのインストラクターより、お金になってんじゃないかな。
千冬 そうなの?。
ザイラー カブトの売り上げで、毎年新しいボード買ってるのよ。
千冬 えっ、ほんと?
ロミ ウエアーとかもね。
千冬 収入じゃなくて、内容よ、内容。
ロミ それを言ったら、おしまいよ。
千冬 何でよ。
ロミ レッスンは、イケ面のお兄さんとか、ジャニーズ系の少年とかしか、とらないじゃない。
千冬 …たまたま、居合わせた時に、申し込んで来るのが、そういう人たちだってだけで…。
ヤス たまたまだったんだ。
千冬 ヤスさんまで、何よ!
堅実 誰か、私の話、聞いてくれてる?
ヤス ラーメン食うか?
千冬 いいわよ。
麺子 私、おかわり。
ロミ あんた、今日、3杯目よ。
麺子 ヤスさんの、ラーメン美味しいから。
ヤス うれしいこと言ってくれるじゃないか。
ロミ いいの、そんなに食べて…。ラーメン代払えるのかい。
ヤス 母さんが来たら、もらうからいいよ。
千冬 ここも、保育園みたいになっちゃってるね。
ロミ それを言うなら、この子たちは小学生だから、学童クラブでしょう。
千冬 そんなの、どうでもいいじゃん。
ロミ ここで、そのまま学童クラブもしちゃうのもいいかもね。スキーのレッスン付きで。冬ちゃんの仕事も増えるよ。
千冬 ま、いいかもね。
千冬 毎日、そんなにラーメン食べて、ラーメン代だけでも、ばかにならないでしょう。
ヤス でも、更に上をいく伝説の男が居る。
千冬 誰よ。
ヤス ドラゴン内間木こと、内間木竜男。やつは、去年一年間分だけでも、ラーメン代百五十四杯分のつけがある。それもチャーシューメン!見つけだしたら、ただじゃぁおかない。
堅実 だから、その竜男が行方不明なんだってば。
千冬 あれ、居たの。
堅実 居たのじゃないでしょう。みんな、私のこと、無視して。
ロミ ごめんごめん。無視してたわけじゃなくて、話に興味がなかっただけ。
千冬 で、誰が、何をしたって
堅実 だから、たっちゃんが
ザイラー たっちゃんが…。
堅実 消息不明何だってば。
ロミ 何日。
堅実、指を折って数える。
堅実 5日間。
千冬 ふうん。
堅実 ふうんって。
ヤス ちょっと待て、そのたっちゃんって、もしかして、ラーメン代を払っていない、ドラゴン内間木こと、内間木竜男のことじゃないか!
堅実 だから、さっきからそうだって言ってるでしょう。
ヤス くそお、ラーメン代踏み倒してとんずらしようって魂胆だな。そうは問屋がおろしはしねぇぜ。
ヤス、厨房から包丁を持って飛び出してくる。
ロミ ヤスさん。早まった真似はよしなよ。
千冬 そうだよ。そんなことをしちゃぁ、戻ってくるお金も返っては来ないよ。
堅実 っていうか、だから、どこへ行ったかわからないんだってば。
麺子 残念だね。
ヤス 探すのを手伝えばどうなる。
堅実 みつかったら、ラーメン代は払わせてあげる。
ヤス 交渉成立!
千冬、もったいぶって堅実に話しかける。
千冬 で、何で、そんなに躍起になって探しているわけ。
堅実 躍起になってるって…。
千冬 とうとう、そこまでいったの?
堅実 そんなんじゃ…。
千冬 まぁ、そんなんでもいい年になってるけどね。
ロミ …それ以上に、何か心に引っかかっていることがあるんでしょう。
堅実 えぇまぁ。
ロミ 何かあったんだ。
堅実 とりあえず、謝らなきゃ。最後に会った日に私がたっちゃんにしたことは、許されないこと…。
ロミ 慣れ合いになってくると、相手の優しさに甘えて、相手を傷つけてしまうこともよくあることだよ。
ザイラー そうそう。経験なるなぁ…。
千冬 あんた、何歳なのさ。
ロミ 会って、誠意をもって自分の想いをちゃんと伝えた方がいいね。
堅実、うなづく。
堅実 …そのためにも、まずは、たっちゃんを探さなきゃ。
千冬 協力してあげるよ。
ヤス もちろん、俺も。
麺子 私が、ラーメンを食べてると、においにさそわれて、でてくるかもね。
千冬 それ、あたりかも。
ロミ とりあえず、足どりを確認しなきゃ…。
堅実 足どり?
千冬 一番に行きそうなところから、捜索範囲を広げていかなきゃ。
堅実 一番に行きそうなところ…。
ロミ まずは、彼の家でしょう
堅実 家!
千冬 まずは、ご自宅を訪問して、ご両親にきちんとご挨拶するの。
堅実 ご挨拶って…。
千冬 そこからでしょう。もちろん本人の気持も大切よ。でも、そこから先は、家と家の問題だから。…最初が肝心なのよね。そこを失敗すると、その後、とんでもないことが待ち受けてるのよ。
麺子 失敗したんだ。
ザイラー とんでもないことがあったんだ。
千冬 子どもらうるさい!
ロミ それでは、それぞれに作戦を授ける。
麺子・ザイラー はい。隊長!
堅実 いつから、そういう組織になったわけ?
ロミ ふゆちゃんは、交番に行ってみて。
千冬 了解。
ロミ ザイラーちゃんと私は、平庭山荘の現場近くに行ってみる。
ザイラー オッケー!
ロミ かたみちゃんは、竜男君の実家に行ってください。
堅実 …は、はい。
ロミ 後の二人は、この場所で、ラーメンの香りを絶やさない。
麺子 ラジャー!
ロミ 何か情報をつかんだら、平庭山荘かここに戻ってくる。いいわね。
全員 よっしゃぁ!
ロミ 全員、出動!
三々五々、メンバーは意気込んで、『千春』を出てゆく。
後には堅実が取り残される。
堅実 なんか、遊ばれているような気がする。
堅実、一つ首をかしげて去る。
サブステージの明りが消えてくるのと同時に、メインセットの平庭高原が青白く浮かび上がってくる。