小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

安倍首相を総括する

2019年06月20日 23時20分34秒 | 政治



残念なことに、10月の消費増税はそのまま施行され、衆参同日選挙もなさそうな気配ですね。

6月11日のNHK世論調査では、次のような結果になっています。
http://www.nhk.or.jp/senkyo/shijiritsu/
安倍内閣 支持する48%  支持しない32%
消費増税 賛成29%    反対42%
景気回復 続いている10% 続いていない53%

だれが見ても変な結果です。
デフレ脱却を第一の優先課題として掲げて6年半、安倍政権はこの公約をまったく果たすことができず、国民を貧困に陥れ、そのうえ、何の必要もない消費増税をやろうとしている(ちなみに財務省はじめ、その必要を説いている人たちのロジックはとっくに破綻しています)。
その安倍政権の支持率が5割近くの高さを維持しているのに、一方で、増税反対者が賛成者を大きく上回っています。
しかも、景気回復が「続いている」という答えは、わずか1割、「続いていない」の五分の一にも達していません。

世論調査の場合、こういうねじれ現象は昔からよくあることですが、これはなぜでしょうか。
一つは、現政権に対する、惰性的で無根拠な「信頼」です。
不安定を好まない国民性を表しているでしょう。
政治を自分の生活に結びつけて考えようとしない長きにわたる習慣的な感性と言えるかもしれません。
「長い物には巻かれろ」というやつですね。
もう一つは、野党のだらしなさに対する「不信」です。
野党は、実際、消費増税という、国民のためにならない政策一つにさえ、結束して反対することができていません。
三つ目に、安倍首相のイメージに対する、やはり無根拠な「信頼」があります。

実際には、安倍政権は、この6年半で、国民の敵であるグローバリズムや新自由主義に奉仕する政策ばかり採ってきました。
TPP参加、農協改革、種子法廃止、労働者派遣法改革、漁協法改革、国有林野管理経営法改革、水道法改革、入国管理法改革、発送電分離、消費増税、そしてPB黒字化目標という緊縮政策……と、挙げればキリがありません。
これらはすべて、国内産業を圧迫し、国民生活を困窮させ、外資の自由な参入を許し、格差を拡大する「亡国政策」です。

大多数の国民には、安倍政権がこんなにひどい政策を採ってきたという自覚と認識がありません。
この自覚と認識の欠落には、安倍首相のイメージがかなり貢献していると思われます。

日本はアホな国だねえ、と嘆息していればいいのかもしれませんが、それでは亡国を甘んじて受け入れることになります。

ここでは、二つの問いを出してみます。

①なぜ安倍政権が亡国への道をひた走っているにもかかわらず、安倍首相は国民の間で好意的なイメージを保ち続けているのか。

これは彼のキャラとそれを感じ取る国民心理に関する分析ですね。

②結局、安倍首相とは何者なのか。

これは、政治家としての安倍晋三氏についての本質的な分析です。

①から行きましょう。
安倍首相の人気の秘密は、先ほども言ったとおり、人格的なイメージです。
彼は三世議員で、育ちがよく上品で真面目、お高く止まったところがなく、気さくな雰囲気を持ち、顔も愛想もよくていかにも国民に受けそうですね。
演説がうまく、首脳会談や国会答弁やテレビ出演や記者会見などでの受け答えも、紙を読まずに堂々と前を向いてしゃべります。
アメリカ議会での演説では、すべて英語でスピーチし、議員たちの評判がたいへん良かった。
超多忙な中で演説文を暗記したのでしょうから、相当な努力家であることもうかがわせます。
日本の政治家は、これまで下ばかり向いて官僚の作文を呼んで済ませるか、そうでなければ意味不明の短い言葉でやり過ごす人が多かった。
それに比べると、安倍首相は、日本人には珍しく(アメリカ人には珍しくありませんが)、政治的パフォーマーとしては、一流だと言えるでしょう。
長いキャリアを通して饒舌なわりには、いわゆる「失言」も少ない。

これは、国民にいい印象を与えますね。
何となくこの人に任せておけば安心、というふうに、情緒レベルで多くの国民が思い込んでしまう。
特に「おばさん」には受けがいいでしょう。
それが曲者です。
イメージがよすぎると、その人が率いる政権が何をやってきたかが忘れられます。
その意味では、次期首相候補の一人と目されるイケメン・小泉進次郎などもたいへん困った人物です。
ちなみにこの人は、経済のことなど何もわかってない〇〇議員です。

②の問題。
安倍首相が、西田昌司参議院議員、藤井聡京都大学大学院教授、評論家・三橋貴明氏と食事を共にしたことがありました。
ネット広告で四人並んでいる広告をよく見かけますね。
その折、安倍氏は、「自分には三つの敵がいる。自分一人では戦えないので、力を貸してほしい」と漏らしたそうです。
これは三橋氏の証言によって明らかになっています。
https://keieikagakupub.com/38JPEC/adw/?gclid=EAIaIQobChMIt-vNlOD34gIVhfNkCh39qgTSEAEYASAAEgJrVvD_BwE

筆者の推定になりますが、三つの敵とは、
①朝日新聞
②グローバリズム
③財務省

でしょう。

もし彼がそう言ったとすれば、たしかに「一人では戦えない」と漏らすのももっともでしょうね。
しかし、彼はこの三つの敵、特に後の二つと本気で戦って来たでしょうか。
自ら本気で戦いもしないのに、他人に援けを求めたとすれば、それは日本国民の総司令官として、責任逃れのそしりを免れないのではないでしょうか。

筆者は、安倍氏を個人攻撃したくてこんなことを言っているのではありません。
公人として最高の地位にいる人なのですから、批判を受けて当然だと思うのです。

10月の消費増税決定の期限がもうすぐそこに迫っています。
さて、これが決定されてしまったとします。
すると、安倍首相は、就任以来、この三つの敵のどれひとつにも勝てなかったことになります。

・TPP参加→グローバリズムに敗北
・日韓合意→(おそらく)アメリカの意向に追随。つまりグローバリズムに敗北
・先に挙げた一連の制度改革→グローバリズムに敗北
・PB黒字化目標→財務省に敗北
・消費増税→財務省、朝日新聞に敗北
・緊縮財政→財務省、朝日新聞に敗北


全敗です。
一国の総理大臣という強大な権力を持ちながら、こんなことがあるでしょうか(民主主義国家の代表に大きな制約があることは認めますが)。
この疑問に対する答えは二つしか考えられません。
一つは、彼には本気で戦う気など初めからなかったということ。
もう一つは、彼の主観がどうあれ、周囲の勢力に押しつぶされてしまったということ。

筆者は、いちばんありそうな答えは、この二つの両方だろうと考えています。
財務省との戦いは、たしかに存在しました。
これはいろいろな傍証によって確かめられます。
いまここでは、ともかく増税を二度延期した事実と、PB黒字化目標の達成年次を5年延期した事実を挙げるにとどめましょう。
しかし、グローバリズムそのものを示す、諸制度の改革(農協法、移民法、水道民営化その他)については、安倍首相自らが明確な抵抗を示したとは思えません。
これらの改革のイニシャティヴを握っていたのは、小泉内閣時代から規制緩和(構造改革)路線を主導してきた竹中平蔵です。
竹中と安倍氏との関係はどうだったのか。

安倍氏が第二次安倍政権を成立させたとき、アベノミクスの三本の矢という施政方針を打ち出しました(2013年初頭)。
復習しておきましょう。
①大胆な金融政策――金融緩和で流通するお金の量を増やし、デフレマインドを払拭
②機動的な財政政策――10兆円規模の予算で政府自ら率先して需要創出
③民間投資を喚起する成長戦略――規制緩和によって、民間企業や個人が真の実力を発揮できる社会へ
https://www.kantei.go.jp/jp/headline/seichosenryaku/sanbonnoya.html

①はリフレ派の考えに従ったもので、日銀の国債買い上げによって事実上政府の負債は減少しましたが、市場のインフレ率はさっぱり高まりませんでした。デフレマインドはお金の量だけ増やしても解決できなかったのです。
②は、最初の1年だけで、次年度からは、たちまち財務省の緊縮路線に抑え込まれました。
③ですが、これこそ竹中がずっと続けてきた新自由主義的な規制緩和路線、つまりグローバリズムをそのまま踏襲したものです。
筆者の想像では、安倍氏は、この路線を正しいものと信じ込んでいたフシがあります。先に述べたように、安倍政権になってから次々と成立した、国民生活を破壊する諸制度に、彼自身がまともに反対した形跡がないからです。

さてこうみてくると、実際には安倍首相は、いわゆる「三つの敵」に対して心から闘志を燃やして戦いに挑んだとはとても言えないことがわかります。
せいぜい財務省の緊縮路線に抵抗を示したくらいのところでしょう。
しかし今回、消費増税が決定されれば、それも空しくなってしまいます。

もし本当に彼が「三つの敵」を倒そうとして、総理の職を賭けて戦いに挑んだなら、事態は、こんなにひどくならなかったでしょう。
それは、必ずできたはずです。
でも、何一つできなかった。

すると、安倍首相の政治家としての本質とは何なのか。
筆者は、これをあえて、「周りばかりを気にする臆病政治家」と規定したいと思います。
三世政治家としてこれまでになくパフォーマンスに長けたこの人は、その面のすぐれた能力によって、国民をも自分自身をも欺いてしまったのです。
つまり、しょせんは、自分なりの信念を貫く強い意志を持たない「お坊ちゃん政治家」なのです。

何年も前のこと、ある(保守的な傾向を持つ人ならたいていは知っている)安倍シンパだった知人に、「安倍さんはしょせんお坊ちゃんだ」と告げたところ、彼はそれを言下に否定し、後の書き物にも、「お坊ちゃんなどと呼ぶ人がいるが、そんなことはけっしてない」という意味のことを書いていました。
さて、事態は動き、この人も、いまではさすがに心情的な安倍シンパにとどまっているわけにはいかなくなったことでしょう。

筆者も呼びかけ人の一人に名を連ねている政策集団「令和の政策ピボット」は、平成の末期に中央政治を運営した安倍政権の大失敗に対する深い反省から生まれました。
https://reiwapivot.jp/
平成に猛威を奮った緊縮財政やグローバリズムや構造改革が、国民の暮らしを深く破壊した事態をよく見つめ、二度とこのようなことがないように、大きなピボット(転換)を図りましょう。
国民の皆さんには、イメージで政治権力者を選ぶ愚を克服し、政策の良し悪しをよく吟味したうえで適任者を選ぶことを心から期待したいと思います。


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