小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

池袋事故のSNS炎上から何を学ぶか

2019年04月26日 20時21分02秒 | 思想




4月19日に池袋の路上で起きた殺傷事故について、SNSで大炎上した(いまも鎮火していない?)ようです。
まず、当日のNHKの報道から、事故の概要を一部転載します。

19日午後0時25分ごろ、東京 豊島区東池袋で、乗用車が横断歩道を自転車で渡っていた男性や親子をはねたあと、交差点でごみ収集車に衝突し、横断歩道を渡っていた歩行者を次々に巻き込みました。
警視庁によりますと、この事故で10人が病院に搬送され、このうち自転車で横断歩道を渡っていた近くに住む松永真菜さん(31)と、うしろの座席に座っていた娘の莉子さん(3)が死亡しました。
これまでの調べで、乗用車は最初にガードレールに接触する事故を起こし、70メートル先の横断歩道で自転車の男性1人をはね、その後、70メートルほど先にある横断歩道で死亡した親子をはねたということです。
さらに交差点を曲がろうとしたごみ収集車に衝突し、そのはずみで横断歩道を渡っていた歩行者4人を次々に巻き込んだということです。(中略)
乗用車を運転していたのは87歳の男性で、調べに対し「アクセルが戻らなくなった」と説明しているということで、警視庁は、けがをしていることなどから、逮捕はせず任意で事情を聴くことにしています。


この事件について、SNSで大炎上した理由を整理すると、次の通り。

①運転者は2人も死亡させているのに、警察は、けがをして入院している、逃亡の恐れなし、証拠隠滅の恐れなしなどを理由に、逮捕しなかった。
②運転者・飯塚幸三容疑者は、元通産省官僚、工業技術院元院長、クボタ元副社長で、瑞宝重光章叙勲まで受けている輝かしい経歴の持ち主である。つまり「上級国民」であることを忖度されて、逮捕されなかったのではないか。
③朝日新聞、毎日新聞は、この運転者を当初、実名に「さん」をつけて報道した。なぜ、犯罪容疑者を「さん付け」するのか。
④21日には三宮市でバス運転手が、やはり2人を死亡させた事故を起こしているが、彼は直ちに逮捕されている。ちなみにこちらは実名報道されていない。

つまり、警察やマスコミの不公正な扱いに、一般国民が怒りの声を上げたというのが、炎上の主たる理由です。
特に朝日や毎日が「さん付け」で報道したことへの批判が多かったようです。
たしかに、警察やマスコミの扱いは、不公正な印象を強く与えます。
いわゆる「上級国民」に対する忖度があった可能性があります。一般国民の怒りは、もっともというべきでしょう。

もう少しこの問題を掘り下げてみます。

マスコミの扱いもさることながら、問題は、警察が逮捕することが本当に不可能だったかどうかという点だと思います。
警察の不逮捕の理由説明は、けがをしているという点以外は、薄弱に思われます。
けががどの程度かわからないので、この点については明確な判断を差し控えますが、筆者の推定では、取り調べを受けて、「アクセルが戻らなくなった」と証言をしているところから見て、それほど重傷とは思えません。
もっともこの証言は、取り乱しているせいか、ヘンな証言ですが。

高齢なので、警察署まで強制的に引致・留置は難しいでしょうが、一応、逮捕(身柄拘束)した上で、しかるべき場所で取り調べを続けることは可能ではないか。

また、「逃亡の恐れなし」という理由は、逮捕しない理由にはなりません(法的にはなり得ますが)。
なぜなら、先のバスの運転手の場合でも、逃亡の恐れがあるとはとても思えないのに、逮捕されているのですから。
一般に、逃亡の恐れがなくても、逮捕する場合はいくらでもあるでしょう。
ゴーン元日産会長のように。

さらに、「証拠隠滅の恐れなし」という理由ですが、飯塚容疑者は、事故直後に、救急車や警察に連絡もせずに、息子に電話して、携帯の解約とFacebookを削除させていた疑いが持たれています。
こうした行動は、パニックに陥った時に誰でも取りがちなもので、それ自体に道徳的な非難を浴びせることはできません。
しかし、もしこの疑いが事実とすれば、飯塚容疑者は冷静になった時に、自分の高い社会的地位が失われることを恐れて、もっと巧妙な証拠隠しの弁明を試みないとも限らないことを示唆しているでしょう。
まあ、それはおそらくしないでしょうが、いずれにしても、こういう大事故の場合に、「隠滅の恐れなし」を不逮捕の理由に挙げること自体、常識に照らして、屋上屋を架していると言えます。

つまり、これらの無理な理由付けは、「上級国民」に対する忖度があったことを、暗黙のうちに示唆しています。

さて、マスコミが「さんづけ」したことですが、これ自体、非常識ではあります。
しかし、この対応は、警察が逮捕しなかったという事実を受けて、「容疑者」と名付けることができなかったための苦肉の策と言える側面があります。
だから許されると言っているのではありません。

そもそも、犯罪を犯した疑いのある者を、正式には「被疑者」、マスメディアなど一般的には「容疑者」と呼びます。
これは、警察が別に逮捕していなくても、使ってかまわないのです。
ところが、マスコミのこれまでの習慣の力が作用して、「逮捕していないのだから、『容疑者』呼ばわりするのはまずいのではないか」という配慮をはたらかせたものと思われます。
よけいな配慮です。
堂々と、「飯塚幸三容疑者」と表記すればよいのです。
毎日と朝日は、猛烈な批判を受けて、二日後と三日後に、それぞれ「飯塚幸三元院長」などと表記し直しました。
https://mainichi.jp/articles/20190426/ddm/041/040/114000c
しかし、これも不徹底というべきです。
マスコミは、警察に逮捕されていない場合には「容疑者」と呼べないという、根拠のない習慣を改め、自分たちが把握した事件の実相に自信を持ち、信念に基づいて、呼称を自主的に決めればよいのです。

小さなことにこだわってきたようですが、これは、単に、不平等でけしからんと言いたいわけではありません。
このたびの大炎上には、一般国民と、エリート、為政者、支配層、富裕層、エスタブリッシュメントなどとの間の乖離現象が象徴されていると思ったからなのです。

一般国民が、これらの選ばれし人々を、やたら口汚くののしるのは、ルサンチマンを丸出しにしていて、あまり見よいものではありません。
しかし、こういう現象が目立つ背景には、やはり、経済格差の拡大、国民を幸福にしない政治への民衆の絶望感、権威主義的なマスコミへの不信感などの現実がはっきりと読み取れます。
フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相の支持率の低さ(直近でいずれも3割未満)に現れているように、欧州でも、民衆と支配層との乖離現象が目立ちます。
https://www.afpbb.com/articles/-/3221930
https://search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=mcafeess1&p=%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%AB%E6%94%AF%E6%8C%81%E7%8E%87

日本でも、厚労省の統計詐欺、消費増税のための景気判断の欺瞞などが暴かれ、ようやく、ウソ政治、インチキ・マスコミに気づいた国民の批判意識が高まりつつあります。
この批判意識の高まりを、単なるルサンチマンのはけ口にしてしまうのではなく、理性的に組織化された運動形成の力へと転化する必要があります。

筆者も呼びかけ人の一人になっている、政策集団『令和の政策ピボット』では、国民の安全と豊かさを毀損し続けてきた現在のグローバリズム政権を真っ向から批判し、それに代わる政策を力強く提案しています。
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