小網神社blog

東京・日本橋に鎮座する強運厄除の神さま・東京銭洗い弁天の社 小網神社のブログです。

御神縁を大事にしましょう。

2012年03月30日 | 小網神社教学
間もなく新年度です。
学校や企業などでは、新しい出会いがあります。
人人との出会いには御縁があり、縁は運を産みます。

さて、よく企業の方から屋上に祭ってあるお稲荷さんの世話ができないから、お返ししたいというお話を伺います。
「あなたの方でお返ししたいといわれでも、神さまの方が何とおっしゃるか、その昔、ご先祖が徳を積みつつ神縁をつくられたのでしょう。信仰の選択は自由ですが、よくお考えになってからしたらどうでしょう。」
長い信仰の歴史は即、人間の心の歴史でもあります。
そう簡単に否定して心に残るものはないでしょう。
神様とのご縁を、よく考えてみたいものです。


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神道の汎神論上価値観こそ 和と調和を生み現在の日本の繁栄に導いた。

2012年03月30日 | 小網神社教学
神道は、汎神論上相対的価値観を持っています。
すべての物に神が宿り得るという汎神論だからこそ、唯一絶対の価値観ではなく、相対的に価値を見いだしているのです。
真理はただ一つなのに対し、これもまた、真理と相対的な価値を認めていくのが神道の価値観なのです。

明治の外来文化消化や、戦後のめざましい復興など、日本のの強靭な経済力、工業力を持つに至った土壌は、まさしく神道の相対的価値観なくしてはうまれなかったといえましょう。
聖徳太子の「和を以て貴しと為す」を示さずとも、日本人は「和」を偉大な徳目として、連綿と育んできたのです。
この和、調和を、人間関係や集団のあり方の中に最重要と位置づけ、幾多の難闘を乗り越えて来ました。
これも人の持つ多種多様な価値観を、それぞれに認め合う神道の価値観が、基礎にあったからこそ、和によるパワーを生んでいったといえましょう。


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人は力の限界を知った時 神を見 神を感じる

2012年03月23日 | 小網神社教学
宗教には、「信ずる宗教」と「感ずる宗教」があるといわれています。
両者の違いは、前者は人が神へ能動的に働きかけをし、後者は、前者より人は受動的です。
神道はどちらかといえば「感ずる宗教」に分類されましょう。
西行法師は、伊勢神宮に参拝した折、神さまを拝した時に、ただそのありがたさに、涙こぼるる感動を受けたと詠んでいます。
鳥居という俗空間と神域の境を示す構へをくぐると、何故か空気も風も、俗空間とは異なったものを感じる、という方も多いようです。
日々参拝する方々と会話すると、多くの方々は、家庭や仕事、健康上の壁に悩みをお持ちなっておられます。
神は人の敬により、その威を増し、人は神を拝することにより、神の徳をいただく、とは、御成敗式目の時代から語り継がれている言葉です。

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ご先祖さまに向き合う。

2012年03月16日 | 小網神社教学
明日は春の彼岸の入りです。
神さまやご先祖さまヘ、どのように祈りを捧げるか、答えは、「この世に、いますが如くまつれ」です。
神さまやご先祖さまを、我々は目では確認できませんが、墓前には季節の花や食物を供えます。
語りかけても、一言葉として返ってきませんが、私たちは祈りをつうじて語りかけます。
それこそが、「この世に、いますが如くまつれ」であり、目に見えぬ神さま・ご先祖さまへの真心なのです。

ただお飾りしているだけで、日々のこうしたお供えも祈りもしていなかったら、真心は伝わりません。
起床とともに洗顔し、朝食の前に、お供えものをし、祈りを捧げる。お彼岸の間だけでなく、一日をここから始めることを心がけたいものです。

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神を敬い 祖先を崇ぶ。

2012年03月09日 | 小網神社教学
この言葉は、神道の基本理念を示した一つといえましょう。

我が国の仏教は、日本に伝来し定着する際、古来の祖先崇拝を取り込み、今日に至っています。
日本に入った仏教は、諸宗派に分かれ、本来の仏教の上に、諸々の宗教理念が付加されながら○○宗として定着していきました。
お釈迦様の教えは、中国において観音信仰に変貌して広まっていったように、日本では祖先崇拝として定着したのです。
すべてのものに神宿り得るという八百万信仰と、祖から生命を得、人生修行をし、ご先祖様の元ヘかえるのが祖先崇拝信仰です。

間もなくお彼岸ですが、お墓参りの道すがら、ご先祖様への思いをご家族でわかちあうのも大切なことかと存じます。

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心の浄化は他への施しから始まる。

2012年03月01日 | 小網神社教学
昨日の予想外の大雪に戸惑った方も多かったかと存じます。
神道では祭りに際し、修祓(しゅばつ)を行います。
修祓の主旨は、罪穢(けが)れを取り除き、神さまに向かうということにあります。
罪とは、「み」を「つつむ」もの、即ち人が本来持っている「善」を包んでしまうもので、要するに「我欲」です。
穢とは、「気」が「枯れる」ことといわれています。気とは、生成する力で、これが枯れたり弱ったりしてしまう状態です。
つまり我欲を抑え、生成する力を高めることがお祓いの本義といえましょう。
神さまに対するのに、人は善なる心と、生成する力を高まらせることが重要なのです。

 欲深き 人の心と 降る雪は 積もるにつけて 道を忘るる

昨日の雪ではないですが、我欲を抑えることは難しいことです。
せめて、我欲を抑える努力がその第一歩で、その実践は他への施しがその初段階といえましょう。


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