小網神社blog

東京・日本橋に鎮座する強運厄除の神さま・東京銭洗い弁天の社 小網神社のブログです。

幾たびか辛酸をへて 志はじめて堅し

2013年04月30日 | 小網神社教学

タイトルに掲げた言葉は西郷隆盛の「偶成抄」に書かれた一文です。

西郷の邸宅は、かつて当神社の近くにありました。かつて毎日新聞の連載「司馬遼太郎を歩く」では、「西郷が参拝した神社」として、大きく取り上げられました。

人は決断し、それを実行に移すまで、多くの時間と構想の積み重ねを必要とします。

さらに実行に踏み切っても、他者から反対があったり、失敗したりして、成就に至るには、数知れぬ困難を乗り越えねばならなりません。

事を成し遂げるには、私利私欲を棄て、将来を見据え、大所高所からものを見なければなりません。

正しく、将来にもつながる事であれば、あとは継続こそ力、事を起こす立案者にとって一大事は、必ず成就すると信じることです。

神道では、「個」は社会の一存在であると考えます。逆にいえば「個」は社会を動かす存在にも成り得るのです。問題は、事を起こす程の、気迫ある個の在りようなのです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明星稲荷神社の遷座祭を行いました。

2013年04月26日 | 神社より

一昨年11月より神社社務所にお預かりしておりました明星稲荷神社様のお御霊ですが、このたび、新社殿完成に伴い、昨日夕刻、無事遷座祭を行いました。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

総代会を開催しました。

2013年04月26日 | 神社より

神社の総代会が4月23日午後3時から開かれました。

24年度一般会計決算や25年度予算などが決議されました。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

世に痴者二つあり。

2013年04月26日 | 小網神社教学

「世に痴者二つあり その一は神を祈らざる人なり その一は事を行わざる人なり」。

これは、江戸末期の国学者・鈴木重胤のことばです。

神があって自分があることを知れば、神のありがたさを知らないとは言えないはずです。

ここでいう神とは、神道でいう人を生かし成す力です。

天の光、地の恵み、人々の「おかげ」等々、神道では、ありがたい存在を「神さま」として崇めます。

自然の神であり、祖先の神といえましょう。

神さまの「ありがたさ」を知れば、自然に神に祈り、感謝の心をささげるようになるのです。

重胤は、それをしない人間は一番の「愚者」と説いています。

さらに、為すべき義務を、それを知っていながら行わないのは、第二の「愚者」であるとも説いています、

人には自己の立場、社会的地位というものがあります。

自分はそれらのどこに立っており、何を為すべき立場に立たされているかを、事あるごとに自分に問い掛ける――。

そんな自覚を、促したことばといえましょう。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

原因はすべて己自身にある。

2013年04月21日 | 小網神社教学

人の寄るところ繁栄があり、といいますが、明るく、温かく、楽しい方の周りには、人々が集まり、語らいと笑いがつきません。

人間関係一つ取ってみても、己自身の、他者に対する配慮の深浅が、その関係を左右しているtぴえましょう。

仕事、家庭、病等々、人間が抱える悩みの原因は、多くは己自身にあることが多いのです。

人は悩みの原因を他に求めますが、真の原因は自分にあることに、気づくべきでしょう。

この謙虚な姿勢は、いわゆる信仰体験の中で培われるものなのです。

人を慮ったり、謙虚な姿勢の源は、神仏への祈りの中にあるからです。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「無理」は通せない。

2013年04月05日 | 小網神社教学

新年度が始まり、新たな生活をスタートさせた方も多いことでしょう。

学校や職場など、慣れない環境の中で、「頑張るぞ」と決意された方も多いと思います。

人は知らず知らずの中に、無理を知りつつも止むに止まれず、事を成すことがあります。

しかし、たとえその事が成就したかに見えても、それは長つづきはおぼつかず、日を待たずして崩れ去ってしまうでしょう。

しかも、この一時的な成就のために、健康を害し、人の和を欠き、多くの犠牲を払うことにもなりかねません。

理の無いことは不正に通じ、調和のないことは悪循環を生みます。

人は本来、正しく、調和のとれた生き方を望み、その中にこそ幸福な生活があると信じてきました。

「無理」を感受することも、また、正しく行くる事の重要な構成要件といえましょう。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする