内的自己対話-川の畔のささめごと

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平安時代の「おいらか」なる女性たち

2024-02-16 23:50:39 | 日本語について

 昨日の記事で話題にした「おいらか」という言葉の理解をさらに深めるべく、手元にある古語辞典から参考になる記述を摘録する。
 まず、『岩波古語辞典 補訂版』(一九九〇年)から。

オイは老いの意。ラカは状態を示す接尾語。年老いて感情が淡く、気持ちの波立ちが少なくなるように、執心が少なく平静なこと。多く人の性質や態度にいう。

 この語釈をさらに発展させたのが『古典基礎語辞典』(角川学芸出版、二〇一一年)である。

オイ(老い)に、状態を示す接尾語ラカの付いた語。大島本『源氏物語』には「老らか」と表記した箇所もある。年老いて感受性が衰えた人のような、情動や動作に、角や棘、起伏のない平静・温順・無頓着なさまなどが中心的概念。全体をおおらかの意味に解するのは誤りである。また、ものが平坦で凹凸のないさまにも用いられた。
オイラカがよい意味で使われるときにも「老い」のもつ鈍さや弱さ・淡さなどのニュアンスは残っている。

 しかし、この語釈には異論もあるようで、「「老い」に状態を示す「らか」が付いて、老成して感情が平静なようすを表すようになったという説がある」(『新全訳古語辞典』大修館書店、二〇一七年)、あるいは「「おほらかなり」が変化したものともいわれるが、年長の者は心が平静であるという判断から、「老い」や「親」などのことばと関係するという説もある」(『ベネッセ全訳古語辞典 改訂版』二〇〇七年)というように、「老い+らか」説を一説として紹介するにとどめている辞書もある。
 平安時代、女性を賛美する表現として用いられることが多かったこの語に「老い」のもつニュアンスが残っているとは直ちには思いにくいが、「おほどか」(心がひろく、おおような穏やかさをいう。『新全訳古語辞典』)とは異なった人のあり方・態度である「感情が波立たない平静さをいう」(同辞書)語として「おいらか」が使われていることはわかる。
 『角川全訳古語辞典』(二〇〇二年)は「おいらか」の対義語として、「くせぐせし」(ひと癖ある。素直でない。ひねくれて意地が悪い)を挙げている。この語、昨日引いた『紫式部日記』の「あやしきまでおいらかに」の数行後に出てくる。
 『全訳読解古語辞典』(三省堂、第五版、小型版、二〇一七年)には、「おいらか」の両義性について以下のような解説があり参考になる。

『源氏物語』の「おいらか」なる女性たち
賛美の「おいらか」 人の性格や態度が「おいらか」と評されても、賛美される場合とそうでない場合がある。『源氏物語』では、花散里の素直でおだやかな人柄が「おいらか」であるとされ、若菜上巻以降になると[ …]紫の上が「おいらかなる人」として光源氏に称賛されている。
無関心ゆえの「おいらか」 一方、女三の宮も「おいらか」とされているが、こちらは物事に対する関心が少なく、感情も乏しいおっとりしたさまがとらえられている。紫の上も女三の宮も「おいらか」で、表面的には素直な感じになるが、その内実に大きな違いがある。

 この内実の大きな違いを、昨日引用した山本淳子説のように、「意図的」と「無意図的」との違いとすることができるであろうか。ちょっと無理な気がする。
 内実云々というと話が難しくなる。もっと単純に考えられないであろうか。たとえば、紫の上の「おいらか」さは、まわりの人たちをも穏やかな気持ちにするのに対して、女三の宮の「おいらか」さはまわりをがっかりさせる、とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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