内的自己対話-川の畔のささめごと

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宮沢賢治と米津玄師 ― 牧野静『宮沢賢治の仏教思想』(法蔵館、2023年)より

2024-04-17 00:00:00 | 読游摘録

 牧野静の『宮沢賢治の仏教思想』は、「あとがき」によると、2019年度に筑波大学に提出した博士論文をもとにしたものである。序章と終章は本書のための書き下ろしであるが、第一章から第八章及び補章は、博士論文の提出以前と以後に諸誌に発表した論考に大幅な改稿を施したものである。
 序章、補章、終章に米津玄師への言及がある。興味深い内容なのでそれらの箇所を引用する。
 まず序章から。

 賢治の描いた物語は、舞台化、映画化、漫画化、絵本化、アニメ化、ゲーム化など、複数のメディア展開を遂げながら読み継がれている。賢治のテキストにインスパイアされたこと明言している楽曲も、交響曲、ロック、ポップス、ヒップホップなど、幅広いジャンルに存在する。

 一例を挙げる。米津玄師(一九九一~)というシンガーソングライターがいる。若者を中心に絶大な人気を誇り、YouTube にアップロードされた彼の楽曲は、多いものは数億回再生されている。すでに日本を代表するアーティストとしての地位を確立しており、二〇二〇年八月に発売された彼のアルバム『STRAY SHEEP』は「WORLD MUSIC AWARDS」の CD アルバムセールス部門にて全世界で首位を記録するほどの売れ行きをみせた。このアルバムの最後には、「カンパネルラ」という曲が収録されている。ほんの少し調べればわかることだが、あるいは調べるまでもなく気づく人も多いだろうが、この「カンパネルラ」は、賢治の『銀河鉄道の夜』の登場人物である。
 この米津玄師のように、賢治の影響を受けた創作は、今もなお行われている。賢治は、非常に多岐にわたるコンテンツにおいて受容され続け、人気を誇り続けている。その点において、日本近代文学史上、他に類例をみない。

 次に補章「恋する賢治」の第三節「恋と熱病」から。

 この節では音楽の中の〈恋する賢治〉を扱うことで、受容史を担う人々が賢治に向ける欲望を探る。具体的には若者を中心に絶大な人気を誇るシンガーソングライター米津玄師が二〇一四年に発表した「恋と熱病」に注目する。

 米津は@hachi_08というTwitter アカウントを運用しているが、 Twitter 上であるファンから、「米津さんは宮沢賢治が好きだと聞きました。恋と熱病のタイトルは宮沢賢治の春と修羅の中に収録されている恋と熱病が関係していたりしますか?」と質問され際、以下のように答えている。

引用することで本家を汚してしまうことに罪悪感がありましたが、どうしても使いたかったので頂きました。           ―二〇一四年三月一日、@hachi_08

 自身が表現したいと思うものをあらわすには、どうしても賢治の作品からタイトルを採りたかったのだと米津は言う。その際米津が、「本家を汚してしまうことに罪悪感がありましたが」とはっきりと述べていることは非常に示唆的である。米津が実際に「本家を汚して」いるのかについては受け手によって評価が分かれるであろうが、重要なのは、米津が、賢治に自身の欲望を読み込んでいることを自覚しているという点である。

 そして終章から。

 米津の熱心なファンたちは、曲をより深く理解しようと、『銀河鉄道の夜』について、ひいては宮沢賢治について知ろうとするだろう。YouTube で公開されている「カンパネルラ」のミュージックビデオに、なぜ走る列車の映像が挿入されるのか。カンパネルラが『銀河鉄道の夜』の登場人物であり、銀河鉄道の乗客だからである。あるいは歌詞中の「真白な鳥と歌う針葉樹」が、『春と修羅 第一集』において宮沢トシを悼む「白い鳥」は「松の針」などの作品を連想させるものであると気づく人もいるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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