内的自己対話-川の畔のささめごと

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生成する生命の哲学 ― フランス現象学の鏡に映された西田哲学 第五章(二)

2014-05-28 00:00:00 | 哲学

1-西田哲学の生命論

1. 1全体論的有機体論からの影響(1)

 西田の生命論がその固有の展開を見せるのは、一九三〇年代半ば以降である。その展開にとって最も重要な契機となったのが、J・S・ホールデーンの『生物学の哲学的基礎』(J. S. Haldane, The philosophical basis of biologie, 1931)である。論文「論理と生命」(一九三六)から論文「生命」(一九四四-一九四五)にかけて、西田最晩年の十年間に発展・深化させられた生命論は、明らかに、ホールデーンの全体論的有機体論にその発想の基礎が置かれている。とりわけ、西田自身によって度々英語原文のまま引用されている『生物学の哲学的基礎』の次の一節は、西田の発想の源泉の一つである。

We perceive the relations of the parts and environment of an organism as being of such a nature that a normal and specific structure and environment is actively maintained. This active maintenance is what we call life, and the perception of it is the perception of life. The existence of life as such is thus the axiom on which scientific biology depends.
(全集第八巻四六一-四六二頁に引用されている原文のまま)

われわれが生物の各部分の関係およびそれと環境との関係として知覚するのは、生物の正常で固有な構造および環境の積極的な維持をもたらすような性質である。この積極的な維持こそわれわれが生命と呼ぶものであり、これを知覚することが即ち生命を知覚することなのである。それでこのようなものとして生命が実在するということが科学的生物学の準拠すべき公理であるのである。
(全集第八巻中の論文「経験科学」の注二四、五三六頁の邦訳)

 この一節には、呼吸システムの生理学的研究を専門分野とするホールデーンの生命現象の把握の仕方の特徴がよく表現されている。ホールデーンの考えに従えば、有機体とその環境との間での酸素と二酸化炭素との交換からなる呼吸は、酸素摂取がすべての生命活動の源であるという意味において、すべての生命現象の基礎を成す。このように呼吸のメカニズムから生命を考えるとき、有機体の内的環境と外的環境とは、互いにその構成要素を交換する関係にあり、有機体とその環境との間の境界は、それだけ相対的なものになり、両者は不可分であり、むしろ相俟って一つの全体を形成しているといったほうがよい。この関係は、有機体個体ごとに異なるのではなく、それら個体が属する生物種に共通する。つまり、生命活動は、有機体がその環境との間に、己が属する生物種に固有な相互関係を維持することからなっている。
 西田は、ホールデーンの生理学的生命論の中に、自身の哲学の根幹である「場所の論理」と共鳴する物の見方を見出している。ホールデーンの生命論によって開かれたパースペクティヴにおいては、生命は、環境から独立してそれ自体で自律する実体ではないことは、先の引用からも明らかである。生命は、それとはまったく逆に、一個の有機体とその環境とが相互作用を及ぼし合う〈場所〉において、捉えられなくてはならない。より西田哲学の方に引き寄せた言い方をすれば、生命は、〈場所〉そのものの自己分節化として生まれた、有機体の種的規準的構造とその環境との間の関係が能動的に維持されているところで、それとして捉えられなくてはならない。種的に固有な形態・構造・機能とその環境との動的相互関係を、西田は、「世界が世界自身を限定する形成作用」(全集第八巻一九頁)と呼ぶ。論文「論理と生命」の中で、西田は、ホールデーンの『生物学の哲学的基礎』に明示的に言及しながら、その生理学的生命論を、生物種の形態・構造・機能およびその環境を相互的な表現作用の動的体系として捉える西田自身の生命の哲学に、実証的な基礎づけを与えるものとして組み入れようとしている。












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