内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

哲学的思考の型としての日記(六)― 日録の技術的可能性の条件としての製紙技術と機械式時計の普及

2020-02-27 09:00:00 | 哲学

 今日の私たちが日記をつけようと思い立つとき、その筆記手段や記録媒体の選択に迷うことはあっても、それらの入手そのものに困難を覚えることはまずない。手書きであれば、市販の日記帳は大小選り取り見取り、もっと安価な普通のノートを使用する人もあれば、贅沢な作りのノートを好む人もいるだろう。パソコンで日記をつけている人もとても多いにちがいない。
 しかし、紙そのものが普及していなかった時代には長期間保存可能な記録媒体を入手すること自体がきわめて困難であった。それに、希少で高価な羊皮紙を入手できる立場にあったとしても、それをまったく私的な日常の記録のために使おうという発想はそもそもその時代にはありえなかった。
 ヨーロッパにおいては中世末期になってようやく個人的な日記をつけるための「可能性の条件」が徐々に調っていった。十四世紀に製紙技術がヨーロッパに普及し始めてはじめて長期保存可能で実用的な所記媒体が比較的容易に入手できるようになり、それが日常的筆記を可能にする。
 それとほぼ時を同じくして機械式時計の発明が中世人たちの時間意識を変えていく。中世ヨーロッパ最初の時計職人は修道僧であったが、それは一日の祈祷時間その他修道生活の諸作法を厳格に遂行するために正確な時計を必要としたからである。その時間の管理のために紙上の記録が利用されるようになる。
 つまり、紙と時計の普及が日録という習慣成立のための技術的可能性の条件であった。中世の製紙技術と機械式時計制作技術が近代的時間意識とその管理方法を準備したと言うこともできる。実際、近代フランスでは、十六世紀から十八世紀にかけて紙に記された種々のタイプの日録が普及する。
 しかし、これらの技術的・経済的・社会的諸条件だけでは個人の内面の記録としての日記の成立を充分に説明することはできない。特に、フランス固有の歴史的条件として、カトリックの教説が私的出来事の日録の普及をむしろ妨げる方向に作用したことを指摘しなくてはならない。自分のことについて書くとき人はどうしても自分に甘くなりがちだというのがその教えである。
 自己の可変的な心情をそのまま日々記録していくことが外在的諸条件によって可能になっただけではなく内的必然性となったことを事実として確認するためにはフランス革命後まで待たなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿