内的自己対話-川の畔のささめごと

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愛着アプローチ ― オキシトシン欠乏社会の中で「なつかしい」場所を(再び)見いだすには

2020-10-25 23:59:59 | 読游摘録

 以下、岡田尊司の『愛着アプローチ 医学モデルを超える新しい回復法』(角川選書 2018年)から摘録し、それに若干の私見を添える。
 愛着(attachement)という現象に着目し、理論化したのはジョン・ボウルビィという精神科医である。この仕組みは人間だけのものではなく、哺乳類に共有される生物学的な仕組みである。愛着理論は、この生物学的側面を重視したことで、精神分析などの心理的なアプローチとは、決定的な違いをもつ理論となった。この理論は、一九七〇年代ごろにほぼ確立される。
 この理論によると、幼い子どもと、その子を特別な関心と愛情をもって世話をする養育者との間には、愛着という特別な結びつきが生じる。それによって幼い子どもは、養育者にいつもくっついていようとする。養育者もまた、子供が離れると、不安を感じて警戒することで、外敵や危険から守ることができる。
 愛着の働きは、それにとどまらない。安定した愛着の絆が生まれると、子どもは外の世界に対して関心を示し、探索行動をとるようになる。その結果、社会性や知的な発達が促される。安定した愛着を結んでいる親子においては、親が「安全基地 safe base」として機能している。
 愛着が親子関係においてとりわけ重要なのは容易に納得できることだ。しかし、それだけでなく、誰かとの関係において形成された愛着に基づいた安全基地があるかどうかは、誰にとっても安定した精神生活を送る上できわめて重要だろう。
 この安全基地とは、私たちにとって「なつかしい」場所である。「なつかしい」という情緒が自ずと湧き出て来る場所である。
 安全基地の条件として、応答性と感受性が重要である。応答性とは、子どもの反応に対して、的確に応えることであり、感受性とは、子どもの気持ちや意図を読み取ることである。高い応答性は、高い感受性があってはじめて可能になる。安全基地のこの二条件も親子関係に限定されるものではない。
 愛着理論は、精神分析とは本質的に異なる生物学的基盤をもつ理論であったにもかかわらず、精神分析の亜流のようにみなされ、精神分析の衰退とともに、過去のものとして忘れられていた時期もあった。
 愛着理論の復権の大きな要因の一つは、愛着の生物学的な仕組みが、分子レベルで解明されるようになったことである。オキシトシンというホルモンが親子や夫婦の絆を支えていることがわかってきた。さらに、二十一世紀になって、オキシトシンには、驚くべき働きがあることが解明された。社会性を高め、目を合わせたり、親密な感情を抱いたり、困っている人をやさしく助けたり、寛大に相手を許したりすることにも、またストレスや不安を軽減し、落ち着きを高め、じっとしていることにもオキシトシンの働きが関係していることがわかった。
 精神疾患がかくも多い現代社会は、「なつかしい」場所を喪失した、オキシトシン欠乏社会と言うことができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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