内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「Rain(I Want a Divorce)」『ラストエンペラー』より ― 追悼・坂本龍一

2023-04-09 23:59:59 | 私の好きな曲

 先月28日に逝去された坂本龍一氏が作曲された楽曲中フランスでもっともよく知られているのは、おそらく、「戦場のメリークリスマス」である。私もこの曲が好きだ。彼自身が弾くピアノ・ソロ・ヴァーションをいったい何度聴いたことだろう。
 大学で試験時間終了を知らせるのに、「試験時間終了です」と言うかわりにこの曲を流すことがある。学生たちには、試験開始前に「試験時間終了時、日本人が作った曲が流れます」とだけ予告しておく。
 この曲が流れ出すと、教室の空気がたちまち変わる。それまでの緊張が解け、みな自ずと筆記用具を置く。そして、答案を提出するとき、一人か二人、「先生、私、この曲、大好きです」と言う。
 先週木曜日の授業のはじめに、「先月28日、世界的に有名な日本人作曲家が亡くなりましたが、誰だか知っていますか」と聞いたら、反応がない。「サカモトリュウイチです」と言ってもまだピンときていない。「でも、この曲は知っているでしょう」と、曲を流すと、みんな「ああこの曲か」という顔をした。追悼の意を込めて、この曲を静かに流しながら、授業を始めた。
 数ある坂本氏の楽曲のうち、私が偏愛していると言ってもいいのが、今日の記事のタイトルに掲げた曲である。
 映画『ラストエンペラー』は、私が日本で公開と同時に映画館で観たことのある数少ない映画の一つである。その圧倒的なスケールの映像に魅了されると同時に、坂本龍一の音楽に深く心を動かされた。
 その中で最も好きな曲が、溥儀との別れを決意した第二皇妃の文繡(演じているのはヴィヴィアン・ウー)が降りしきる雨の中を歩いて去るシーンで流れる「Rain」である。
 文繡が自室を出て、溥儀と正室婉容の居室のドアの下に置手紙を差し込んだ後、階段を駆け下り、雷雨が激しく降る中、自ら正面玄関の扉を開けて外に出る。溥儀の召使いの大季が彼女の後を追いかけ、傘を渡す。それを受け取り「ありがとう」と言って文繡は一人雨の中をゆっくりと歩き始める。数歩歩いたところで、立ち止まり、降りしきる雷雨を見上げ、わずかに微笑み、「要らないわ」(I do not need it.)と傘を捨て、歩き始める。そして、もう一度「要らないわ」と言いながら走り去る。
 このシーンはわずか一分半だが、音楽と映像とが見事に融合していて、最初に映画館で観たときから忘れられないシーンだった。
 この曲には、ピアノと弦楽器だけの室内楽バージョンもあるが、映画で使われたオーケストラバージョン(サウンドトラック版)の方がやはり好きだ。
 今日、復活祭の日曜日の午後、氏の冥福を心より祈りつつ、『ラストエンペラー』の全長版(三時間四十分)を鑑賞した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
坂本龍一のこと (funkytrain)
2023-04-12 11:03:48
久々に書き込みさせていただきます、80年代後半に辻村公一ゼミにいたことがある者です。
楽曲「Rain」は映画を盛り上げる最高の音楽でしたね。『ラストエンペラー』の音楽を坂本龍一が担当するに際しては、巨匠エンニオ・モリコーネがベルトルッチ監督に「おれに作曲させろ」と迫ったという逸話が残っています。そんなイタリア人同士の間に割って入って有無を言わせぬ傑作を作った坂本龍一はさすがであります。
ドンピシャでYMO世代である私ですが、高橋幸宏に続き坂本龍一まで逝ってしまい、なにやら受け止めようのない動揺を味わっております。
サイト主さんもご存じでしょうけれども、私はアルバム『音楽図鑑』に収録された「Self Portrait」を訃報を知ってすぐに聴き返しました。なんといっても自画像という標題が付けられていますので。この曲はホ長調のカノン進行から長三度上の嬰ト短調へとスムーズに進むのが、えもいわれぬ心地よさで、その後もひんぱんに転調を繰り返していく構成がなんとも「さすが」の一言です。最後はメインキーと五度関係にあるロ長調で終わっていきます。転調の坂本の面目ここにあり、と。
「Rain」もまた、音階を順に上昇するだけのシンプルすぎるメロディと効果的な転調とが絶妙に組み合わされた名曲ですので、この二曲はそういう意味で構造が似た曲だと思います。極限までシンプルな素材を高度な編曲でシンプル以上のsomethingにする技術と申しましょうか。
ちょっと坂本龍一なので熱くなってしまいまして失礼いたしました。
歳をとると、日々、自分の世代のヒーローたちが亡くなっていきますね。
https://www.youtube.com/watch?v=-2OyL6EA5Sc

コメントを投稿