内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「憧憬」(Sehnsucht)は「郷愁」(nostalgie)ではない ― 哲学的考察の試み(三)未知・未来志向性と既知・過去志向性

2019-11-26 23:59:59 | 哲学

 昨日の記事で見たような意味が Sehnsucht にあることから、それが nostalgie と近い概念と見なされるようになったことは理解できる。実際、このドイツ語をフランス語に訳すとき、nostalgie という語がしばしば用いられている。この感情を懐く主体の苦しみとその感情を懐かせる対象の漠然として非物質的な性格が両概念を接近させている。
 しかし、nostalgie固有の意味は、回帰不可能性、既知の何ものかへの回帰願望と結びついた苦しみであることを忘れるわけにはいかない。Sehnsucht には、この回帰という含意はない。それとはまったく反対に、このドイツ語は、なによりもまず、憧れるものへ向かっての出立願望と結びついている。
 Sehnsucht が遥か彼方へと向かい、過去よりも未来を志向しているのに対して、悲歌的感情を伴う nostalgie は、悔恨という形を取って表現されることが多い。過去を志向していない nostalgie の用例を見出すことは難しい。
 以上から、nostalgie というフランス語は、Sehnsucht の訳語としてきわめて不完全だと言わざるを得ない。
 このフランス語が、過去の既知なるものではなく、未知なるもの、したがって未来への思慕を表す語として用いられている例の登場は十九世紀を待たなくてはならない。それは、次のボードレールの散文詩に見ることができる。

Nous fumâmes longuement quelques cigares dont la saveur et le parfum incomparables donnaient à l’âme la nostalgie de pays et de bonheurs inconnus, et, enivré de toutes ces délices, j’osai, dans un accès de familiarité qui ne parut pas lui déplaire, m’écrier, en m’emparant d’une coupe pleine jusqu’au bord : « À votre immortelle santé, vieux Bouc ! »

« Le joueur généreux »

 しかし、この用法は例外的であり、nostalgie という語の支配的調性は過去への志向性にあることに変わりはない。












最新の画像もっと見る

コメントを投稿