内的自己対話-川の畔のささめごと

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「離れて近く」― 井筒豊子『井筒俊彦の学問遍路―同行二人半』(慶應義塾大学出版会、二〇一七年)

2018-08-19 23:59:59 | 読游摘録

 本書の著者である井筒豊子は一九二五年生まれ。一九五二年に東京大学文学部文学科仏文学専攻を卒業。その年に井筒俊彦と結婚し、一九九三年に井筒俊彦が亡くなるまでその伴侶として連れ添う。昨年二〇一七年四月、脳梗塞のため死去。享年九十一。一九五九年に始まり、それ以降二十年に及ぶ井筒俊彦の海外研究生活には、どこに行くにもつねに同行した。
 本書は、その間の海外諸国の研究者たちとの出会い、カナダ・マギル大学、エラノス学会、イラン王立哲学アカデミー等での研究と生活を豊子夫人が語ったインタビュー、エッセイ、論文からなっている。
 それらの中で語られ、あるいは綴られたエピソードの数々は、井筒俊彦の人となりと学問を知る上でとても興味深いばかりでなく、インタビューでの謙虚率直で飾らない語り口、エッセイから立ち上る文学的香気(三十代前半にはご自身小説も書かれ、『白磁盒子』という小説集を一九五九年に刊行されている)、論文(「言語フィールドとしての和歌」「意識フィールドとしての和歌」)の理論的骨格のしっかりした犀利な分析もまた本書の魅力である。
 インタビュアーによる附記から私にとってとても印象的な一段落を引いておく。

 そもそもこのインタビューの目的は、井筒先生のおよそ二十年におよぶ海外における研究活動や交流育成の知られざる姿を語っていただくことだった。井筒は研究し私は食事を作っていただけです、と何も語られなかった謙虚な豊子夫人も、或るときから、気持ちを変えられた。そして、自ら標題を、「井筒俊彦の学問遍路」とし、同行二人半(「どうぎょうににんはん」と読む。引用者注)、という副題をつけてまとめ上げられた。学問とそれを支える人生は対立ではないが、井筒の生涯を空海と歩む学問遍路にたとえれば、自分は本来ついて行く身ではないが、終生従って行く決心だった。離れて近く、と述べておられた。(82-83頁)

 井筒俊彦という不世出の天才学者の伴侶もまたそれにふさわしく稀有なお人柄であったことを本書はその全体としてよく伝えている。












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