南町の独り言

様々な旅人たちが、日ごと行きかふ南町。
月日は百代の過客、今日もまた旅人が…。

余計な心配事

2011-11-20 22:00:57 | Weblog
最近、眠れない日々が続いています。
なにがどうということではないのですが、余計な心配事に心が囚われてしまいます。
自分自身のことならば、朝から晩まで駆けずり回って、なんとかなろうがなるまいが片付けられます。
これまでもそうであったように、自分自身のことならば、なんとでもなります。
でも他人のこととなるとそういう具合にはいきません。

毎朝計っている血圧が高いので女房は心配して話を聞きたがります。
でも人に話ができるくらいならこうはなりません。
それでも一般的な話に例えて、話をしてみました。

案外と心が軽くなりました。
誰かに話を聞いてもらうっていいことですね。
あらためて思いました。

ついでにウィスキーの水割りを飲んで、頭の中にある黒い石ころを溶かして寝ようと思います。
石ころの正体は分かっていますから、今夜は熟睡できそうです。

財テクと強欲

2011-11-19 16:08:26 | Weblog
オリンパスの不祥事件の真相が次第に明らかになってきました。

80年代のバブル全盛期には企業だけでなく、サラリーマンや主婦までが財テクに走りました。
“ど素人”たちが次から次へと株式売買に手を染めていきます。
かくいう私も同様で88年の手帳を見ましたら、10銘柄ほどの株をやりとりしていました。
37歳の若造ですから、総額60~80万程度の遊びです。
私の周りの人たちも多くが浮かれていたと記憶しています。

当時、電電公社が民営化されるということで、NTT株が話題になりました。
額面5万円の株券が120万円で売り出され、お金持ちは抽選に参加し何株も購入していました。
不思議なことだと思っていましたが、その後、NTT株の初値には160万円がつきました。
買っていた人たちは得意満面で、「この株はまだまだ上がるんだ」と豪語していました。
その通りに株価はどんどん上がっていき、なんと318万円まで上昇します。
まさにバブル絶頂期でした。
そしてバブルは破裂し、一気に株価は急降下、92年には40万円台となっていました。
安く買って高く売り抜けた人たちは少数です。
多くの人たちは儲けたお金を次から次へと再投資し、最後に婆をつかみました。
それが原因で会社を辞めていった人もありました。

オリンパスも80年代の財テクに走った口でしたが、90年代に失敗し大穴を開けてしまいます。
そのうちに日本企業にも時価会計制度を導入することとなってきました。
時価会計制度を導入すると巨額な損失が明らかになってしまうために一計を企てます。
ケイマン諸島に設立された投資ファンドなどに損失を移す「飛ばし」をしたのです。
ケイマン諸島とは、ある意味、闇の金融取引が盛んで、司法の手が入りにくい特殊な国家です。
暴力団やマフィアのお金がここを通してマネーロンダリングされています。
多額の損失を穴埋めするためにオリンパスは企業買収のからくり工作を用いました。
たとえて言えば10億しか価値のない会社を100億で買収し、90億の穴埋めに充てるというからくりです。
もちろんその会社の株主はケイマン諸島の投資ファンド会社です。
この手のからくりには必ず闇の勢力がつきまといます。
そんな報道もアメリカではされはじめている模様です。

財テクと強欲の境を見失うと大変なことになりますね。
強欲は捨てて、欲もほどほどにいたしましょう。


怖いマネー記事

2011-11-18 16:15:45 | 経済
気になったふたつの新聞記事を紹介します。

ひとつめは17日日経夕刊記事です。
大見出しは「ヘッジファンド投資 欧米年金拡大」。
欧米先進国の年金基金がヘッジファンドへの投資を拡大しているという内容です。
レバレッジを効かして悪さをしたり、株や通貨の空売りなどで悪名名高いファンド会社への投資は高リスク高リターンです。
虎の子の年金資産を、ここで運用することが正しいことだとは到底思えません。
しかし現実に世界のヘッジファンドの運用残高を調べてみますと、かつての主要顧客だった富裕な個人投資家は減少しており、逆に機関投資家の資金が2002年の20%から53%まで上昇しています。
投資会社は運用成績を上げるために、手段を選ばず攻めたててきます。
どこが攻められるのかは分かりませんが、自らの将来(年金)資金で自らの首を絞める結果にならなければいいがと思います…マネーゲームの再燃が心配です。

ふたつめの記事は、18日の静岡新聞です。
大見出しは「危機、スペイン波及も 国債利回り7%目前」。
ギリシャやアイルランドは国債利回りが7%を超えた後に、IMFやEUによる財政支援を受ける状況に追い込まれました。
ユーロ圏第3位のイタリアでも財政危機により、ベルルスコーニ首相が退陣して新内閣が発足しましたが、いまだ混乱は収まっていません。
そのイタリアに続きユーロ圏第4位のスペインにまで財政危機が波及し始めており、両国の国債利回りが7%目前にまで迫っています。
イタリアやスペインの国債は世界中の銀行や機関投資家たちが保有しており、もしこれがデフォルトすれば世界経済は大混乱に陥ります。

どちらの新聞記事もきわどい現状の姿を報道しています。
我が国の政治家たちよ、政局を争っている場合ではないですよ。

TPPに中国を誘わない訳

2011-11-17 20:02:01 | 経済
中国政府首脳が「わたしたちはTPPへの招待を受けていない」と半ば面白くなさそうなコメントを発していました。
なぜアメリカは中国に声すらかけないのか?と不思議に思っていました。
ある経済評論家がこんな話をしています。
「中国のWTO加盟によって、今やWTOはその機能を失ってしまった」
WTOとは世界貿易の自由化を推進する機関で、加盟国とは厳格な協定を結び、多国間での国際貿易ルールを規定する大変重要な機関です。
国際貿易はある意味形を変えた戦争でもありますから、様々な貿易摩擦や問題を起こします。
貿易問題はルールに基づいて解決すべきものでありますから、当然、そのルールを守る約束無しでは仲間に加われないのですね。

世界貿易の自由化や多角的貿易の実現は、自由主義国家における昔からの目標でした。
世界がほんとうにひとつになれれば、不幸な戦争は起こりませんし、無駄な軍事力を持つ必要もありません。
世界貿易の自由化推進を図るために、1986年から95年にかけて行われた通商交渉を「ウルグアイ・ラウンド」と呼びました。
この協議によってGATT(ガット)を改組して設立された世界貿易機関がWTOです。
中国は1986年にWTOの前身であるGATTに加盟を申請していましたが認められず、15年の歳月を経て2001年11月にWTO閣僚会議においてようやく加盟を承認されました。
当然、加盟時にはWTO協定にサインし、様々な約束事を交わしました。
しかしその後、WTO内にある「紛争解決機関」には、中国の協定違反に対する疑義が多く寄せられることとなります。
その結果どうなるかといえば、先の経済評論家が述べたようにWTOの形骸化が起こってしまうのです。

その事実を「不公正貿易報告書」で見ることができます。
企業誘致を勧められて工場を建てたが、突然立ち退きを求められた例。
十数%あった税還付金が突然撤廃された例。
中央と地方で対立してにっちもさっちもいかなくなった例。
レアアースなどに代表される輸出数量枠の例。
自動車ノックダウン部品に対する完成車並の25%関税の例。
などなど、いっぱい実例が出されています。

要するにこのようなWTO体制ではもう公正な貿易は期待できないから、TPP体制で新たな構築をしたいという狙いがあると評論家は言います。
もちろん国際貿易の世界ですから、また違った狙いもあるかもしれませんが、日本が組するチームは中国でないことだけは明らかです。
ぜひ報告書を読んでみてください。



あたり前田の…

2011-11-16 22:11:55 | ユニオン
つい親父ギャグが出てしまいました。
「そんな馬鹿な、そんなことは“あたり前田のクラッカー”でしょうが!」

今日は執行委員会終了後にセミナーを開催しました。
テーマは連合中央アドバイザーのT氏を招いての「組織防衛セミナー」です。
どんづまりの労働運動、組織拡大に力を注いでいる一方で、足元から崩れていく労働組合に、私も大いなる危機感を抱いています。
そんな危機感から本日のテーマを選びました。

T氏はユニオン・ショップ協定に胡坐をかいている現状を憂いて、根本から労働組合の必要性・大切さ・ありがたさを、現場地点で説いていく必要性を訴えてくれました。
まったく同感です。

終了後、T氏と夕食を共にしながらオフレコの話し合いを、致しました。
オフレコですからここで開陳することはできませんが、信じられないような話も聞きました。
その時に思わず出た言葉、「そんな馬鹿な、そんなことは“あたり前田のクラッカー”でしょうが!」

充実した1日でしたが、坂道を駆け堕ちている実態を、心底から実感しました。
せめて静岡県だけは、そうならないように努力したいと思いました。


まさか?自殺行為だよ

2011-11-15 17:25:39 | 政治
出勤途中のラジオで政府・民主党が「製造業派遣の原則禁止」条項を削除することで自・公と合意の報道を聞きました。
瞬間に耳を疑いましたが、事務所に到着して新聞チェックしますと、確かに毎日新聞で報じられています。
派遣労働者への不当な処遇を防ぐための「労働者派遣法改正案」の骨子は、仕事のある時だけ短期契約を結ぶ「登録型派遣」と、「製造業派遣」を原則禁止するというものです。

この法案は昨年の通常国会に政府が提出しましたが、規制強化により企業経営が圧迫されるとして自民・公明両党が強く反発し、継続審議となっている法案です。
東日本大震災や急激な円高によって経済状況が一変したことを理由としている民主党幹部の声が紹介されておりましたが、まさにこの選択は民主党の自殺行為です。
マニフェストで約束されていることでもありますが、それよりも鳩山・菅で地に落ちた民主党への最後の希望がこの「労働者派遣法改正」だったからです。

日本の雇用社会を根底から崩し去ったこの悪法はどこから産まれたのでしょうか?
戦後の日本はひたすらその復興のために駆け上りました。
そしていつしか世界第2位の経済力を持つまでになりますが、1985年のプラザ合意で急激な円高を余儀なくされます。
しかし日本経済はその後も世界から求められた内需主導経済を歩むことなく、1990年入管法を改正し低賃金の日系外国人労働者に門戸を開きます。
1995年に経団連は「新日本的経営システム」を発表し、それまでの終身雇用制を崩壊させていきます。
そして1999年には、製造業へも労働者派遣を認めるという「新・労働者派遣法」が自民党政権の下で産まれたのです。
低賃金で使い捨て自由の労働者を得た日本経済は息を吹き返していき、大企業の多くが過去最高益を叩きだしていきました。
それがリーマンショックで一転し、派遣労働者は失業者の群れになって、日本社会をさらに暗いところに追いやりました。

経済回復が労働者の犠牲によって為されたとしても、それは円高という結果でしか返ってきませんでした。
労働者にとって、日本国民にとって、まさにこの「労働者派遣法」は悪法でした。
政権交代にかけた労働者の切なる思いを、まさか裏切らないと最後まで信じていますが、まさかが起きたとしたら…まさに民主党の自殺行為でしょうね。

24冊目の手帳

2011-11-14 18:23:26 | Weblog
本日11月14日から、晴れて来年度の新手帳に変わりました。
半月間ほど新旧2冊の手帳を持ち歩いていたのでホッとしています。
10月初旬から来春以降の予定が入ってきますので、どうしても新旧2冊が必要になるんですね。
キャパの少ない私は今日のことだけで頭がいっぱいですし、うっかり記入ミスをしたりすれば大変なことになります。
以前2日間だけでしたが、手帳を見失って大慌てしたことがありました。
それ以来、手帳に加えてネット上でもスケジュール管理を怠らないようにしてはいますが、まずは手帳記入から始まります。

物持ちの悪い私ですが、なぜか手帳だけは大切に保管してあります。
特に、今使っているタイプが肌に合うので、来年度の手帳で24冊目になります。
古い記憶を手繰り寄せたいときには取り出して眺めたりもしますが、それも楽しいものです。
「将来を見失った者は、過去を語りはじめる」と言いますが、おそらく私は未来を見失うことはないでしょうから、これらの手帳は私とともに消え去る運命にあります。
そう考えると、もう少ししみじみと眺めてあげてもいいかな、とそう思いました。

心の開放

2011-11-13 20:52:40 | Weblog
風邪気味のために半日布団の中で静養していましたが、良くなる兆しもないために起きてフォーカシング講座に出席しました。
月に1回のみの講習ですから、1回休むと後が続かないような気がします。
他のメンバーに風邪が移らないようにとマスクをしていきましたが、先生からはあまり無理をするなと諭されました。
辛いときは無理をせず休みなさいということでしょうか?
性格上“ねばならない”“であるべき”病が、時折出てしまうのかもしれません。

今日も自分の内側を見つめる訓練です。
呼吸を整えて徐々に喉元から胸元にかけて思いを集中させていきますと、“なにか”が感じられてきます。
その“なにか”が何なのかをひとつずつ確認していきますが、それは「心配事」だったり「期待感」だったり「身体の痛さ・辛さ」だったりします。
確認できたひとつずつを“どこか”に置いてきます。
近くへ置きたいものは近くへ、遠くへ置きたいものは遠くへ、とにかくひとつずつ“どこか”に置いてきます。
心の内側にあった“なにか”がすべて“どこか”に移ると、心の中にぽっかりと平原のような空間が現れました。
そうしたうえで“どこか”に置いてきた“なにか”のひとつに焦点を当ててみます。

そのひとつの“なにか”を見続けていくと“なにやら”を感じ始めました。
その“なにやら”を相方に言葉で伝えていくのですが、そんなプロセスの中で不思議なことが起きるんですね。
自分でも気がつかなかったことを、ある時ポンと気づいたんですね。
それは私にとって「希望の光」でした。
風邪は治せませんでしたが、心のどこかに兆しが生まれました。
きっと明日は風邪も良くなることでしょう。

幸多かれと願う

2011-11-12 16:40:51 | Weblog
横浜での結婚披露宴に呼ばれました。
若い二人の趣向でしょうが、なかなか個性的な披露宴でした。
なにかスタンダードが懐かしく思えてきました。
歳をとった証拠でしょうか?

それでも若い二人が巣立つ姿には明るい未来を感じます。
ほこほこした気持ちで帰路についています。

2011,11,11,の11,11

2011-11-11 17:29:35 | Weblog
全労委の総会を少し早く抜け出して沼津へ急ぎました。
東部生産性本部の創立50周年記念式典に参加するためです。
来賓席に座って資料を見てはたと気がつきました。
(今日は2011年11月11日だ。しまった!)
数日前からこの1が続く日の11時11分に“なにか”のイベントを仕込もうと考えていたからです。
たとえば身の回りの“なにか”を買うとか、写真を撮るとか…下らない思いつきに少しワクワクしていたんです。
ところがそんなことはすっかり忘れていまして、気がついたときは午後2時でした。
記念すべきその時は、思い出してみると東京中野駅のホーム上でした。
あーあ残念!