北島邦彦の「すぎなみ未来BOX」

元杉並区議会議員(2007-2011)北島邦彦の活動日誌 e-mail kjmirai@jcom.home.ne.jp

東京西部ユニオン合宿

2011年07月19日 | 日記
暑い、暑い…と言っていたら、ブログの更新がすっかりお留守になってしまいました。この数日間にも世の中はガンガンと動き、私も実は忙しかったのです。
7/17~18と、千葉県勝浦で東京西部ユニオンの合宿がありました。今年の合宿の学習テーマは「戦後労働運動と国鉄闘争」でしたが、予想どおり(?)講師が用意したレジュメの30%も進みませんでした。しかし!おもしろかったですよ。「戦後革命期」における労働運動の動向は、まさにいま現在の労働運動とそれに関わる者たちへ、ビンビンと様々なことを問いかけています。もとより歴史がそのまま繰り返されるわけではなく、過去の経験がそのまま現在の判断の根拠になることはほとんどありません。しかし、「歴史を学ぶ」ことの醍醐味を存分に感じることのできる時代情勢であることはまちがいありません。それと、日本共産党スターリン主義の度し難いまでの誤りと裏切りは明らかですが、その「指導の誤り」と言っていれば済まされるというものでもありません。どんなに正しくても、少なくとも当時の日本共産党スターリン主義が組織した程度の労働組合を組織化できなければどうにもならないわけです。そうならば、その理論と組織はそもそも「正しい」わけではなく、「まちがっている」と歴史的には断罪されるでしょうから。


お世話になった民宿の目の前に広がる勝浦の海岸

山口県立岩国高校同窓会東京支部幹事会

2011年07月14日 | 日記
わが山口県立岩国高校の同窓会には東京支部というのがあって、私は1978年卒の幹事を務めさせてもらっています。毎年10月中旬に支部総会があり(昨年は190人ぐらい!の同窓生が集まっていましたよ)、その出欠確認のハガキを出すのが主たる役割です。今日はその幹事会が新宿であり、選挙に落ちた年だからこそこうした催しには参加しなければならないと(先日も中央大学学員会杉並支部の総会にも出席してきました)、汗を拭き拭き参加してきました。幹事会ともなると大先輩ばかりで、私のような世代が一番下ということになります。昨年お会いした時と比べると体調を崩されているように見受けられる先輩もあり、お見舞い申しあげます。やはり話題の中心は3・11-福島原発事故であり、仕事上で原発に様々な形でかかわっている諸先輩もあり、勉強になることもたくさんありました。そして中国電力が計画している上関原発。私たちの故郷から20kmも離れていない場所での計画であり、東京に住んでいる同窓生の関心も一気に高まっているようです。
女子バスケ部の1年後輩のSさんも元気そうで、最近自転車を始めたとかで真っ黒になっていました。

8・6ヒロシマー8・9ナガサキの課題

2011年07月13日 | 日記
今年の8・6ヒロシマ―8・9ナガサキの反戦反核闘争は、3・11―福島原発事故という未曾有の事態を受けて、例年以上に多くの課題をかかえた闘いとなりました。そのなかでもきわめて重要な課題が、反原発闘争をヒロシマ―ナガサキの闘いと一体のものとして位置づけ、反核闘争の歴史的大飛躍をかちとる論理と運動をつくりあげることです。8・6ヒロシマ大行動の過程で、「すべての原発いますぐなくそう全国会議」(略称:なくそう全国会議=NAZEN=NZN)の結成が決まりました。ありとあらゆる反原発行動を創出してそれを伝播させていく、そうした“媒体”になれる運動体に発展させていければいいですね。

反原発闘争に参加する青年たちと全共闘世代の若者たち

2011年07月12日 | 日記
昨日の「反原発1千万人署名運動・東京西部」の結成集会で、初めて参加してくれたK君が興味深いことを提起してくれました。彼はこの反原発闘争の高揚の中で、同世代の青年たちをこのうねりにもっと引き込みたい、ただデモして終わりじゃなくて次のステップに一緒の進みたい…などと考えているそうです。けれども周囲の同世代の人たちはなかなかノッてくれない。これはなぜか?かつての全共闘世代の若者たちはどうだったのだろうか、現代の青年たちとは違った若者たちだったのだろうか?私のように“耳学問”で知識として全共闘運動を知っている者ではなく、ホンモノの全共闘世代のおじさんが応えていました。「同じだよ!」そう、若き人間としてのありようはまったく変わりなかったと、私も思います。確かに、生活状況とか教育環境とか、大きな違いはあったでしょう。ただ、それが若き人間としてのありよう…怒り、情熱、魂、正義を求める心…などに本質的な違いはないでしょう。しかし、決定的な違いが少なくともひとつはあります。それは、自分がすぐにも参加すべきだと確信することのできる労働組合運動の存在です。いざ入ってみればすぐに幻滅せざるをえないものでしかなかったとしても、そう思わせる存在としての「階級的」労働組合運動の存在が、全共闘世代の若者たちにはすぐに見えるものとしてあったけれども、現代の青年たちにはよくよく社会を見すえていかないと見えないものだということではないでしょうか。K君!みんなで一緒に「見すえていく」活動を、コツコツと倦まずたゆまずやっていこうね。

「反原発1千万人署名運動・東京西部」結成さる

2011年07月11日 | 日記
フクシマとヒロシマから呼びかけられたすべての原発の即時停止・廃止を求める1千万人署名を、原水爆禁止運動の発祥地であるこの杉並から大飛躍させようと、「反原発1千万人署名運動・東京西部」(略称:反原発・東京西部)が正式に結成されました。もとより署名運動の推進に限定せず、反原発闘争を出発点にした社会変革運動に成長していけばいいなあと思っています。そしてこの運動をすすめるなかから、多くの青年労働者・学生や若き母親といった人たちとの交流を持つことができればいいですね。

昨日は反原発★反失業吉祥寺デモ②と、反戦反核東京集会が開かれました。この2つの行動の間に中野駅街宣も挟み込んで、しかも夜の集会終了後には大交流会の幹事ということにもなっていて、ぐったりと暑さ負けしてしまいました。反戦反核東京集会でとりわけ印象深かったのは、三里塚芝山連合空港反対同盟・萩原進さんの発言でした。「農民は放射能被害を避けるために、家畜を連れて避難したり畑の土を持って避難するわけにはいかない。だから、自分の農地を守るということが原発に反対する闘いになる。だから三里塚農民にとっては、軍事空港に反対する闘いと原発に反対する闘いはまったく一体のものだ」と。こうした発想のなかに、三里塚闘争の根太さがあるんですね。