一人想うこと :  想うままに… 気ままに… 日々徒然に…

『もう一人の自分』という小説を“けん あうる”のペンネームで出版しました。ぜひ読んでみてください。

古民家

2005-10-16 22:07:08 | 日記・エッセイ・コラム
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 古民家。といっても本州で言う築何百年の立派な民家のことではない。
歴史の浅い北海道にはそのようなものはほとんど存在しないし、厳しい風雪に何百年も耐えるのはまず無理だろう。
 ここで言う古民家とは古い木造住宅のことである。
屋根は当然三角屋根。壁は板張りで庭に面して縁側がある。
今では本当に珍しくなった本州の建築様式を残した家である。
今日はその家にまつわるお話。

 僕はハルカの死後しばらくは落ち込んで家の中にいた。
しかし、それも三日だけ。
やはり僕はおもてに出たい。自由に散歩したい。
そう思って何度も何度もベランダの窓を引掻いた。
根負けした奥様は、また僕を自由に出してくれるようになった。
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 僕はベランダに出ると、ぶどうの木を伝って庭に下りた。
やはり外は気持ちが良い。
一通り庭を散歩すると玄関先に回った。
僕の姿が見えなくなったからか、二階の窓から奥様の呼ぶ声が聞こえる。
そんな事かまってられない。
今日はどうしても行ってみたいのだ。
ハルカが住んでた向かいの木の家に。
 僕は道路を渡るとオンコの下をくぐり庭に入ろうとした。
しかし・・・、ここで足が止まってしまった。
なんと草が生え放題で前が全く見えない。
僕は草を掻き分け進んだ。すると急に右の前足が下に沈んだ。
なんだか冷たい。
前足を引き抜き草をよけると、小さな池があった。
「庭に池がある」
僕はビックリして覗き込んだ。
すると何か紅く光るものが泳いでいる。
金魚だ。
思わず右手でつかもうとした。
しかし、つかめるわけがない。
僕はさらに進んだ。
やっと縁側の下に来たようだ。
今ではほとんど目にする事のない縁側。
昔はりっぱな家だったんだろう。
縁側の下を見ると中に入れるようだ。
僕は縁の下に入り、暗闇に慣れてくると四方から薄光が差し込んできた。
昔の家は自由に縁の下に入れるようだ。
僕は反対側から外に出ると、目の前に丸くコンクリートで囲まれた物があった。
どうやら井戸の跡らしい。
井戸の中を覗こうとした時だ。この家の主が玄関から出てきた。
僕はまた縁の下に入った。
 この家の主であるHさんは独身だ。
僕のご主人様より年上だが、結構独身生活を楽しんでいるらしい。
遊びたい時は遊び、働きたい時は働く。そして本を読み出したら何日でも家に閉じこもってしまうらしい。
なんとも羨ましい生活だが周りの目にはとてもユニーク、あるいは奇異にうつる事もあるらしい。
しかし、ご主人様と奥様は昔から知っているので、会うと世間話に花を咲かせている。
 今日も何日ぶりかで家の外に出てきた。
すると珍しい事に門の真上に伸びている松を自分で上げようとしている。
自分で家の仕事をするなんて本当に珍しい。
そこに隣のSさんがやって来た。
この方も独身だ。性格は二人とも良く似ている。
「Hさん、なにやってるの?」
「松が引っ掛かって車の出入りができなくなってきた」
「いきなりそんな事やってると雨降るよ」
「そうだそうだ、せっかく天気がいいのに雨降らすなよ」
気がつくとご主人様と奥様までやって来た。
「Hさん、そんなことより庭の手入れしたら?
せっかくの庭が台無しじゃない」
奥様がそう言うと、思い出したようにSさんが言った。
「そうだHさん。この家改造して喫茶店でもやったら」
「そうよ、古い住宅改造して喫茶店やレストランやってるとこ結構あるじゃない」
「そんなものやったって儲かるわけないよ」
そうHさんが答えるとご主人様が言った。
「そりゃそうだよな。客が来てコーヒー注文したら、『豆はそこ。ミールとドリッパーはあっち。お湯はそれ使って。カップと皿は棚の中』てな具合で自分じゃ何にもしねえだろ。先が見えてるよ」
一同大笑いしていた。
皆さん性格を見抜いているらしい。

 ここで古い木造住宅を改造した喫茶店についてちょっとだけ話したい。
中央区には古い木造住宅を改造した喫茶店やレストランが何軒かある。
前にご主人様と奥様がその中の一軒に行ったことがある。
その喫茶店は古くからある閑静な住宅街にあった。
小さな看板を見逃すと通り過ぎてしまいそうなくらい普通のたたずまいであった。
普通の家の玄関を入ると長い廊下を通され、奥の部屋が喫茶室になっていた。
部屋に入り席につくと縁側から庭が見える。
庭といっても松や大きな石があるような俗にいう立派な庭ではない。
あるのは藤棚とその横に梨の木が一本。
ただそれだけなのだ。
それがなんとも言いようのない居心地さを醸し出していた。
そんな事もありみんなで勧めていたのだが、Hさんのユニークさではしょせん無理だった。

 井戸端会議も終わり、皆家に帰ると僕も縁の下から出て家に帰った。
奥様のところへ行き、「ただいま」と言おうとしたら、奥様はビックリしたような顔をして言った。
「お向かいのHさんの所まで行って来たのね」
どうしてわかったんだろう。
「くもの巣が付いてるからわかるのよ」
どうやら縁の下に入れるのはHさん宅だけなので、すぐばれてしまったようだ。

 後日、ご主人様が会社に行った後、Hさんが来てピンポーンとインターホンを鳴らして言った。
「これから3~4日旅行に行くので家空けますから。人気が無くても別に死んでるんじゃありませんから。
ただ何かあったらよろしくお願いします」
奥様は「ブッ」と笑ってしまいそうになったが、なんとかこらえて明るく、「いってらっしゃーい」と送り出した。
本当にユニークな方だ。


コメント
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